●大きな籠
「随分と一杯あるねえ♪この中から着物を探し出すのは…」
「どうしたの?邪魔なのがあるなら、ぜんぶ放っぽり出すの!」
材料はあると聞いていたが、まさかこれほどの物とは!
無数にある箱の1つを開けるまで、誰もが他の衣裳もコミコミだと思っていた。
しかし、黙り込んだジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の手元を神埼 律(
ja8118)が覗き込むと…。
明らかに和装のみで、この分量である。
「これは本気をだす時が来たようなの…!」
「アハハ…。半分くらいは破切れなんだけどね」
「雛人形や和装は憧れです。たとえ結婚しても、ね。…今までの部員さんが、古着屋…いえ古物市で探して来たのでしょう」
ズゴゴゴ…っと律の気合いが高まる一方、ジェラルドは首を傾げた。
この量は多すぎだと思っていると、その疑問に星杜 藤花(
ja0292)が答える。
女の子の憧れであり、古物市の古服は袋1000円と捨て値だ。
この機を幸いに欲しいだけ買い漁ったのだろう。
「虫喰いは材料として、どれを選んで良いやら悩んでしまいますね」
「それだけの髪質でしたら、この生地系でこの色なんてどうでしょう。全体的な調和が増すと思います」
とはいえ、同じ系統の色だけでも無数の量がある。
ヴェス・ペーラ(
jb2743)が悩んで居ると、海城 阿野(
jb1043)が声を掛けた。
肩口に布を当て、白銀の色と合わせる様は…と。まるで手慣れた専門家だ。
ヴェスはその仕草にくすっと笑って…。
「ヴェス・ペーラです。よろしくお願いします。仕立屋さん」
「海城屋を御贔屓にお願いしますわお嬢さま。小道具はそうですわね…流す部分とまとめる部分を分けると綺麗に見えますよ」
夜が楽しみです♪
興の乗ったヴェスが挨拶すると、阿野もノリノリで化粧道具でも出して来そうな勢いだ。
着物をまとめて体のラインを出す部分と、逆に隠す部分を説明し始めた。
「なるほどねえ…。さて、このまま縫い物班と料理班に別れようか」
「異議なしなのですよー。あっ、外を歩くので丈とか裾を引きずらない工夫が必要と思うのです」
ジェラルドは隠すラインの話に関心しながら、手際よく作業を分担。
はーいっと深森 木葉(
jb1711)が手をあげ、可愛らしくアイデアを提案し始めた。
●ズンバラ行進曲
「せいせいせい…」
「飛ばしとるなァ。まあうちも人の事いえんけど…」
ジャッキン、ズババ!
踊るハサミは留まる所を知らぬ。
緋流 美咲(
jb8394)は次々と虫喰い羽織を分断し、袖なんかギザギザで見る影も無い。
そこからどうアレンジするのか知らないが、葛葉アキラ(
jb7705)もその点に置いて人の事を言えなかった。
「うん、斬新っ♪…あれ、そっちはお雛様じゃないんだ?」
「せや!夜中のコスプレ大行進やなんて乗らん訳にはいかん。ゆうて普通も面白ろない。きちんと設定加えた上でアレンジしとるんや」
市松人形を元にしてな。
美咲が尋ねて来た時、アキラは我が意を得たりと胸を叩いた。
デザインを描いた型紙の上に破切れを添えて見せる。
そして感心した美咲は恐ろしい事実を口にした。
「すごいですねっ。私、適当にやったから、そんなに上手く考えてませんよっ。縫い物だって…あうち」
「なんやて。この状況でノリだけとは、さては天才か!?…なんや、粗相やなあ。かしてみっ痛つつ」
「絆創膏は多めに用意しておいた方が良さげですね。光纏しても良いのでしょうけど…」
何と言うことだろう!
美咲はデザインを決めずに、心の赴くまま切り刻んで居たのだ!
アキラは巻き返しを図ろうと、縫い物が苦手な美咲の代わりにチョイチョイ針を動かし…。
右手の針を右指に突き刺す器用な芸当をして見せた。
二人の様子に阿野は苦笑しながら救急箱をオープン。
光纏した方が良いとは言い切れないで居た。
「あ。(また指に当たって曲がってしまいました…)」
「にゃー。私も曲がっちゃったー。替えの針〜」
「…活性化を止めろっ。針が幾らあっても足りん!…痛っ」
「ふー。ちょっと失敗し難い方法を試してみますか?」
向こうでは御祓 壬澄(
jb9105)や主宰者たちが、アウルを活性化した状態。
確かに防具補正が入るのだが…。
柔らかい針が曲がって行くのを阿野は見て居られなかった。
「ペースは落ちますけど…作業を細分化して…」
「流れ作業って事だよね?切るのは切るのが得意な人、縫うのは縫うのが得意な人って」
「…その意見はありがたいんだけど…。君は何処を見ているのかな?」
阿野が折衷案を告げると、ポムっと手を叩く音がする。
納得したと言わんばかりの藤井 雪彦(
jb4731)の視線は、不思議と高さが違った。
注目しているのは手元ではなく、胸元…。
ひんぬーさんが好きです…でもきょぬーさんの方がもぉ〜っと好きです…だって男の子だもん♪
「どこでしょうね〜。カエサルの物はカエサルにって言うじゃないですか…。ってジェラルドさん!?」
「そうだね♪女性はいつだって魅力的だから、目が泳いでしまうのは仕方が無い」
雪彦が下手な言い訳をしていると、目に入ったのは見知らぬ女性?
なんとジェラルドが、女の子たちの列にちゃっかり加わっていたのである。
なんということだろう、銀髪だから別の子だと思っていたのに!
「おお?さっきとまるで様子がちがいますよぅー」
「歌舞伎の技法で、背丈や筋肉を隠す方法があるんだよ。更に和服を改良しておけば、ご覧の通り♪」
「女形の歩法ですね。でも慣れないと膝と腰に負担が来ません?」
コックリ?
木葉が首を傾げるのも無理はない。
どちらかと言えば筋肉質で、背の高いジェラルドが平然と混ざっている。
今はモデル風に背を延ばしているが…、先ほどまでは違和感も無かった。
彼の話を聞いて居た阿野が、ようやく気がつけたほどの域である。
「あうち美味しいとこを持って行かれた!残念〜でもジェラルドさんがここに居るって事は、仕込みは終了ですか?」
「当然!君がやろうとした目的はお見通しだよ。…上には上が居るものさっ」
雪彦が目論んだのは簡単である。
黙々と作業する女の子達を笑わせて、緊張を解してあげようと言うのだ。
その為にボケ役を担ったのだが…、どうやらジェラルドにはお見通し出会った模様。
●準備よーし!
「仕込みで来たんだ。コノちゃん上手く出来た?」
「勿論なのですよっ。菱餅を沢山作って、クッキー風に犬さん猫さんを…内諸すよ」
雪彦が尋ねた時、木葉は思わず秘密を口にしてしまった。
危うい所でお口にチャック、しーっと指を当てお願い〜。
こういうのはサプライズが良いよね。
「一通り仕込んでおきました。見本も用意しましたので必要なら使ってください」
「手間掛けさせて悪いなぁ…。ほな気合い入れてくでー!料理は得意中の得意やしな!」
料理用のエプロンを外し、裁縫用のエプロンにお着替え!
ヴェスが用意した具材をリストにあげると、アキラはパパっとメニューを考え始めた。
手の掛かる者は、担当分けをして色々仕込んで貰っている。
ならば今すぐ作って寝かせる物と、行進前に材料入れて手直しする物に分けるだけだ。
ちらしは他の人がやるとして、何が面白いだろう…。
「確か菱餅は作ったんですよね?…なら僕は菱餅風の三色ゼリーにしようかな」
「なのですよー。ならばどっちが楽しいか、対決なのです」
「そう、問題は無い!ぶっちゃけどんと来い(屮゜д゜)屮 カモーン」
…。
あはは…。
無表情な顔に、壬澄がなんとか笑顔を浮かべようとしたら…。
代わりに木葉と雪彦が笑顔を振りまいてくれた。
不器用なりに目線で感謝を入れると、目礼した端で、さっきまで作っていたフェルト人形が揺れる事で手を振っていた。
きっと人形も人形なりに、主人の代わりに御挨拶したのだろう。
「そっちは?」
「時間も無いし、私は衣装とか忙しいから全面的にお任せするの」
「5分もあれば出来るので、完璧♪」
仲間の確認に率と美咲が即答したが、思わず律は思わず、首を傾げた。
5分で出来るのは良いのだが、なぜ手元にトマトケチャップを用意しているのだろう…。きっと気のせいだ、気のせいに違いない…。
「…え、ええと。藤花ちゃんも料理にはいかないのね?…随分と本格的なの!」
「姫君の女官というイメージですけどね…。モデルは小納言や小町かしら?」
嫌な予感がしたので、律は視線と思考を無理やり動かした。
そこでは藤花が、人形を相手に蘇芳や梅の色違い重ねて確かめている。
まずは小さな人形で実行し、思った色になるか実験中〜。
「美人は何を着ても…素敵でしょうけど。昔の人の工夫って凄いよねぇ」
「服は素材があるから良いのですけどね。…本当は神埼先輩みたいに地毛が良いんだけどなぁ」
「…?藤花ちゃんも美人さんで自慢の後輩なのっ。それはそうと、川沿いと言うのは素晴らしいのね計画通り!なのよ」
その光景を見たジェラルドが、ほうっとため息をついて居ると…。
藤花がカツラを被っては、幾つか付け変える。
ちょうどアキラの市松人形があったので、姿見代わりに乗せてから比べてどれが一番天パを隠せるか試し始めた。
そんな彼女の愚痴を聞きつけたのか、律がフォローしながら行程表を眺めてニヤリング〜。
川でしたい事があったのさっ。
●踊る雛人形幽霊事件!
「あかりを…点けま。…?立ち止まって、どーしたのですか?」
「…なんや、おっかしいなあ思うて。うちの市松衣裳に合わせたカモジな、こんな長かったっけ?」
「人形の髪の毛が伸びるですか?きっと気のせい…じゃなかったりして!」
木葉が唄いながら進むと、後方で声が上がった。
もしかして自分が迷惑かけたかな?と思って振り向くと…。
最後尾のアキラが立ち止まり、カツラをつまんで怪訝な顔をしている。
近くに居た阿野が検証してる最中に、驚かしたりしていた。
「ふむ…可愛い百鬼夜行だねぇ…♪(確か、あれはきみが用意したカツラだよね?)」
「確かに百鬼夜行っぽいですよね…お雛様も…ですし(そのはずですね。まざっちゃたのでしょうか?)」
「んー?これを担いでいくだけなの!」
セクシー官女に扮したジェラルドは、藤花と共にお雛様へ目線を動かす。
そこにでは煌びやかな衣裳をまとった律が桟俵を担ぎ…。
俵はまだしも、問題なのは彼女が歩く場所である。
普通は舟に乗る物なのだが…。
「ふふのふふん…ふのふん♪川に映った二人のお雛様、とっても綺麗ですっ」
「ありがとうなの!明かりが少し足りないのよ、川面が金の屏風に見える程に焚くの」
「…そうですね。男衆は提灯飾りを持って、川辺に集合しましょう」
暗めにトーンを落とした木葉の鼻歌の向こうで、お雛様が小川の上で手を振っている。
壬澄あたりは素知らぬ顔で、提灯構えてつき従っているが…。
傍目から見たら、ちょっとしたホラーであった。
そして男衆が集い始めると思った時!
「提灯戦隊の集合ですね。ほら、そっち側に…」
「恵ちゃんのお兄さんの要望とあらば…って、あれはっ!デュワー!!」
川辺の右と左で提灯が挟めば、幽玄にも似た儚い光景が美しい…。
ならば自分も加わろうと、阿野が苦笑しながら雪彦を招くが、彼は尋常でない行動に出た。
なんと、もろ肌脱いだと思うと…律に向かってダイビング!
どうして雪彦がフ●コちゃんダイブを掛けたのか?
破廉恥なのか、それとも…?
●夢の様な光景
「…あ」
誰ものがダイビングを掛けた少年へ、目が移った時。
初めて律は、自分の状態に気がついた。
半裸の男の子に飛びかかられて顔を赤らめている場合では無い!
ザプーン!
「にぎゃー!藤花ちゃ〜ん、たーすけて〜!」
「え?って、いきなり掴まないで!?…こけるこける、こけちゃいます!」
「あれ、矛先がこっちに?まさか、私を巡って三角関係!?って言うか重い、アーっ!」
川のど真ん中で歩いて居たはずの律が、気がついたら藤花の近くまで突き飛ばされて転げている。
そのままの姿で掴ったのだから、彼女としてもたまらない。
転げまいと近くの人に手を延ばし…美咲も巻き込んでスッテンコロリン!
夜中に大きな声が上がりかけ…。
一同は大騒ぎならない様に、パーティ会場へ駆けこんで行く。
「…私が先行偵察に行ってる間に、一体全体、何が起きたんですか?」
「どうも、水上歩行の効果が切れたみたいですね。…で、気がついたこの子が、緊急避難措置でつき飛ばしたって事で良いのかな?」
「そうですね。とっさの判断としては見事だったかもしれません」
「流石に抱き上げるほど時間が無くて…。びえーくしょい!」
不審者が居ないかどうか確かめに行ったヴェスが戻ってきた時…。
阿野と壬澄が着替えを取り出して居る所だった。
ズブ濡れの雪彦は、満足そうに大きなくしゃみ!
しかし、無事だったと言う割には全員が居ない。
心配して物置きにしたテントを除くと…。
「あなた血だらけですけど…大丈夫ですか?転倒したって聞きましたけど…」
「ノゾマヌ結婚ナンテ、コワシテヤル…!!…なんちゃって。料理に使わなかったケチャップ忘れてたんですよね」
「雛祭りにケチャップ使わんゆーて。…まあええわ。そろそろお楽しみやけ、服替えとこな」
ヴェスが覗き込んだテントには、真っ赤になった美咲が一枚一枚脱いでいる処であった。
その光景はまさに修羅場!
ここに荷物置きがあるから、後で置いておけば良いと思ったのが不覚であろう。
アキラはそんな様子に苦笑を浮かべながら、パパっと予備一式を作って彼女に着せてあげる。
「して姫様。迂闊に触れた仕置きはいかに?」
「藤井さんが厄を引き受けたの!それで帳消し。そう、雛祭りというのは本来カタシロに災いを託すものなのよ」
「魔を祓う桃の節句ですから♪無罪放免と言う事で」
阿野が片膝立ちで悪戯っぽく律に窺うと…。
助けてもらった形の彼女は、プイっと横を向いて話をこじつけた。
それを聞いたジェラルドは笑って甘酒を手に歩き始める。
「ささ、甘酒を一杯」
「殊勲者に潮汁も一番にや」
「では、私は姫を助けていただいたお礼に舞をひとさし…」
ジェラルドとアキラが器を手に両隣へ。
藤花が扇を手に舞い踊り始めると…。
それは平安を思い起こさせる、夢の様な光景だ。
「もうっ死んでもいいっ…いやっ死ぬのは嫌だな。重体でもいいっ!!」
「赤い顔…右大臣ですのね」
「急に立ち上がるのは危ないですよ…って、ノンアルですよね?」
雪彦は寒さを忘れて立ち上がる。
少しくらりと来たので、木葉とヴェスが両脇から支えてくれた。
なんと羨ましい光景であろうか!?
「ちらし寿司も完成ですよ。うん、完璧っ♪」
「華やかですし彩り豊かです。天魔も出ませんでしたし楽しみましょう」
最後に美咲がお寿司を用意しパーティの始まりである。
壬澄は表情を変えないまま…、こう付け加えた。
めでたし、めでたし?