●天使の実験場
ゲートを包囲する戦線に転移した撃退士たちは、さっそく敵を迎え討ちに掛る。
「下級とはいえ天使が兵力を引き連れ移動中…か」
ルナリティス・P・アルコーン(
jb2890)は地図を睨み、指定ポイントを確認。
情報が確かならば、間もなく目的地に訪れる時間だ。
「ここで狩れるだけ狩っておかねば後で困るな、…急ぐとしよう」
冬、それも早朝にもならぬ時間とあり、先頭を行くルナリティスの吐く息も白い。
一騎でも侵入し、休んでいるはずの仲間達が起こされては目も当てれぬ。
そう思えば足も自然と速まるし、気を抜いている仲間が目に入れば確認だけはしたくなる。
「寒いのは判るが、せめて気付け程度には出来ないのか?」
「ははは、気を抜いているだけさ。手を抜いている訳ではないよ。その辺はしっかりとやるから」
ルナリティスの言葉に、鷺谷 明(
ja0776)は酒を呑む手を休めて荒い息を吐いた。
近くに居る者には、ウオッカの酒精が感じられたかもしれない。
「手を抜いてないならいい」
「そうさせてもらいますよっと」
ルナリティスは明の飲酒にそれ以上の関心を失った。
なにしろかつて所属した冥魔陣営は、成果さえあれば好き放題するモノも多い。
実戦で抜けた事さえせねば良いと、思考の端から切り捨てた。
そして目的地である空き地に到着した一同は、最後にもう一度、端末を開いて情報を確認する。
「実験型サーバント…。四国では焔剣といい、新兵器としての開発が盛んみたいだね…」
「単なる実験でも、通りがかるついでだろうが。包囲部隊にちょっかいをかけられるのは旨くないな」
ジョシュア・レオハルト(
jb5747)が今回の報告と過去例を比較しながら呟くと、黒羽 拓海(
jb7256)はその続きを引き取るように話す。
確かに系統だった実験は多いが、面倒である事に変わりはない。
「大事の前だ、確実に処理しないとな。しかし疑問なのは、何故指揮官に被害が出るような代物を装備したんだろうか?」
「…多分ですけど、理論と実践は違います。車でいえば時速百キロで百キロの距離が一時間ピッタリで走れるのか試し、道のりでは無理だと判った所だと思います」
それにしても、と首を傾げる拓海の疑問に、実験好きなジョシュアは笑って答えた。
まずは組み上げてカタログスペック通りの性能かを試し、次はまともに運用できるかのテストになる。
まだまだ実験を始めたばかりで、『使える』ようになっていくのは、これからなのだろう。
「見た感じ、他にも問題が散見されますし、これからなのだろう」
「そう言えば思い当たる点もあるな。突くとすればその辺りだが、……まったく面倒な事を増やしてくれる」
ジョシュアの説明に拓海は苦笑しながら納得する事にした。
未完成品なのはありがたいが、今からの苦労、そして実験が続くというのは厄介以外の何物でもなかった。
そして具体的な例を話す前に、何者かが近付くのが遠目に見えた。
●敵陣を越えて
相対距離が近づくにつれ、段々と相手の輪郭が確かになって来る。
「朝も早やくから勤勉な事だ。まあ適当に対処させてもらうがね」
明の構えた拳銃は、アウルを込めるたびに人影に向かって砲声を奏でる。
最初こそ重武装した撃退士に見えなくもなかったが、この位置なら目を凝らせば間違えはしない。
敵は歪な甲殻の上から鎧をまとう、蟻人間の軍団である。
「蟻ばっかりね!あたいがまとめてやっつけてやるんだから!」
「…相手の布陣は予測通りです。手順を間違えないでくださいね」
走り出す雪室 チルル(
ja0220)を見送って、御堂・玲獅(
ja0388)が流星を降らせつつ注意を促した。
仲間の援護射撃で傷つくなど、敵は個体こそ強くない標準のサーバントの範疇であるが…。
ジグザグに駆けるチルルに動じることなく、五体で列を作って迎え討つ。
「敵は炎を最大限生かす為、前方と自分の護衛の蟻を横2列に並べて来ました。この横陣は侮ることはできません」
「連携が厄介だからね…。作戦が軌道に乗るまでなんとかしておくよ」
玲獅と月詠 神削(
ja5265)も駆け出して、チルルの両脇を少し離れた形で固めた。
こちらの前衛は間を開けた散兵気味の攻勢。
作戦の第一段階は、こちらと敵の前衛をぶつけること。
ここまでは定石通り。
そしていつもと違うのは、ここからだ。
「おう、この機動自体は美事。退屈せんな、この四国は…」
「言ってる場合か。『飛んだ』あとの事は任せろっ」
アスハ・A・R(
ja8432)の視界には、敵は散開した前衛の脇を突くように、列を維持したまま殺到するのが見えた。
横合いから突こうとする敵に、神削は渾身の力を込め、別の個体にぶつける!
前衛同士のぶつかり合いまでは順調、作戦は本命へと移行する。
「それもそうだ。…頃合いが来れば任せるとしよう」
アスハは情報通りの個体数であることを確認すると、タイミングを測ってアウルを高め始めた。
連携して迫る五体一組ずつ、二枚の敵前衛の視線を巧みに計算。
そして、その時がやって来る!
「んじゃ、雪室チルル、いっきまーす!」
「ではこちらも行くか」
チルルは敵を薙ぎ払った後で、足にアウルを込めた。
そして軽快なジャンプで敵陣を飛び越えた時、アスハの姿が同時にかき消えたかに見える。
再び視認できるほどに減速したのはチルルが着地した斜め向こう、蟻兵の視界外だ。
チルルの縦に対してアスハは横だが…あまりの速度に、敵も味方もどれほどの者が把握できたか判らない。
二人は敵前衛を越えて後方に向けて走り始め、時を合わせてもう一人が追いかける。
「さて仕事だ。逃さず余さず撃ち抜くとしよう…!」
飛行したルナリティスが二人を追いかけながら、上空からの援護射撃を一手に担った。
構図としては、三人で一気に本陣を叩く構えか?
上手く行けば下級天使を仕留める事も可能だろう。
「……ここまでは上手く行ってますね。みなさん御無事で」
「まあ大丈夫だろ?そんなに心配なら、包囲を『し直した』敵さん潰して行けば良いんじゃないかね?」
白盾を構えて蟻を防いでいた玲獅の後ろで、明は他人事のように魔銃をクルクルと回した。
そして銃身が冷えた所で、再びアウルを充填。
敵陣の動きに合わせて、予備の武器と術を脳裏に待機させておく…。
●再包囲
左右合わせて十体ほどの蟻人間が足並みを合わせて急展開。
人間でもありえぬレベルの統率力で、二枚壁を維持したまま動き始めた。
「私が敵天使なら前列が突破されたら、取るべき行動は一つです」
「策が当たる事を影ながら祈っているよ」
事態は玲獅の予想通りに動きを変える。
明は一斉に動きを変える蟻たちに、苦笑とも侮蔑ともつかぬ笑みを浮かべた。
何故ならば…。
クルリと向きを変えた蟻兵たちは、盾を降ろすと枝槍を構えて『後ろ』に魔力を炸裂させたからだ。
「成功して良かった良かった。…多数との戦いは余り得意じゃないからねえ。好きでもないし」
明が最も得意とするのは、互いの才を活かして臨機応変に殺し合う少数同士の戦いだ。
誰もかれもが個性も無く潰し合う戦いは、好きではないし、天使と渡り合える彼と言えど避ける場所の無い飽和攻撃は苦手。
蟻が真面目馬鹿で良かったと安心して、アスハ達を追いつつある蟻兵を叩き潰す。
「この術、少しは役に立つと思います」
「すまんな。心苦しいが俺の抵抗力ではな…こういう時は翼が羨ましい」
ジョシュアに印を刻んでもらった拓海も、闘気を高めながら、ここに来て前に出る。
下級天使の指示で蟻人間の注意が後方に向いたのを皮切りに、ほぼ全員で攻勢に動く為だ。
敵が本陣に迫る三人を包囲しようとするのを、撃退士側が再包囲に掛る!
その為には蓋が必要で、…三人のうち一人がターン。
こちらに向き直って、大剣を振りまわしながらアウルの光を弾けさせた。
「アチチ!あーもう、ここは通行止めよ!」
猛火の列がチルルを回避の余地もなく包み込んだが、その中で彼女は不敵に笑った。
炎の威力は彼女の防御力を越えることは無く、目眩がするほどの気温さえ、印を施してもらっている以上は通用しない。
回避型を無力化するほどの飽和攻撃も、彼女の様な防御型には相性が悪いようだ。
「この時期に暑苦しい!さっさとやっつけよう!」
「一部隊ずつ潰して行くぞ…まずは一つ」
チルルの放つアウルの吹雪が一体を粉砕したのに合わせ、拓海はその近くの個体に迫る。
枝槍を使う為に降ろした円盾の方向から一太刀浴びせ、更にその向こう側に半歩の加速を掛けた。
倒れる蟻兵の影に刃を隠して!
「二つ!…月詠!」
「了解!ここは確実に仕留める」
死角を突いて二体目に切りつけた拓海の後を受け、神削の拳がトドメを刺した。
序盤のぶつかり合いで倒したのを含めると、三…いや四体目か?
敵の間隔が狭まった事と、低下した防御力の差もあり、手際が良くなっているのかもしれない…。
「温度障害が厄介だけど、このまま攻め潰そう」
「そうですね。…火炎の槍と円盾の魔力、どっちも厄介ですけど両極端ならこっちの方が対処し易いです」
神削は先ほどと違う手応えに、円盾の魔力がもたらす効果が、かなりのモノだと把握する。
ならばジョシュアの付与もある今の状態であれば危険は少ないし、殲滅にそれほどの時間は掛るまい。
もちろん敵が細かく戦術を変更し、こちらの弱い所を突けば別だが…。
それをさせない為に、先行した二人が抑えていた!
●分断成功!
前衛を引き返さねば三人で下級天使を倒し、返せば一人が蓋に成る。
そして引き返さなかった二人は、そのまま天使を足止めする役と成る。
先の先を読んで打った手が、互いを保険として、功を奏して分断に成功していた。
「手品は終わりか?ならば終わらせてもらおう」
『まっ、魔法型が前に?生意気ニャ、押しつつんで迎え討つだミャ〜!』
アスハは炎を分断していた浮遊盾をダウンさせると、魔力の糸をアクティブに切り変える。
そして掌の中で超小型の魔法陣を展開すると、握り潰して高速展開させた。
爆発的な魔力が、波打つ花糸によって繊細な輝きを見せる!
「受け取れ、全てを覆う滅びの雨だ…!」
魔力の雨は、アスハを討ちとろうと前に出た蟻人間達を押し包む!
膨大なアウルの力はタフネスを誇るはずの彼らを、瞬時に薙ぎ払い始めた。
密集隊形で使うサーバントである事が裏目に出て、生き残ったのは運の良い二体だけである。
だが、その命も長くはあるまい。
「…おっと…やらせはせんよ」
空より迫るルナリティスは、タイミングを送らせて一部始終を眺めていた。
そしてアスハに最も迫る個体から中心に狙い討つ。
まずは一体、そしてもう一体に向けて用意しておいた魔術の展開を始める。
「あれは私があしらおう。天使の方は任せた」
「そうさせてもらおう。僕も忙しいのでね」
ルナリティスが本陣を守る最後の蟻を受け持つと、アスハは片手をあげてご挨拶。
…いや、そう見えただけで、糸を操って前面に槍を作りだしたのだ。
糸を組み上げて作った槍は、アウルを流す事で再び小型の魔法陣と化す。
『このまま切り刻んで……。グニャー!? アチチ、忘れてただミャー!』
「戦列歩兵の魔術としては優秀なんだろうがな…。便利すぎるのも考えモノだな?」
アスハに迫る天使が伸ばした爪の威力を、槍の魔力が半減させる。
そしてアスハにまとわりついた熱気は、対峙する間に下級天使にも伝導させてしまったようだ。
もう一撃二撃で倒せるなんて思っていた所、思わぬしっぺ返しである!
そしてその頃には、前衛と闘っていた仲間達も最終局面に移行していた。
「やはり攻防を重視した為、判断力と機動性が犠牲になった様ですね。指示がなければこの通りです」
「ハイ・バランス型の欠点ですかね。限られた中で高い能力を求め過ぎると、どこか問題が起きる物です」
玲獅とジョシュアは二人掛りで一気に治療法術を展開。
度重なる炎列に巻き込まれた仲間達を、ほぼ完全に治療していった。
その間にも仲間達は蟻兵を順調に仕留め、残るはあと数体である。
「砲台に徹するのも飽きて来たな。そろそろ締め時、鍋なら麺か米を放り込みたい所だ」
「寒いですし鍋は良いですしね。……じゃなくて、早く殲滅してアスハさん達の援護に向かいましょう」
あくまで気楽な明の言葉に、玲獅は頷きかけた頭を軽く振り、伝染しかけた気楽さを隅に追いやる。
ここで蟻兵たちを倒すのは簡単だが……、まだもう一作業残っているのだ。
●選択の結果
「あと一体!」
「ここは俺たちに任せろ!お前たちは先にいけっ」
拓海が斬り伏せた後、神削は髪を伸ばして無事な一体を縛りあげた。
これで相手の動きは封じられ、残った二人だけで十分に倒せる。
こちらはこれで十分、残るのは下級天使だけだが、前に出た仲間達が苦戦している。
「急ぎましょう!…時間がありません」
「おっけー。あたいがブンなぐってやるんだから!」
玲獅の言葉に、チルルは氷の大剣を脳裏に描きながら全力で駆けだした。
この術式は彼女の全力だ。
当たればタダでは済まないし、相手が冥魔だろうが大天使だろうがぶっ飛ばせる自身がある。
だが問題なのは…。
「あとは『間に合うか』どうかですね」
玲獅の心に、不安と言うよりは焦りがよぎる。
遠目にも、アスハが回復を兼ねた術を放ったのを見ていたのだ。
少なくとも彼が死ぬことはないだろうが、時間が掛ってしまったのが惜しい。
「追加を食らわせてらろうと思ったのだがな。一手か二手、足らなかったか」
「その辺りは仕方あるまい。アスハ以外は無傷に近い完勝だ。それで我慢しておくべきだ」
アスハの苦笑に、ルナリティスは逃げ去る天使へ追い撃ちを掛けながら同意した。
結局の所、作戦は蟻軍団の殲滅に力を注いだ形に成る。
元から傷を負っていた下級天使が、逃げ出すのも仕方あるまい。
「戦力比が逆なら、あの駄猫は確実に倒せていただろうけどね。まあそれも痛しかゆしさ」
明は再びウオッカの蓋を開けると、再び身体に火を入れた。
下級天使が先に死んだ時の指示があるかもしれないし、博打の目が別の方向に転んだ可能性もある。
ならば今を楽しむだけさと祝杯をあげた。
何はともあれ、戦いは勝利に終わった。
「…あの炎が温度障害も貫通型で、一定範囲を確実に焼くタイプだったらもっと厄介だったな。まあ、実験体故にその辺りが適当なのかもしれん」
「炎と連携どっちかにするか、もっと強いサーバントなら…。あーその場合は、戦列歩兵と矛盾するのか。結局、過積載なんだと思います」
拓海とジョシュアは相談しながら、一つのレポートを書きあげる。
あとはこれを提出して、依頼を終えるとしよう…。