●奪回作戦
四国の町を撃退士が町中を走破していた。
霊場のある郊外の寺は既に完全制圧され、いまだ戦力の薄い町の中心部に向かう。
まずはそこにある小学校を取り戻し、拠点として迎撃を行う為に。
「空挺降下とは、なかなか面白い事をやってくるではないか」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は愉快げに優美な唇を動かし、やがて唇の端を歪める。
そして嘲笑うような言の葉を乗せた。
「だが、それを実行するのが木偶ではな。天使や使徒の直接指揮であれば、いま少し手際良かろうに」
「まあそのおかげで取り戻せるんだ。まず一手、この町を取り戻させて貰おうか…ってことで、良いと思うけどね」
もう少し手応えがあればなんて言うフィオナに、キイ・ローランド(
jb5908)は明るく笑い返した。
笑いながら頭の中では冷徹に思考を切り替え、敵の都合と味方の事情を織り交ぜる。
天使たちは新戦力のテスト、そして霊場の研究という点を踏まえれば最低限の成果を出してしまっていた。
犠牲を覚悟すれば勝利するのは難しくないが、怪我人など出さず取り戻すくらいの気構えが必要だろう。
「天使に悪魔にと入り乱れて、四国は本当に激戦区だね。…まあ、自分は自分のお仕事をするだけさ」
「そういえば冥魔が居たんでしたっけ。町じゃなくてゲートに行けば良かったのに…」
キイの呟きを拾って、竜見彩華(
jb4626)が可愛らしい顔に少しだけ怒り見せた。
別に冥魔に恨みがある訳ではないが、町を占領されるよりも、ゲートを廻って天魔が戦う方が助かる。
一瞬だけ、両軍のドラゴン同士が争う瞬間を妄想したりするが、それは言わないでおこう。
「それはともかくっ。小学校は子供が楽しく過ごすための場所です!本拠地になんか絶対させませんっ!」
「そうです!平和に暮らしていた人たちの日常を奪うなんて許せません!この町から出ていってもらいましょう」
彩華が考えを振り払うように少しだけトーンを上げると、川澄文歌(
jb7507)がその話に同調して来た。
形の上では紳士的というか、中世の騎士的に撤退を認めているが、民間人が暮らしを放棄しているのだ。
決して許せるはずはないし、迷惑この上ない事であった。
その怒りを力に変え、サーバントにぶつける時がやがてやって来る。
一同は集団で町に飛び込む形から、二手三手に別れ、自走する網のように小学校を目指す。
「気持ちは判りますが敵前です。そろそろ気を引き締めて、作戦に取りかかりましょう」
「俺らは向こうから順次戦線を上げて行くぜ。また後でな」
「判りました。ラインに繋いで置きますので、何かあったらいつでもお願いします」
町の中ほどに差し掛かったところで、リアン(
jb8788)とロベル・ラシュルー(
ja4646)がまず一手。
目の端に映った三体ほどの甲冑型サーバントを受け持ち、文歌は彼らを見送る形で軽くペコリと頭を下げた。
次は自分の番だと胸元を握り締め、まるで祈るかのようにアウルを高めて行く。
『では私も失礼します。大型と輸送型を見つけたら、一歩入れますので』
「了解です。こちらからも連絡を入れますね。まずは優先目標から片付けましょう」
「主力は我らで担う。ゆめ、無理はするでないぞ」
端末にスイッチを入れると、文歌は気配を陰影に融かした。
町影に消える彼女に彩華とフィオナは声を掛ける。
それぞれ一定の距離を保ち、アンテナとなるべくして散って行った。
●それは『本当の戦い』の始まり
小学校の入り口に辿りつき、やってくる敵分隊を仲間たちが引き連れる。
少し離れた所に引き寄せて、倒してから合流するなり別ルート進撃する予定だ。
「……厄介ね。(分散してるのに反応が速い、という事は……)」
暮居 凪(
ja0503)は無事に校庭内に侵入しながらも、物憂げに眉を潜めた。
予測通りスムーズに行っているのは、良い事ばかりでは無い。
侵入を想定した巡回をしていたから、居るべき位置に逆読みで手を打っただけだ。
「向こうが学習し始めている。って事ですね」
「ええ。今までのお役所的な対応は、今後見込め無くなりそうね」
これまた厄介な状況ですねとアクセル・ランパード(
jb2482)も凪の意見に同意する。
敵でなく。戦法が。
敵でなく。思想が。
これまでの人間を舐めていた天使たちとは違っている。
いや、そもそもこの町を落したのも……。
「入念な計画を立てたとはいえ、使徒を扱わずサーバントを使い、サーバントに…新たな力を持つ努力……。それは、久遠ヶ原よ」
「努力する敵ですか……。避難誘導が済んでいるので気楽ですし、攻撃に集中出来るのは嬉しいんですが…、策を弄する様になる前に、どうにかしなければいけませんね」
凪は苦い物を感じてまだ見ぬ敵を見据え、アクセルもまた頷く。
学園の撃退士は最初から強かったわけではない、最初は育成からして失敗し、少しずつ良い物に変えて来た。
そして戦い続ける内に努力を重ね、戦術を改めながら大天使とさえ戦えるほど強くなって来たのだ。
同じように天使たちが努力を重ね、新しいナニカを編み出すのならば、これまでのような戦いは望めないだろう。
「ここで挫かないと、危険ね」
「ええ。生兵法は大怪我の元だと。先ずはここを叩き潰しましょう」
凪とアクセルは四国の現状が、まるで混沌の王国のように思えて来た。
何か神話の外典なり外伝で読んだ一節だが、…曰く。半人半神の者は神が行う事の無い『修行』を行い、新たな魔術を手に入れ、最高神までたどり着いた。という話を思い出した。
努力する敵と舐めて掛る敵では、まるで話が違ってくる…。
なんとも苦労しそうだが、それで諦める気はカケラもないのだから。
そして校庭の半ばを駆け、体育館周辺に近づいた時のこと。
「景気の悪い話はそこまでだ。そらっ、我らと踊ってくれるらしいぞ?木偶の分際で勤勉な事だ、疾く消え失せ……なんだ?」
「待ってください。本命を見つけました、場所は…」
先頭を行くフィオナは体育館の屋根に垣間見える甲冑を見つけた。
彼女が飛び込む前に声を駆け、アクセルは空から視認した別の敵を示す。
本命である輸送型を確認した事で、地上組に先駆けて飛行組が前に出た。
『繰り返します。本命の輸送型を見つけました、場所は体育館の屋根、情報通りです』
『了解っ!予定通り釣り出して、速攻を駆けるよ』
『いざとなったら追撃を優先して構わないわ、…絶対に逃さないで』
アクセルの声に、彩華と凪が同時に反応する。
数ある召喚獣の中でも随一を誇る機動力でジグザグに切り込み、あるいは狙撃態勢を取るべく飛び出る影を待ち変え始めた。
やがて輝く翼だけで構成されたナニカが浮かび始め、戦は幕を開ける。
●剣電弾雨の下で
パパパッ!と銃声が木霊し、天空に砲火が連なる。
その音を置き去りにして、少女は空を切り裂き始めた。
「だめらだめら〜。もっど早ぐ来なっせ。でねえど竜の姿は捉えられねえど」
彩華はクスクスと笑いながら突進を駆け、L字にターンして風を逆巻かせた。
暴風はやがて嵐となり、真空の刃でヨタヨタと浮かび上がったばかりの敵影を捉える。
『…ええと、暮居さんトドメお願いできますか?』
『待ってね、確実に倒せる奴…そこっ!』
彩華は浮かれて地が出た事にようやく気が付き、聞かれて無いよね?とかヒヤヒヤ。
どうやら暮居は巻き込んだ数体の内、一射で落せる方を探して集中していた模様で、聞き逃したようだ。
一瞬の後に翼と弾丸が交錯し、一体目のグリゴールが地に落ち彩華は無事に役目を果たしたと、胸をなでおろす。
彼女がホっと溜息を付いている時、遠くで見つめる姿があった。
一同が気がつかぬ場所で、別件ついでにその周囲を眺めていたのだ。
「(彩華ちゃんいいなー。この距離で判るほど胸があって。…ううん、私だって人並みにはあるよね)」
一人で隠れ潜む気安さと、心細さの両方で文歌はつまらない愚痴を零した。
胸を撫で下ろす後輩を見て、羨ましいと言う気持ちとは別に、無事に状況が進行しているのを感じ取る。
ならば今の自分がやるべき事は、自分の役目をこなす事であろう(サイズの差なんてアイドルは気にしない!)。
「(駆け付けてる敵と、防いでる仲間が居て、大型が…居た)」
文歌はただ隠れていた訳ではない。自分より本隊の方が発見が速かった事もあり、この事態に対処すべく行動しているはずの敵を探していたのだ。
…右を見て、左を見て。
移動中の甲冑の分隊が幾つかと、第二目標である大型サーバントを発見した。
『大型サーバントを見つけました。例の再生型です。場所は南西、役所の辺りからプールに移動しています』
『なら自分が足止めに向かうよ』
文歌の通信を受けて、隠れて甲冑達をやり過ごしたキイから返事が返る。
そして彼は、敵分隊の内、最も回り込まれ難い班の近くをルートに選んだ。
「再生型の狙いは視界確保かな?甲冑と違ってそこそこ頭が回るのか…。さすがに何時までも力押しでは来ないよね」
キイは以前に出会った同系統のサーバントと比べて、戦術の違いを一目で悟った。
性能の比較試験もあり以前は直線的であったが、今回は射撃体勢を作るのに向いた場所を選んでいる。
甲冑達が一直線に体育館に向かっている事を考えれば、これが本来はこのレベルなのだろう。
「まあ甲冑の方にしても、これだけ数がいると流石に厄介だな。…だからまず、消えてもらうよ」
キイは水飲み場を経由して可能な限り姿を隠すと、手にアウルを集中させて火線を作り上げた。
射程ギリギリで走り去る甲冑達の背中に箒星を炸裂させると、立ちあがって移動開始!
迎撃の為に進路を変えた甲冑達に、もう一度同じ魔法を炸裂させた。
甲冑自体を動かし物理装甲を持つ彼らでも、魔法装甲は皆無。計二発の彗星を受けあっけなく崩れ落ちる。
●分水嶺を越えて
時間の経過と共に、状況が次第にハッキリして来る。
体育館側では撃退士が徐々に優位に立ち、少し離れたプール付近で大型サーバントが盛んに弓を放っている。
「古い装備を引っ張り出したが…まだまだ使えるな。あとは竜見たちにでも任せて、デカブツの相手でもしてやるか」
フィオナは脇から飛来する弾丸を手刀で叩き落とすと、呪符に込めたアウルで空に舞う敵を落した。
これで輸送型は半減し、残る敵も無傷では無い。
自分の相手は新手であると、手にした呪符や拳布をダウンし、脳裏に描いておいた魔剣に武装を入れ変える。
「傷を治さずに向かう気ですか?また無茶を…」
「このような物、傷の内に入るか。だいたい貴様の方が傷が深かろう」
アクセルは体育館側に居た最後の甲冑を倒すと、フィオナの治療に入る。
彼女の傷は、確かに囲まれた初期に偶然受けただけだが、その偶然が今後もないとは限らない。
アクセル自身の傷も治すつもりだが、先に飛び込んで行きかねない彼女の心配が先というだけだ。
「俺も当然治療しますよ。援護はしますので、一人で行かない様に」
「覚えておればな。見ろ、なかなか面白そうな面構えではないか。相手してやるのが筋というものであろう」
その時、アクセルはフィオナの言動に胃が痛むのを感じた。
この様子では、途中で撃ち続けている甲冑型を無視しかねない勢いだ。
「光栄に思うがいいそこの木偶よ、その左目置いていけ」
事実フィオナは治療を受けるが早いか、出現した強敵に対して、嬉しそうに挑んでいったのである。
その心意気は王者と言おうか、それとも賢者といおうか、あるいはそれらの反対用語と言うべきか?
周囲が一瞬だけポカンとしたのも無理はあるまい。
「…大物と言っておきましょうか。どっちが良いか判らないなら、迷う方が禁物だものね」
凪は呆れるよりも早く、走り出した仲間を追い掛ける。
確かに大型サーバントは次の予定であり、優先目標である輸送型の殲滅も間もなく。迷うよりは速攻を駆けるべきだろう。
大物のライフルを構え直し、射撃戦に有利な場所を探し始めた。
「残りは任せてください。あたしがロベルさんたちの方に追い込んでおきます。その後で、すぐに駆けつけますんで!」
『話は聞いたぜ、後は任せとけ』
『そう言う事です。心おきなく』
彩華は愛騎を操ると、既に逃げ始めたサーバントの追撃に移る。
逃げ出すくらいならば最初から戦わなければ良いのにとか思いつつ、地上から回り込み始めたロベルやリアンと協力して包囲戦を刊行した。
●奪還!
舞台はプール側へ主戦場を移す。
校庭に立ち止まって近い相手に撃ち続ける甲冑型をなぎ倒しながら、戦いは終盤戦へ以降した。
「四つ足とはいえ貴様、頭が高すぎる。誰の許しを得て我を見下ろす、木偶が」
『油断はしないでくださいね。消耗品相手に怪我を負ったのでは割りに合いません』
ゴレムに取り着いたフィオナが、今度は剣先で銀矢を弾く。
見た所、攻防は互角だとは思いながら、文歌は最後まで残った甲冑型を粉砕しに掛った。
天使クラスの火力を出せる文歌の攻撃では再生されてしまうので、火力をさえた仲間たちが徐々に削つつあるが…。
逆にいえば、相手もこちらを削りつつあると言う事だ。
『やはり此処は連携攻撃で隙を作らねば駄目だと思います』
「是非もなし、仕込みはもう充分であろう。ゆるりと平らげてくれよう」
「足を狙うのは同じなのよね?なら可能な範囲でタイミングも合わせるわ」
様子を窺いながら判断する文歌の言葉に頷いて、フィオナは予定通りに仲間たちに合図を送った。
彼女の目線を感じた凪は、甲冑型が数を減じるにつれ距離を縮め始める。
広い視界を確保し、同じ部分を狙って砕く!
その時はそう遠い先では無い。
援護役の甲冑型が足止め出来なくなる事を察して、ゴレムは移動射撃に切り替えた。
それは逃げられる可能性が生じたと言えるが、高地を放棄したことで攻めるにはチャンスでもある。
「騎兵隊参上!貴方達の争いで子供達の学びを邪魔させはしません!」
「こっちも片が付いた。退路は断たせてもらうよ」
彩華とキイは回り込んでゴレムの移動先から打撃戦を仕掛ける。
二人が退路を断てば、次は上下を抑える番だ。
「今です!」
「その足、もらった!」
アクセルが急降下を駆けると、凪は同時に足を穿つ。
二人の攻撃で態勢が崩れたのに合わせて、最後の一手が放たれた。
「木偶め、失せろ!」
フィオナは宝玉を奪うのは難しいと判断し、咄嗟に手首を返した。
剣閃は防護された神秘文字を削り取り、強力な再生力を失わせる。
こうなれば手加減無用、全員で最大の攻撃を叩き込んでトドメ。
「こちらもやられてばかりではないですよ…」
文歌は銀版や砕けた宝石を取りあげ、崩れ落ちるゴレムにそう呟いた。
まるで天使達がその向こうに、居るかのように…。