●霧なき霧の中に挑む
『その昔、黄天の世に戦上手の部族が訪れる。
多様な武具を発明し、霧で戦場を惑わし、領域を侵して攻め込んだという』
高知に出現した連立型ゲートの調査に撃退士が訪れる。
ここはその一角、東面に位置する広い区画。急ぐと言うのに転移がズレるのがもどかしい。
撹乱魔法のせいか、今日はいつになく誤差が激しい。
「…天使、奴ら、こんな大規模なゲートで何をする気だ…?」
「通常であれば支配領域を増やして収奪する量を増やす為ですが…」
予定地点に辿りついたヴァンサン・D・バルニエール(
jb9933)の独り言に、先に到着した雫(
ja1894)が応じる。
彼女は猫が何もない宙を睨むように見通し難い周囲を見据え…。
いや、彼もまた猫のように四方を眺めていた。
「併設する必要は無いし、ツインバベルの防衛用にしては今更ですよね?」
「今は多くの情報を手に入れましょう」
聞かれていたと知って、ヴァンサンは少しだけ丁寧に言い換え…。
雫は彼の口調を気にする事もなく、短く切って先を急いだ。
二人を見つけると、先着組は手を振って出迎える。
「揃ったか?先ずは対ゴレム…額飾りがゴールドの奴だね」
「厄介らしいがなんとかしよう」
全員が揃った事で、大型相手に戦闘経験のあるロベル・ラシュルー(
ja4646)との話を龍崎海(
ja0565)が切り上げる事にした。
生存力に特化し倒し難く、条件をクリアせねば、悪魔を倒せる撃退士でも数分を要する。
とはいえ手が無くもない。
「まあ段々強くもなって来てる…が、基本は変わらないね。まずは復元封じだ」
「なら俺たちで引き付け、さっさと壊してしまおう」
ロベルが口にした対策を実現させる為に、海たちはその成功を高める為に命を掛ける。
動く敵の目を抉るのは難しいが、何人もの仲間が協同すれば話は別だ。
「私達の誰かが成功すれば良いと言うなら気が楽です。掛る時間は惜しいですけどね」
「本領を発揮されるのはシャクだが、こっちも情報収集がメインだ。とっとと終わらせてシャバをうろつこうぜ」
ヴァンサンが言うように、牽制を兼ねて全員が一つの力になればいい。
腕利き数人を一体で防ぎ止める厄介な敵ではあるが、それさえ覚悟すればロベル達にとって恐ろしい相手では無い。
●天には星、地には花を
霧でもないのに不思議と視界が悪いが、目撃例と地図を頼りに直行。
「ようやく接敵地点ですか…、ジャミングされていて、尚、分かるサイズというのも納得できます」
地図で見るのと実際に行動するのでは大違い。まして見えてる範囲が『本当に』安全とは限らない。
リアン(
jb8788)は苦笑しながら、この後で行う調査の厄介さを再確認した。
だが愚痴を言っても変わらないなら、『現在』出来る事を精いっぱいやるとしよう。
「これより全員で四方より挑みますが、範囲魔法は…」
「可能な範囲で調整してるし、考慮はする。…まあ当然ですね」
リアンの懸念に対し、Rehni Nam(
ja5283)はチッチッチと指を振って応えた。
普段と違う男装であるが、古神道の巫女が纏う男装が異装と呼ばれるように…今日の彼女はどこか男らしい振る舞だ。
「黒コゲになりたくないし、発動を待ってから突入させてもらう。味方の攻撃で蒸発したくは無いからな」
「と、まあ。いつもなら最大火力で吹き飛ばす所だけれど、今回は初速を重視してるし、まあ転移するまでに手はずは整えておいた…という事です」
先行した北辰 一鷹(
jb9920)は大きな敵影を見つけ、視線を反らさずハンドサインを交えてレフニーに応えた。
一鷹は警戒のために柄に手を掛けたまま、軽口ともハッタリともつかぬ冗談を言の葉に載せる。
「あれは計測も考えて全員で倒すとして…。定点以外の個体は出会った時に倒してしまっても良いんだな?」
「…そこまでおっしゃるなら止めませんが、二人で倒すのは面倒ですよ?」
自身ありげな一鷹の言葉を信じたわけでもあるまいが、タイミングを測るつもりがあるのをリアンは確認した。
彼とレフニーの出足が僅差で混濁する事があっても、彼が手控えるなら誤爆する事もあるまい。
加えて火力を抑えてあるならば、再生のキーとなる事もないだろう。
撃退士たちは、可能な限り隠れて突入を開始!
「星よ…在れ」
レフニーの唇より詠唱が零れ、天に彩りを添えると。
それを合図にやや遅れて残りのメンバーが姿を現す。
「着弾後にガードこじ開けるから、狙って!」
既に己を開放した月村 霞(
jb1548)は滑るように飛び出し、移動方向とは逆しまに太刀を振う。
抜刀と共に生まれ出る冷気が、地を伝わり氷雪の顎を作り上げ…。
氷の顎から牙が生まれ落ち、刃と化す直前に何かが空中で弾けた!
「落ちろ」
レフニーが呼び寄せた無数の星が次々と砕ける。
魔法型ゆえかそれなりに防御したようだが、本命は星が持つ異質の重力だ。
動きが鈍るのを見計らって、氷の刃…そして白昼の星影が通り過ぎた。
「ひゅーっ昼間の流れ星とは豪勢だ。参加させてもらうとするかね」
「効いてる…のかな。このまま連撃で押し切ろっか」
一鷹が放った銀の星は弧を描いて大型サーバントの足を切り裂き、そこへ氷の刃が縫いとめる。
重ねたアウルの刃が二つ煌めいて、ほぼ同時に納刀。
そこへ弾けた流星の残り火が降り注ぎ、ちょっとした絶景図を作り上げていた。
まるで連作のようにアウル絵画の世界は続いて行く。
「腕を抑える…っ」
着弾を確認した雫は、自分の背丈より長大な大剣を引きずるようにして疾走。
懐に飛び込むと剣を踵で蹴りあげて、爆走中にも関わらず無理やり大上段の構えまで押し上げた。
…見るがいい、太陽と唄われた宝剣が、凍てつく様を!
剣に込められた光のアウルが、蹴りあげられた衝撃でヒラヒラと散り始める。
肩口を基点に高速で打ち降ろされた刃の銀光が照り返し、光のアウルは雪の様に、斬撃は月の様に煌めき、花のように舞い始めた。
●サーバント退治
だが、それほどの一撃を受けてなお…。
いや、それほどの一撃だからこそ、ゴレムは真価を発揮する!
「くっ再生を始めた…時間を掛けて居られないってのに」
「相変わらずか。毎回毎回よくもやる。とはいえ予定通りいくだけのことだ」
海とロベルの顔に苦い笑いが浮かぶ。
再生型であるゴレムは、天使級の攻撃を受ければ半ばを復元し、大天使級であれば大方を…。
しかし想定の範囲だ、組み上げた戦術と仲間たちの連携がソレを覆す!
どんな脅威であろうとも、撃退士にとって知っている能力は恐ろしくはない。
「…態勢までは戻せないのか?」
海の目に、のけぞったままのゴレムが映る。
傷は治ったかのように見えるが、全体的な力は先ほどより低下している。
治せるのはあくまで一部、そして…仲間がこじ開けた隙が閉じる事は無い。
「ならばこのまま攻め立てる!」
「その意気だ。俺達の誰かが目標を穿てばいいさ。なあ?」
「ええ。上下左右からガッチリ固めるとしましょう」
海が腕を掲げ天を割いて大岩が出現した。
ソレがゴレムの頭に命中したのを確認し、ロベルはリアンを見上げると自らも走り出す。
ロベルは手を開いて閃光を掌に咲かせ、彼が光を投げつけるのと同時に反対側の上空からリアンは降り立った。
炸裂した右目付近にそのまま槍を構えて飛来、光が穿とうと槍が穿とうと同じ。
どれかが右目を砕けば構わないし、砕いていてもそのまま頭を砕けばいい。
「面倒で叶わないってのは正解だな。まあ倒すけど」
ヴァンサンは溜息ついて銃を構え直した。
見ればとりついた前衛が範囲魔法を食らい、直撃した仲間は手痛い傷を受けた模様。
普通の相手ならとっくに半壊、奥義を使い切って良いなら粉砕している所だ。
それがこのまま戦えば負傷者続出となれば溜息も出るし、さっさと倒せばやり易くなると気合いを入れ直す。
「誰かの攻撃が当たったみたいだし摺り潰すか。あと六体と思うと先は長げえ…」
「千里の山も…というやつですね」
距離を保ったままヴァンサンが銃撃を開始すると、レフニーは盾の魔力を一点に集中させる。
まるで祭司が銅の鏡で光を曲げ氷を溶かすように、復元性を失ったゴレムを削り取って行った…。
●隠れ潜むモノ
そして斬撃の嵐、斬劇という他ない連打がゴレムにトドメを刺す。
「これで終わりだね」
「了解です。頸は私が落します」
霞は柄を握り締めて、自らの血で滑る忍刀を構え直す。
ゴレムの脇腹に刃先を突き立てた彼女が後ろに抜けるのを待って、雫が再び雪月花の一枚絵を作り上げた。
ただし、今度は頭頂から肩に打ち降ろし、そのまま横滑りに首を薙ぐ大三角形。
「やれやれ、やっとトドメとは連中の守りは固そうだ。…まずは情報だな」
「そうなんだけど…ちょっと変なんだよね」
突入の援護に回った一鷹へ霞は目礼を送ると、少しだけ首を傾げた。
「ふつう重要度はゲートの方が上、だよね。なんでこんなに強敵が居るの?道を阻みたいなら無数の雑魚でいいよね」
「確かに。何故戦力を集中させているのか、何か在るのか、これから何かするのか…。それを調べる必要がありますね」
霞の疑問に、痛いの痛いのとんでけと唄いながらレフニーが同意する。
ゴレムが守るのは広範囲に渡り、それが交差点や橋のたもとに一体ずつとチグハグだ。
「ここの連中は遊撃専任?かもとはいえ、怪しいのは確か。動けるうちは調べたいことあるんだ…」
傷を治す間も惜しそうに霞が周囲を探し始めると、仲間たちも協力して本格的な捜索を開始。
やがて『封』をされた何かに辿りつく。
一同が周囲を捜索して程なく、痛んだ防護幕を見つけた。
「判り易いのは魔法陣かな…他の場所でも特定できれば…楽なんだけど」
「とりあえず破壊するぞ?見たところゴレムと同じ素材みたいだが…」
霞たちが全員揃った処で、一鷹は一閃!
幕を切り裂き大地にナニカを露出させる。
「紅い龍紋…見た覚えがありますね」
「研究所での戦いで、騎士団の中には紋様を使って色々なことをするのがいたはずだから、このジャミングもそれが関わっているかも?」
レフニーが額にしわを寄せて記憶を辿ると、海は端末を漁りながらコレじゃないかと探し出した。
形こそ違うが確かにレフニー自身、不思議な紋様を見た気がする。
「コレ撹乱魔法の負担軽減用じゃないかな?そもそも長く続く術とも思えないし範囲も…ね。その拡張端末をゴレムの防御力で守ってるとか」
「なるほど。ゴレムの額飾りは別って話だし、単純な識別用かもしれないけど、関連する強化術を隠しているのかもしれないな」
霞の推論に海が相乗りして紋様を眺める。
先ほどの防御幕がゴレムの一部なら、魔法陣を先に壊そうにも防御幕は復元するのだ。
「後は調査しながら経過を見ましょう。比較はそこからです」
「てなとこかね。推論が正しいのか、あってるとして何の拡張を破壊したのか、仕上げを愉しみってとこだ」
雫が魔法陣を何度か切り裂くと、ロベルは煙草を踏み消すように紋様を消して行った。
こうして最初の目標を果たした一同は分班に分かれて捜索開始。
一同が撹乱魔法の真価を知るのも、魔法陣を消した成果を知るのも、道中の事である。
●奇門遁甲
『霧に難儀した彼らに、天は一つの教えを授けた。
万象を分かち、進むべき道を指し示す方策。これが世に言う…』
まるで霧のように視界の悪い道、その向こうからゴレムが訪れる。
先ほどの陣を破壊した事で少しずつ視界が晴れているのか、この距離でも白銀の飾りが確認出来た。
「巡回ですね。ここは隠れるとしましょう」
「鍵は借りてるしコンビニを使わせてもらうか。ビルは警報が生きてると厄介だからな」
ヴァンサンの提案に一鷹は渋々ながら乗る。
倒しきれない相手に挑むのも馬鹿馬鹿しいと、ポケットから鍵を取り出し近くの辻にあるコンビニに立ち寄った。
「既に開いてる?どうなってるんだ?」
「別班が何度か使ったみたいですね。…いやメールで確認してみます」
一鷹が抜刀態勢のまま尋ねると、ヴァンサンは床に書かれたイニシャルを見つけた。
考え事の途中で頭を振ると、書いたらしき仲間にメールを送信。
暫くして返ってきた答えは…。
『こちらレフニー。そこからT字二つを越えた小さなマンションなんだけど、来てみてくれる?』
「…?判りました、敵が見えなくなったら向かいますね」
レフニーからの通信にそう返すとヴァンサンたちは指定された場所へ移動。
だがそこに仲間は居ないしマンションもない。
暫くして、少し離れた場所から声が掛る。
「ここー。そこはT字じゃなくて脇道なんだよ〜っ」
「は?これだけ道幅があれば十分にT字でいいだろ」
迎えにきた霞の声に一鷹は不機嫌そうに返した。
迷子扱いされて少しだけ怒ったのかも?
宥めるように霞は慌てて付け加えた。
「さっき私たち同じコンビニへ二回隠れちゃってね。これはおかしいと思って、視界は晴れたし高い所を探したんだよね」
「そういえば合流するには早過ぎるな。…どっちか、あるいは両方が道を間違えさせられたのか?上で何が見えた?」
霞の説明に一鷹は納得。どの道も怪しいと思えるし、逆に、正しいとも思えてしまうらしい。
降りて来た仲間に声を掛ける。
「詳しい説明は移動しながらで良い?入れ違いで援護要請が来てるから」
『俺らも向かってるがアドバイスを一つ、地図を使うか折り目で写真撮りながら確認して進みな』
『認識撹乱も機械には及ばないようで…、現代の奇門遁甲とか、指南車というやつですね』
レフニーがハンズフリーにした端末から、ロベルの声が漏れてくる。
どうやら彼らは順調なようで、リアンたちが移動しながら打開策を教えてくれた。
言われた通りに確認しながら進むと、赤銅の額飾りをつけたゴレムが居るではないか。
見れば離れた位置に銀色飾りの敵も見える。
『悪いね。俺達が進もうとするのを敵が気づいたようで…当たり籤を引いたみたいだ二体だと逃げれなくてね』
『虎児を得たいなら、虎穴に入らざるえません。少しで良いので足止めしてください』
海が敵を引っ張りながら飛行しているのが見えるが、雫の姿が見えない。
どうやら通信を寄こした位置に潜んで、やり過ごしているのだろう。
「仕方ねえ。ここはピンポンダッシュといくか」
「せめてヒットエンドランといきましょう。ベンチで煙草を吸いたい気分ですがね」
反対側から駆け付けたロベルとリアンも参戦して、一斉攻撃を開始した。
最後は飛行可能な面子が二体を別々におびき寄せ遠方に誘導。
面倒の甲斐はあったようだ。
『見つけました。例の紅い天使が護衛と共に…怪しいどころではありませんね』
相手の狙いを見つけたかったのですがと漏らしつつ、雫も撤退を開始。
おそらく魔法陣の基部があるのは間違いないだろう…。