●踊る殺人人形
窪地にある森の中へ、撃退士たちは進んでいく。
ややあって、暗がりの中に佇むナニカが一つ。
「…居た。本当に移動してないんだね。動かない敵…。動けない敵…?」
一ノ瀬・白夜(
jb9446)は事前に貰った情報通りの位置であると確認。
首を傾げる事も無く、ただ目の奥だけで考えを否定した。
仲間の方を振り返り確認だけしてみるが、思いと表情は異なるものの、やるべき事はそう変わりそうにない。
「彼は独りで戦い続けているのですね……」
「そうだね。(どっちでもいい、や…)どっちにせよ、僕達は倒す、しかない…よね。ならやる事は同じだ」
御祓 壬澄(
jb9105)の表情は変わらないが、その目は少しだけ寂しそうだと白夜は思った。
だが止めようとはしないし、止めた所で白夜も仲間たちも戦いを止めやしない。
「すみません。少し感傷に浸っていたようです。(ほだされたりはしません)。早く終わらせましょう……お互いのために」
「…うん」
壬澄の声は雨にでも打たれたようなトーンを、白夜は肯定と見た。
いや、そもそも感傷以上でもないのだろう。
忘れられたブリキの玩具や、主人という概念を亡くした忠犬であろうと、為すべき事は変わらない。
天魔に創られた人を害する存在であるなら、討つしか道はないのだ。
視認範囲に及んだことで、撃退士たちは散開。
黒衣のディアボロも、抜刀したままの剣を構えなおした。
「推移と状況からして魔法系統や支援タイプを狙らって来ると思います。我々で交代しながら、被害を抑えましょう」
「うんっ!まずは任せてね、僕の領域では、誰も傷つけさせない!」
水無瀬 雫(
jb9544)が先頭を進む清純 ひかる(
jb8844)に声を掛けると、即答された。
目を動かしながら、周囲を確認して不安を押し殺す雫に対して、ひかるは燃えるような純真な目で見つめ返す。
雫はその瞳が眩しかった。不甲斐ない今の自分を乗り越えれば、いつかこんな目が出来るだろうか?
「いっくよー!」
「参りましょう。(水無瀬の名にかけて必ず魔を祓って見せます)」
前衛を務める二人は、ややズレた位置を取る。
ひかるが先に敵を止め、雫が交代要員であり、仲間への移動を止める役だ。
●黒の剣士
前衛が塞いでから、残りのメンバーが左右に展開。
一同は中距離を保って、ネックレスの様に等間隔に連なっていく。
「あうぅ、なんか黒衣で剣士って見た目が厨二ですよぅ、なのに強いんですよねぇ」
「強大な敵か……さて、言うからにはどれ程の実力なのか見極めさせて貰う」
いかにも漫画に出てきそうなスタイルで、緋桜 咲希(
jb8685)は苦笑してしまいそうになるが、アデル・シルフィード(
jb1802)はむしろ、それだけの力量を期待した。
得物は剣のみ、逆手に小型盾や剣止めの様なバランサーも無しの殲滅戦スタイル。
恰好だけか、それとも相応しい実力があるのか?
「まずはソレを試してみないとな。やってくれ(ただの諸刃の剣と言うならつまらんが……)」
「はっはい!行きますよ…」
アデルは堅実に様子を見るべく、咲希の持つ広範囲の阻害能力を誘発させた。
立ち止まった前衛を巻き込まぬように、突如溢れる強烈な砂嵐。ソレを待ってから牽制攻撃を仕掛ける。
狙うは嵐からの脱出地点、…そして仲間たちを襲う為の位置である。
「そこだっ…!まずはコイツはどうだ!?」
「きっ、キター!?しかも効いてないし(涙)」
「魔剣士だか宇宙の騎士だか知らないけれど、ここはもう僕の領域だ!」
アデルの放った弾丸が、咲希の造った砂嵐より出でるナニカへ。
咲希の目には敵が砂と銃弾を乗り越え、ひかるが相討つように挑む所までが見えた。
剣と斧槍がぶつかって銀光を帯びる!
中衛に連なる仲間たちは、その状況を確かめてから次々に攻撃に移った。
「本当に効いてないですね。…暫く間を挟んでから、もう少し強めの魔法攻撃してみましょう」
壬澄の放つ風は、白夜たちの目には涼風が通り抜けた程度にしか効いてないように見える。
だが、もう少し強烈で魔法防御を超えるレベルならどうだろう?
無効化能力は、魔力の塊を受けた時に生じるはずの衝撃圧でさえ、完全に消し去っているようだが、防ぎ切れない物なら話は変わるはずだ。
「そう…だね。まとめて薙ぎ払われない注意しておかないと」
「少し距離を取りますか…。なら、こちらもソレにならうとしますかね」
白夜はその言葉に頷いて、本格的に仕掛ける前に一度距離を離そうと提案した。
彼が浮き上がって距離を保つと、藤村 蓮(
jb2813)も合わせて木の幹を駆ける。
見れば他のメンバーも同様に移動し、さながら戦闘機の巴戦…、いや忍者の攻囲戦の様であった。
「ではこのまま計測しつつ、ボーダーを掴んだ辺りでリミットを超えさせますよ」
「…自壊させる、作戦、変更なし。了解…」
上方に移動した蓮が魔書で攻撃しながら、周囲に力と言葉を振りまいた。
もはや攻撃自体に意味はなく、後方に回り込む紅香 忍(
jb7811)たちの援護とする為だ。
魔法に反応するなら敵を引き付け、仲間の手助けになるし、効かないのならば自分を侮らせる事が出来る…と。
そんな彼らが雨霰と放つアウルの煌めきを背景に、忍はジックリと回り込んでいく。
ここで焦って飛び出す必要はない。やるなら確実に、そして的確に意識を刈り取れば良いのだ。
「包囲、完了。あとは…時間の問題(…はやく、力…だせ…)」
好機と見れば忍も積極的に攻撃に参加し、時折、アウルを込めて首を狙う。
効果は半々、だが仲間と共に同じタイプの攻撃を繰り返し…。
忍たちは、確実に敵の動向を補足しつつあった。やがてソレは、勝利につながるはずなのだが…。
●魔術師殺し、スタンバイ
降り注ぐ魔弾は流星雨の如くだが、通じるのは内の数発。
大して単純強化に使用した弾は、その全てが砲弾のようであり、時に鉄槌として確実に傷を穿って行った。
「うわわ。妨害が効いてないとヤバかった。…やっぱ怖いってね、ほんと」
蓮の真横を斬撃が通過し、流石は強化タイプであると否が応でも理解させる。
乾く唇を舌先で湿らせながら、交代時期を確認してつま先立つ。
「そろそろ…かな。放ったら、失礼させてもらうよ」
「了解、突入して前衛を変わります。次に魔力攻撃で貫通させる人は気をつけてください。間違いなくそちらに行くはずです」
双刀を持ち変える蓮の動きが、急に加速する。
雫は軽く頷いて仲間に注意を呼び掛けた。
確実に倒すのならば、鉄風雷火の如く物理攻撃を浴びせるのが有効だろう。
だが、この敵は強力な魔法攻撃の使い手を狙う習性があるのだ。
ならば…、物理を主体にして、魔法を担当交代に扱う方が、ダメージコントロールし易いだろう。
「三、二、一! いくよっ!」
「いつでもどうぞ!(止め切れるかな?ううん…、止めるんだっ)」
蓮の攻撃は斬りつけた、というよりは殴りつけて飛び去ったと言う印象だ。
敵を惹きつけたまま木上に去ることで、雫が飛び込むのを手伝う。
「このまま押し切って…あれ?」
雫は朝一番に汲み上げた水を刀に塗り込め、滴る水をアウルの刃に換えて斬り込んだ!
朝日と清水が交わりし聖なる力。魔を祓う刃となり敵を滅してください!
…そう思いを込めて斬り込んだ時、不思議な物を見た。
先ほど蓮を攻撃したばかりの刃が、なんで自分の目の前に…。敵の目が輝くとか漫画みたいな予兆などありはしなかった。
「…っ!凍れ、真白に、そは氷壁の…っあれ?なんで防いだのに…」
雫は真っ白になる頭の片隅で、防がなきゃ…と条件反射で氷壁を築く。
アウルの氷で盾を作り上げ、弾いた壁の向こうで、なんとかなったと溜息をついた時…。
黒い影が、彼女の真横でゆらりと片腕を上げるのを、他人事の用に見つめていた。
「させないっ!…くっ、まだまだ!言ったはずだ、誰も傷つけさせはしないと!」
「ご、ごめんなさい。大丈夫です、まだ…行けます!こォォのおお!!」
ひかるが割って入らねば、雫の頭に直撃していただろう。
少年が配置した清浄なる秩序は、予定していたかのように受け止め、まるで吸い込んだかのようだ。
雫は少しだけ頭を振って、例の連続攻撃だと理解した後、構え直して戦列を整えた。
更なる一撃が見まわれたのは、その時だった。
二人はさながら人の形をした暴風に飛び込む木の葉。周囲から見守る仲間たちは気が気でない。
「うワっ。なにアレ、人間の動きじゃない…。いや、人間じゃないけど…。関節とか変な風に曲がってるし、ギボジワルい…」
「ふーん。(自傷ダメージを食らうって、そんなに負荷が掛かるモンなんだね…)」
その様子を離れた所で見ていた咲希と白夜の反応は、実に対照的だった。
咲希は人ならざる動きによる強さ・代償に驚愕し、一方の白夜はつまらなさそうに一部始終を眺める。
普通の連続攻撃というのは、反動を抑えて軽い一撃を連続させるか…さもなければ反動を利用するとか効率よくやるものだ。
それがあんな風に無造作にやれば、反動による代償が跳ね上がるのは間違いない。
「なんだか諸刃の剣…ってこう言うこと、なのかな?…まあいいや。今の内に脇から攻撃しようよ」
「はっ、はい。倒さなきゃ…タオさなきゃ、殺される。コロサレちゃうヨ。うん、だから殺される前に殺さないと…ああ。壊さないと、ダネ」
やれやれ、危ないなあ…。と白夜は乾いた笑いで飛び出した咲希フォローに回ることにした。
撹乱攻撃を繰り返し、誰かの妨害工作が効いている状況を造りだぜば…、まあ、殴り続けてる人の援護になるだろう。
白夜にしてみれば飛び出したのは自業自得だし、咲希にしても持ち変えて肉薄するのは採算がある事なのかも?
狂乱したかのように鉈を打ち付ける彼女の脇に、滲むように小さな影が沸いて出る。
ひとつの影が、ふたつの影に…、それらはすべて忍の姿をしていた。
「(引き付ける。その間に…、攻略法。探す)」
「(了解です。…考えるんだ、何か理由があるはず)」
棒立ちになった忍が、簡単なハンドサインを壬澄に送る。
この時期の少年独特の美しい顔が、魔剣の猛攻でアッサリと砕け……る事はなかった。
刃が通りぬけた後は、物言う間も無く消え去る。
「敵がこの場所に連れて来て、この個体が動かなかった理由が、何か必ずあるはずなんです…」
壬澄は翼を広げて飛びあがり、上から見ることで、相手の足跡がそう離れない事に気がついた。
人間から見て、都合が悪くないからこの敵を放置した。…だが、敵にとってもそうだろうか?
この場につれてきた事で、目的を遂げているとしたら?
●森の中のコロシアム
敵は横薙ぎに殴られた後、宙に浮きかけたまま反撃を放つ。
不自然な態勢で良くも当ててくる…。既に仲間たちの怪我は、待機してる救護班の対処域を超え始めた。
その一方で、効き難い魔法攻撃を混ぜているはずなのに、敵も満身創痍だ。
「なんでだろう…不思議と『彼』に無目的な部分を感じない…(早く好機を見つけないと…。地上で頑張ってくださっている皆さんの分働きませんとね)」
壬澄の目に映る殺人人形は、不思議と自分の役割をこなしているように見えた。
使い捨てなのは同じとしても、何か目的があって動いていない…。
そうだ、この敵は回り込もうとも突き抜けようともしていないのだ。まるで此処が彼の舞台であるかのように。
「っ。判りました、この窪地はコロシアムなんです。今も性能を確かめているかは別にして、彼は一定以上を離れません」
「敵が同じ場所に居ると言う事は、同じパターンで避ける。つまり攻撃を『置いて』くれば良いってことだな」
壬澄は何処かに計測する魔術装置でもあるか、データの転送でもしてるのだろうと告げた。
彼の言いたい事を理解して、アデルは気配を潜めたまま大剣を振り被る。
「欲張り過ぎだな。意図どおりに使えれば悪くなかったろうが…」
敵が仲間の攻撃を避けバックした処へ、アデルの猛攻が飛来した。
狙うは袈裟斬り、黒き剣士が居る現在位置から、避けるであろう回避先へ。
その意図が事実を貫き通し、直撃したと言う結果が、アウルで姿を晦ませた彼の元へフィードバックする。
アデルはその事を理解した上で、撹乱すべく、再び立ち位置を変えた…。
「チャンスかな?違うなら早く倒してしまいたいね。いやはや、ほんとはやく自滅して欲しいとこなんだけども。そう思わない?」
「(あれが効くか次第で、技切り替える)。……効いた?」
軽口とも苦笑いともつかぬ蓮の言葉に、忍は黙って足を止める。
蓮が双刀を歪ませたのは傷口からアウルを送り込む撹乱攻撃であると、忍は悟ってタイミングを僅かにずらす。
どちらかがヒットさせ、確実に撹乱できていれば良いのだ。
敵の顔面をモヤが覆い始めた事で、忍は冷然とワイヤーを伸ばし始める。
「死ね……」
自滅するかは忍は気にしない、自分たちの誰かが倒せばよい。
威力も必要ない、やはり、自分たちの誰かが倒せばよい。
ならばここは足を止めるのが必勝だろう。この一撃か、この次の一撃で足を止めれば問題ないと、影に潜ませたワイヤーを引く!
「動きが止まった…影法師の術?(蓮ともう一人かどっちだろう、まあいいか)」
ワイヤー越しに込められたアウルを見つける事が出来たのは、白夜もまた忍者だったからだろう。
ここは相乗りして追撃するべきだと、彼もまたワイヤーに切り替えて確実性を増す。
全員が物理攻撃にシフトし、一斉攻撃で終わらせれば良いだろう。
「アはは、死に方ノ注文とかアる? 今日のお勧メは細切レだよッ!」
「その仮面、割らせてもらう!」
後方より咲希が、ひかるが前方より迫る。
鉈、大鎌、あるいは…。
「はぁぁっ!使える物は全て使って、確実に行きます!」
最後に迫るのは鉄拳その物!
雫は霊気を飲み込むことで、全身という全身の水分にアウルを漲らせる!古より来りて、いつかの未来に神へ届く…。
ただ一撃の拳が、既にヒビの入った黒衣の仮面を砕いた!
「…サヨナラ、ここが君の終着点だ」
僅かに残った息吹を、白夜がワイヤーを引いて終わらせた。
造り手にも見捨てられた、哀れな人形の時間を、少しでも早く止めてやろうなんて…。
らしくない思いを胸に、指先が糸を弾く。
「終わったな。如何に強かろうが、己自身でもそれを御せない力などナンセンスだよ」
「きっとそれじゃあ脅威にならないと思ったんでしょう(……お休みなさい) 」
アデルが制御できる範囲にしとけと苦笑すると。壬澄は周囲を探りながら…。
欲望にキリはありませんから。と答えた。
いつかこんな戦いを、種子島から追い出せるのだろうか…?