●闇に潜む影
棚引く雲が風にのって流れゆく。
雲間に刺す光の剣が、駆け付ける撃退士を照らしだした。
「闇を盾に奇襲はあまり効果的では無い様だね」
「総勢を囮にして、ようやくですの」
ロベル・ラシュルー(
ja4646)は風情ある光景に、終わったら酒でも飲むかとつぶやく。
対して紅 鬼姫(
ja0444)の方は、隠れ潜む間合いを測るのにも苦労していた。
途切れとぎれの闇はうってつけに見えるが、暗闇で行動していた敵の方が少しだけ有利なのだから…。
「そいつはご愁傷様。まあ囮の方は引き受けるから、頑張ってくれ」
「陰陽を上手く利用してこそ…ですのよ。文句はありませんですわ」
ロベルは脇から攻める彼女たちを、片手をあげて送り出した。
その祝福を受けて、鬼姫たち闇に潜む者たちは片膝を落す。
遠目に天使たちの姿が見え、一同から離れる気なのだろう。『敵、発見…これより分断、殲滅に移りますの』という呟きを聞いた時には、既に姿が消えていた…。
残るメンバーは横に広がりながら半包囲の態勢へ。
「あの子たちが森林側に回ってくれてるとはいえ…、なるべく見通しの良いところで戦闘に入らないといけませんね」
「考慮くらいはするが…。あちらも気がついたようだな」
伏兵として回り込んだ鬼姫たちを見送りながら、結城 馨(
ja0037)と天風 静流(
ja0373)は立ち位置を見定め始めた。
近くに住居が無いとはいえ、森を抜けて民家へ向かわれては厄介だからだ。
敵は共に飛行能力を有している事もあり、まずは間合いを合わせる必要があるというのも面倒の種であった。
「天使か…強力と言われていないのが幸いだな」
「こんな所に天使さんが何の用でしょう?目的も調べつつ倒さないと」
静流は手に弓を呼びだし、川澄文歌(
jb7507)も同様に紋章を活性化させる。
牽制しつつ分断、そして倒してからゆっくりと調査になるだろう。
威力偵察としても、知能のある強化サーバントのテストとしても、サーバントの群れで十分だからだ。
「とはいえ油断は禁物。まずは追い払ってからにしよう」
「「おう!!」」
静流が走るペースを落とすと、仲間たちもそれに従って呼吸を整え始めた。
雲を切り裂く月の下、撃退士たちは天使と相対していく…。
●その解答は、主人次第
月影に映る獅子は優美ですらある。
だが、溜息をつきそうな光景に、1つだけ違和感があった。
「あまりこうやって人を怒らすことは言いたくないのですが…」
「…おや、猫が獅子にまたがってますね」
馨が挑発しようとした時、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は思わず声を漏らしていた。
いやー、台詞を遮ってゴメンと言いつつ、クスリと笑った。
シャム猫が獅子と一緒ならサマになるが、ドラ猫じゃあ笑い物ですよねえ〜。
『そこのお前!何か行ったかニャ?』
「(…悪口の類は得意ではないので、どうぞ)」
「聞こえませんでしたか?じゃあ拡声器でも借りて何度でも言いなおしましょう。『ほーほう、猫が獅子に騎乗してますね、偉そうに』と言ったのですよ」
あまりにも自然な笑いだったので、馨には初めエイルズレトラの言葉が、本気なのが挑発なのか判らなった。
だが、餅は餅屋。自分より上手い人に任せようと、スピーカーを貸してあげる事にする。
『ニャンだと!?人間風情こそ我々の前で偉そうだニャ!』
「獅子の方は強そうですが、乗ってる猫は弱そうですねえ。虎ならぬ獅子の威を狩る何とやら?」
プンスカピーと顔を真っ赤にして怒る天使と裏腹に、エイルズレトラは唄うように悪口を口ずさむ。
自分一人では何もできないけど、獅子にまたがってれば最強というわけですか。
なーんて言いつつも、肩をすくめて明後日の方角向けて口笛吹いたり吹かなかったり。
『グニニ、許せないだにゃあ!』
『挑発に乗ってはいけません。冷静に一体ずつ対処しましょう』
「おや、獅子の方は賢そうですねえ。きっと、一から十まで何もかも指図してくれるのでしょうねえ。皆さん、見てください……きっと獅子が何か言ったら、二つ返事で従いますよ」
聞いてくださいよ、アハハ。
繰り返されるエイルズレトラの言葉は、様子見というよりはもはや口撃に近い。
まだ踏み留まっているが、戦いが始まれば…どうなるかは判らない有様であった。
応酬される舌戦…というか、一方的に突き刺さる言葉に、周囲は苦笑するほかない。
「(例えるならばシステムを詰め込んだ優秀なコンピューターと、それをインターネットだけに使うエンドユーザーてところか)」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は苦笑と共に、冷静にこの『組み合わせを』確認した。
激昂する天使はそれなりに強そうだが、現状を把握せず…。逆にサーバントは冷静だが、機械のように対処し過ぎる。
個性の相性自体は抜群でも、決して万全とは思えなかった。
どんなに良い性能があろうとも、結局は、主人次第で活かしも殺しもするのだ…。
そろそろ、頃合いだろうか?
「ふむ…勢いは口だけか?ならば言い合っても仕方あるまい。さっさと初めて終わらせるとしよう」
「おーらいっ、開戦だ。いっくぜー!」
静流の合図でロベルは腕を翻した。
ペンライトの明かりが横薙ぎに振るわれ、追いかけるように光の柱がそそり立つ。
その光撃が決まるよりも早く、静流や歌音たちの放った矢は天使たちの元に飛来する!
そして…。
「このタイミングだよっ!たっまやーっ」
息を潜めていた狗猫 魅依(
jb6919)が襲いかかる!
ロベルの封砲が炸裂した瞬間を狙って、燃え盛る火の粉を呼びさましたのだ。
炸裂する火炎は魔法の輝き。
燃え移る事も無く森を飛び越えて、天使たちの上に降り注ぎ始めた…。
●獅子狩り人
威力は別にして、この襲撃が決定打になったと言っても良いだろう。
範囲魔法に重ねて範囲魔法、誰が考えても、密集は危険行為だ。
「このまま行くよー!」
『アチャチャチャ。こざかしいニャ!八つ裂きにしてやるみゃー!』
『いけません。まずは冷静に集中…』
一気呵成に次の呪文に取りかかる魅依へ、逆襲しようとした天使をサーバントが止める。
奇襲に対応するのは良いが、掛りきりになるのは問題だ。
現に次なる攻撃が、迫っていると言うのに。
無論、その隙を撃退士たちが見逃すはずはなかった…。
「天使さんの癖に自分で空が飛べないんですか?とんだへタレさんですね。お陰で助かります!」
『ええい!まとまっていたらこのザマみゃ。少々の危険は覚悟で、叩き潰せばいいだにゃ!』
「…判りました。それでも一体ずつが有効。という原則をお忘れなく』
文歌の放った風を天使は避け、獅子は受けとめながら、ようやく下馬することになった。
騎乗して居る方が、集中攻撃の原則を守り易いが、逆に範囲攻撃を叩きこまれ易いからだ。
さしものサーバントも認めざるを得ず、合体攻撃への判断を下方修正して行く。
「おや、一匹で戦いを挑んできましたか。その勇気だけは認めましょうか」
『やかましいニャ!おいそれとはやられはせんだニャ!つーか、一人の方が気楽でいーにゃ〜』
タップダンスを踊るように、エイルズレトラと天使は攻撃、避けあっては再び攻撃を繰り出して行く。
当たらないのは同じだが、余裕と言う意味ではエイルズレトラの方に部があるだろうか?
『大天使級の見切りと判断。援護します。飽和攻撃にて…』
「…行かせませんの。その首、戴きますの」
吠え猛り、嵐を呼んで主人と呼吸を合わせようとした獅子に向かって、何者かが訪れた。
その名は鬼姫、この機を待って分断すべく、至近距離まで忍び寄ったのだ。
間合いを自分自身と言う楔で埋めつつ、零距離からの飛び苦無!
素早い相手に飽和攻撃が有効なのはお互い同じ、ならば…。
こちらも影打つ連続手裏剣で、間合いを離さねば当てて見せるとにじり寄ったのである。
「離れましたね。素直で可愛い…でも残念…直ぐにサヨナラですの」
「こいつの取り柄は機械の正確さだ。最適解から最適解にしか動けない、ならばこちらは異なる手段で惑わし、相手の選択肢を絞ってやれば…おのずとこうなる」
鬼姫と交差するように歌音は離れながら、次なる手に打って出た。
獅子狩り人の中にあって、悠然と群れの統率を担っていく。
心は冷たく、手段は熱く…。撃退士たちは次第に獅子を追い詰めつつあった。
二度目のヒット!抵抗力の高い獅子を今度こそ地上に縫い止めたのだ。
「動きは縛った。次は回避を諦め自分を犠牲にしてでも、矢頃の長い魔法で支援に徹するはずだ」
「判りました。こちらも治癒魔法で援護に回りますね」
歌音の矢と合わせて、石化の風を送り込んだ文歌は、次のステップに移った事を自覚した。
この術法が効く効かないにかかわらず、天使側の負傷者の回復を図る。
もう暫く包囲陣を維持していれば、次第に優位な状況に移行するだろう。
その時に、こちらが崩れない事が肝心である。
●勝利
分断してから、本格的にダメージシフト。
片方の敵に累積しつつ、自分たちは癒しを…。
「貴方たちも悪魔の企みを阻止しに来たんですね?」
『そうだニャ!誰かさんたちが邪魔してくれたけどみゃ!』
文歌の投げかけた言葉に、隠す必要もないのか天使は怒鳴るように答える。
だが、その視線が完全にこちらに向く事は無く、目の端に置いておく程度の物だ。
ならばと、文歌は意識を反らせに掛る。
水や鏡が視点で映る物を変えるように、ポジションは同じでも、動きや狙いを変えることで目だたないようにしていくのだ。
『邪魔にゃ!』
「このくらいでやられる訳にはいかにゃい、んだよっ(…このままやられたフリして影に)」
一方、同じ潜伏でも魅依は位置と影を利用して隠れる。
肉球攻撃で吹っ飛んだのを利用して、木陰から木陰へ隠れ行く。
もう一度火花を放って陰影を造った後、先ほどとは違う位置へ!
「(スイッチと行きますか。とはいえ…)。諦めるのが早いお子様ですねえ。保護者に教えてもらったのですか?」
『その手には乗らないんだニャ!』
「(なら、こちらで引き受けましょう)。これならどうです!?」
一度影に隠れた仲間を支援しようと、エイルズレトラと馨は次々にカードや稲妻を放つ。
とはいえ、これまでの数手でどうしようもないと流石に理解できたのか、天使はエイルズレトラを放置して他のメンバーを襲っている。
仕方ないので、馨たちが囮になって引き付けるべく攻撃を撃ち続けた。
回避型であり、脳筋らしくタフではあったが一同の体を張った作戦が回転を始めた。
こうなると判っていたからこそ、地道に推し進めた作戦の経過だろう…。
「流石に頑丈だな…厄介な事だ」
「牽制を混ぜているし、回復も交代でやってるから仕方ない。とはいえ、そろそろカンバンだろう。ミス無く締めて行こう」
静流は刃にこびりついた血と、灯したアウルのアレンジを振り払った。
符を伴う彼女の攻撃がクリーンヒットして、回復の必要が無いと悟った歌音は終盤である事を理解する。
脳裏に待機させておいた回復弾を取りやめ、獅面獣にトドメをいれる処刑人に手を伸ばす…。
「当てて見せるが倒しきれなかったら頼む…。『永久ノ闇ニ眠ルガイイ』」
「必要があるとは思わねえが、万が一がありゃあ美味しい処は頂かせてもらうぜ。お嬢ちゃんも同じことを口にするだろうよ」
膨大なアウルで銀の矢を漆黒に染めて、歌音の魔弾が獅子を目指す。
ならばオーバーキルは不要、転移や再生術の類で逃がさないようにだけ気をつけ、ロベルは抑えつけていた獅子をようやく離した。
そのまま腰を落として走り込む態勢を築くと、どんな場所に移動しようと追いつくためにバネを蓄え始めた。
3、2、1…。
矢の形をした魔弾が、あっけなく獅子を射抜いた。
『無念…です。これ、以上…は…』
『ビャー!!目を開けるだニャ…!いずれ機会があったら、この雪辱は晴らすニャ!』
少しだけ泣きそうな顔をして、天使の方も勝負の行方を自覚した。
先ほど静流に斬られていた事もあり、これ以上の継続戦闘は不可能と判断したのだろう。
「させるかよっ!」
「そこは、『逃がさねえ』じゃありませんの?…惜しかったですわね。マッチョタイプなら仕留めていた所でしたが」
獅面獣が退避する可能性を潰すべく、待機していたロベルと鬼姫が、脱出し始めた天使へ一気に奪取を掛ける。
光と闇の連撃の内、当たったのは片方。いや、両方当たっていても倒しきれなかっただろうか?
二人が見たのは、飛びずさって後方へ浮遊し始める天使の姿であった。
●どんな敵が来ようとも!
撃退士たちは、強化サーバント退治に成功した。
何度か傷を負って居た者も、回復法術を掛け直してもらえば、数日で傷は消えるだろう。
「まっ、安全マージンも取ってたしな。こんなもんだろう。ちょっと一服して来るわ」
「そう思っておきましょうか。ふふ、楽しかったですの…」
ロベルは後回しにしていた傷を癒し始める。
彼が離れた位置に歩く始めたのを見て、鬼姫は隠れた敵だろうかと思ったが、ロベルの指が口元に移動するのを見て近寄るのを止めた。
指の形は煙草をつまむような…、ようは戦闘後の一服を愉しみに行ったのだろう。
「戦闘後の一服か…。お茶でも用意できれば言う事は無いんだが…。まあいいか。残りの仕事を片すのが先だ」
「お手伝いしますね。敵が何を探っていたのか調べておかないと」
歌音がレポートの作成に入ったので、文歌も一緒になって調査活動に入った。
敵の行動や構成を思い出しつつ、かなり強力な主従でもって、冥魔対策に来たという事なのだろうか?
「冥魔の企みを阻止…と言う話でしたが、どちらがどちらに攻勢をかける気なのでしょうか…」
「どっちもありえるな。天使が動くつもりで、冥魔の機先を制したのか、冥魔が先に動いて天使が潰しに来たのか。厄介な相手だったが、理解していれば十分に倒せる」
文歌の疑問に頷きつつも、歌音は手応えを感じ取っていた。
結果として天使に逃げられはしたが…。
「軽戦士ゆえに対策で苦労しましたが、前のめり行ってたら、変わっていたかもですねぇ」
「後衛はともかく。町やを危険にさらすわけにはいかんから仕方あるまい。…ただ次があれば確実に倒す」
エイルズレトラと静流は肩をすくめて、ありえた未来を想定に入れ直した。
待ち受ける陰謀がどちらの物にせよ、倒す事はそう難しくないはずだ。
相手も作戦とあれば色々手を打ってくるだろうが、その時、また叩き潰せば良いからである。
「さーて、用事が終わったなら、かえろー。お腹すいた〜」
「そうですね。帰って少し早目の朝食でも造るとしましょうか」
お腹ペッコペコ〜と魅依が元気に顔を出すと、馨も手を挙げて迎え入れる。
どんな強敵がおり、獅子より強い敵であろうと。
彼ら撃退士であれば、やり遂げるに違いない。