●美味しい不意打ち
「あれ、開いてる?」
少女がやって来た時、入り口は良い香りに包まれていた。
そこに漂う香りに九十九 遊紗(
ja1048)は、仲間達に先行組が居たと知る。
「…それを取ってくれないか?」
「うむ、これであるな?」
トントントン、と軽妙なリズムでノックされるお腹の健康。
思わずグウっとしないか、抑えてしまった。
「同胞さんたちお早かったんですね。遊紗が…じゃなくてボクが一番だと思ってました」
「手を掛けるなら時間が無いからね。公民館の人に早めに開けて貰ったんだ。そうだ…試食して行くかい?そっちの君も」
「…ん。私の胃袋はいつでもスタンバイ。だよ。味見が。必要なら…」
呼んでね。呼んでね。呼んでね。
忙しく動き続ける同胞(
jb1801)と、その向こうで作業する着ぐるみさんに隠れて別の少女があんぐりと口を開けた。
その少女の名前は最上 憐(
jb1522)、試食と聞いてアウルを灯して滑り込むツワモノである。
「…ん。こうなると、お茶が怖い。必ず、きっと口の中が乾いて。戻ってくる事になってしまうかも」
「ふふ。日本では欲しい物を怖いって言うんだっけ?いまちょうど練習中だから、飲んで行ってね」
手品のように試食品を消し去って、元の無表情に戻った誰かさんに御茶をさし入れながらフローラ・シュトリエ(
jb1440)はティーポットを取りだした。
一杯目はトポトポ頼りなく、二杯目はさっと手際よく淹れて見て、その二杯を比較しながらジっと見る。
こんなものかしらと、もう一人の少女にもさし出すとマクマク食べていた手を止めて、嬉しそうに受け取った。
「わぁ。外は寒かったんで嬉しいですっ。あ…、友達のおねえさんが直ぐ来ると思うので、もう一杯お願いできますか?」
「お易い御用よ。あら、噂をすれば影みたいね。これはたくさん用意しないと」
「御茶会…、じゃなくて試食中ですか?申し訳ありません、御世話になります」
遊紗の可愛いおねだりに、フローラも微笑んで御湯を継ぎ足し始める。
本式ならば造り置き湯を使わないのかもしれないが、気楽に楽しんでもらうのだ、こんな感じで良いだろう。
そんな中で、地領院 夢(
jb0762)が何人かを連れて合流したのである。
「いいっていって。お菓子作りは得意な人に任せて、手伝い中心にさせてもらうつもりだしね。代わりに、担当の人がお菓子作りに集中できるように他のことを全部やっちゃうから」
「造り終わったら私も雑用に参加させてもらいますね。それまで…よろしくお願いします」
「…話は終わったですよね?ならば鈴も、お茶会と聞いて参上ですよぉ」
「…んんん。…えんぷてぃ、えんぷてぃ…」
二人の会話がひと段落するまで、きちんと待っていた羽鳴 鈴音(
ja1950)から顔を背けて、無表情のまま憐が後ろへ下がって行く。
いつのまにか消え去っていた試食品の皿から脱兎モードの彼女へ、容赦ない鉄槌が襲いかかった。
その鉄槌の姿はどう見てもニャンコ、鉄槌の正体とは…。
「我の試食品も出来上がったぞ。数打ちで製作するゆえ、どうしても造形がな…。それを試食用に回してみたのだが…」
「あの子の事は気にしないでください。じゃあ食べ終わったら早速つくろっか?」
「ハイ!夢さん、がんばろーね♪余った物も無駄にしたくないもんね」
攻撃の正体は、新しい試食品。
着ぐるみならぬ、猫スーツを身にまとった猫紳士のラカン・シュトラウス(
jb2603)が、焼き上がったパイを並べ始める。
食べそこなった誰かさんの代わりに、みんなでパクついて一同は再び作業に取り掛かかろう…。
●魔女の釜
ぐつぐつぐつ…。
「んふふふ〜♪叩いて砕いてまっぜまぜ〜♪過ぎ去る如月に月が欠けると掛けまして〜♪」
「あら、御機嫌ですね。今度の新作は自信作でしょうか?」
鼻歌を唄いながら鍋を混ぜる鈴音に、美森 あやか(
jb1451)はくすっと笑ってUターン。
自作のお菓子を並べた後は、仲間を手伝い、時間が経ったところでまた自作の調整作業に戻る予定だ。
「まあねー。よっし、こんなもんかなぁ?次はどれを混ぜよっか…、あれチョコプリン?そば猪口にのっけてるのが面白いですねぇ」
「物を食べにくい御老人にはこちらの方が良いと思いまして。試食は少しでしたら構いませんよ?」
荒く砕いたアーモンドに磨り潰したアーモンドを少量混ぜて、フライパンで軽く焼いていた鈴音は、適度に焦げた香りへ満足しながら頷いた。
これをチョコに入れて寝かせれば、正当派のチョコが完成…。と思いつつも、物足りなく思っていた処へ、あやかが冷ましている小さな器が目に入る。
器は100均で買った物やらで、一人分の分量がチョコンと乗っているのが可愛らしい。
「少しなら良いんですね、そりでは御言葉に甘えまして…。あ、チョコチップクッキーの方は私も手伝いますよぉ」
「ありがとうございます。あ、二人とも〜。ありました?」
「包み紙もリボンも十分にありましたよ。可愛い型抜きも売ってたので。ドーナッツの種類が増やせそうです」
「本屋さんでセールをやってました。みんなの分も買ってきましたので、ラッピングの方も手伝いますね」
その時、鈴音は一瞬の隙を見逃さなかった。
あやかを手伝いに来た水屋 優多(
ja7279)と礼野 真夢紀(
jb1438)がガサゴソガサゴソ、買い物袋を降ろしながら、キャアキャア言ってる間に目がキラーン!
素早く油を馴染ませた求肥でプリンを包むと、試作コーナー用のチョコレートの種へ置いてしまう。
「増援組も到着したの?じゃあこっちの用意したのと交換しましょっか。デコレート用ならたっぷり買って来たのよね」
「あ、見て見て、夢サーン!うささんとか羊さん可愛いですよっ、十二支全部あるのかな?」
「(…。気付かなかったみたいですねぇー。あとは御楽しみですよぉ)」
溶かし直して形を整えたチョコレートに、チョコペンやアラザンで素敵にトッピングしていた夢と遊紗が加わり、これも可愛いあれも可愛い包み紙やリボンと交換を始める。
そんな中で鈴音は気付かれないように、本命も試作もそれぞれチョコレート型へ放り込んで行った。
試作の種ケースには、生バナナなどの水物や、噛むとパチパチ言う駄菓子など…とうていチョコレートと合わない物資が包まれていたのである。
だが…。
「…ん。甘い。チョコレートよりも甘い。(カレーは美味しい。これはもはや常識…、試すまでも無い常識なの。あの試作品は渡せないよね)」
「そういえば誰か地図を持っていなかったか?そろそろ出るんで、もう一度見せてくれ。寝かせて置く時間が重要な物もあるからな」
家政婦ならぬ憐は見ていた。
試作品の中にある、カレーを入れたチョコレートを見逃がさない。
車を回して来た同胞の質問へ、んっと言葉も無く地図を差し出しながら完成する時間と休憩時間を見極め始めた。
「もうそんな時間か?しかし…寝かせて置く時間の管理までやるとはな。侮れん」
「ボランティアと言えど手を抜くべきではないだろう?ともあれ造るのはここまでにするよ、後は雑用に回ってみんなの負担を軽く、だな」
「…ん。気合い十分は私も同じ。…働かざる者食うべからず。なので。一生懸命配達に行って。休憩時間に沢山。食べる」
割烹着を脱いで、外回り用のスーツへ替えるつもりだったラカンは、ちょっとだけ考え込むと予定を変更した。
子供達と体当たりで接する事になるかもしれぬ、ならば郷には郷を、特殊な戦場に相応しい服はこれが良かろうとそのままにする。
真面目に猫面で考え込む彼の前で、同胞も頷いて今後のスケジュールを考え始めた。
料理バトルでも出来そうな二人の熱意の横で、カレーチョコゲットに燃える憐も無表情の裏で激しい情熱を燃やす。
「そうだ、みんなに言っておくことがあるけど…。アンケートは程ほどにね、こっちからは無理に聞かずに、天魔の話題が出たら絶対に聞き逃さないくらいで。…心配を取り除くのも重要だからね」
「あ、それもそうですねっ。それとなく近況を聞いて、話題が出たらすかさずメモに書いておきます!」
「…ん。久遠ヶ原から来たとか学園のボランティアとか。だよね。了解。判った」
出駆ける組みにフローラが軽い釘をさして、準備段階は終了した。
これから先は…、戦場である!
●子供達の乱舞
「綺麗で清潔感のある様に丁寧にしなきゃっ…。そう思っていた時期が、私にも在りました…」
「そうかいのう。ちょっとこれ、タッパに入れて持って帰ってええかねえ?」
わーきゃー!
子供達の声は阿鼻叫喚。
地獄にそんな階層があったなー、なんて思い出しながら現実から目を反らしそうだった夢は、お爺さんの言葉でハっと我に帰る。
最初に御土産用もあると言ったはずなのだが、そこはこらえてもう一度説明をし始めた。
「同じ物が御土産で用意しましたよ。食べきれない時は、持って帰れるようにしますね」
「おかーちゃん…じゃなくて小さい先生。御土産袋、やぶけたー」
「こりゃあ!わしが先に話とんで!」
あははは心を解してあげないと…我慢我慢。
舌ったらずで大人は母親と先生以外は知らなさそうなチビさんが、割って入って来ると、御爺さんの方が大激怒。
それを宥めながら口から零れたジュースを吹いてやっていると、向こうの方でツインテールがひょっこひょこと揺れる姿が見えた。
「ちぇんちぇ、これ、なーに?」
「これはですねぇ。シーチキンか綿菓子のどっちかが入ったチョコレート。大丈夫、綿菓子なら融けてただの砂糖になっていると今気がつい…っあた」
「はいはい。小学生が来るまでそれを並べるのは待った方が良いわね。泣き出しても知らないんだから」
…。
その時、鈴音は舌打ちしたとかしなかったとか…。
とっさに可愛い表情で何のことかと振り向くと、フローラが素敵な笑顔で御花を持っていた。
適当に誤魔化そうとすると…。
「来てくれた人達に楽しんでもらえるようにしたいものね。聞いたよね?」
「あー、はい。鈴も頑張りますよぅ。あー、小学校早く終わらないかなー、なんて思ったり。えーと、ですよねぇ…」
「ふふ。お待ちかねの小学生たちが来て、向こうで整理に困ってるみたいですよ?」
お気楽ぎみのフローラが、大切な事なのでもう一度繰り返すと、鈴音は不吉な予感がして大人しく支持に従った。
ツインテールに束ねた鈴の仕草に今は此処に居ない友人を思い出すと、夢はみんなを連れだって小学生用のジュースを並べ始めた…。
「ねえちゃん美人だな、結婚してくれ!いや、美人だからじゃないぞ、可愛いからだ!」
「えーっとお、あのですね…私はおと…」
「私も言われましたけど…。大変ですよね?後で感想でも聞かせてくださいな」
「…あたし達だけじゃ整理するのは無理ですね。ここは時間稼ぎして、みんなでやりましょうか」
おませさんな子供が少年を女の子と勘違いして告白大会。
同じように突如の告白で驚いていた少女も、彼が同じ目にあってクスクス笑いで落ち付いた模様だ。
手を貸してくれる二人の様子を眺めながら、あやかは押しかけ行列の子供達を数えた。
遊びに来ただけの子も含めて結構な数である。
手助けに来てくれた彼らに感謝しつつ、部屋の奥で準備が整うのを心待ちにするのである。
「私達の方はもういいわよ、入れてあげて〜」
「はいっ、みなさん。まずは手を洗ってから並ぶんですよ?」
「「はーい」」
フローラの声に振り向いて、仲間達が手を振るのを確認。
あやかの音頭で子供達は、押すな押すなと一斉に入口へ向かって行ったのである。
一方、その頃…。
「待たせたな〜。沢山あるから、皆で仲良く食べるんだぞ。…しかし、熱くないですかラカンさん?」
「うむ。砂漠に迷い込んだ牛か羊の気分である。我がステーキになるのも、遠くないかもしれんな…」
最後の施設に配達組が辿り着く。
車から降ろし終わった同胞は、その間に子供達を受け持っていたラカンに温かい目を向けた。
熱いなら脱げばとは決して口にしない。
無数の子供たちにじゃれ疲れ、それでもなお着続けるのがラカンの覚悟ならば、座して大量のオコサマーズを捌くのが彼の役目だからだ。
「えー、えー!いっぱいいっぱい、えー!」
「これがみんなで寄せ書き風にしたケーキですよね? 可愛い〜〜〜っ」
「ほほう…。賑やかで楽しい図になっておるな、こういう物を見て人間は愉しむであるか…。最上殿、貴公もこっちに来て一緒に眺めたらどうであるか?」
十二支を描いた大きなケーキ。
児童館に集った様々な年齢の子供達が集まってくる。
思わず遊紗も最前列にかじりついて、年頃の少女らしい笑顔で傑作には程遠い…。
それでいて温かみのある逸品を温かな目で見つめ始めた。
ラカンもそれを見守りながら、ふと徒歩で個人宅を回っていた憐の合流に気がついたのである。
「…ん。久遠ヶ原から。チョコの。配達に。参上。…とっくにチョコは配ってる?…切り札を使う時は、もう一枚切り札を隠しておく物だよ」
「おや、何か御土産をもらったのかい?じゃあ帰ってからだな」
段ボール箱に詰めた何かを手土産に、憐は無表情のまま頷いた。
顔色は変わらないが、きっと心の中ではニヤリとドヤ顔に違いない。なぜならば…。
●あふたーふぇすてぃばる
「おかえりなさい。そして今日一日はお疲れ様でした〜。依頼中の撃退士の人達にも渡しましたけど、少しでも気晴らしになってくれると良いですよね」
「ああ。全員、今日はお疲れ様だったな」
「あーもう。くすぐったいですよぉ。鈴もみんなの分もとっておいてあるんですけどぉ〜」
出迎えた夢と鈴音を、同胞は撫でながら冷蔵庫の奥から最後の1つを取りだした。
鈴の取り出したスーパー試作品シリーズに何人かは苦笑しつつ、同胞の手にあるシート付きの御皿に目が向いて行く。
「これはみんなの専用のだ。俺は片つけに回るから適当にな」
「分類してあるからすぐ済むと思うわ。その間にコーヒーでも淹れておくわね」
「確かにな。多少、甘い物には口飽きして来た所である」
「…ん。カレーも。あるよ。良い喉越しだよ」
パサッとシートが消えた後には、安い材料であっても、丁寧に造られたザッハトルテ。
フローラは見慣れたケーキを見て、同胞やラカン達に苦みの効いたコーヒーを入れ始める。
そんな中で憐が取り出したのはレトルトカレーではないか!
「うやー。こんなの貰って来たんですか?」
「…ん。カレーは。飲み物。飲料。商店街で人数分貰った、要らないなら私の物」
これには遊紗たちもべっくり。
どこ吹く風の憐とのコントを見て、仲間達の楽しげな声が公民館に響いたと言う。
「忙しいけれど…。楽しい一日でしたね…」
「皆が笑って俺たちの料理を食べてくれるというのは、やっぱりいいものだな…」
あやかと同胞は笑いあって、今日一日を振り返った。
いつか思い出す事があれば、子供達の笑顔に違いない…。