●現地集合、現地調達!
「あとは鐘田さんと袋井君で全員揃うのかな?」
「はい…。軽トラックや機材を、レンタルに行ってるはずです〜」
ワークショップで軍手やゴム手袋などを揃えた撃退士たちは、最後の仲間たちを待った。
点呼を取ったグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505) の質問に、おずおずと月乃宮 恋音(
jb1221)は答え新しい地図を見せる。
そこにはM社のレンタカー店とボランティアに協賛する地元設備レンタルの店が、ペンで黄色い丸で囲まれていた。
あざといが、人目に着く事で活動をアピールするので何もかも現地調達。
「せっかくだからそれまでに大筋を決めてしまおう。各班ごとにコピーしておいたから、現地図を見てくれ」
「二枚あるけど…、あこっちは配置表か。区分けと班名は判るけど、この線は何?」
B5のボードへコピーを並べ、音羽 紫苑(
ja0327)が三組ほどの資料を手渡す。
そこには現地の地図があり、色々と書きこまれた同じ図もあった。
フローラ・シュトリエ(
jb1440)は首を傾げながら他の仲間の為に、アー班の物置き、ベー班の物置きと読み上げて行く。
「ちょっと見せてください…。ああ、なるほど作業動線ですね、ということはこのルートは極力開けるって事ですか?」
「戻って来たなら調度良い。その通りだ、場所によっては何度も往復するし、狭い道で順番待ちは馬鹿馬鹿しいからな」
「…おかえりなさいです。意識しておけば、…順番待ちだけでも減らせますよねえ」
借りて来たらしい袋井 雅人(
jb1469)が資料を覗き込みながら尋ねると、紫宛は頷き両手を上と下に交差して見せた。
恋音は出迎えの言葉をぼそぼそ呟きながら、仲間達のアイデアに感心する。
紫苑は地図を調べてルートを検証し、雅人は専門書を確認して、使える知識を拾って来た。
「いきあたりばったりじゃ、往復したり立ち往生という事になりかねん。さて、トラが来たとこでいくか」
「おう。重い物はネコの側へ置いといてくれ、紙袋やズタ袋はまとめて紐で括ってな」
「ネコ?呼んだかにゃ?猫宮ミントここに見参にゃ」
パンパンと手を叩いて出発を促す紫苑に、プップーとクラクション鳴らして鐘田将太郎(
ja0114)が窓から顔を出した。
彼が後ろを指差し告げた言葉に、猫宮ミント(
jb3060)が空手チョップの様な敬礼で飛んできた。
「猫車と言って手押しの一輪車の事ですよ。むかしは木牛流馬とか行ったそうですけどね」
「昔は昔でも、古代中国の話しですよね、それ」
「んー、難しい事は判んないですけど…。この手押し車である事は判りましたっ!」
雅人とグラルスの会話に、ミントはうんうん唸りながら難しく考える事を放棄した。
ほら、なんだ。何を指してるか判れば、それでいいのさ!
「威鈴さん威鈴さん、ちょっとそこのイスズってば。この子ったら私の弟分なんですよー!」
「…一家に、一台。とっても活躍…。してくれそう…だね」
「あんたは天魔で、これは機材だろ!」
はしゃぐミントのボケに浪風 威鈴(
ja8371)は真面目に答え、仲間の誰かが仕方ないので乗ってやった。
はげしい突っ込みに頭を押さえ、にゃははっと笑って威鈴の後ろに隠れる。
そんな姿に、皆は笑いながらバスで移動する事になりましたとさ。
●誰知らずとも、そこに在り
「あちゃー。この有様かぁ」
「瓦礫…多い…ね」
「うん、これはちょっと大変そうだね」
仲間の叫びに威鈴は茫然と呟き、ミントはぐなーっと相槌を打った。
小道具載せたネコを押し丘の上で出迎えたのは、草はボウボウ石と木々がゴーロゴロ。
5m四方x二面に10人分のお墓が残らずこけているのはまだ良い方で、ひと際大きな御墓と、その隣の道路脇に巨大な石碑が倒れていたのだ。
「どうやったらこんな風になるのか…、というか災害で倒れたのは別にしても、建設でここまでやろうとしたの?」
「あー。この手のはね、部分的に別売りが問題…。3〜4人の地主の内、1人売り2人売り…。残りのが渋ったとしても…」
フローラの疑問に紫苑が苦笑で答える。
古い物だから皆大事にするとは限らないし、宅地造成でマンションや団地になれば便利なると考える人も居る。
そう言う人が増えてくれば、高値なら売ろうとする人や、逆に煩わしくなって出て行く人も続出する。
だが、それは採算面がおかしいバブル期の話しだ。今は作業に集中する事にした。
「ちゃきちゃき行こう。あ…出来れば力を入れたら壊れそうな部分は他の人にお願いしたい…」
「あいよ。その辺は任せな。これだけ片せば飯もうめーだろうよ」
「これはなかなかに酷い状況だからね。綺麗にしてあげないといけないよね」
一つ一つ順番に片付けていきましょう。
彼女の音頭に、将太郎とフローラがガッツポーズで応える。
A班用の物置き場所を先に片付けて、そこにお墓の内、邪魔になる物を一時避難させていった。
「宗教と医学を比較…、魔法で治療してたのか?まっ、後でいいか。こっちはUFOキャッチャーのノリで済むが、そっちはでかいみたいだが大丈夫か?」
「ああ。モアイが歩くのと同じ要領でやろうと思ってるから大丈夫だよ」
「モアイ…。確かに石碑ってモアイ見たいですけど…。モアイが歩くんですか?」
大きな墓を起こしながら隣に尋ねる将太郎へ、紐を掛ける位置で悩んで居たグラルスが応える。
彼らのやり取りに、恋音は首を傾げた。
頭の中で足を生やしたモアイが踊っていると、後ろから声が掛かる。
「平行に紐で左右に引いて固定した上で、その左右を交互に引く事でワザとずらして何十センチずつか動かすんですよ。紙相撲の駒が歩く感じかな?」
「あ…、右、左ってちょっとずつ震動して歩いてますよねえ。あれの大きい版ですかあ」
重機が無かった頃の知恵ですね。
せっかく人みしりの激しい恋音が尋ねたのだ、自分が答えられる範囲でならと、水を汲んだバケツを置きながら話しかける。
「水は冷たいですけど、ボランティアとはいえ自分にとってはこれも戦闘訓練の一貫です。手を抜かず自分の持てる力の全てを使って頑張りますよ」
「…依頼ですし、皆さんのためにも、出来る限りのことをしないとぉ…。いけませんからね」
「テコで起こすのと紐を掛ける木はこっちでやっておきますよ。これは随分大きいですが、でも協力してやれば何とかなりそうだし、頑張っていこう」
柔らかく微笑む二人に、グラルスは静かな木々の中へ歩き始めた。
枝ぶりと重心を確認してる頃には、汚れはともかくコケくらいは落ちているだろう。
丘の上と言う不便さゆえに忘れられた空間が、静けさを好む彼には少し心地よかった。
「麻袋には…ガレキ。紙の米袋には草を…入れる、の」
「あ、全部抜いたらダメだよ。出来るだけ自然に見える様にして、邪魔な所だけを抜くんだ〜」
ミント…えらい…、ね。
撫で撫で…。威鈴はきゅーっと嬉しそうなミントを撫でながら、小分けに置かれた木を不思議そうに見た。
「それ…、何?に使う?の…?」
「こりは〜、まだまだ秘密!A班B班からも材料貰ってー組み立てるんだよ!」
ふふふ、のふーん。
胸元に挟んだ設計図の文字。
気の良い威鈴は、見なかった事にして作業を進めた。
いや、既に視会は作業分に絞られ…。終わり次第、次はB班を手伝って碑文を洗うつもり。
途中で仲間の一人が、休憩を言い出すまでは。
「ここで一度休憩しましょう。まだ寒いですし、皆とおやつを食べたかったんですよ」
「さんせいっ。疲れてる所に甘い物っていうのはより一層美味しく感じられるわよね」
雅人の言葉にフローラが汗をふきながら手を上げた。
その頃には全面の道は整備され、後は汚れが落ち次第、組み上げるだけになっていたからだ。
トイレ休憩も重要だし、ここはレッツゴー!
●団子がったい!
「えーっと餡子だから…。衣笠と山本を二本ずつ、終わったころに小早川をください」
「俺はミタラシを少々。腹もちしない程度にくれ」
「古葉と阿南だね。ちょいとまっとってくれんさいのう」
かつて小さな茶屋が何件か連なっていたという店先で、男達は控えめに団子を注文した。
どこかの赤ヘル軍団の名前が付けられた団子を、ネーム表を見ながら頼む。
詳しく見ると、選手の似顔絵や現役時代のプロフィールが書いてあるから微笑ましい。
「北別府、大野、大野、大野。あとでー川端と川口に、清川も持って来て〜」
「今日は…、ごまで攻める、の?ボクは、ほら…、みて…。みたらし…だよ。古葉…だね」
ミントはベースにゴマを選択肢、かたっぱしからサブ素材を混ぜて注文する。
その勢いにミタラシを眺めていた威鈴が、我が事のように嬉しそうな顔で御皿を見せ始めた。
「お団子と言えばごまっ!にゃははっ!いっぱい食べて体力補充〜!ほじゅー、ほじゅう…、ホジュー」
「…た、食べますか?私、あんまり食べると…、そのだから、どうぞ」
「良かった、ね。これも1つ…。良い、よ」
あーん。
その皿や、もう片方のミタラシを見ながら美味しそうに思えて来たミントは、あんぐり御口を開けて待機中。
勢いに押され、あんまり食べない様にしている恋音は、威鈴と共に放り込んでやった。
「おいし…?おわっ…たら、残りも。がんばろう、ね…」
「ええ、場合によっては夕食返上で一気に…し、あげ、ませんと…」
そりは勘弁してほしーにゃ!
威鈴と恋音は、涙目で訴えるミントに微笑んで行程表を眺め始めた。
現時点ではまだまだ掃除が終わった段階。
組み直し作業やら、派生作業はまるで手を付けてない。
「なんだったら軽食を用意してあるから、それをつまみながら食べると良い。代わりに木の上の方の剪定を頼めるか?」
「任せておくにゃー。軽食って何?サンドイッチ?それともお握り?」
津田、黒田とショウガを効かせた切れ味の強いの食べながら、紫苑はミントの説得に回った。
これが任務であれば、途中で放り出す訳にはいかぬと…。彼女の用意は実に周到である。
「それも良いけど…。せっかく色々な種類があるんだから、色々と食べてみたいわね。持ち帰りで頼めますか?」
「ええよ、あんたらが作業している時間なら休憩中じゃけえ、あったかいの持っていくけえのう」
定番枠にある上から下まで全部頼むフローラの注文に、店主は胸を叩いてスクーターを指差した。
あれなら丘の麓まで、ささっと来て帰れるだろう。
「僕はお団子はどちらかというとシンプルな味付けの方が好みかな。その辺の好みを伝えておいて、増減は任せとけば大丈夫だろう」
「それもそうだね。全種類を少しずつ合わせたオールスターズで、お願いするね」
「おう、まかせときんさい!」
グラルスの提案にフローラは頷き、一同は店先を後にする。
●やがて思い出となる
「組み上げだけど元々の位置と違う物があるから、資料を見ながら。じゃ解散!」
「へぇ。あの石碑は宗教とか心理面の医学の関わりを調べたり、西洋医学と東洋医学の差を残した人たちか」
「面白いね。思わぬ所で全国区の有名人も関わってたりするしね」
紫苑が配った資料の何枚目かに、石碑にまつわる人物たちと業績をまとめたもの、そしてありし日の配置図が記載があった。
将太郎は自分の研究分野へ関わる偶然に驚き、フローラは業績を称えようと、こんな丘の上に大きな石を運ぼうとした努力に驚く。
そこまでした経緯には、刻まれた歴史と物語が感じられた…。
「では起こしますよ。最初は傾斜を利用するので簡単ですが、勢いをつけ過ぎると安定させる時が大変なので」
「判っ…た、よ。B班と、C班の…共同作業。気を…つけるから」
「これが終わったら、見栄えを確認して剪定作業に入るにゃ。残ってる作業もあるし、張り切るぞー」
「…おー、えす。おーえす、です…よね」
雅人の指示で、威鈴とミントたちが合流し大きな石碑が…動き出す。
モアイの頭に当たる部分へ紐を掛け、木々に掛けた滑車で力を増幅し、徐々に徐々に起上がる。
恋音は人みしりとか胸元のゴニョゴニョで力を入れ難いが、頑張って仲間達と同じロープを握りしめた。
「がんばれ、頑張れ。終わったらお茶にしよう。新しい団子も到着しそうだからね、右、左と交互に引いて、バランス良く歩かせるんだ」
「気を…つければ、…大丈夫」
「ふにゅー、うぬれー」
グラルスが麓を見下ろすと、先ほどの店主が手を振っている。
巻き込まれないよう待っているようで、威鈴やミントも顔を真っ赤にして力を入れ始めた。
「こっちは終わりか?なら一端捨てて来るぞ?団子は余りを残してくれれば良い」
「後は立て看板や申し送り?温かい物を用意しておいたから、持って行くと良い」
将太郎が軽トラで町外れの焼却場へ向かうと、紫苑は皆が持ちこんだ幾つかの魔法瓶を手渡した。
その中から団子に合わないコーヒーを選び、快音響かせ走り出す。
「おー、見違えたねえ。わしらもよう来れんし、助かるわあ」
「えへへー、凄いでしょー。廃材でベンチとか造るしー遊びに来れるにゃ〜」
「それ…、ない、しょ?…じゃあ?」
しまったー。
そんな風に時間は過ぎて行き…。
「あ…。ごはん、な…の?」
「メシだメシぃ。労働の後のメシは美味いぞう!」
熱中して耳も貸さない威鈴を将太郎が揺すって呼ぶ頃には、とっぷりと日が暮れていたそうな。
ニカっと笑って心地よい汗を流す彼に、威鈴も笑って返したという事です。
「そいでは、お疲れ〜酒は禁止だかんな!」
「判ってるって。こういう所で食べる日本の料理にも興味はあったのよね。カレイだけで三種類かあ〜」
かんぱ〜い。
紫苑がオレンジジュースを手に取ると、みんなが唱和して食事が開始。
油を掛けながら焼いた唐揚げ焼に、煮付け、子持ちを白焼にした物などなど。フローラは眺めながら舌鼓を打つ。
「ほうねえ。兄ちゃんたちはそがいに頑張りよるんね」
「私には大好きな守りたい人がいます。その人が幸せなら隣にいるのは自分でなくて構わない。その人の幸せを影ながら守れるような、そんな強さを身に着けるために頑張っているんですよ。今回は骨休みと準備活動ですけどね」
「あ、…これ食べます?私には…ちょっと多くて。(あ…、他に、大切な人…、居るんだ…)」
「ホントー!?恋音は良い子だねー。威鈴さんのもいっただきー」
ぼそっと大切な人の隣で大事な事を語ったつもりの雅人の言葉。
残念ながら聞き逃してしまったではなく、天然で勘違いした恋音はしょんぼりした顔で、目をランランとして料理を眺めるミントに刺身を一切れ譲ってやった。
「あ、うん。あげる、よー」
「たかられてるね。ダメな時は止めないといけませんよ?」
うん、ダメな時は、めーって言う、よ。
グラルスの苦笑に威鈴は微笑んで返し、今日の出来事を反芻しているようだった。
色々あったけれど本日の作業も無事に終了。
彼らのした事も、やがて忘れ、あるいは伝えられ。
やがて思い出になる…。