●山より来るモノ、山を越えるモノ
山の稜線から迫る影…。
それは全速にも関わらず、体は安定し小揺るぎしない。
「ハヌマン…、後ろの大型ともども……厄介な敵、みたいだねぇ」
水無瀬 快晴(
jb0745)の目に敵集団の全容が映る。
四騎の高速タイプは、猿というよりは山の化身にも似ていた。
更に中央へひときわ巨大な影。進軍は猿より歪ながらも、四足の下半身に甲冑を纏う上体は巨大な騎馬武者の様でもある。
「またあのゴレム、ですか…」
「段々と厄介になって来ているのは、気の所為ではないね。次は巨大武器型サーバントでも手にしてるんじゃないか?」
リアン(
jb8788)と並んで煙草をふかしながら、ロベル・ラシュルー(
ja4646)が苦笑する。
目測で『此処』への到達時間を測りながら、もみ消してポケット灰皿に押し込んだ。
「しかし霊場沿いを転々としているのが何とも嫌な感じですね。まるでゲート作成地点でも探しているような…」
「種子島みたいなレア地点は別枠にしても、効率良い場所があれば大きいだろうしな。…まあいいさ目の前に集中するとして、後で調べるとしよう」
リアンはロベルの意見に頷き、とりあえずは目の前の敵を叩くとしましょうかと呟いた。
一同が選んだ戦場までもう僅か。
果たして撃退士は山の化身を阻めるのか?
その答えは此処に、その手段は此処にある。
「……さて、行くよ。準備はいいかな?」
「では皆さま、お手を拝借♪また攻めよせたなら懲りるまで、何度でも叩くのみです!」
時間測っていた快晴が時を告げると、川澄文歌(
jb7507)を中心に何人かが手を結びあう。
数珠つなぎになった手と手を介し文歌の力が伝播する。
周囲に満ちる力を、唄が一つに結び始めた。
はるか天竺の地で山の脅威をハヌマンと呼ぶならば…。
人を結集して野を越え山を越えた征服者イスカンダルは、天竺にて最速の韋駄天スカンダと名前を変える。
ならば韋駄天の法を収めた撃退士が、この高速道でハヌマンを恐れる事もない!
●意思を持つ壁
高速道が丘状になった地点で、撃退士たちが次々に落下する。
韋駄天の魔力が優しく着地させ、猿たちの速度が鈍り始めた位置に合わせる。
「わたくしも参りますけど、大丈夫ですか?」
『問題ありません。充分射程圏内です』
行動を開始した仲間を見つめて、斉凛(
ja6571)が木影から姿を現した。
エルザ・S・バレット(
jc0701)は別の木から飛び立ち移動を開始するが、共に大ぶりな得物を全身で固定し、少しずつ距離を詰めて最適位置を探し始める。
『視界良好、…射角よし。調整を開始。します』
「それでは、スナイパーの本気を見せて差し上げますわ。敵が連携重視なら、こちらも仲間との連携ですの」
上空やや斜め上のエルザから連絡を受け、凛は簡単に頷いた。
ロングバレルのスナイパー二人を置いての戦いならば、一人が支援砲撃、もう一人が純狙撃に移行できる。
本当は観測員も欲しい所ですけど…と呟きつつも、この場での最適解だろうと思う事にした。
この位置からでなら、相手がいかに素早くとも左右に銃口を振るだけで射界に収まるだろう。
覗いたスコープには、戦いが始める姿が垣間見える…。
「道路交通法違反だ…」
飛び蹴りくれた川内 日菜子(
jb7813)に向かって、振り降ろされる大上段からの一撃!
それを横薙ぎの裏拳で薙ぎ、衝撃に軋む拳を握りしめて吠えた。
「全員そこに正座しろ!」
日菜子の闘志は人と言う名の壁となる。
見るがいい四足の巨人よ、踏みしめる彼女の両足には炎のアウル!
燃え盛る瞳は、一歩も退かぬと口よりも雄弁に語っていた。
「例え最後の一人になったとしても、貴様らをこの先に行かせはせん!」
「もちろんだが…我々も居る。一筋縄で行くと思うなよ?」
日菜子の後ろには壁、前にはゴレムの巨体と背水の陣にも見えた。
だがそうではない、リアンが空からアウルの鞭を伸ばすように、協力し合う仲間たちが居る!
「痛いのは嫌、なんだけどな…でも、そうは言っていられないよね」
「そう言う事だ。帰ったら適当に奢るから、暫くそのまま頼む!」
篠倉 茉莉花(
jc0698)も日菜子の斜め横に着地し、法印を切って風の加護を願う。
仲間たちからの援護を受け、日菜子は言葉と事実を交換した。
求める未来は進軍阻止、我が身に変えて叶えて見せるが…『命があれば』なんて後ろ向きな条件を、こともなげに『帰還してみせる』と言い換える。
冗談にもならぬ等価交換で、彼女は死地に活路を見出した。
スコープで覗く後方組とは別に、近くて遠い場所から彼女を見守る影も居る。
「(…あのままなら、あそこはアレで大丈夫…かな。その『間』を作らないと…)」
木々の落す影に隠れた快晴は、冷静に介入のタイミングを測った。
仲間たちの派手さに隠れて潜む。
●交差
強襲をかけた撃退士たちであったが、全てが上手く行ったわけでもない。
何しろ相手の回避力、そして移動力がケタ違いなのだ。
「お猿さん達の相手は、俺だって行ってるだろ!」
紅い双剣を使ってロベルは左右に身を揺すった。
右に左に半歩ずつ走りながら、拳を受け止め拳圧を避ける。
だが全てを引きつけられるわけではない、二体ほどすれ違っていた。
…正確には、抜けようとしていたと言うべきか。
幸いにもそれは半分ほど過去系である。
「…困るな。もう少しで、追いつけない所…だった」
「ふぅ…。まずは一体、直ぐに追いかけなくちゃ」
突如動きを止めた猿型の後ろから、吹雪と共に快晴がのっそりと現れる。
文歌と二人掛りで突破した猿を眠らせ、あるいは結界に閉じ込めようとしていたのだ。
生憎と留めれたのは一体だが、撃退士を避け斜めに移動した分だけ、速力を活かせていない。
追いかければ猿が後方に辿りつくまでに間に合うと、文歌はめくれたスカートを気にしながら溜息をついた。
「もう一度合わせられますか?今すぐなら…」
『…不要。一体程度なら、問題なし…です』
文歌が振り向いた時、通信機からエルザの声が零れる。
ややあって上空から乾いた音がして、続けざまにもう一射。
『お猿さん…逃がしはしませんわ。万が一来るとしても…』
漆黒の魔弾を直撃させた瞬間に、凛は立ちあがった。
猿の全速は、確かに彼女の射程を上回る。
確かに近寄られれば危険かもしれないが…。
『来ると判っていれば、わたくしの方で調整すれば済む話ですわ』
『私も居ます…。から…』
接近されるとしても、それは凛が動かないの話だ。
下がれば一度で接近される事もなく、その間にエルザともども一方的に射撃できる。
その僅かの間があれば、刹那であっても十分過ぎる、仲間を呼ぶほどではないだろう。
ならば後方への援護は不要、経過を確認しつつ前面に専念すればいい。
「じゃあ予定通り行こうか…。手際とかは…次の機会とかで」
「そうですね。今のベストを尽くしましょう!」
快晴はイザという時の手順を決めておいてよかったと思いつつ、目の前の敵に向かいあった。
ここは即座に敵を減らしてから、救援に向かうなり大型を倒しに向かえばいい。
文歌も全体の様子を見ながら、攻撃魔術と治療法術を使い分けて行った…。
●混戦を制せよ!
贔屓目に見て、撃退士たちは善戦していた。
壁役が相手の脚力に対して少ないが、厚い中央が臨機応変に構えた事もあり、後方に押し込まれたのは僅か一体。
このまま戦闘が進行すれば、戦局自体は撃退士側優位に傾くだろう。
「(…問題は、あんまり大将にダメージ無い事…かな。ならサーバントが作戦をどこまで理解しているか次第…どうしよう…どうしよう)」
茉莉花は焦りを噛み殺しながら全体の推移を見守った。
敵部隊の侵攻を止めると言う意味では、本命は猿型の討伐。天使陣営も重要なモノは同様のはずだ。
戦力が二・三割減れば敗北、五割で壊滅というらしいが…、サーバントの採算はどの程度だろう?
回避型を再生型の大将が率いる倒し難い集団であり、こちらの傷もとっくにスリ傷というレベルを越えている。
消耗戦では危ういと、ポーカーフェイスに焦りを隠して服の上からポケットの中身を握りしめた。…おちつけ、あたし。
「向こうのお猿さんが踊ってる!」
「っ! 助かった…が、みんな限界か。鎧型の効果が厄介なら、そろそろ仕掛けるべきだな」
茉莉花の忠告を受けて、日菜子は手刀で拳圧を叩き落とす。
今度は指から血が滲むが気にしていられない…。分断に成功したが、こちらも分断されてしまったという状況だ。
相手が全滅覚悟ならこちらも重傷者が続出しかねないし、逆に被害を気にする場合は集団逃走されかねない。
この苦々しい状況は、一つずつこじ開けて行かねばならないだろう。
「赤標識の意味を知ってるか?」
僅か半歩、たった半歩の距離を日菜子は全力で疾走した。
血中の酸素を使い尽くしても構わぬとばかり、踏み締め噛み締めアウルを絞り尽くす。
脳が沸騰しそうなほどの息を、火眼赤熱の俊馬と化して駆けぬけた。
「……此処から先は進入禁止だっ!」
その手が掴むのは、ただ目の前の勝利!
大鎧が砕け、ほぼ同時に斧槍が肩口を切り裂いた。
暴走気味の突進に見えたが、あれで日菜子は平静を保っているようだ。ゴレムの斧槍が直撃したものの、続く二撃目は防ぎきっている。
「問題無いようですね。…あの鎧が指揮個体と強化魔法を兼ねていたようですし、これで戦況は傾くはず」
上空からの攻撃を続けたリアンには、冷静に盤面が見て取れた。
ギョロリと周囲を睨んだ鎧型が猿に向き直り、遠距離攻撃を支持・援護していたのだ。
だがその鎧もたった今砕け散った、強化魔法もタイミング調整もないなら、猿型は恐ろしい相手ではあるまい。
「次は本体を叩きましょう、相手の特性は覚えていますね?」
「面倒なんだけど、まあ仕方ないか。…痺れちゃえ」
リアンが声を掛けると、茉莉花はベースをかき鳴らして応えた。
手の中の振動が徐々に大きくなり、それはやがて雷鳴の剣となる。
怯える心を奮える心に、心臓の鼓動をアウルの脈動に。身体の中の音と力を刃に変え茉莉花は初めて前に出た。
先ほどまでの援護攻撃とは違う…。メロディと共に彼女は、戦いの渦中に一歩踏み出す。
●猿と弾丸のロンド
大鎧が壊れたことで、戦況は明確に撃退士側に移行した。
不毛な消耗戦なのは同じだが、目に見えて猿型の脅威度が下がる。
ならばここからが、反撃…いや勝利を奪い取る戦いの始まりだろう。
「あっちが先に潰しちまったか。それじゃあこっちもお猿さんを何とかしますかね」
『そうねえ。早いうちに『二体目』を仕留めたいところですわ』
ロベルが通信を聞いて見回すと、凛たち後方班も一体目の猿を撃破していたようだ。
何時の間に…油断ならねえと言おうとしたが、前線で頑張ってる彼では仕方あるまい。
音を立てて崩れ落ちる猿を脇目に、凛は再び長物を正面に向けた。
『エルザ様、先ほどのコンビネーション撃ちを再現できますの?』
『そちらのトリガーが速い、です。合わせてくれれば…大丈夫』
悠然と微笑む六歳児は、あでやかな笑みで頷いた。
スコープ越しに凛が頷くのを確認して、エルザも次の獲物へ銃口を向ける。
縦横無尽に動き回る猿型も、回避動作を伴えば制限されるが道理。
遥か彼方よりの銃撃で回避方向すら固定し、新たな定点を軸に追い詰め…。
『…弾道からの退避を確認、誤差修正。次は確実にヒットさせ…ます』
『お猿さん…逃がしはしませんわ』
エルザは凛に合わせたのか、申し訳程度に丁寧語を付ける。
語尾だけではなく、できれば所作もですよ…と笑いながら小さな女の子は天空の目、そして前方の目を意識した。
凛の上空にエルザ、二人を底辺に結んだ三角形の先に狙うべき相手が居る。
今回の相手は手負い、魔弾は不要と続けざまに引き金を引いた…。
「っとお!支援さえなきゃあ、このレベルか。仕留めて…」
二体の猿型に囲まれたロベルは、他愛なく挟み撃ちをいなした。
先ほどまでの苦労が何処へやら、二体の攻撃を順々に対処。
戦闘開始時の様に圧倒し始め、反撃してやろうと思った処で、次々に銃声を聞いた。
弾着を聞き分ける余裕が出来たという事でもあろうが、音がするたびに猿が陥没する。
『チェックメイトですわ』
「やれやれ、俺の出番が無くなりそうだ…仕返しの一つもしてやりたいんだがね」
『労力は少ない方がいい…です』
凛からの通信と共に右側の猿が膝をつき、ロベルが苦笑する間もなくエルザが脳天を貫いた。
残る猿は一体、さっさと潰して親玉に向かうとしよう。
●決着?
戦線はここで反転する。
猿型の殆ど大鎧を失った事で、ゴレムは作戦の続行を中断すべきだったのだろう。
「天使の指揮なら…逃げてた…かな?でも遅すぎる…ね。もう逃げられ…、ない」
快晴は再び魔法の詩を紡ぐ。
氷が舞い始め、一足早い冬の訪れを再臨させた。
いかに猿型が回避力に優れていても、懐近くに入り込み過ぎだ。
この曲で凍りつかせ…、抵抗したとしても次のタイミングで仕留めれる。
「当然、俺たちが逃がす事などありえんがな!」
「今度こそ……っ、痺れちゃえ!」
最後の猿型に誰かが斬り込む姿を確認し、リアンは自分の獲物へ猛威を振るう!
タイミングを合わせて茉莉花が雷鳴の剣でゴレムの動きを止めに掛った。
ここから先は秒刻み。
一撃、駄目なら二撃!
『っ!防がれたらもう一度』
そしてこの刃すら囮に過ぎぬ!
エルザ達の銃弾が右目を穿つ!
「待たせたな! これがエンジンを掛け直した、私のフルスロットルだッ!!」
「同じくこっちも参加させてもらうぜ。上も下も油断するなよ?」
ターン! と音がゴレムの顔面から聞こえた少し後、技を入れ替え一呼吸を居た日菜子とロベルが復帰。
猛攻はゴレムの右眼を砕く為の連携攻撃、そしてここからは倒す為の波状攻撃だ。
例え砕いておらずとも構わぬ勢いで…、防御すらかなぐり捨てて責め立てて行った。
「流石に強いが…、まあそれだけだ」
「煙草の前に治療が必要そうですね」
肋を砕くほどの反撃受けてもロベルの刃は止まらず、リアン達ともどもゴレムを砕く。
「ご要望ですの?では、痛みも吹き飛ぶお茶会を始めますわよ」
右目を潰した後で移動を始めた凛は、全て終わった事を悟って治療に移行する。
重傷にはならなかったものの、自己回復でも足りず彼女の出番という訳である。
「…集団戦強化の演習として、これで、終わり…なワケ、無いですよね」
「対処で…設計図を解析すれば,オートヒールの能力を打ち破る術も見つかるかも…」
「できるとは思うが、何時使うかだろうな。シンプルな能力だけに、邪魔する事も再設計も可能だろう」
リアンの言葉を受けて、文歌と日菜子が残骸をつつき始めた。
天使たちとの戦いは、これからなのだから…。