●マーキング
古めかしい和洋折衷の造り、撃退士は集う。
「結構豪華ですねぇ」
「そうですね、中々に悪くないと思いますよ」
只野黒子(
ja0049)は調度を確認しながら付箋シールを張るべき場所を探していたので…。
リアン(
jb8788)はニッコリと、丁度良さそうな場所を教えてあげた。
「管理用ですか?」
「はい。私が確認した場所はこの色、他の人なら別の色で区別したら判り易いと思いまして」
リアンが教えてくれた漆喰壁に、黒子は付箋を張りつけながら応えた。
この位置なら装飾が剥げる事もなく、教えられた者以外は注視しないだろう。
「なので、この付箋から好きな種類を持って行っていただけると助かります」
「より良い段取りがあれば全員で共有して行くとスムーズに行くかと思われます。他にあれば何でも申し出てくださいね」
黒子がペコリと頭を下げると、イリン・フーダット(
jb2959)が笑って受け取った。
彼が用意した文房具と一緒に活用させてもらおう。
同様に仲間たちも、受け持ちか所ごとに付箋を受け取る。
「ただ倒すならともかく、屋内での秘密裡な天魔討伐、と言った所ですからね。協力しないとなかなかに難しそうです」
「パーティーと訓練の同時並行とは…中々忙しいわ」
ロベルや田村 ケイ(
ja0582)もそれぞれ受け取りながら、懐に仕舞う。
単純な戦闘・捜索の訓練なら簡単だが、別途作業に偽装というのは確かに面倒だ。
「せかて授業よりは楽しい思うんやけどねえ。口実付けてパーティゆうて微分積分より良い気分やない」
「そやそや。やったねパーティー〜。…あ、いや違う、訓練前提のーパーティーやもんね、うん」
「…それを判っているなら別にいいわ。まあ何かする事自体は嫌いじゃないから、さっさと手分けしましょう」
楽しめばよいじゃないなんていう教師と亀山 淳紅(
ja2261)にジト目を浴びせた後、ケイは溜息ついて気を取り直した。
真面目な彼女のとこ、淳紅ほど気楽になれる訳でもないが、愚痴っていても始まらない。
●南瓜のランタン
ある者は屋敷確認を優先し、ある者は準備を優先して台所へ。
途中で合流・交代する事で、適宜に作業を分担する構えだ。
「ケーキは冷蔵庫に放り込むとして…。南瓜細工はジャック・オー・ランタンってやつでいいのかな」
「えっ。はい、はいそうですね。繰り抜いた中身は置いておいていただければ…使わせてもらいますね」
龍崎海(
ja0565)がバタンと冷蔵庫の扉が閉めた時、有凪 エリ(
jc0387)は飛び上がりそうな心臓を抑えた。
彼女の氷ついた笑顔を見ながら、海は悪いことしたな、と頭をかく。
もちろん彼に非は無いのでないので、エリは首をふってぎこちない笑顔に切り替える。
「ちょっとビックリしただけですからっ。御屋敷を見てきますね…」
「いってらっしゃい…人見知りが激しい子だったのかな?」
しゅたたーと脱兎のごとき逃げ脚を見せるエリに、海も苦笑して道具を色々取りだそうとしたが、脇からの手で留められた。
飛び出て来たのはマジックと小さな三角ノコギリである。
「先に顔描いた方がええんや。それと包丁滑るき、ノコやなんかの方がええかもね」
「なるほど。最後まで読んでおけばよかったか…。それにしてもここから少しずつ掘るにしても、一苦労だね」
海と淳紅が相談しながら南瓜の表面に絵を描き、ザクザクやり始める。
細いブレードを突き立てて、ギコギゴするたびに南瓜の中に刃が沈んでいく。
「…よくもまあ、器用にやることだな。俺にはちょっと真似できん」
「コツがあるんですよ。それに中はワタしかありませんから、慣れればそれほどではありません」
一足先に戻ってきたロベル・ラシュルー(
ja4646)が少年たちを見ていると、リアンは微笑んで自分の南瓜を見せてあげた。
天頂部分を繰り抜くと確かに種と、それを支える筋だけ。
人間の頭ッポイのは確かだよなーというツッコミは心の中に仕舞って、種を受け取ると鍋の中に放り込む。
「これを煮込めば良いのか?普通の料理はともかく…如何もこういうのは苦手なんだがね」
「後でキッシュやパイにしてしまいますので、適度に煮込んだら味付けごとに分けてください。普段使わない物を無駄にしないだけで、あとは同じですよ」
ロベルはそんなもんかねーと言いつつ、慣れた手つきで砂糖やワインを用意し始めた。
ひとまずコレを甘口で仕上げ、次のワタを醤油や別の味で煮込めば良いだろう。
後で抉りとった南瓜の果肉も合わせて、手順や材料こそ違えども、料理の一種には違いない。
下拵えは彼に任せておいて、仲間たちは次々南瓜マスクの製作に取り掛かる。
「かぼちゃマスクに、かぼちゃランタンはやっぱり定番よね。でもあれやなーパーティーって、準備期間が一等楽しいよなぁ」
「まあパーティの準備だけならね。…屋敷の確認してきたし、私たちも手伝うわ」
「地形の方はこちらに資料を用意しましたので、交代でご覧下さい」
淳紅が鼻歌唄いながらホジホジやってると、下調べを終えたケイたちが返ってくる。
顔を上げて自分たちも屋敷を見に行くかと思った時、イリンがテーブルの上に何やら置き始めた。
模造紙に何か書きこんであるようで、どうやら屋敷の見取り図らしい。
●それぞれの担当
テーブルの上に置かれた模造紙には地図が描かれ、様々な細工がしてある。
立体的な部分にダンボールの板を置いて表現、傍にはメモ書きのほか、糸が何本かおいてあった。
「この糸は歩幅…長い方は撃退士短い方は一般人に合わせてあります。縮尺や行動半径が気になる時は、これを使ってください」
「なるほど、即席のコンパスちゅうやつやな。…なら急がんでええし、キリええところで自分の担当箇所回って、直に覚えよか」
黒子は用意された地図に糸を伸ばし、何事か思い付いた淳紅は色々なペンを持ちだした。
製作したイリンの許可を経て、ダンボール板に図案を描く。
ダンボールを入れ替えて、黒がいいか黄色がいいか…。と部屋飾りの色合いを確かめる。
「スペースの問題もあるし、立食形式でええんよね? 飾りは何色がええかなあー」
「人数を限れば座れなくはないが、パーティなら多いだろうし、走って抜けるなら椅子は無い方がいいな」
「そうですね。複数の避難路を考慮するとしても、その方が無難だと思います」
淳紅が中庭に当たる部分へ画鋲でテーブルを表すと、ロベルとイリンは少し考え始めた。
指で移動経路をなぞりながら、画鋲の位置を入れ替えてみるが、やはり心もとない。
緊急時には走り、場合によっては戦闘する事を考えるならば立食パーティーが丁度良いだろう。
構図がおおよそ定まって来た。後は…。
「準備の残りと、誘導する時・戦う時の合わせ訓練ですか。そうですね…では私は誘導・討伐を行うとして…最初は銃器や魔導書ではなく、白兵か格闘戦が良いでしょうか」
「それでよろしくお願いします。避難経路のパターンはこの通りで良いとして、実際に誘導する時はどうしましょうか。適当な目標でもあれば…」
リアンがホワイトボードに並べられた作業を、終わった順に斜線で消して行く。
その結論に頷きつつ、イリンは地図の上に割り振った番号を眺めた。
赤いルートの番号、黒いルートの番号が交錯する。
最終的に敵の位置次第でその辺に絞られるだろうが、判りやすい指標があった方が良いのは確かだ。
「なら南瓜ランタンが良いんじゃないか?道中に飾っても違和感無いし、始まった時に何番に行ってくれで済むと思う」
「判り易ければどれでも良い気がするね。…ああそうだ、どうせなら喫煙場所のは独特ので頼む」
海が掲げたランタンは、製作者の差で目が丸であったり三角と言う差はあるが、基本的にもどれも同じ物だ。
判り易くて良いと頷きつつ、ロベルはさらりと自分の要望を付けくわえた。
子供たちの前で煙草を吹かす趣味は無いが、かといって禁煙は天魔以上の難敵である。
「了解。他人ごとではないし、私の方でやっておくわ。あと決まって無い人…そっちはどうするの?」
「わっ私ですか?私は…。私も誘導に加わりますね」
話を聞いていたケイはランタンの一つに葉巻の模様を描きつつ、メンバー表に目を馳せた。
ここまでに各人は自分がやるべき作業を書き込んでおり、残るはこそっと後ろで作業していたエリだけである。
エリはおっかなびっくり考えつつ、やはり当初の予定通り行こうと、勇気を振り絞るようにして応えた。
裏濾ししていた南瓜に目を落しつつ、自分が何をやれるか必死で考える。
「その後は最終防衛ラインの位置で、壁役になります。…ええと、それまでは調理担当の一人として頑張りますっ」
「そんなに緊張しなくて良いわよ。加工が終わったら私も料理に取り掛かるし、その時は一緒に頑張りましょう」
ホワイトボードを見ながら何が出来るか考えるエリに、ケイは自分のランタンに葉巻模様を削りながら応えた。
そっけない態度であるが、逆に人見知りが激しいエリにはありがたい。
小動物のようにビクビクしながら彼女の影に隠れて、濾した南瓜をパイ用やプリン用に小分けし始めた。
●準備終了!
コトコト煮立った南瓜を元に、クリーミーなソースが造られる。
1つめの鍋は甘い香りが立ち昇り、2つ目の鍋では多少甘辛く感じられた。
この2つの差は用いられる料理の差で、既に別分けされた物を合わせれば幾つもの料理になると想像できるだろう。
「ん…。このくらいで良いかな。薄味な白魚や鳥肉には合わないけど、味の強い地鶏やハムとなら…」
「キッシュを作るには十分そうですね。こちらを少し貰って行っても構いませんか?」
エリは掛けられた声にビクっっと一瞬だけ固まって、首をコクコクと動かした。
彼女が手にした味見用の皿を落とさないのだけ確認して、リアンはそっと離れる。
それでほっと溜息をつき、同じ事が無いように先に声を掛けておく。
「こちらはシチューやパイ用に使う味の濃い物です。食事用とデザート用の差…かな。冷やして使う物は…」
「その辺は適当に判断して使うわ。味見もするし温かい状態で使う時は煮直すしね、ありがとう」
エリに気を使ったのか、やはり素なのかケイは振り向かずに作業していた。
じーっと掘り出した南瓜ランタンの内側をなぞり、最後の一つを完成させる。
後は飾り付けを二・三種選んで、設置する場所で変更すれば万全であろう。
料理造りも最終段階、決め手となるソースで味付け生地を焼きあげたら終了だ。
「リアンも指先が器用そうな事も有ってか、料理上手いね」
「そうでもありませんよ。あくまで執事として恥ずかしくない程度に磨いたもの、私を上回るレベルの方は幾らでも居るでしょう」
ロベルは友人の言葉に少しだけ苦笑した。
なんというかリアンが凝り性なのは良く知っている。
世の中の執事が、これほどまでに鮮やかな手つきで、生地やソースを操る訳が無い。
そのソースも練り込まれる他に、塗られる物、添えられる物で別々の隠し味を込めていたのを見逃さなかった。
「何を入れたか気になるが…、その辺は後のお楽しみかねぇ」
「多分だけど黒いのは流行りのイカスミを目立たせて、こっそり小魚。それが苦味系ってことは、黄色の隠し味は塩じゃないかな」
「ご名答。魚はさきほど田村様がバーニャカウダー用に用意されていた余りを頂戴しました」
リアンの問いに、立ちあがったケイがサラダを整えながら応える。
彼女が用意した温製サラダに付けるアンチョビソースを示して、リアンは恭しく頷いた。
かくして喫煙組(とエリ)が料理を焼き上げている間に、残りのメンバーは飾り付けを終わらせにかかった。
「そういえばお客様は何名くらいを想定しているんですかね?十二分な用意はしてますけど」
「公民館の大部屋レベルだから多くても20〜30人じゃないかな?最大で100人を越える事は無いと思うけど…」
「それは実地で見てもろうた方が速いと思うで…ふふふ」
黒子は海と歩きながら中庭に置いた机の下に、阻霊符発動済みという付箋を貼って行った。
実際には身につけないと発動しないが、気分と距離を測る為の物だ。
各部屋の位置を覚えながら距離を測って張りつけることで、正確な位置を体感で把握して行く。
淳紅が不敵な笑顔で乱入して来たのは、そんなときである。
「みんなー。そろそろええでー!招待された証明に、この折り紙を胸につけるんや」
「「はーい。」」
「「とりっく・おあ・とりーと!!なのです!」」
待たせたなあ!淳紅が入口の辺りを広げると、チビッコたちが乱入してきた。
次々やってくるオコサマーズは予算の都合で白い布を被っており、幽霊か秘密結社か良く判らないご様子。
それでもワイワイキャーキャーやってる姿は可愛らしい。
「そうえいばパーティー前提と言ってましたね。まさか本当に人を呼んでしまうとは……おや。どうしました?」
「(ひっ、人がいっぱい…)」
無数のチビ助たちを見て、イリンは微笑ましい物を感じた。
守るべき物は、こんな他愛ない日常なのだな…と彼が思っていた影で…。
エリの耐久性は限界に達したと言う…合掌。
●はろー・ういん!
こうしてパーティは始まった。
『それでは状況開始するね。…生命探知に反応、例の天魔と思われる』
『了解。位置を特定していただければ、こちらで異界探知しますので』
海の通信にイリンが答え、周囲にハンドサインで通達して行く。
仲間たちは動きを変えて、お客を中庭に誘導し始めた。
「皆さん、天魔が出現しました。此処は危険ですので安全な場所まで誘導します。ついてきてください。慌てず騒がす速やかに避難しましょう」
「「はーい」」
ケイの誘導に子供たちが手を挙げて、まるで小学校の遠足の様だ。
予定より時間が推している事もあり…。
『足止め班から何人かお願いできる?あと私たちの紅茶とか』
『それなら予定通り、私が行きますね。…もう大丈夫です』
ケイの指示でエリが子供たちの最後尾の様子を見る。
『それでは天魔と思わしき相手に掛ります。援護をお願いしますね。…そういえば万霊説を御存じで?』
「こちらロベル。援護に入る。日本でいうならお盆だろ?歓迎されてるかは別にしてな」
リアンは離れて行く子供たちを尻目に、懐から煙草を二本取り出した。
その内の一本を受け取り、ロベルは火を付けて一服点ける。
これから子供たちの面倒を見るのに、あっちで吸う訳にはいかないからね。
こうして避難も終わり、みんな揃うとパーティへ移行。
「天魔の討伐も完了。ほな始めよか〜」
「名簿の全員を確認しました。手は洗いましたね?では合掌ですよ」
「「いただきまーす!」」
淳紅が南瓜ケーキに包丁入れて、それを合図に黒子がお祭り開始を宣言。
子供たちも撃退士たちも、美味しい料理に舌鼓を打つ事にしたそうです。
めでたしめでたし。