●構造調査
「念の為に周辺住民の避難誘導に行きませんか?」
「既に終えてるのではないですか?」
丘に面した幾つかの集合住宅。
その姿が垣間見えた時、鈴代 征治(
ja1305)が1つの提案。
先を進んで居たファリス・フルフラット(
ja7831)は首を傾げ、思わず尋ね返した。
「目的は件の建物がどんな構造なのか目視調査ですよ。帰ったら先遣隊の人にお説教の1つも言いたいくらい、情報が少な過ぎますからね」
「……なるほど。新規の探索戦闘と考えれば、全く同じ構造の建物を無視する手は無いわよね」
お手上げポーズで征治が茶化すと、何人かが頷いた。
例えば紅 アリカ(
jb1398)は現在地と一番近くの家を見比べる。
この位置では何処に何があるか全く判らないが、近くで構造を把握すれば我が家の庭も同然だ。
頭で考えるよりも、体で覚える方がよっぽど判り易い。
「確かに、軍でも警察でも特務は可能な限り似た建物で練習する。あたしは賛成に一票だ」
「のこのこ罠にかかるわけにはいきませんね。反対がなければ、そうしますか?」
「普通の男子学生としてはですね、近隣の建物に影響与えてなんてのは嫌なんですよ。依頼である以上は、やれと言われればやりますけどね」
身に覚えがある事なのか、アリシア・タガート(
jb1027)は力強く頷いて周囲を見渡した。
特に反対意見は無く、話を頭で咀嚼していたらしい紅葉 公(
ja2931)が、沈黙した場を代弁してゆっくりとしゃべる。
結論を受けてニッコリ歩き始める征治の呟きに、一同はどこが普通だと苦笑いを浮かべた。
どんな状況でも普通で居られるならば、きっとそれは凄い事であろう…。
「どなたかいませんかー!?いませんねー?…何を考えてこんな罠仕掛けたのやら。壁の具合はどうだ?」
「……結論から言うと場所を選べば可能よ。土塀でも鉄筋でも無い…昭和期の遺物というやつね」
問題の敵地から、最も遠い家に訪れた一同は軽く舞台を観察する。
入り口で声を掛けた白鷺 瞬(
ja0412) は、同じ壁破壊を試みるアリカに声を掛けた。
彼女は極力感想を避け、客観的に事実のみを報告する。
建物の外壁は差こそあれそれほど厚くは無い。撃退士の力なら二度三度の攻撃で穴が開くし、複数の人数でやれば時間も掛かるまい。
「……後は柱のある場所や、壁の分厚い部分を避ければ問題ないはずよ。そっちはどうだったの?」
「昭和期ねえ…。らしいっちゃらしいが、前に来た連中が出現に気付かなかった理由が判ったよ。そん時は襖が残ってたんだろう」
淡々と確認を取るアリカの問いに、瞬は肩をすくめながらぶっきらぼうに指差した。
この当時の建物は、何枚かの襖で部屋を区切っている場合が多い。
夏の障子扉ならば透けて見えるが、冬の襖扉であればちょっと見では判らないからだ。
「先遣隊さんは隠された正解の1つに気が付いて、迂闊に飛び込んじゃったんだろうね。本当はそこから工夫するのが面白いトコなのに」
「でもその襖ももうないんだよね?んじゃ遠慮なく叩き潰しちゃおうよ、二階の方もこの程度なら大丈夫そうだよ」
くすくすと笑って、隣の家を見て来た天羽 伊都(
jb2199)は当時の状況を思い浮かべる。
巧妙に隠された隠れ家を見つけて、証拠隠滅を計る前に急襲…。
気持ちは判るのだが、そこから自分達がより有利に戦えるように戦法を考えれば良いのにと思う。
自分がその場に居たらどんな風に…、そんな風に考えていると上を見ていた紅葉 虎葵(
ja0059)がやって来た。
気持ちが高ぶっているのか、ウルトラ元気いっぱい。
監視があっても良い様に実際に飛んだりはしないが、心の中では予行演習してるのだろう。
「最後の組みが合流したし、全員そろったところで出発シンコー!よーし、がんばるぞー!」
「でも今回のヴァニタス、普段はやっぱその家に住んでんのかな?でもの中に罠張って構えてるようなお隣さんは嫌だなぁー…」
「日本の節分では、豆で鬼を家から追い出すらしいじゃないか。豆は無いが鉛弾なら幾らでも撒いてやるよ。生憎と豆鉄砲なんざ持っちゃいないがね」
ウーラーッ!
虎葵と武田 美月(
ja4394)はハイタッチで元気よく合流すると、油断なく問題の建物へ歩き始めた。
そんな中、二人の話を小耳に挟んだアリシアは獰猛な笑顔を浮かべて相棒の背を撫でる。
屋内戦で凶悪な威力を発揮するショットガン。その頼もしい感触が感じられ、戦いの予感に血が滾るのを感じていた…。
●突入?いいえ包囲です
「さて、仕掛けますよ。ヴァニタス相手に罠に飛び込むのですから、気を引き締めていかないと」
「その罠が入り口にあるかもしれませんし、最初は飛びこまないでくださいね。今回は一手間掛けますので…。これで先手を取れればいいですが。危ないので、少し離れていてください」
問題の建物の入り口付近。
頬を叩いて気合いを入れると楯清十郎(
ja2990)は仲間の言葉に小さく頷く。
彼が扉が開けた瞬間に、公が印を切って魔術を発動!
睡霧が入り口付近を覆い、中で待ち構えていたらしき先頭の小鬼が動きを止める。あるいは彼女が警戒した罠でも外してるのかも?
「あはっ。向こうも襲撃対策してたんでしょうけど…、ボッコボコにしてあげるですよ♪」
「続々と来ます、油断は禁物ですよ!(この時期に女の子にケガをさせる訳にはいきませんからね!)」
正面にはリビングに当たる板張り側、脇には襖があったと思われる畳み張りの部屋。
共に小鬼が待ち構えて列を為すが、先頭の攻撃を受ける役が動きを止める事で進撃のテンポが遅れてしまう。
実力差があっても一撃二撃で倒れないが、ダメージの無い状態変化系はダイレクトに作用する!作戦が上手くいったと嬉しそうに手裏剣を投げる伊都の隣で、清十郎は油断なく盾を構え直した。
敵の数は多く、主力を止める役のこちらには最も多くの数が殺到するのだから…。
その頃…。
「作戦開始だねっ!数は多いし大変だけど、ここはしっかり頑張らなきゃ!」
「了解…。そういえばこれって、家に入らず遠くから攻撃し続ければ終わりじゃないの?」
やや遅れて二階側。
発煙手榴弾を投げ込む虎葵に続いて、建物越しに光撃を叩き込む征治は首を傾げる。
飛び込んで資料を奪取するのが最重要の目的では無いのだ、あるかないか怪しい成果の為に、命をさらすことも無いだろう。
「んとー、それもそうだね。アハハっ、まあ良いんじゃない?建物越しに攻撃し続けて倒壊したら、何体逃げたかの確認できなかもって言ってたよね」
「そりゃまあそうだけどね…っと、もうそろそろ良いですよ。場合によっては外から行きましょうか」
征二の放った光は、弾けて輝く波となる。
途中でぶつかった板塀を今度こそ砕き、先ほど割った硝子を粉砕しながら二階に大穴を開通。
頷いた虎葵は一テンポだけ待ちながら身をかがめ、感じた気配に一息に息を吸い込んだ。
「ギィア!!」
「っ……このくらいならっ!…残月の光にて殊類と成るも、その爪牙を以て災禍に立ち向かわん―オン、バザラアラタンノウオンタラク―ソワカ!」
一発、二発!
透過による奇襲を封じられ、二階へ隠れていたらしい小鬼たちが、傷だらけで向かって来た。
一撃目は浅く彼女の体を切り裂き、二撃目は軽い衝撃だけが伝わってくる…。
これは運と不運の差でしか無い、ならば後少しあれば防ぎ切れる…。虎葵はそう判断すると、大きく息を吸い込んで中へと飛び込み闘気を練った。
祝詞は必要はない、だがこの言葉はスイッチだ。
病の影響を引きずり地を這う彼女が、皆を護る虎になる為の人中の扉!!
「さっさと倒そうか?数は多いし大変だけど、ここはしっかり頑張らなきゃ!」
一言叫べば、彼女へ百倍の勇気が飛来する!
一方、彼女たちが二階から煙を撒き散らしたのと同じ頃…。
「始まったな。レディ…ブリーチング!」
「オーライ。さて、蓋を開けたら何が待つのやら」
時計と物音の両方で判断したアリシアが肩を叩くと、瞬は即座に行動を起こした。
踏ん張りの効く確りとした場所に腰を落とし、体のバネで抱え上げた大剣を一気に振り下ろす!
本来はエアコンが付くべきやや薄い壁を、山を絶つと呼ばれる一撃が軽く塗られたセメントを切り裂き、壁を構成する板をむき出しにする。
大きな傷の入ってない場所にも無数のビビが入り、中から煙が漏れ始めた。
「無手じゃめんどくさそうだし…こっちの方が重量ある分いい感じだな。とは言え重いしな…、さっさと開けてくれれば助かる」
「……それは壁に聞いて」
半眼を閉じて、念頭の構造図に修正を加えたアリカは素早く踏み込む。
撃つならば此処と、亀裂の入った場所ではなく、ヒビとヒビの中心…。バランスの崩れ掛けた浮いた部分を指差した。
指を振り下ろすと同時に出現する大太刀は、光を輝きに変えながら…巨大な鉄槌となる。
放たれる衝撃波は、上で同じ技を放つ征治と同時に、建物を軽く揺らしていた。
ビリビリとした一瞬の震動の後…。
「……後、少し?」
「いいや、十分だ!その汚ぇケツに火ぃ付けられたくなかったらさっさと出てこい」
バラバラと崩れて行くセメント。
板張りもまた千切れ飛び、残るはまばらな数枚が邪魔するように残っている。
そこへ銃を構え直したアリシアが、煙に浮かびぎょっと驚いたような小鬼の脇へ、残骸諸共に射界に入れてショットガンの引き金を引く。
拡散する弾丸は、判り易い物理的な衝撃を持って道を開いていた…。
●殲滅戦
「ほらほらー!引っ込んでないで出てこーいっ!先輩も早く早く!」
「了解!」
畳表に砕けた窓硝子が散らばって行く…。
美月は立ちこめる煙の中へ向けて、銃弾を撃ち込み続ける。
大窓のサッシを破りながらたまらず出て来たゴブリンへ、落ち着いて二発目の照準を合わせ引き金に力を込めつつ、軽く眼を閉じた。
銃弾には炎の意思を!共に戦う仲間達との思いを胸に、強烈な一撃を放って行く。
小鬼が倒れ伏し、代わり行く状況に対処できたのは、ある程度の予想をしていたからだろう。
「ギィガガ!」
「おーっと通せんぼ〜!私が此処に居る以上は黙って通さ……っあっちゃ!!」
体をかがめてくるっと回転掛けながら、手に持つ銃をダウン。
意識の底から十字槍を持ち上げて、飛びだそうとした新しいゴブリンに打ち掛かる。
突きこんで押し戻そうとして感じた殺気に、とっさにのけぞるようにして重心を反らせながら槍を回転させた。
吹きすさぶ暗黒の力を受け流す為に、槍風車が吹き散らす!
「い、家ごとだと?こ、この野蛮人が!!」
「作戦だもんね!だから、その言葉は……褒め言葉だよ、このひょろひょろヴァニタス!!」
頬を裂く傷などお構いなしに、美月は吠えた。
心に浮かぶ焦りを飲み込んで、仲間達に聞こえるように強気で攻める!
明らかに後衛風のヴァニタスが、雑兵である小鬼のすぐ後ろまで詰めた理由はただ一つ。
彼女を捕まえて状況を打開するとか、口では言えないような事をするため?いいや違う、それは……。
「撃退士風情がぁ!!」
「へへーん。手こずってるのは誰ですかねえ?撃退士風情に『逃げ支度』ですか色男さん!」
煙で汚れた顔色が露骨に朱へ変わる。
影を含んだイケメン眼鏡のヴァニタスは、逃げを決めた時点でただの三下。
例えピンチであろうが、恐れる理由など何も無い!!
「(とはいえ、ちょっちだけピンチかな?前も似たようなもんだろうしさ)」
四方に別れ、相手の目論見を完全に潰した分、1か所毎は手薄になる。
合流までの間、裁き切れば彼女の勝利なのだが…。
「敵がこんなに…」
「もう少しです、あと少しでホラ!救援が来てるのが見えてますよ。そうすれば逆転です!」
「結構な数いるですねえ…ご飯の調達どうしてるんだろ…。あははその心配も必要なくなるけどね」
男の子たちはそれぞれのペースで、少女を励ました。
入り口を抑えたまま動かない事で、2人居れば扉周囲を完全に塞ぐ事は出来た。敵の狙いをそのまま逆手に取った格好。
だが、その向こうにはゴブリン達が斧で切りつけ、中には隙あれば投げようと構えているモノも居る。
「け、怪我…大丈夫ですか?」
「大丈夫です。僕なら多少の攻撃は耐えられますからね。それに…数を揃えて武装させるのは良いですが、閉鎖的な空間を選んだのは間違いでしたね!」
「そう言う事、そう言う事。防御型のボクらに隙はなーい。ここからが一本橋の真骨頂だよ。そーれ♪」
全ての方面で敵味方ががっぷり四つ。
だけれども一人一人ならばこちらが優勢、まして…自分達3人が半数以上を受け持っているのだ。
他が有利に傾くのは当然だし、密集隊形ならば彼ら2人でも問題ない!
気弱な子であれば卒倒にしそうになる光景で、清十郎は果敢に励まし伊都はあっけらかんと笑って見せた。
手にする剣は八叉の妖…、いや心の中では天の羽々斬り、退魔の剣。
光を持って複数の敵を薙ぎ払い、もっとも深手を折った処へ銃弾が雨のように注ぐ。
「私も…。驚いてばかりは居られないよですねっ…。もうちょっとなら、みんなで耐えましょう!」
「そうだ、その意気だ!ターゲット残り5、…4!」
「……数には数を、ってね。どちらが知略で勝っているか……ここからが本当の勝負よ」
迫る敵を押し留め、それでも立ち向かう少年たち。
男の子たちの奮戦に、傷つく彼らを放ってはおけないと、公も勇気を振り絞る。
火焔を放ち、集中砲火で一体を葬り去る頃に…、騎兵隊はやって来た!
光の帯に続いて撃ちこまれる散弾の雨霰、散らばる残骸を物ともせず…。
「……屋内で多数の敵を相手にするなら、こっちの方がやりやすいわね……」
「俺も真似ぶとするか。さぁ…虚影の剣製、捌ききれるか?」
光を太刀に集約させて、衝撃波から刃に切り替えたアリカが飛び込んでくる。
続いて顔を出した瞬が、影を印影から選び出し、数本の小太刀を造りあげ始めた…。
「殲滅だ一気に決めろ!ただし…誤射だけには気をつけろボーイズ!」
アリシアの言葉が全ての状況を集約している。
穴を開け、彼女たちが横合いから参戦したことで状況は確定。
ここまでくれば後を語る必要はあるまい、たちまちのうちに玄関口の攻防は終結した。
●
「何がしたかったのかさっぱりですが、ここで倒しちゃえば万事解決!」
「とーちゃーく!ごめんね〜」
「おっそーい。まあプライドもない人だから、怖くもなかったけどね?」
二体目を倒した征治と虎葵は、美月の救援に駆け付ける。
その時には小鬼も倒れ、逃走に専念するヴァニタスへ一方的に銃弾を浴びせていた。
「ええぃぃ!覚えてろおお!!」
「二度と来んなこの三下!」
「派手にやっちゃいましたが、可能な限り調べますか」
届く範囲で2人も攻撃に参加したが戦闘はここまで。
追撃は掛けず、建物調れば一件は落着である。