●授業の開始
瀬戸内海に浮かぶとある孤島。
海流の影響でまだ温かなその場所に、撃退士が訓練に使っている場所があった。
「お待たせしました。保険とトッピングを兼ねて食材や香辛料をお持ちしました」
「他にはダンボールやらの消耗品と嗜好品で紅茶とかかな。飲料水は持ってこなかった。訓練だからね」
増援として転移しきた只野黒子(
ja0049)や鴉乃宮 歌音(
ja0427)たちが、次々と荷物を置いて行く。
肉類やバター等をクーラーボックに詰め込み日陰に配置し、ダンボールを加工し易い位置へ。
一応の物資確認が終わった上で、作業場レイアウトが決まれば準備完了だ。
『おうし。今からサバイバル授業開始だ。一応は自主性に任せるが、判らない事・どっちでも良いからこそ悩む話題は、俺の所に持ってこい』
「「はーい」」
「じゃあ、センセ。また後で〜」
引率の教師が音頭を取って、さっそく授業が開始になる。
アロハ姿の彼を中央の目立つ監視場所に放置して、生徒たちは三々五々に別れて行った。
「当初の予定とは異なるけど、まァ、どんな状況でも存分に楽しまないとねェ…じゃァ、サバイバル開始ィ…♪」
黒百合(
ja0422)はリゾート気分からササっとサイバイバーモードに意識を切り替えた。
グルリと周囲を見渡して、使える資材を片っ端から拾い上げて行く。
「ふんふふ、の、ふ〜ン♪ペットボトルはもう使わないわよねぇ」
「おっ。目的は一緒みたいだな。んじゃま、さっさと飲み水確保すっかね」
分別されたゴミ箱から、黒百合が大きめのペットボトルを取り出していると…。
工具を片手に向坂 玲治(
ja6214)が声を掛けて来た。
一緒に中身を洗いながら、底を切り取って加工していく。。
「あによ。真似してると著作権とるわよぉ」
「どっちが真似してんだよ。つーか、大本の知識が同じなら被るってーの」
それもそうよねんとか言いつつ、黒百合と玲治はチョッキチョッキ。
一番下に布や草を詰め、溶けだした物を濾過する小麦の層を造ると、その上に小さなゴミを取る為の墨・砂・砂利・小石の順で載せて行く。
このまま上手くいけば、念の為に用意した非常用のミネラルウォーター等も不要になりそうだ。
彼女たちの行動を尻目に、他のメンバーも着々と作業していく。
「しかし、急に予定が変わって大変だったな」
「まあ、これも経験のうちだね♪何事も経験が大事どんなハプニングも楽しまないと♪」
歌音が中身を出し終わったダンボールを加工する隣で、佐藤 としお(
ja2489)は肩をすくめて石を積み上げる。
アルミホイルを小箱に張って赤外線を使ったダンボールオーブンと、大き目の石窯を造り上げる予定である。
オーブンで繊細な料理を管理し、石窯で豪快に焼いて行く方針だ。
共に簡素な造りであり、野外活動にはうってつけだろう。
●準備の完了
こうして火元と濾過システムが出来上がれば、あとは煮沸するだけである。
「サバイバル訓練で粉物を使った料理ですか…。普段と違いますし、面白そうですね」
「人里離れた場所で、自然を満喫しながら粉ものパーティか…。シンプルだけど料理だけでなくデザートも工夫次第だし、楽しそうだね」
火元を手伝っていたユウ(
jb5639)と、キッチンテーブルを設置していた龍崎海(
ja0565)も本格的に動き出した。
共に足回りを担当し、草を抜き足元均して鍋やマナ板が水平になる事を確認すると、大体のところで終了。
次なる任務に取りかかる。何しろ普通のキャンプから突然のサバイバルである、メンバーや行程変更が大変。
「さてと。苦手な料理はあるかな?あればより分けて調理するけど」
「私もだけど、増援組には特になかったと思うわ。としおさん達にも薪を拾うついでに聞いておくけど、先発組の方を重点的に聞いておいたら?」
海はメモ帳を取り出して、アレルギーだけではなく好かない物を聞いておくが、『特に』と言う物は無いらしい。
尋ねられたユウは仲間の元に移動しながら、ある程度の分担を請け負った。
「と言う訳で、としおさん達に嫌いな物はありませんでしたよね?」
「僕はひっじょーに。ラーメンが大好きです、この世の次位に大……。って嫌いな物なら特に無いよ」
「あんまり冗談を言って困らすな。…薪取りか?なら私も切りあげて食材調達の方に向かうとするか」
ユウの質問に、としおがオーバーアクションで答えると、すかさず胸元に歌音のツッコミが入った。
見た感じはガールスカウトに囲まれて調子にのる関西の芸人が、リア充爆発している光景である。
としおがノリの良さを発揮してユウを笑わせながら林に向かうと、歌音は溜息ついて釣り竿を担ぐ。
見返せば作業は早くも大詰向かっており、魚介類を稼いで食材増やせば、大よその準備は整ったと言えるだろう。
とはいえ、向かった先にも先任の仲間はおり、焦る必要もあるまい。
太公望を気取りながら、淡々と釣りを愉しむとしようか。
「もう始めてるんだな。ここで取っているなら、もう少し離れるが?」
「そちらが気に無いのなら構わない。どうせキッチンと往復する事になるからな」
歌音が海に潜っている姿に声を掛けると、礼野 智美(
ja3600)はちょうど岸に上がってくるところだ。
手にした槍を銛代りにしたのだろう、手にした袋網には何匹かの魚が見られた。
どうやら先行し多分だけ稼いでおり、泳いだ事によって冷えた身体を休めるついでに持っていくらしい。
誰かに頼んでもしよし、体が温まるまで自分で下拵えしても良いだろう。
「しかなんだな。本当は最近の戦闘系依頼で怪我する事が多いから、戦闘訓練しようと思ったんだけどな…まぁサバイバルでも良いか。自分が知らない事を直に見れるのは、良い事だから」
智美は苦笑しながら、肩に掛る網の重さを感じた。
水による浮力が曖昧であるように、パソコンで調べるだけの知識も曖昧だ。
だが、魚の重さを肌で確かめるように、直に見た知識はコツと共に身に付ける事が出来る。
「魚、頼めるかな?」
「自炊もしているから人並みはできるよ。お好み焼きの方はこだわる人もいるから、確認が必要だけどね」
智美の要請に海は胸を叩いて請け負うと、さっそくバケツを用意した。
中には海水が入れられており、一匹の下拵えをする事に取り出せるようになっている。
後は塩焼きに汁物、あるいは…
「そうだな、俺なら数種だが全員分のレシピがあればもう少し変わってくるかな。そっちは?」
「海辺出身だから多少は多いか?くらいだな。まあ魚だけだと種類が限られるし、貝でも増やすか。澄まし汁や酒蒸しもできるし」
海と智美が包丁を動かしながら話していると、数人分の足音が聞こえてくる。
そういえば他にも何人か食材調達に行動しているはずだ。
タイミングの差はあれ、撃退士の体力をもってすれば、そう時間は掛らないのかもしれない。
●クッキング撃退士
と言う訳で、撃退士たちは下拵えタイムに入った。
キッチンテーブルにしたダンボールの前に鈴なりになって、笑い合いあうたびに塩胡椒が乱舞する。
「よくもまあ、これだけ調達できたな」
「地方にも寄りますけど、海辺の人は逆に食べませんからね。漁師さんなんかは珍味代りにするそうですけど」
智美は砂や泥を取ると貝をサイズごとに分けて、黒子に渡してローテーション。
彼女が取って来たマツバガイやカメノテは、食用になる事もある…としか知らない物だ。
傍にドライバーがある事を考えればこじ開けて採集したのだろうが、そもそも取り型一つ知らなかった。
「繁殖力は旺盛ですけどひ弱でもあるんで、取り過ぎは禁物なんですけど…。さっきも言いました通り普通は採るものじゃないですからね」
「なるほどなあ…って、確認してる間はないよね。そろそろ良いだろうから、水を貰ってくるよ」
黒子の手伝いで下拵えをしていた海は、我に返って濾過班の元に急ぐ。
そこでは少しずつ煮沸までを行っているはずだ。
時間が掛るとはいえ、そろそろ良い頃合いだろう。
「じゃあ、こっちの炉にも火を入れるかい?苦労したけど、ここまで火種が育てば楽勝さ」
「なら鎮火用の海水も汲んできますね。下生えは処理してますけど、万が一がありますから」
としおとユウが手分けして集めた薪を用意し始める。
残り少ない備品の大きな薪を中心に、燃え易い針葉樹と燃え難い広葉樹の組み合わせを上手く配置。
煮沸用にだいぶ使ってしまったが、料理用には十分保つだろう。
下拵えが終わって開いたバケツで海水を組めば、準備完了である。
「それっ、種火よ燃え上がれ!ってな」
「スコップ一杯の炭火って…随分と盛大ねえ。最初はあんなに時間かかってたのに」
「仕方ありませんよ、ライターがあっても、中々自然の木には点かないものです」
としおが煮沸班の所で燃やした灰を放り込むと、あっさり周囲に燃え広がった。
身も蓋もない黒百合のツッコミに、ユウはくすくす笑いながらバケツを手の届く位置に置いておく。
火勢のコントロールは流石に難しく、思ったよりも強くならないし、反対に火が付くと中々静まってくれないのだ。
「まあいいわ。魚の予備は置いておくから、お好み焼きの合間につまむには十分よねえ」
「じゃあ、そっちはバター焼きにするとしよう。塩焼きだけというのもつまらないからね」
その頃には黒百合が召喚獣に採らせた魚や、歌音が釣り上げた魚が並び始める。
再びみんなで処理をした後で、一工夫を凝らせば十分な数の副惣菜が出来上がるだろう。
本命のお好み焼きが主食なので、ご飯を炊かなくても良い分、実に楽である。
「水が必要なら幾らでも言ってくれよ?シャワーにするにゃあ惜しいが、飲むなら大歓迎だ」
「腹いっぱい飲むのは流石に遠慮したいなあ。…まあ備蓄が無いんだし、予備でいいんじゃね?」
玲治が穴をあけて無いペットボトルに調理用の水を準備して持ってくると、変わりに薬缶を取りあげた。
それに飲料用の水を入れてくる気なのだろうが、としおの気楽さをもってしても少し遠慮したかった。
そんな彼に腕を回し、玲治は強引に肩を組む。
「俺の(濾過した)水が飲めぇってのか?」
「酔ったオヤジじゃねえんだから…。麺造りの芸を見せるから、それで勘弁だな」
玲治たちが造った水は実にシンプルで、簡略的な物である。としおも不要な遠慮をしている訳ではない。
上層でゴミを粗く取り除き、下層で小麦を使って溶解分の濾過(醸造系で良く使う手法)、そして濾し出した水を煮沸すれば完了である。
大丈夫だとは思っていても、念の為にミネラルウオーターを身体の調子が悪い人用に準備しているのだ。
「とはいえ、都会の塩素で消毒された水より美味しいんじゃないかしらァ?それに蒸発までやると安全だけど、純水は美味しくない物ねえ」
「そういえば誰かが言ってましたね。多少は雑味がある方が美味しい水に成るんだそうです」
黒百合が自信たっぷりに言うので、ユウはミネラルウォーターを隠しておいた。
念の為の予備は、最後まで使わないのが華であろう。
●お好み焼きパーティ
そして麺が宙を浮かべば、お好み焼きに必要な全てが揃う。
「おぉ〜凄いですね。本当に見れるとは思いませんでした」
「アハハ。ラーメン好きにとって麺を打てる。そんなことは常識常識!ってやつだな」
黒子が感心している中で、としおはツッコミどころのある台詞を平然と口にした。
あまりにも平然と冗談を言うので、人を楽しませるのが余程好きなのだろう。
「しかし、麺か。小麦をベースにそれだけの粘度ということは強力粉かなにかか?あるなら少し分けてくれ」
「はいよ。クッキーでも造るのか?ならおすそ分けをプリーズ」
「俺もタネは練ってるけど、あるならもらおうかな。2つ用意して、味比べってのも良いもんだ」
歌音がといおから粉を受け取ると、玲治も相乗りしておく事にした。
共にデザート用に小麦に一工夫しては居るが、持ち込みがあるなら使わない手は無いだろう。
「たしかに、自然を満喫しながらの粉ものパーティだが…。デザートを造ってはイカンという理屈は無いよね」
「場所が場所だけに生物は遠慮したいですけれど…。甘い物は良いですね」
「きゃはァ♪甘い物は別腹というものねぇ」
話を聞きつけた海も、暇なら何か考えるかなと思ってると女の子たちの会話が聞こえて来た。
ユウと黒百合が笑いあいながら、何が出来るかな?と興味深げにみまもっている。
「昔見たことあってな。とりあえず作ってみたぜ」
「ケーキですか、何に生クリームを使うのか知りませんでしたが、悪くないですね。余熱を使えば悪くない時間に出来あると思います」
玲治は頼んでおいたクリームの器を水を入れたバケツに入れて冷やす。
持ち込んだ黒子が感心していると、良い匂いが周囲に漂い始める。
「デザートに興味を示すのもその辺までだな。そろそろ焼き始めるから、適当に準備していてくれ」
「判った。魚の方は少し遅めに焼き上がるペースで構わないな?」
歌音は智美の言葉にコクリと頷いて、お好み焼きのタネを幾つかの種類に分けて、焼きあげておいた。
最初は手際が重要な広島風をパリっと、そして興味が出た所で素人でも造り易い大阪風、モダン焼きと続いて行く。
どれも水加減や、含ませる出汁こそ違え似た様な物だ。厚みの違うクレープの用に軽快に焼き上げる。
(広島風はキャベツを挟み、大阪風は混ぜておくと言う差はあるが)。
「どれも美味しそうですけど、ちょっと多いかもですね」
「なら何枚か分は明日に残しておけばいいんだよ。交代で海で泳ぎながら、小腹がすいたら食べると良い」
次々と焼き上がるお好み焼きを前にユウが悩んでいると、海は笑ってそう答えた。
魚は痛むかもしれないが、お好み焼きのタネはそうでもあるまい。
「疲れた時には、疲労回復に甘い物が良いって言うし丁度良いかもな」
「その分、体重管理は大変そう……ヘブラっ」
「余計な事を呟くから…」
最後は誰が言ったとも無く、冗談めかしたりツッコミ入れながらその日は過ぎて行った。
好きな物を焼いて食べながら、賑やかに賑やかに…。
撃退士たちは、お好み焼きパーティを楽しんだと言う事です。