●林檎だらけの夜
そこは野菜市場かと思うほど、林檎が山積みになっていた。
「おお。随分とあるな…ウチに置いとけば、料理だけでなく普通に剥いていくらでも食べるぞ」
「そう思って買ったんやけどね、生徒達が分けてくれたんよ」
ジョン・ドゥ(
jb9083)が覗きこむと、西園寺と名乗る教師の後ろに更に多くの林檎が隠されていた。
どうやら皆を呼び集めた後からも、また…もらったらしい。
まあ押し付けられたと言うよりは、慕われている結果だと思っておこう。
「でも判るかなー。林檎のシーズンも終わりごろだから大安売りで家計が助かるしねー。それにほらっ、カレー食べたい時みたいに、家族やカップルで被るじゃない」
「あるある。昼間に無性に喰いたくなってカレー屋いったら、夕食に造り置きの週末カレーが三日分待ってたりな」
思い出したようにマリス(
jc0806)と鳳 静矢(
ja3856)が笑いあう。
日本という地域ではカレーが大人気で、そのスパイシーな香りから定期的に食べたくなってしまうと言うのだ。
そこから何人かで海軍カレーまで話が飛んで、一周回って戻ってきた。
「話は戻すが、つまるところリンゴが手に入り過ぎたからなんとかしてほしいと?ふむ、だいたい判った。」
「建設的な林檎の処分ですか…。良いんじゃないですか?あたしの周りでも、リンゴジャム好きな子多いんですよね」
話が落ち着いたところで、鴉乃宮 歌音(
ja0427)は本題を切りだした。
美森 あやか(
jb1451)は話が切り替わったところで、自分に置き換えて使い道を考えてみる。
リンゴジャムやアップルバターの類はそのままでも何かに添えるなど、単純かつ使い道が豊富で、それほど保たないが食卓に彩りを添えてくれる。
「友達やクラブの人たちに食事を振るまったり、おすそ分けをするのも良いかもしれないですね」
「そうだな。めいめいに好きな物を作って、余ればジュースなりなんなり保存の効く物を作ればいいさ」
「まあ林檎が嫌いな奴は少ないしな」
あやかの話に静矢や蒼月 夜刀(
jb9630)が同意して、大よその路線が決まった。
この場で愉しむ料理をみんなで愉しんだ後、お土産を作って方々にお裾分けの構えである。
●四面林檎歌
「林檎!それも沢山!右を向いても左を向いても林檎とは、何たる素敵光景か!スバラシイ!」
場所を確かめる必要さえ無いのが更に良いと、パウリーネ(
jb8709)は目を閉じたまま掴んだ。
握りしめると、堅い部分と柔らかくなっている部分の両方が感じられ…。
普段店で良く見る林檎とは、また違った味わいが掌越しに感じられた。
「器はこの辺で良いかい?まだ増やすならもう少し遠くに置くけど」
「いや良い。正直持ち込めるだけ林檎を持ち込んでやろうかとも考えたけど…必要無さげだからね!」
ジョンは陶器の皿を何枚か用意すると、パウリーネの手が届く範囲で邪魔になあない場所に置いておく。
彼女がする事も、彼女のテンションも理解しているので、余計なことは言わずに存分のサポートをする予定だ。
やらかして良いなら必要経費全部を使おうかなんて、冗談とも本気ともつかない言葉がどちらであろうとも受け入れるつもりだった。
3000久遠分の林檎かぁ……と溜息つくような奴は、彼女と付き合えまい。
「調子はどうだい?いつも通りだから必要ないと思うけど、手伝いは要る?」
「まっかせーなさーい、…飾りの方はお任せだよ」
せっかくジョンが声を掛けてくれたので、素直に力を借りよう…と思えないのが口惜しい。
パウリーネは自信満々に答えた後、ほんの少し妥協する事にした。
自分は素材を『作品』にする事にだけ専念し、その後で作品をどうするかはジョンに任せればよいのだ。
「さあ、とくと見よ林檎への愛。ここから先は愛のままに我儘に、林檎に更なる美しさを……。飽きた」
パウリーネは左に積まれた林檎を幾つか手に取ると、次々に下処理を施す。
そして酷い痛みや虫食いは取り除き、色々な模様に切り刻み始める。
カット、スロート、ダンス・マカブル!そして出来上がるのは林檎を使った彫刻だ。
踊る殺人芸術は、どちらかといえば口下手な彼女の代わりに林檎で自己主張を始めた。
そして振り向きもせずに、右隅の程良い場所に置かれた陶器の皿へ並べたてて行く。
左から右に流れるような作業動線を見て、他のメンバーも動き始めた。
「なるほど、そっちがそう来るなら、こっちは同じ路線で別物を作ろうかな」
マリスは次々に形を変える林檎を見て…脳裏で最終形を修正する事にした。
深く掘りこまれ、あるいはバラバラにカットされていくなら、自分はむしろその逆。
同じことをして張り合うより、出来るだけ弄らない方が比較して愉しむ事もできるだろう。
「丸のまま使うとして、味の方はどうかしら……うん、おいしい。これならいい料理ができるわ」
「(随分と楽しそう…。やはり楽しく料理をして皆さんと作ったものを美味しく頂きたいですね)」
マリスが水飴の材料を用意し始めたのを見て、ユウ(
jb5639)も動きだす。
クルクルと踊るように動く姿は目に楽しく、表情こそ淡々としたメンバーも手先は素直に動いている。
なら私も御相伴にあずかろうと、楽しさを分けてもらうべく右往左往し始めた。
「まずは生地を寝かせておいて…。お暇なら、一緒に作りませんか?」
「そうだな。手持ち無沙汰なら手伝ってほしい。簡単な作業だから」
「せっかく来てもろうたんやし、手伝わせてばかりはいかんよね。なら自分も手伝わせてもらいますわ」
ユウと歌音が刺そうと、西園寺先生も踊り(料理)の列に加わった。
まるで収穫祭でも始まったかのごとく、調理実習室は賑やかになる。
●くっきくんたいむ
林檎が刻まれケーキやタルトの生地が練られる中、少し変わった音もする。
揚げ物特有のジュッっとした音が響き、何人かが耳をそばだてた。
「やはりお食事にされるんですか?」
「デザートが定番だけど、それだけだと寂しいから。見た所そっちもかな?」
あやかの質問に軽く頷きながら、歌音は油をきった。
余分な油を絞りつつ、適温に温めた陶器皿に移して一時保存。
他の料理が出揃った時に最後の加工を施し、レンジで加熱すれば出来上がりだ。
「どうしてもお菓子に偏りがちですから、料理もあった方がいいと思いまして…。うーん私もココット皿にすれば良かったですね(小さくて可愛いな〜)」
「予備があるから使うと良い。(最初から小皿の方がとりわけ無くてすむし)」
あやかと歌音は同じ陶器の小皿に別々の思いを込めながら、盛り合わせを工夫し始めた。
順番を工夫してコース料理や懐石の様に。
いや、小腹に入れるお菓子感覚としては、中華料理の点心が近いだろうか?
かくして林檎の山は順調に姿を消し、料理は終盤へと移る。
「さてと、こんなものかな…」
すり林檎と蜂蜜の沈殿具合を確認して、静矢はジュースを作り終えた。
程良く混ざって、実に美味しそうだ。
「そろそろひと段落として、残りを処分して問題ないか?最初に聞いた分量だと…」
「もう少し必要だ。細工物に挑戦してる分、失敗も多くなるから仕方あるまい」
余るなら保存用に何か作るかと静矢が確認すると、パウリーネが手を休ませながら要求して来た。
彼女のカービングは林檎細工レベルに挑戦しており、落下で痛んだ物は必要以上に削る必要があるので、どうしても失敗し易くなる。
「ほいっ、こんなもんかな?少し物足りないけど…ご飯前だしね」
「オッケイ、カービングお疲れ! 後は任された! しかし相変わらずの腕だなぁ(さっき見た量と数が合わないんだが…まあいいか。いつもの事だ)」
失敗した林檎片を咀嚼すると、『落ち物』独特の甘さが口に広がる。
完熟した味わいを楽しみつつ、パウリーネはジョンに最後の皿を手渡した。
「だって林檎だよ? お兄さん」
「ああ、いつも通りだね、問題無い」
パウリーネとジョンは顔を見合わせて、目線だけで笑いあった。
失敗作をモグモグするのは良いとして、そんなに食べて大丈夫か?いつもの事だし、なんて言う必要は無いのだ。
分割した林檎細工はフルーツポンチとして立体的に飾り立て、飾り切りで彫り込んだ林檎はシャーベットを詰め込み始める。
一方で、同じような飾り切りを別の仲間が造り上げていた。
「被っても問題ないとは思うが、いいのか?」
「大丈夫大丈夫。これ違う物なのよね。仕上げに入るから見ていてちょうだいな」
念の為に夜刀が尋ねると、マリスはウインクして何かに漬け込んだ林檎片を手に取る。
蜜漬け…いや林檎ジュース漬けにした物だろうか?
一体何に使うのだろうか?
同じ皿にもう一つ、良く似た飾り切りがあるが、これは別の処理をするようだ。
「これは最後の最後として、…オーブンは使っても良い?」
「構いませんよ、ちょうどタルトも焼き上がったところですし、焼リンゴならお手伝いしますね」
マリスはユウの言葉に甘えて、焼リンゴを仕上げた後でお願いする事にした。
酸味の強いリンゴにシナモン振って蜜を掛け、ジャムあるいはバターを溶かして具を固める物を作り上げる。
それらが終わって火の番を任せると、今度は林檎飴の出番である。
「林檎飴の方は俺が手伝おう。残りは包装しておけば良い土産になる」
「悪いわね。火元を占拠する訳にもいかないし、ちゃちゃっと終わらせましょうか」
静矢とマリスは飴掛けを手早くこなしながら、焦げ付かない様に次々片付けて行った。
他のコンロではハンバーグやトーストがジュージュー言い始め、レンジがチーンと鳴る。
家庭科室全体に甘い匂いが立ち込めたという…。
●アップルパーティ!
使い終わったコンロの上にパタンパタンと蓋をする。
テーブルの上にクロスを掛けて、エプロンを外せば用意終了だ。
「残したコンロは温度調整用か?」
「そう言う事だ。物によってはギリギリまで温めておきたい物もあるからな」
夜刀は弱火になっているのを確認した後、歌音と共に火の元をチェック。
まずは前菜と、アップルティーからである。
「そろそろ冷ましていた紅茶が仕上がった頃だ。蜂蜜は好みの分量で足してくれ」
二段階で抽出・味わいを出した紅茶ポットを片手に、歌音がティーカップに蜂蜜を入れる。
ポットを傾けて紅茶を注ぎ、予備の蜂蜜を中央に置いて準備完了。
「林檎サラダはセロリと一緒に生ハムを合わせてみました。まずは軽くこんなところでどうでしょう?」
「アハハ、あらゆるものが林檎料理と言うのは壮観だなあ」
あやかがサラダを用意すると、パウリーネが早速飛び付いた。
いただきますと言うが早いか御馳走様!
「いやいや、早過ぎだろ。…とまあ、予想はしてたので。久し振りに作ってみたんだが、食べてくれないか?」
「悪ぃねお兄さん。私はこれ以外のフレンチトーストって食べた事がないかも」
「ずるいなあ。少し分けてくれへん?」
ジョンが林檎を風車の様に張りつけたトーストを出すと、パウリーネがガブリ。
美味しそうな様子だったので、サラダをつまんでいた西園寺先生が軽い抗議の声をあげた。
「まあまあ、たっくさんあるから。さてと、次は飾り切りの林檎に以降しましょうか。…アブラカタブラ〜」
「あらっ、マリスさんの方は面白いですね。パズルですか?」
マリスが双子の林檎を用意して、片方をポンっと林檎を叩くと、下地の林檎が崩れて分解する。
もう片方が一切形の崩れて無い物なので、ユウは目を丸くした。
「そっ。林檎彫刻は既にあったから、原型を愉しんで貰おうと思って」
「なるほど、芯の代わりにしてるのは干し林檎。丸のまま全部齧れるるのは面白いな」
マリスが率先してがぶりとやると、静矢も感心して一つ手に取った。
最初に堅い歯応えがあった後で、面白いようにサクサクと口の中で分解して行くのだ。
「さて、次は主菜か?」
「唐揚げかと思っただろう。違うんだねそれが 、豚肉を巻いてあげた物だ。それとこっちは、サツマイモなんかと林檎を一緒に、チーズを入れて融かしたココットカマン」
「あたしの方はオーソドックスにハンバーグや、スパゲッティです。タマネギや人参の代わりに、摺り林檎を使ってます」
静矢たちの元に、歌音とあやかが小さな陶器皿を並べ始めた。
甘い物が続くので、間に料理を並べて口飽きさせない構えである。
皿一つは少量ながら、これだけの分量がならべばちょっとしたパーティ料理になった。
●アフター・フェスティバル
そして最後はお待ちかね、みんな大好きお菓子の出番。
「締めはデザートタイムですね。タルトにシャーベットもありますよ」
「こちらはパウンドケーキですよ。…学園祭を思い出しますね、去年は餃子の皮で、今年はスティックパイで包んだものです」
ユウが焼き菓子を用意すると、あやかも負けじと取り出した。
「紅茶は少し待っててくれ。予想外に売れ行きが良かった」
歌音はりんごジュースで間に合わせると、その間にアップルティーを用意し直す。
手間こそかかるが、本格的なお茶会の開始。美味しいお茶をもう一度!
「やはりブレザーブみたいに形が残ってる方が流用効きますね。保存というのには適さないかもしれませんけど、ジャムを冷凍庫に入れておけば持ちます」
「冬なら涼しい所に置くだけでも結構保つしな。コンポートならそのまま食っても良いが、トーストやクラッカーに載せても良い」
「いいねいいね。全然足りないからお土産といわず三倍持ってこいっ」
あやかの言葉に静矢が頷いて、比較用にジャム瓶の隣にコンポートを並べる。
ごろっと形の残った果実を見て美味しそうだと思ったのか、パウリーネがひったくって瓶ごと食べ始めた。
「まるで熊さんじゃない。急がなくてもまだまだあるわよ」
「ジョンさんが造ってたケーキとフルーツポンチもありますよ。…御本人はどこに行かれたのか判りませんけど」
マリスがくすくす笑いながら林檎飴を用意すると、ユウは放置された皿を持って来た。
それを用意した彼はというと…。
「林檎がまだ残っているなら貰いたいんだけど良いかな。そう、貰っても良いだけ。やっぱ好きな人に何か作るんなら好きな物、それを使った物を作ってあげたいんだ」
「ええよ、自分のはお土産用で十分やしな。要るだけもってき」
ジョンはこっそり西園寺先生にお願いして、誰かさんの為に林檎を確保していた。
今宵は最初から最後まで、林檎尽くしの甘い夜が続きそうである…。