●出発前に
雑貨店から出て来る買い物客は、あまりの荷物にメモを見るのも難しい…
彼らを見て撃退士と直ぐに気が付ける人は稀なはずだ。
「不足は無いですか?あれば調達してきますが」
「これだけ買ったんだもん。そんなのあるはず無いって。がんばって美味しい一日にしようね!」
車に積み込む一同へ先駆け、只野黒子(
ja0049)がメモを振りかざした。
確認しはしたが、あくまで申請分だけだ。
彼女が業務用のチョコを多目に買った事を知ってるので、木嶋 藍(
jb8679)は大丈夫だよと微笑む。
ちょっとばっかり多かった気もするが……。
「はっぴーばれんたいん、なの…です?みなさんに美味しいチョコを食べて笑顔になってほしいの…」
「そうそう。子供の笑顔が見たい。ついでに自分もチョコレート三昧したいものね。なら多目に作って正解だよっ」
「あはは。子供たちには夢と希望をってな!イースターにはまだ遠いが、復活への希望を乗せてやんぜ」
このチョコは、未来へ繋がる希望の味…。
食べたら笑顔が溢れる不思議な食べ物だと、華桜りりか(
jb6883)は大好きなチョコレートの夢を見る。
藍が言うには普通に食べて良し、苦い飲み物と一緒に食べたって美味しいもんね。
山盛りチョコを眺めながら、紺屋 雪花(
ja9315)は皆の目からガサゴソとマジックの種を隠した。
チョコ作成には不要なはずなのに、そこにはお酢が見えていた…。
そんなこんなで買い物終了、車は学園を目指して一端戻る。
今夜のうちに簡単な準備を本土でやって、明日は朝から種子島だ。
「せっかくだし子供も俺たちも楽しめたらいいよね。大丈夫だとは思うけど、予定を超過しそうだったら、お互いに救援し合おう」
「そうですね。戦闘では無いと言ってもパーティ組んでるわけですし、イザとなれば手の足りない所へ集中と言う事で」
「「異議なーし」」
本条 悟(
jb8557)が出発を促すと、黒子たちはスケジュールを確認しつつ転移装置に移動を開始。
明日は荷物抱えて大移動だ。
そして次の日は転移で種子島まで一っ跳び!
現地の車で公民館を目指す。
「これ、差し入れですっ。バレンタインですねっ。子供たち以外にもサプライズ!」
「さっそく始めてるな…。ソレ、持とうか?」
「いいよ、こいつは苦労して仕込んだタネだからね。まあ見せるのは構わないけどさ」
わーきゃあ言ってる子供達にデコピンしながら、青鹿 うみ(
ja1298)はお母さん達に手渡した。
市販のチョコレートだが、可愛いラッピングで…何よりもらえると思っていなかった面々にとっては、嬉しい誤算だ。
一同に先駆けた彼女を見ながら、悟は荷物を降ろしつつ、雪花が大事そうに抱える包みへ手を延ばす。
だが雪花の方は念の為だと、最後まで自分で運ぶ事にした。
●それぞれのスタンス
「えっと卵…なのです?でもコレ、穴が…ないの、です?」
「そこがマジックのマジックたる所さ。種は昨日の…」
箱の中に紙のクッションをつめた厳重な管理で、用意したのは卵の殻。
首を傾げて、りりかが目を丸くした。
だが、ひっこみ思案な彼女が驚くほど、それは不思議な現象。
…なにしろ、卵の殻は輪切り状態、どこにも吹き出し用の穴がないのだ。
真っ二つになった断面を見せながら、雪花が新しい卵とお酢を見せる。
「酢の効果で卵の殻を脆くしてやったんだよ。中身は美味しく頂きました」
「すごいっ、すごい〜。他に何かない?何かない?ボクね、甘い物も大好きだけど、楽しい事に目が無いのっ」
「こ〜ら、今から本番なのに、はしゃいでどうするの?」
スパンと卵を真っ二つに切って見せると、穴が無くとも大丈夫。
あとは割らない様に注意すればOK!
なーんて雪花がやってると、ふたば(
jb4841)が目をキラキラさせて飛び付いて来た。
動物をモフるのも好きだが、手品の類は見逃せない!
そんな彼女を嗜めて、藍がぽんぽんと手を打って、解散を命じた。
「既に料理に入っている人もいるし、そんなに騒がないの。…ごめんなさいね?」
「ああ…。そうなの?」
楽しく始める者もいれば、真面目に取り組む者もいる。
苦笑しながら藍が話を向けるのだが、話しかけられた方は相槌を打つばかり。
芹沢 秘密(
jb9071)は到着してから、カケラも材料から目を離さない。
しかも、レシピにこだわっているわけではなく、事前に用意した作例と比べる念の入れようである。
「やはり気温と湿度の差がネックね。しかし、迂闊に配分を変えると、気温で味覚の体感差が出るから…」
「物凄い気合いの入れようだね。俺も手伝おうかと申し入れたんだけど」
「さっきから、すっごい集中力…。なのです」
秘密の熱の入れようは、周囲とはケタ違いだ。
温度計や計量などは当たり前、昨日までに作り上げた練習用と比べて最善の物を作っている。
否、最善の物が受ける訳でもないので、候補を幾つも用意した上で、一番適切な物を選ぶ気なのだろう。
額に汗を浮かべて見守る悟の影で、りりかはおっかなビックリ見つめていた。
●波乱万丈の制作陣
周囲がじっと手に汗握る緊張の中、そんな空気を読まない者もいる。
例えばそう、オコサマーズだ。
「ねえねえ、あのチョコレートもう食べて良いの?」
「あー、アレはね。見本だから駄目だよ?でも、練習で失敗したのなら…良いよね。折角だし食べちゃおっか!」
悟は子供達に待ったを掛けると、湯煎中のボウルを一つ取り上げた。
少し失敗したもので、固め直せば食べられなくはないが微妙…。
これをクラッカーに塗ってチョコペーストにすると、千切ったマシュマロを乗せてお菓子ッポク!
お菓子をもらった子供達は、次のテーブルへと突撃開始。
折り紙やら布切れやら、チョキンして危ないのに首を突っ込んでくる。
「こっちはなに?お菓子?」
「違うってば、もーっ!今作ってるんだから〜。……あうう。仕方ないアレを使いましょう」
「しかたないねー。みんな甘いモノや楽しいこと好きかな?ボクは甘いものも楽しいことも大好きだから、ほら!」
オコサマーズの容赦ない突撃に、うみは涙目になりながらも危険物を死守。
そのまま目線で、反対側に居るふたばに指示を出した。
彼女が持ってる懐中電灯を使って、簡単な幻灯機を稼働させる為である。
はいはーっいっと、ふたばは懐中電灯をバトンの様に振りまわし、隅っこの方に移動した。
作業テーブルの周囲から引き離す為であり、同時に暗い場所を探す為だ。
「ほーら、あそこを見てねー。兎さんがピョンピョン♪」
「ほんどだー。スゲー。ねえちゃん、次はライオン出してよ!」
「あたしは〜ちょうちょがいい」
ふたばがスイッチを付けると、折り紙を張った懐中電灯は幻灯機に早変わり。
真ん中をくりぬいたら、白い兎。
枠の線をくりぬいたら、黒い兎が飛び出て来る。
白と黒を織り交ぜて作り出す、影絵の中に、二匹の兄弟兎が登場したのだ。
「待ってね、いま作るから」
「はやくはやくー」
子供達の無茶ぶりに苦労しながらも、うみは切り捨てた中から、それらしいものをチョイス。
別の懐中電灯を新体操のように動かすと、次々に新しい動物達が踊り始めたではないか。
次第に熱を帯びて来る歓声に気を取られたのか、それとも別の思惑があったのか?ついに彼女が動き出した!
「これはもう良いから、子供達に配ってあげるとしましょう」
「いいんですか?せっかくの見本…というか、このまま商品に出せるレベルじゃないですか」
綺麗に作り上げられた板チョコは、形自体は市販を真似た黒いインゴット。
だが、秘密は練習用であっても手を抜いて居ない。
冷やした後で融かし直し、もう一度固めた…。
二度手間・三度手間を経た、パティシエの溶けにくいチョコと同じ作りなのだ。
その行程を見ていた黒子は驚くのだが…。
「これは投資の為だからね。ならば優先順位が変わるのは当然。子供たちが将来…目を見張るようなイケメンになるか判らないでしょう?」
「先が長すぎません?天魔生徒ならいざ知らず…」
今はまだ幼い彼らであっても、十年後はどうなっているか分からない。
そう語る秘密に対し、黒子は思わず肩を竦めた。
だが秘密には確固たる狙いがある。
「だからこそ賭けなんじゃない。天魔生徒がやるならただの青田買い。けど…『避難所にやってきた素敵なお姉さん』をいつまでも覚えていて、それがロマンスに…将来をも見越して賭けるのよ」
「…はあ、好きにしてください」
別に秘密はショタでも、切実に男が欲しい訳でも無い。
賭けのチップとして時間と多大な努力…、それだけのコストでいつか芽吹くかもしれないナニカを求める。
だからこそ手は抜けないし、いい加減な仕事はできないのだ。
それは彼女にとって楽しいギャンブルであり、黒子にはついていけない領域であった。
●うさぎの住む島
よし、このくらいでいいかな…?
プレゼンツールを自動にして、プロジェクターに繋げば完成だ。
少女はひと段落した所で、立ち上がると着替え始めた。
「お姉ちゃんたちが作ったお話、見てくれるっ?」
「何すんの?扇子?」
うみは上着を脱いで薄白のローブを巻きつけた。
白壁に融ける為の白装束で、今度は扇子を開いて踊り始める。
そして舞い始める紙吹雪の中、右に左に扇を動かすと…。
「はっ、よっ。どんなものですか?誰か手伝ってくれる人、いるかなっ?」
「うしゃぎのキャッチボールだ!あたちやる〜」
「それっ、兎兄弟に向かって来るのは吹雪だ。つぎつぎ行くぞ」
ひとさし舞うと、うみの指定通りに兎の影絵が扇子の上で動き出す。
雪花が投げつけた玉は、途中で弾けて色の違う紙吹雪に…。
まるで花火が入れ替わるような色彩の中で、うみの開いた扇子で兎が跳ねる。
まっすぐ真っ直ぐ、子供達を引き連れて予定の位置へ…。
予定の位置に来る間に、気がつけば紙吹雪は終了。
あとはプロジェクターで作った影吹雪、スノーグローブの出番だ。
「綺麗だねぇ。本物の雪みたいだ…。来たよ藍さん。準備は良い?」
「勿論だよ。…はーい、みんな〜。知ってる?バレンタインは好きな子にプレゼントする日だよ!」
「しってゆー」
悟は玉を投げるのを止めて、低めのテーブルに用意された白玉とココアパウダーへ誘う。
そこでは藍が待ち受けて、一緒に作ろうと一つ二つチョコ餅を作って見せた。
だが、それよりも目を引くのは大きな三つのスポンジケーキだ。
「さあ、上手く出来たのは持って帰って好きな子にプレゼント。ついでに沢山つくってケーキの上に飾っちゃおうっ!」
「みっ、みなさんで今から見る劇で見た場面を完成させたりして楽しめれば良いな、です。こ、っこの兎さんは喋るんですよ…」
「うっそだー。しゃべったり…あ、暗くなった」
未完成のケーキの上へ藍が生クリームでトッピング。
りりかは手伝いながら、台本通りになんとか喋り切った。
子供達がそんな事は無いよと、ブーブー言ってると…。
突如として周囲が暗くなり、みんなの心を麻痺させた。
同時に周囲の影雪が動き出し、兎の絵はゆっくりと踊り始める。
「はい、ボクです。双子の兎だから双葉って呼んでね。白子ちゃんでもいいなっ」
「わ、私は黒子です。(って、聞いてませんよ〜)」
「うしゃぎが喋って、お皿が光った!」
大きなケーキ皿が突然に光り出した。
それは銀紙で二枚重ねにして、間にライトを仕込んでおいたのだ。
同様にマイクをあちこち仕込み、順を追って切り替えることで移動したように見せる。
●ちょこれーとぱーてぃ
「ボクらは南の島に住む、小兎の双子。…ある冬の日の事です。島に真っ白な雪が降ってきました。兄弟は雪を見るのも初めて!」
「あー、雪だー」
嵐が運んだ雪雲と一緒に、色んなお友達がやってきました。
せっかくなのでパーティしよう、元から居るお友達と一緒に、楽しい一日を過ごすことになったのでした…。
ふたばはさっきのライオンを思い出し、魔法使いなお話をアレンジ。
緑色の光景に、白い光で無数の雪を形造る。
「降りつもった雪の中を双子は探検に出かけることにしました。おともだちの動物たちといっしょに遊んだり…」
「…がお〜、なの、です。近づいたら、がおーですよっ」
「ライオンさんだよ!かかしとブリキも居る〜」
黒子は仕方ないなと言いながら、つきあって最後の仕掛けまで粘る事にしました。
りりかが勇気を振り絞って喋ってるのに、一人だけ下がれませんしね。
次に持って来られたお皿には、大きな氷がたっくさん。
「はい、新しいお皿には雪の結晶ですよ」
「ちべたいー。このチョコちべたいよー」
「ええ、雪なんだから当然♪冷たいものこそ至高。たとえ風味が落ちようとも私は断固チョコレートは冷やすわ…って、私は北の魔女なの?」
「ウサギにとっては良い人だから大丈夫だろ?ほら氷の魔女さんが、お友達を沢山つれてきたぞ〜」
黒子が新しいお皿の話をすると、氷と扇風機で作られたヒンヤリ感が漂い始める。
そこに秘密がやって来て、子供達の目線を奪っている間に…。
雪花は中央のスポンジケーキを別のケーキにすり替える。
ていっと一声かければ、ふり向く子供の前で上の部分をこじ開けた。
形こそ同じスポンジだが上が蓋になっていて、中にはお菓子の兎さんや色つきたまごがたっくさん!
目を奪われていた子供達には、別のケーキだと判らず、まるで魔法のようだった。
「まだまだこんなもんじゃないぜ?それっ!卵にも中にチョコがあるぞ、当たりがあったら玩具と交換な」
「押さない押さない…。さいごには雪と一緒にチョコレートも降ってくるの!」
「みんなでチョコだらけにしてたべちゃおー」
雪花は既に割った卵を子供達に見せながら、小さなタワーを一つ持って来た。
グツグツやると、温度さで白い煙が立ち始め…。
ふたばの合図で、チョコレートフォンデュが上から溢れ始めた。
フォークを手前のスポンジケーキに突き刺すと、藍がカッティングしておいた兎型に分裂。
チョコの泉へ浸せばパーティの始まりである。
「たくさん食べて下さい、です。おかわりもあるの、です」
「待って待って、食べる前にチョコで兎の絵が描けるかな?お!上手だね。その調子その調子!」
ワーキャー話を聞かない子供達の相手は大変だ。
りりかが子供達に押されてびっくりすると、悟がフォローに入って助けてあげた。
「服が無事な人が居ませんね…。でも昔はこうやって、よくみんなと遊びましたっ」
「こういうのもまた『護り手』の仕事ですかね」
「閉じ込められて退屈な日々に多少なりとも刺激を与えることができたのなら、それはとても素晴らしいことね」
それでも大変!
うみと黒子だけでなく、秘密も増援に駆け付け一緒に汚れて行く…。
だけれど、チョコには、きっと魔法にも似た力があるのだろう。
みんなで輪になり、笑顔の輪を作り上げていった。