●ODEN探索隊、始動!
ある冬の寒い日、おでんを作るべく撃退士たちは集った。
「本日は寒い中、かたじけない。色々と相談に乗っていただければ幸いだ」
アンナと名乗った銀髪の少女が軽く頭を下げると、一同は笑顔で向かい入れた。
古株が新人撃退士に協力し、新人が育った後に次の新人に協力するのは、習慣のようなものだ。
「まっ大船に乗った気で、ドーンと任せなさいって。味にうるさいのが揃ってるから覚悟だけはしとくよーに」
「(心にしまった船は大きくとも、胸は違いますお)」
雪室 チルル(
ja0220)は挨拶の途中で振り向くと、何か言った!?と怒鳴りあげ。
一方の怒鳴られた玉置 雪子(
jb8344)は、どこ吹く風でサーセンと逃げ出した。
まったく、子供は風の子と言うが…。
二人は寒いの平気なので、開幕から騒がしい。
「まー。なにはともあれ、冬はやっぱりおでんに限るよね!」
「何時食べても美味しいですが、この時期になるとおでんは一段と美味しくなりますよね。アンナさん達が無事に依頼を成功出来るように少しでも助けになりたいです」
「(ファッ!?一人だけレベルが…。菩薩過ぎてワロタ。これが越えられない壁ですね、判ります)」
元気よくチルルがおでんについて熱く語り始めるのに、ユウ(
jb5639)が同意して心構えを口にした。
その時、雪子は何か眩しいモノを見る瞳で彼女を拝み始める(何に、とは言わないでおこう)。
「確かにおでんにはええ季節やなぁ。日本酒にもよう合うしなぁ♪コツとして色々あるんやけど…」
テーブルに置かれた酒を見ながら、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)はにんまりと笑った。
軽く目を閉じ、今まで味わってきた数々の酒と、おでんに心を這わせる。
「肝は出汁やで!シンプルイズベストってな。おでんは変にアレンジせんでも十分完成されてるからな♪」
「そうですね。店として構える以上、おでんの種は勿論ですけど、その種の血となる出し汁も重要になる為、提案された具に合う出し汁は必須だと思います」
出汁こそ命!と主張するゼロに同意して、ユウは全体バランスについて提言した。
いかに単体の具や出汁が絶品であろうと、血と肉のようにマッチしてなければ美味しくない。
出汁を中心に全体バランスを整えてこそ、本当に美味しいおでんが出来上がるだろう。
●基本系を作ろう!
そして小鍋を複数取り出し、上に幾つかの組み合わせが並べ始める。
鶏がらと鰹節、鰹節と昆布、淡口醤油に酒、エトセトラエトセトラ。
「まずは数種類の出汁ベースを用意しておき、実際に考えた具材に合うものを皆で選ぶと良いかもしれませんね」
「だとすると、具の方で昆布巻きなどは止めた方が良いかもです。全体に必要以上の臭いを付けてしまいますから」
ユウが実物を例にとって解説し始めると、雫(
ja1894)はコクコクと頷いた。
無表情の上に難しい顔を浮かべようと努力しつつ、あれは良くない物ですと感想を連ねる。
もちろん彼女が苦手なのもあるが、強過ぎる味は全体を損なうのだ。
「出汁がしっかりマッチした上で、定番の大根、卵、はんぺん等があれば問題ないと思います。せっかくですし自家製の種で味を良くしたり、変わり種で風味だけ変えればよいでしょう」
「自家製かぁ。新鮮で安いのは確かだけど、魚介類のおでんバリエーションは少ないから難しいんだよね……」
雫はまずフードプロセッサーを用意した。市販の種は最低限の材料と混ぜ物だが、自家製は高い比率で作成可能。
その美味しさに理解を示しつつも、礼野 智美(
ja3600)はそこからの展開に悩んだ。
海辺出身の彼女と言えど、おでん種という括りでは難しい。
「面倒の無い範囲で焼き魚や刺身を当面のサイドディッシュにするとして、後で少し考えてみようか」
「良いんじゃないの?あたいにちょっとしたナイスアイデアがあるし、品評会といきましょ」
「自分でナイスアイデアとか、草生える〜。まっ雪子にだってアイデアの一つや八つくらいありますけどね」
智美が肩をすくめて一区切りを付けると、逆にチルルと雪子は自信満々に対決姿勢。
二人の竜虎対決図を眺めつつ、みなでアイデア合戦と洒落込む事に…。
と思った処で、意外な所で中座する事になる。
「なあ、ODENって何?…食い物ナノ?レーションよりマシなの…ミー食べた事ナイヨ」
「それはいかんな。私も食べたばかりで大きなことは言えんが、素晴らしい食べ物だ」
「学園生活してると何時も食べる人と、一切食べない人に別れますからね。…一人暮らしだと御裾分けかコンビニでしか食べなくなるんですよね」
先生、質問〜と長田・E・勇太(
jb9116)が手を上げると、依頼んであるアンナがこれまで食べなかった事を残念そうに頷いた。
雫は二人のやり取りに、てしてしと猫のように頭をかく。
自分たちは標準だと思っていても、人によっては冗談のような展開になるようだ。
「よし、判った!ここはひとつ実物を作ってみようじゃないか。速攻で作れる方法がある…、まずは既製品で十分だろう」
「まさか、あの方法を知っとるゆうんか!?…ぐはっしずやん、流石やで」
そのやり取りを見ていた鳳 静矢(
ja3856)は、実際に作ってみる事にした。
親友であるゼロのボケにツッコミを入れつつ、百聞は一見にしかずと包丁を手に取る。
「大根など煮え難い素材には、隠し包丁といって、予め切れ込みを入れておく。これで染み込み易くなるから、冷ました出汁に漬けておくといい」
「それならコレを使ってください、私も短縮術として用意してきました。…本格的な出汁は伊勢屋さん監修で造るとして、まずは基本系を味見しましょう」
かたじけないと静矢は礼を言って、ユウが持ち込んだ氷を受け取った。
この氷は出汁を冷やし固めた物で、融かす事で手早く仕込みを終える事が出来る。
依頼などで時間が取れない時には、この氷を使う事で大幅に時間が短縮できるのだ!
とりあえず練習用なので数個だけ先に煮融かし、深皿に漬けこんでから仕込みスタート。
「ゼロからスタートするよりも、この味付け素材を煮込む方が速い。別途作業と並行可能で、形が崩れ無い事も大きいな」
「俺こそがゼロや…って、冗談や。…この新旧技術の融合が世界に誇れる『技』ってやつやで♪」
静矢はその間に小鍋に味見分だけ、ゼロが用意した出汁と材料を入れてグツグツ。
一方のゼロは手洗いツッコミを腹筋でブロックしつつ、新しい出汁を作る用意し始めた。
念には念を入れた出汁自体は事前に用意したが、それを作るところから教えるつもりである。
●井戸端ならぬ、鍋端会議
暫くして漬け込んだ具を入れて、煮続けると完成。
本当は手作りしたり大鍋なので時間はかかるが、今は小鍋と既製品なので簡単に出来る。
「ワゥ!これがODENですネー?フーン、良い香りと深いあじアジ、味わい?デス」
「察するに基本骨子は味の第五要素、UMAMI水溶液というべきだろうか」
「いやいや、そんな大仰なもんじゃないから。おでんなんて、美味しければ別にいーの」
食べ慣れない勇太とアンナが大真面目に批評しようとすると、がおーとチルルは唸った。
おでんは和気あいあいと楽しめればよいのだ、美味しい美味しくないの二択で十分!
小難しい理屈をこね回して頭をショートさせる必要などないではないか。
「既製品と言うケド十分に美味しいでスね(シット!ステイツにこんな物はなかったゾ!?)」」
「そんだけ出汁は重要ちゅーこっちゃ。大元はこれやが、これだけでも極上やねんで?飲んでみるか?」
「それなら少し失礼しますね…」
勇太が一口二口やってる間に、ゼロは皆の目の前で出汁汁を作り始めた。
頬に掛った髪をかきあげながらユウが小皿で出汁を口にすると、昆布と鰹節のシンプルな組み合わせなのに奥深い深みが感じられる。
その美味しさを堪能した上で、ユウは何事かを思案し始めた。
「絶妙なだけに、素人には無理かもしれません。配分量を測ることで、可能な限り近いレベルで再現すべきですね」
「それで思い出しました、アンナさん達は、料理がしっかりと出来るのですか?」
ユウが心配しているのは、誰もがその味を出せると言う訳では無いこと。
どんな腕前でも同じ味がだせるように工夫しようと彼女が提案した事で、雫は大前提の確認をする事にした。
もし酷い腕ならば、細かいテクニックよりも先に叩きこんでおかねばならないだろう。
下手の横好きというものは、仲間内でのみ通じるジョークに過ぎない。
「さすがに自炊くらいはできるし、料理自慢の仲間もいるぞ。…むしろ接客が不安だと言われたな」
「腕前に関しては少し実例を見せてもらうとして、接客ともどもコツを効くのが良いかもですね」
「せやな。味も大事やけど、ふるまい方がおいしさを引き立てるんやで♪故郷で振舞うんやったらこれを一番学んでってや♪」
依頼人であるアンナは理論先行気味なので、少々不安ながら雫は経過を見る事にした。
料理はともかく笑顔を教えるのは難しいし、自分の分野では無い。そこでさっきからニコニコやってるゼロに振り直す。
おでんにあう酒やドリンクを用意していたゼロは、気を悪くすることもなく応えた。
「聞いたこともあるやろ?ジャパニーズおもてなしの心や。どんなに美味くても、『これが俺の料理だ!』はないわな」
「料理勝負なら別として、屋台と言うのは一種の社交場でもある、全く見知らぬ人物とも、おでんを囲み暖を取り空腹を満たしながらコミュニケーションを取る…そんな場所だ」
ゼロの話に静矢はつみれや串モノなど時間のかかる種に取りかかりつつ、日本の屋台文化について説明した。
西洋だとパブで酒を飲みながら話を始めると言うが、楽しい雰囲気そのものが最大の美味しさなのかもしれない。
ほっと一息つくあの瞬間は、『粋』とでもいうべき、何にも代えがたい味付けなのだから。
「フヒヒ。スマイルは0円と言いますしおすし。ここはひとつ、男を胃袋と笑顔で落す必殺技を覚えてはいかがですかねえ〜?」
「アウチっ。なんと身も蓋もないお言葉。いい話が台無しデスヨ」
最後に雪子の笑い話が持って行くと、勇太たちは笑いながら味見を終えた。
●いきなり黄金アイデア
小鍋一杯分の味見をした上で、試作品の話に移る。
「そういえば、今のコミュニケーションで少し思い付いたんだけど、近隣県以外のご当地ネタを引っ張ってくるのはどうかな?」
「意図する事は判りますが…、コミュニケーションで思いついた、ですか?」
口火を切った智美の言葉に、雫は首を傾げた。
いまいち屋台の会話と繋がらないのである。
「さっき雫自身がでおすそ分けって言ったけど、もらったおでんに聞いた事が無い物はなかった?くれた『本人は普通と思ってるけど、実は全国的には入れない物』のこと」
「あっ…。たしかになんでこんな物をって思った事あります」
「同じコミュニティに所属する料理は同じデス、でも、違うコミュニティではチーズやベーコンも風味と応用が違いますし、それが新しい発見に繋がると言う事ですネ」
智美の解説に思い当たることがあったのか、雫はぱちくりと目を瞬かせる。
その様子に満足したのか、何度か経験のある…というか現在進行形で感じている勇太は多いに頷いた。
「この学園なら全国から学生集まって来るし、そういうネタやコツを混ぜると良いよ。例えば俺だけど…。手握りちくわは、おでんに入れるよりも炙る方が美味しいし、簡単にサイドメニューになるんだ」
智美はそのままトマト、アボカド、丸ごと玉葱、ベーコン、手羽元などと色々な具材を上げる。
それらは確かに普通のおでんには入れない物である。
「何処ででも売ってるし、こんな物を入れるんだって話題になるよね」
「ちくわも練り物作る過程で出来ますし、炙るだけなら簡単で良さそうですね。同じように手間の簡単な物をピックアップしてみましょうか」
智美の話に納得がいったのか、ユウがメモ帳を取り出した。
それぞれの出身地のレシピをまとめるだけでも沢山のアイデアが集まりそうである。
しかもこのアイデアは、依頼仲間や友人と交流するだけで、幾らでも増えるのだ。
「なるほど、それならば私は茹でたての釜揚げうどんと、蕎麦をあげます。麺の汁は…」
「ちょーっと待った!!!そのアイデアちょっと待った、そのまま喋られたんじゃあ、あたいのアイデアが面白くないでしょ。あんたはその後!」
雫が最後まで解説しようとしたのを遮って、チルルは一気にまくしたてる!
やばい、凄い思い付きで自分自身の頭脳が恐ろしくなった…。なんて思ってたのに、別の意味でやばくなりそうである。
何しろ雫が言う蕎麦用の汁って、チルルが思い付いたリサイクルと同じ系統なのだ。
「あたいのアイデアは、炊き込みご飯…。作り方は簡単で、おでんの出汁に味漬け直して人参・牛蒡・鳥肉とかと一緒に混ぜるだけ!」
「…もういいですか?ゴホン…、私のアイデアも出汁のリサイクルです。蕎麦に使う訳ですね」
チルルの手を口元から払いのけ、雫はジト目を向けつつ締めくくった。
このアイデアが何より良いのは、麺を茹でて出汁をそのまま使える事だ。
手間のかかるチルルが慌てたのも、無理は無いかもしれない。
笑って誤魔化しながら、自分の試作品を並べ始める。
「後は時間の余裕に合わせて、好きな物を選んだら?ああ、そうそう。炊き込みご飯は御握りが食べ易いし、茹で卵やだし巻き卵は串でまとめるといいかもね」
「チョイスに関しては時間帯も忘れずに。もし午前・午後にやるなら、今川焼や鯛焼きとか甘い物を焼くとかね」
チルルがじゃじゃーんと並べ始めると、智美たちも一斉に並べ始めた。
あれがいい、これがいいと言いながら…。
「人呼んで絶世の氷天使美少女の雪子にも、自慢の一品があるんですよ〜。風変わり、早い、撃退士ならチョー簡単!」
最後に雪子が自信満々に用意したのは、小皿に盛った飲み屋のお通し。
傍らにビールがあるのが笑えない。
「たらっららっら♪と本日雪子が提案するODENはこちら!その名も『冷やしおでん、はじめました。』です!撃退士だけにブレメシなんつってー」
「ちょっ、おま。最後になんて物を…。こういうのは最初に出せ!」
雪子がノリノリでBGMまでかけ冷凍魔法を唱え始めると、周囲は一斉に留め始めた。
もちろん施設の中で魔法を使うなとかもあるが、温かい物の後に冷たい料理は拷問である。
そして皆で笑いながら意見を言い合い、和気あいあいと報告書が積み上がった。
教員や保護者に提出されるのは一部だが…、その思い出は皆に刻まれるだろう。