●誰かの為に
転移による誤差を埋めて、撃退士たちは即座に走り始める。
目指すは巡回チームが襲われた場所へ。
「…Non mihi, non tibi, sed nobis」
「なるほど。そりゃあ確かに」
エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)の呟きを拾って、ロベル・ラシュルー(
ja4646)は少しだけ微笑んだ。
他の仲間たちは聞き慣れないフレーズに、少しだけ首を傾げる。
「どういう意味なんだ?」
「私の為でも貴方の為でも無い。それは私達の為である。…日本の諺だと、情けは人の為ならずってとこか?」
向坂 玲治(
ja6214)はロベルの翻訳に肩をすくめる。
少し意味は違うような気がするが、撃退士の心意気としては間違ってないだろう。
彼としては冥魔をぶん殴って、誰かが助かるならそれで良いのだ。
「まあいいや。どれ、犬っころにどっちの立場が上か教えてやるぜ」
「ああ。この道をまっすぐ行くと丘に出る。送られた配置だけを見ると…なるほど、良く訓練はされてるようだが」
玲治は走るペースを整えて、千葉 真一(
ja0070)の見せた携帯を眺めた。
彼の携帯には送信された画像があり、半円状にグルリと囲んだ敵影が映る。
脇には本部で添付した補足があり、経緯や状況が記されてあった。
「作戦は合ってるが、大前提で間違ってる。本当の意味での後衛を見極めてる訳じゃないようだな」
「厄介とは言え、個体は頭脳も性能も大した事無い様だな。ま…、それだからこそ数による連携重視。ってトコ、か」
真一が改めて状況を説明すると、ロベルは苦笑して大よそを理解した。
敵は訓練された通り『後衛潰し』をしているだけで、術師や回復役を狙っている訳では無い。
「付け居るならソコだろうな。予定通り俺たちは後方に回る。……狙い撃って、一匹たりとも逃がさん」
「「了解!」」
翡翠 龍斗(
ja7594)がそう告げると、彼らはペースを切り替え始めた。
先行して飛び込んでこじ開ける真一たちと、後衛役を演じる龍斗たち。
傷ついた巡回班から引き離しつつ、引き付ける構えだ。
●包囲を破れ!
相手はしょせん獣型、流れを造れば容易い…はずである。
だが懸念が無いわけではない。
「こちらが作戦を考えるように、黒幕も考えて訓練してるはずなのよね。それがどう影響するか…」
「そこをどう凌ぐかが勝負だな。…淑女的に考えて、血湧き肉躍るというやつだ」
エルネスタが抱く懸念を、アイリス・レイバルド(
jb1510)はむしろ楽しそうに豪語した。
表情こそ変わらないが、声のトーンがいささか上がる。
どんな状況に急変するか判らないが、だからこそ楽しいモノもある。不利を覆し、経験して行く手応えがあるのだ。
「ハン、お前だけじゃねえさ。悪魔の連携とやらがどの程度の物か俺が見てやるぜー」
「ならば競争という奴だな」
間もなく敵と遭遇する位置で、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)の魔装は唸りを強くした。
大物がけたたましく唸る有様を見て、アイリスは彼女の中に潜む獰猛な心を垣間見る。
支援位置にこそ配しているが、隙あらば全面攻勢に打って出そうだ。
これで自分が観察する前に、敵が処分されてしまうではないか。
そして丘の上に辿りつき、緩やかな傾斜に入ると作戦は動き始めた。
「そんじゃあ行くぜ。遅れんなよヒナちゃん」
「構わないさ。ヒーローは遅れてやってくる…なんてな!」
ラファルが両腕を構えて支援砲撃を慣行すると、やや遅れて川内 日菜子(
jb7813)は飛び上がった。
バルカンファランクスをも容易く上回る、魔導砲弾の雨霰がまるで花火の用に周囲を染め上げる。
そこへ日菜子の両足が、誤射など恐れる事もなく吸い込まれていく!
「まっ。俺が誤射るはずもねえけどな!」
「そこは信頼してるさ。行くぞダブル…ゲキタイ…」
「ダブル…ゲキタイ、キィィーック!ってな。ゲキタイブラック、見参っ!お二人さん、今日も暑いねぇ。夏が返って来たのかと思ったぜ」
ラファルの放ったアウルの弾丸が炸裂すると、即座に飛び込んだ日菜子を踏み越えて真一の蹴りが神足で狼共に突き刺さった。
そして目下の敵が二転三転した後に、続けて隣の敵に日菜子が蹴りを放つ。
振返ると同時に皮肉を挟む。そんな様子はまさしく…。
「流石は往年のブラックだな。久々にプチゲキタイジャーの再結成だ」
「はっ。往年は余計だぜレッド。俺の心は永遠にゲキタイジャーさ。…それはともかく、助けに来たぜ!」
日菜子の苦笑に真一は肩をすくめた後で、互いの拳を打ち合わせて挨拶を告げる。
そしてポーズを決めれば、まさしくヒーロー物のノリである。
仰々しく現れ注目をさらった彼らに対し、巡回班もおずおずと声を掛けた。
「むむ。お味方にござるか?」
「ああ。合言葉は特に決めて無いが、救援に来たぞ」
龍斗は確認に答えながら、冷静に眼下を見下ろし状況を把握した。
電話の応答で聞いていた声を確認して目を伏せ、軽い目礼を行った忍者が脱出方向を探っている。
方や反対側の忍者が忍太刀から手裏剣に持ち変えて、一気に突破する為に集中攻撃の構えを見せていた。
「抜けるならそっちからぬけろ。…天魔、お前という悪夢を終わらせる」
「かたじけない。失礼致す!」
片膝付いて狙うべき敵を視界に収め、龍斗は殺意を向ける順番を定めた。
頭は冷静に、心は激情で。言う容易く行うに難しいこの作業を、アウルという壁を境に実行。
膨大な魔力が闘気に変換される中、忍者は傷ついた阿修羅を気使いながら進む。
●脱出行と撃退陣
囲まれていた巡回班が丘沿いに逃れ、そこを安全地帯とすべく仲間たちは降り立ち始めた。
『…敵が回り込み始めたわ。こっの陣型を見定めたみたい』
「へえ。その程度には命令無くても頭が動くんだな。どいつがリーダーだ?」
邂逅一番、姿を消したエルネスタからの連絡がライン越しに聞こえ、玲治は頷くとジロリと目を動かした。
闘気にアウルを回しておいたばかりだ、丁度良いやと敵集団へと目標を向ける。
だが見た目ではリーダー個体に区別がつかず、唸り声に特徴がある訳でもなさそうだ。
仕方なく裏拳ぎみに魔力を開放!
「区別すんのも面倒だ。躾のなってない犬っころども!人にじゃれつくなって教わら無かったのか?」
「随分と乱暴だな。とはいえ丁度良い、便乗させてもらうかな」
玲治の放った闘気の衝撃波に続いて、ロベルは光の柱を現出させた。
炸裂したショットガンの弾が、無数の光に成って立ち昇る。
巻き込まれた数匹の内、運の悪い一匹が二人の魔法をモロに食らって絶命した。
「ふむ。そやつは本当だが、最初に飛ばされた二体はまだ生きてる。本当に重傷なのか、フリなのかは判らないが…」
「それは俺が潰して回るとしよう。しかし…よく気がついたな。魔法か?」
アイリスの言葉を受けて龍斗は冷徹にトリガーを引いた。
彼の返事はあくまで確認なのだろうが、アイリスは頷く。
「淑女的に観察しただけだが…。こちらに向かっているのは受け持とう。…数を減らすまでは思うままに正面からぶつかり合えないのが残念だな」
「その辺りは任せる。(…抜けられた時の準備はしておくがな)」
アイリスは足を滑らせるように斜め下に横入りすると、迂回して来た狼を迎え討つ。
大鎌を振り乱す彼女に壁役を任せた龍斗は、念頭に鉈を思い浮かべた。
意識に入れると同時に強烈な殺意を覚えるが、流されない様に心を冷やし指示された後方の敵を狙い討つ!
前線に潜り込んだ撃退士たちは直接見えないものの、仲間たちの支援を感じ取っていた。
「防御魔法に支援砲撃とありがてえが、敵のリーダーは良く判んねえな。オペ娘さんよ、どれがそうだか判るか?」
「ああん?お前、犬の見分けがつくのかよ?特徴ある傷でもありゃあ別だけどな」
そりゃそうだ…っと真一はラファルの言葉に同意した。
お互いが俊敏に動き回っている事もあり、ハッキリ言ってボウボウの毛並みを戦いながら見分けるのは難しいだろう。
「まずは態勢を固めて、後は数を減らす方が先決だぜえぇ!!」
「違いない。巡回班でも動ける人が居れば手伝ってくれ。…ケダモノ共に慈悲はない。疾く滅せよ(え)」
「承知したでござる。闇に…(以下略)」
砲撃を続けていたラファルは、敵の攻撃を分断すべく煙幕弾を放った。
辺りに漂うスモークに紛れて、真一は決め台詞と共に闘気を束ねる。
彼が印を切る姿にノリの良い忍者たちも応え、同時に分身を造って撹乱を開始した。
「仲間同士お互いが認識しづらくなれば連携も乱れるが道理…ってな。畜、生の底力見せてもらうぜ」
「いかんな、忍者モノに負けそうだ…。いや、我ら輝光戦隊ゲキタイジャーが負けるわけにはいかない。…前に出るなら歩調を合わせろ相棒!」
ラファルが刀に得物を持ち変えたのを見て拳握りしめた日菜子は、台詞の掛けあいより先に優先すべきものを思い出した。
彼女と共に守り合い、仲間を守って闘うのが撃退士であろう!
愛と勇気の炎が燃え上がる!
●勝利の行方
戦いの天秤はとうとう水平に傾いた。
怪我人を守っての不利な状態を過ぎれば、後は有利な方へ。
『居る…。あなた達とは比較にならない奴が数匹…どれが本命?それともソレはエースなだけかな…』
全体を見下ろしながらエルネスタは、十体近い狼の中に違和感を覚えていた。
姿を消してタイミングを遅らせ攻撃する事で、他のメンバーよりも場を把握していたのだが…。
いまいちリーダーなのか、撃退士で言えば突撃や防御担当のエースなのかが判らない。
『まあいいか。戦いを止めて判断するほどの事じゃないし…。また向こうに有利な状況を造られてもねっ』
エルネスタは大地に手を伸ばし、生えた草葉を伸ばし始めた。
アウルによって活性化したソレは鞭となり、少し下がって別の位置から突撃しようとした個体を捉える。
束縛の成功と同時に少しばかりの溜息が洩れた。
だが仕方あるまい。戦わずに判断だけすればリーダーやエースを見分けれそうな気はしたが、今の様な絶好なタイミングでの介入を放棄する事になる。
行動には一長一短があるし、適宜に介入した方が戦局を左右する場合だってあるだろう。
『ソレ暫く任せた。多分…エースだと思う』
「あいよ。ほれ犬っころ、お手だ尻尾振るか転がるかしなっ!」
エルネスタが拘束した狼に、玲治はアッサリとトドメを刺した。
他と比べて強力な方の個体ではあったが、玲治の掌に込められた光のアウルは尋常ではない。
無造作にぶん殴っただけの一撃で、傷ついた狼は動かなくなったのである。
その狼が後衛を突こうとしたのか、それとも仲間を踏み台にして飛ぼうとしたのかは判らない。
判るのはただ、状況が確定した事だけだろう。
「流石にもうまとめて突っ込んでは来ないな。…リーダーが生きて指示出せるとして、あとは逃げられない様にかねえ」
「だろうな。此処までくれば何をやっても同じだ。最悪、逃げられるとしても町方面だけは避ければ良いだろう」
ロベルと龍斗は銃を構え、後方から次々に支援射撃を行っていた。
特に龍斗の一撃は砲撃と呼ぶに値するもので、天使級の一撃は重傷を、既に傷ついた個体であれば十分にトドメを刺せる。
その様子を見てロベルは軽く腰を浮かせて、移動の態勢を取った。
「って言う訳だ。しばしお付き合いできますかお嬢さん?」
「良かろう。淑女的に考えて、追撃戦に移る頃合いだ」
玲治たちが前に出て射界を広げた事で、アイリスも場所を移した。
少しずつ丘を降りている状態から、完全に平地に降り立ち足場を確認。
その隙を狙って周り込んで来る敵に向けて、あらかじめ用意していた刃の群れを展開させた。
「私の翼にはこういう使い道もある。…肉を削ぎ落とされたければ幾らでも遠慮なく来るがいい」
「(…問題無さそうだな。今後も考えりゃあ一匹残さず、駆逐、だ)」
刃の群れで造られた翼を広げるアイリスを見て、ロベルは狼には自分たちを襲う余裕が残っていない事を悟った。
ここからは自分で言った通り、敵を逃がさない為の掃討戦。
功績の目方を増やすのではなく、町の住民や他所の防衛部隊に迷惑かけない様にする為の、被害の目方を減らす為の戦いである。
●最後の変化
敵陣形に最後の変化が訪れる。今更と言えば今更だが…。
「逃げる気か?壁役を作って後退とは用意周到さだ」
「操ってるヴァニタスが後衛型っポイからなあ…。自分が逃げる時の為に仕込んどいたんだろ。まあ逃がしゃしねえけどな」
日菜子の視線には傷ついた狼が足止め役になり、残りがその後ろに下がる光景が見て取れた。
迂闊に背中を見せず、徐々に後退しようと言うノン気さにラファルは苦笑を浮かべる。
それは誰かを守る為の陣型であり…。
「自分たちがヤベエ時には、それじゃあ遅いんだぜぇぇ!!」
「追撃は私たちだけで十分だ、あんたらは此処で治療に専念してくれ」
「心得た。健闘を祈るでござる」
一目散に逃げてればな…とか思いつつ、ラファルは容赦なく壁役を叩き斬った。
続いて日菜子がトドメを刺して、壁の半分を叩き壊す。
壁が崩れれば本陣ががら空き、逃げる態勢の狼も迂闊に離れられなくなる。
『ヴァニタスが居る事を前提に訓練されているのか。自分用…いや、誰かに貸し出す用だったかもね』
「あー。雑魚の使い方が上手くないタイプとかに貸す用か。よくやるわ」
エルネスタは一応、伏兵が居ない事だけを確認して自らも前に出た。
彼女の通信に玲治は相の手を入れつつ、もう一体の壁役を排除する為に光のアウルを炸裂させる。
こうなってしまえば、もはや後を語る必要もあるまい。
「ターゲットロック……デッドエンドシュート。状況完了、あとは治療くらいか本業には及ばんかもしれんが…」
「深い傷は私が癒そう。それが淑女の役割と言う物だからな」
最後の一体にトドメを刺した龍斗は、アイリスともども回復法術を活性化させる。
囲まれた状態で、せっかくの防御を活かせなかった仲間も多い。
助けた阿修羅以外は重傷にこそ追い込まれなかったものの、治療役は一人でも多いに越したことはあるまい。
「おし、忍務完了だな。また何かあったら呼んでくれよ、そっちが偵察役でこっちが突入役とかでもいいぜ」
「その時はお願いいたそう。まずは来援感謝にござる」
真一と忍者たちが印を組み、ニンニンと一部にしか判らない挨拶を交わす。
彼らにとっては苦戦であるが、生き延びればまた別の機会があろう。
忍者の役割は諜報であり、その時こそが真の役割分担の時だ。
「お前さん方も一本如何だね?」
「悪ぃな。こちとら身体が動かなくてよ」
ロベルは一服点けると、コートで造った急造タンカに担がれた男にくわえさせてやる。
もう一本自分用に点け、構わないさと紫煙を吐いて応えた。
流れる煙と共に、戦いは終わったのだから…。