●行軍訓練
良く晴れた秋の空、撃退士が山を行く。
「きゃはァ、良い天気だわァ…ハイキング日和って奴ねェ。こんな日に課題をさせようってきがしれないわぁ」
黒百合(
ja0422)は木陰を歩いたり、道に戻ったりと忙しい。
撃退士の速力でやってるので、傍から見れば迷いの森に棲む少女だ。
「何を言ってるんですか。ハイキングは課題物ですよ」
「判ってますよぉ。…さてェ、訓練のお絵描きなんてさっさと終わらせて日向ぼっこでもしましょうかァ」
雫(
ja1894)が声を掛けると、黒百合は喉の奥で笑いながら振り返る。
ムーンウォークならぬ木漏れ日ウォークで微笑んだ。
これで麦わら帽子でも被っていれば、良く似合っていただろう。
「あ…、そっか。ハイキングと…予想される敵と戦況とかの、絵じゃなくて…。長距離移動しながら何かの課題をこなすのが、ハイキングなんだね」
「そう言う事です。…ハイキングは良いのですが、絵を描くのは苦手なんですよね」
いまいち表情のつかみにくい顔で一ノ瀬・白夜(
jb9446)が呟くと、雫の方は暗い顔で頷いた。
なんというか世の中には二種類の人間しか居ない。
絵心のある奴と、無い奴の差である。
「まあ。記号。とか…レベルで。適当にやればいいんじゃない…」
「デスヨネー。みんな最初はそう言うんです」
割とどうでもいいと言う感じで白夜が相槌を打つと、雫は人形のようにコクコク。
きっとこの人は絵の掛ける恵まれた人だ。…とか思いつつ、どんよりとした霧で周囲が覆われないかなーとか後ろ向きな未来を想像する。
この時ばかりは運動会が苦手な子の気持ちが判る、雫なのでした。
そうして一同は、山間いの続く国道の中で、見晴らしの良い場所に出る。
頂上に至る道の途中にダムがあり、緩急の差はあれ二本の川沿いに面して竹林やキャンプ地が見えた。
「このまま解散して好きに行動…。…どこかで集合?お店とか…、目印が何処かに…(そういえば、プリン買っておかないと)」
「ああ、ならダムの所にある宿泊施設が良いですよ。青少年訓練事業の一環で色々揃ってるはずですから、売店とかもあると思います」
じゃあサヨナラ…と立ち去ろうとした白夜に、黒井 明斗(
jb0525)の言葉が追い掛ける。
そういえば何処に行くんだっけと首を傾げたので、研修などに使う施設のパンフレットを見せてあげた。
●地形把握
かくして一同は三手に別れて行動開始。
「じゃあここで解散だね〜。手分けするとして…君はどっちいくのー?」
「…ダム」
自由行動だー。っとゴキゲンなクリエムヒルト(
ja0294)の視線を横切る影が一つ。
彼女の陽気な言葉を振りきるように、恭弥はぶっきらぼうに目的地だけを告げる。
「いっちゃったね。私の行き先はねー川辺なんだよ〜。あと竹林に誰かいたっけ?」
「僕が行くつもりですので最低一人は居ますね。今までの戦闘経験を活かすつもりです」
あくまでマイペースなクリムヒルトの調子に合わせて、明斗の方も澄まし顔で答えた。
先ほどの恭弥の分まで…と言う訳ではないが、てきぱきと自分の役目を告げる。
これで全て抑える事が出来ましたね…とか言いつつ、懐から何やら取り出した。
「大丈夫とは思いますが、コレをお持ちください。ダム組の誰かにも渡しておきますが、水分と栄養補給は重要ですから」
「わーい。オヤツだー。一緒に川辺に行く人ぼしゅー。このゆびとーまれ」
「ん。とりあえず、僕は川辺に行く…よ。オヤツ?」
不要とは思いますけどね…と言いながら、明斗はビスケットやチョコレートといった非常食をクリムヒルトと白夜に渡した。
行軍訓練がハイキングの要素であるなら、あった方が良いだろうし、不要になるのが一番と言う事らしい。
同じようにダム組にもお菓子を渡して、みんなで三方の要所を抑えに回る。
「んなモンもらっちまったし、ダムにしとくか?あそこが一番見晴らし良くて楽そうだしな」
「あ…うん。相手の基地があるならあの辺だろうし、全体確認するには便利だから、そうしよっか」
オヤツ袋を押し付けられたヤナギ・エリューナク(
ja0006)は、丁度良い理由が出来たと鈴木悠司(
ja0226)を誘った。
自分で言い出しても良かったが、流れ的に一括りになってるなら都合がいい。
気心の知れた友人である悠司と一緒に気晴らしできるし、多少手を抜いても……。
ダム組が最大手なので誰かがフォローしてくれるだろう。ニヤリ。
「どんな風に描く?絵の構図とか、想定する敵とか。道々決めておいた方が、後がやり易いと思うけど」
「かーっ。そんな面倒なもんは後回しでいいんだよ。……んっとだなあ、現地の…光景次第だけどよ…」
悠司は声を掛けて来たヤナギの気も知らず、速攻で計画圧縮に入って来た。
その顔だけは笑顔でニコニコしているが、少しも愉しんでる風に見えない。
最初は面倒くさがって適当に流そうかと思ったヤナギであるが、声を掛けたのは俺だしなーと考えを切り替えた。
「まずは広いんだし飛行する奴だろ。次にそいつを囮に姿を消す…なんってたっけ?光学迷彩?」
「ああ、なるほど。じゃあこっちも飛行可能な人がフォローに回ると助かるな。それと…」
そんな堅い会話を繰り広げながら、ヤナギくんと悠司くんは緩い道を登り始めました。
目指すはダムを見下ろす駐車場。バス道に沿って、少しずつ少しずつ…。
●人造の湖畔
登りつめたダム周辺は、人造ながら壮観な景色であった。
「うっわ、高っけー!当たり前だケド。これ、見晴らしも良くて、ビール飲みつつ煙草でも一服するには最高じゃねェ?」
ヤナギは口笛吹きながら、指二本を口元に当てた。
灰皿も用意しているし、終われば楽しく喫めるだろう。
「煙草か…。それも悪くないね、でも、その為にもさっさとすませちゃおう。まずだけど自分たちがダムの真ん中に居る時に、出入口二つだよね?」
「はいよ…。で。まずは此処に出て来ると厄介そうな敵を想定、か。さっき行った感じだと…」
ヤナギは頷いて胸元のライターか何かを叩きながら、ダム周辺の構図を確かめた。
面倒なことはさっさとすますか。と悠司は先ほどの想定を思い返す。
「出入り口に足止め用で、更に目立つ飛行と注意を引く。その上で、迷彩したのが居るって感じだな」
「中々厭らしい配置だね。よしっ俺の絵心、括目せよっ!!夜間迷彩のカラスをばっ」
二人の唇対照的ながら、思う所は一つだった。
ヤナギは表面だけは面倒そうに言いながら、対して悠司も表面だけは楽しそうに。
だが言葉とは裏腹に、真面目に情景を思い描いて行く。
相手はシュトラッサーやヴァニタス以上が指揮しているという前提で、来る物を全滅させる意気ごみである。
「このままそれぞれ描いてみて、一番良いカンジのを提出でイイんじゃね?って!悠司…お前、それ幼稚園児並…」
「何そのヤナギさんのコメント!酷い!皆もそう思うよね!?」
「…?…。…」
それじゃあ俺も描き始めるかとヤナギが覗いてみた所、一足先に行動している悠司の画力は残念な有様だった。
あまりにもひどいコメントだったので近くの恭弥に尋ねてみたのだが、なぜかスルーされた。
目を上げた後でまた元の位置に戻し、クロッキー作業に戻ってしまう。
「ねえ、そう思うよね。カラスが隠れ、カエルが水中から出入り口を上陸封鎖。うんうん。リピート、アフタミー」
「そう思います。立派なカラスなのです。ミートゥ」
中々見る目があるなあと、悠司は雫が描いてる緑色の巨大生物を見て頷いた。
誰しもが毒を吐くカバにしか見えない中、絵心が同レベルの悠司にはちゃんとカエルに見えたらしい。
一瞬見られてドキっとした雫も、胸を垂直に撫でおろしながらホっと溜息をつく。
「飛行系か…それは下流の陽動班が対処かな。(…頭の中に浮かんでいる図柄をそのまま絵に出来る機械があれば良いのに)」
雫はもうこれ以上、誰にも見られない様に注意しながらそう呟いた。
ダム強襲に向いた生物だとはちゃんと判る配置だ。
縮尺をミスって両生類というより巨大哺乳類だが、水際で厄介なのは同じである。
自分の絵を見返しながら、カラスってどうだっけと悩む雫なのでした。
ともあれ、それぞれの思いを内包しながら、スケッチは着実に完成して行く。
「こんな感じでどうかしらねェ?」
「…この構図であれば要点は一つ。そこに注力を注ぐだけだ」
黒百合がスケッチブックを見せると、恭弥は今度こそ頷いた。
ジョークを理解する気は無いが、相談であれば受け付ける気はあるのだろう。
絵の中央よりやや下側…、ダムの上下全てを見通せる位置に何かをみつけた。
「ここに強力なスナイパーを隠して、援護に回すのが最も労力が少ない」
「よねぇん。敵が高所を確保出来る状況だと、そこに長距離攻撃を有する天魔を主力に配置して来る可能性は大いにあると思うわァ…。(まァ、私ならその前提の上で他に色々配置するけど)」
恭弥が指摘した場所には、簡単な偽装ながら長射程ユニットが配置して描かれていた。
彼の念頭にはあくまでシュトラッサー級の精鋭が狙撃手としてあるが、黒百合としては量産の効く砲台を必要なだけ配置するつもりであった。
いずれにせよ全方位を見渡せる位置にナニカを置いて、足止めなり空中ユニットを向かわせる算段である。
●渓流という水路
「ダムを攻略するなら、一班は道沿いに高速で飛びこむか、空から速攻でしょうけど…。地道に下から隠れて登る場合はどうかしらん?」
「ちょっと待ってくださいね。こちらも詰めに入りましたし、少し電話してみましょう」
黒百合が撃退士のチームを描きこんでいると、話を聞いて推敲していた雫が携帯を取り出した。
絵の整合性に煮詰まって来た事もあり、川で釣りするのも、丁度良い気分転換かもしれないです(遠い目)。
そう言う訳で、ダムから少しさがった渓流に呼び出し音が木霊する。
『…えっと雫です。そちらはいかがですか?お魚とかいます?』
「川をゆっくり登ってるとこー。川と言うと、やっぱり河童が思い浮かぶねー。そしたらそしたら〜」
雫はクリムヒルトの独特なペースに、くるくる回るワンコを思い浮かべた。
本物のワンコもこうフレンドリーなら良いなーとか思いつつ、肝心の絵の話がちっとも出て来ないので、辛抱強く待つ事にする。
何かを叩き割るバシーンバシーンという擬音は、きっと河童対策に違いない。
「って事で、釣りをしたらねー。釣れたんだよ〜!でもキャッチ&リリース〜。自然は大切にしないとなんだよー。ほめて褒めて〜でもでも、敵が魚型だったら如何しようねー」
『(駄目だコリャ)。一ノ瀬さん、そちらはどうでした?』
「…特に何の変哲も無い川辺、だね。見たカンジは。…中身は判らない、けどー?」
いつまでも続くクリムヒルトの取り留めのない話に、雫はとうとう諦めてラインを使って白夜に話しかけた。
ややあって通信に気がついた白夜は、気だるげに水中を覗きこんだ。
川辺から来るとしたら水の中ではあるが、急な方は隠れるほどの水量は無いし、緩やかな方は澄み切っている。
これでは余程深い場所に潜んで、動かずに待っているしかない。
「僕なら飛行か。…あとは判り易いのを活かして、水の上を歩く?」
白夜はそう言うと、ぱちゃぱちゃと水辺を足で触りながら、ゆっくりと歩き出した。
陽光を反射した銀色の光が顔を照らすのを、眩しそうに目を細めて大きな岩を目指してあるいていく。
「…こうして、要所を探せば魚影探知は難しく…ないですし?」
「だよねー。やっぱり魚型なら最後に、焼いて食べるのがセオリーだよね〜」
『きゃはァ。材料が人かもしれないから、ディアボロとか食べたら駄目よん。自然の魚ならいいけど。…あとは竹林の方かしら』
ライン越しに白夜の報告を聞いて、クリムヒルトと黒百合が割りこんで来た。
ダムも川辺も確認が終わって、後は最後まで描き上げるばかり。
●竹林に潜む行為、それは…
そんな話をしていると、その竹林側から通信が入って来た。
『黒井です。そちらに向かってますが、いい場所ですね、こういう場所で戦闘はしたくないものです』
『と、言う事は、そっちも確認済みぃ?』
勿論ですよっと明斗は黒百合に応えながら手元を弄る。
ラインを保留し、メールで写真を送りつつ、自分なりの感想を踏まえて付けくわえた。
『今まで出会った中で、なるほど保護色は厄介です。…しかし、隠密戦で迷彩は定番中の定番。と、なれば生命探知など、対抗策が練られるのも当然でしょう』
『あー。確かにそうだねー。俺やヤナギさんみたいな忍者だと別の方法が必要だけど、パーティ組むなら探知系があるか』
明斗が自分なら、この辺を確認しますとマーカーを付けると、悠司は確かに自分たちでもそこに潜むと頷いた。
隠れ潜むのに都合が良い場所なんてそうはないので、相手を知っていれば百戦危うからずである。
そうして最期の時がやって来た。
「こういう感じでいいのか?問題無ければこのままいくが」
「ええ。パステルは、そのまま使えますし、水に濡らした筆でなぞれば薄く拡げる事も滲ませる事も出来ます。こういう時には便利です」
恭弥が明斗の道具を借りて、最終調整をし始めた。
他にも何作か候補はあったが、作戦例などが書き込んであり、ちょっと惜しかったと言うのもある。
「これで終わりですかー?ならパーティと行きましょう」
「いいわねぇ。BBQできるまで川辺で日向ぼっこも悪くないわ…でも、雫も一応見せとかなくてもよかったの?」
「絵なんか上手く描けなくても生きているし、天魔討伐に支障はありません!」
クリムヒルト達が釣った魚の準備を始めた所で、黒百合は挙動不審の雫にあえて声を掛けた。
案の定、普段は冷静な顔を少しだけ歪めてスケブを隠す。
「魚捌く…前に、プリン…。(取られる前に確保)」
そんな光景を横目に、到着するなり買いこんだ白夜を味わって食べることにした。
BBQも嫌いではないが、仕事の後のプリンは格別だ。
風景が綺麗だと、余計にそんな気がする。
「ヤナギさん、今日は誘ってくれてアリガトね」
「あん?今日は何時に無く真面目じゃねえか」
悠司は俺何時も真面目だよー!と言いながら、ヤナギの方に煙草を向けた。
ギターを取り出して弦を確認していたヤナギは、火の付いてない煙草へ悠司の煙草から火を貰う。
「まあ、今日は本当に気晴らしになったし。誘ってくれて嬉しかった…けど、できれば女の子が良かったなあ」
「俺だってヤローよりはスゲ−美女を誘う方が…なんでそこで笑うんだお前」
身も蓋もない悠司の言葉に、ヤナギはプカっと一服やって、手を動かした。
二人とも偽りの笑い顔を浮かべたまま…。
いつかこの顔が本当になれば良いと思いながら、今はこれでいいさと明日に思いを馳せる事にした。