●裁縫工場にて
「配線は大丈夫だから。電力会社に話を通せば使えるみたいです」
「OK。少しだけ待ってて、暗いと能率もあがらない」
とある地方の廃工場。
下見に訪れた撃退士達が、配電盤を確かめていた。
う〜んと目を細めて、ケーブルを確認しウサ・メトゥス(
ja9020)は、どこも切れてないと報告。
ならと鴉乃宮 歌音(
ja0427)は携帯を取り出して一言二言の伝達を開始した。
パンパン…、パン。
電力という血液が流れ工場は再び目を覚ます。
続く鈍い回転音は廃気ダクトだろうか?
「ミシン…見つけた。油挿せば使えそう?んっと針は…交換、必要かも」
「それはありがたいな。ミシン油もあったし、針だけなら交換すれば問題ない。駆動系の錆びは交換部品がないとどうしようもないからな」
からからと回る旧型ミシンの展示を見つけて、近くに行ってみると大部屋に作業場があった。
酒守 夜ヱ香(
jb6073)は埃に顔をしかめながら、いろいろ確かめてみる。
指で軽く動かして問題無く稼働するので、スイッチを入れれば無事に動きそうだ。
あとは歌音が言う様に、錆びた針だけ交換すれば作業に問題は無いだろう。
「…あ、お掃除必要。場合によっては窓の目張りも…必要?」
「汚れてると作業だけじゃなくて、お客さんも気にしますしね。…この町の方たちに楽しんで頂ける様に頑張りますね♪」
ゴミや窓の穴がこの部屋だけなら、少し我慢すれば大丈夫…。
でも夜ヱ香は思うのだ、せっかく来てくれるなら身も心も楽しい方が良いだろう。
一緒に色々探している木嶋香里(
jb7748)も納得して、何か無いかと腰を上げたり下げたり。
「何、探してるの?」
「昭和期の工場では社内で催しが多かったそうなんですよ。町の仕出し屋とか道具屋から色々買って…。ありました」
「白のストライプでおっきな布が二種?…もしかしなくても垂れ幕かあ」
首を傾げた夜ヱ香に、香里は棚の中から大振りの布を取り出した。
在庫というには余りにも異質な色合いに、暫く首を傾げていたが。
真野 智邦(
jb4146)はポムっと手を打って、何に使う為の物かに気がついた。
年中行事で工場を飾る為の垂れ幕である。
虫喰いでそのまま使えないが、紅白は染め直せばカーテンにも絨毯ぽくできる、大きな雛壇用でも良い。
印象的な材料を、何に使うか頭脳がフル回転を始めた。
「これは染めちゃうとして、せっかくの機会だから、みんなが楽しめるものを作れたら良いなぁ」
「では交渉と買い物なのですが、みなさま定時連絡を忘れずに!皆様に楽しんで頂けるよう頑張るのです!」
「「はーい」」
智邦はアドレス交換を済ませ、行動を開始。
聖蘭寺 壱縷(
jb8938)たち交渉に行く班と、智邦たち買い物班、最後に残留班である。
●町を眺めて
「せっかくの町興しだ。商店街を巻き込むか」
「おーっなのですよ」
コクリと頷いて、交渉班は買いだし班と別れ町並みに入って行く。
凪澤 小紅(
ja0266)は町の公園を目指していると、壱縷がとてとて小走り、ポスターを覗き込んだ。
名前と電話番号を指差しながら…。
「町内会の町役は年番である事が多いのです。…町興しのポスターにあるこの方が、今年の責任者だと思われます」
「…なるほど、今年の担当は『いろは組』、来年は『にほへ』組というやつだな。とりあえずこの地図の元を貰って来るか」
地図には町興しの内容として、廃工場と人形の話もある。
壱縷の見つけた名前で問題あるまいと、メモに登録しつつ、町の簡略図に小紅は目を付けた。
特徴をとらえた略図なので、うろ覚えでは無く地図を見ながら描いたと推測できる。
ならばこの人物に連絡をとれば、スムーズに話が進むだろう。
「皆さんと一緒に町を盛り上げて行きたいんです。協力して頂けますか?ええ、はい。暫くしてお伺いしますので、お願いします」
さっそく香里が携帯でアポイントメントを取り、少し時間をあけて赴く事にした。
何人か担当の人に声をかけて、集まれる人には来てもらうそうだ。
「帰ったら雛壇と連動した、商店街スタンプラリーをやってみよう。略地図と比べて貰えば面白いはずだ」
「その為にも帰ったら再巡回は欠かせないのです。皆様に安全安心してお披露目会を楽しんで頂きたいのです!」
小紅たちは近くの店でミニ鯛焼きを頼みながら、商店街を見つめた。
美味しそうな魚をさばく猫の鮮魚店、店番をしている犬の八百屋さん。
そんな光景は面白いだろうし、それを見て笑ってくれる人々を、壱縷は守りたいと思った。
「そちらは終わりか?」
「あっ、いえ。予約の時間まで、時間を潰しながら警備の話を…」
焼き上がるまで待っていると、どうやら買い物組の仲間の方が先に来たようだ。
不意に声を掛けられて、3人は振り向いた。
香里は包みの一部を手渡しながら、簡単に解説を行う。
「…なら帰ったら、上空は私がやっておこう。三次元的に一気にやった方が、逃げ隠れる相手でも確実だ」
「買い物終わったのですか?なら、是非ともお願いするのですよっ」
そこにはカティーナ・白房(
jb8786)たちが荷物を抱えて戻っていた。
彼女達が向かったのはこっち方面ではなかったはずなので、色々と探しまわっていたのだろうか?
壱縷は大きな荷物を眺めながら順調な事を確認する。
全員で徹底的に調べた後、手造りしながら警戒すれば良いだろう。
●隠れ潜むモノ
目を細めれば、天空から誰かが舞降りる…。
ふわりと着地したその人は、翼を畳みながら迎えに地図を手渡した。
「んっと、上からはどうでした?」
「大丈夫だとは思うが、過信せずに今後の計画を練っておこう。…そうだな」
買い出し班は工場に戻ると、早速に最初の巡回作業に入った。
智邦は地図とメモ帳を受け取りながら、念の為にカティーナ自身に確認する。
一応は大丈夫だったし、聞かなくて良いような気もするが…。
それは撃退士にとっての話、一般人が訪れる事を考えると、万一があってはいけない。
カティーナその懸念に頷いて、指折り数えながら説明して行く。
「現時点では工場内に居ないと思う。だが、不意を突いて入られると厄介だ。作業場・休憩所で主要な移動ポイントを押さえて…無理な場所は巡回する」
「無理せず始終監視する態勢…ですよね?後は催し中に何かあった時に、避難する場所を…」
カティーナと智邦は、話しながら移動中…。
不思議な光景に、思わず足を止めた。
そこでは一足先に戻ったはずの夜ヱ香が、膝掛けを肩にかけてプルプルしてるのだ。
女の子は身体を冷やしたらけないと、色々持ち込んだのは知っている。
だが、そこまで寒がりではなかったはずなのだが…。
そこまで思い至り、確認してみようと近寄った時の事である。
「…お前は何をしてるんだ?」
「赤外線、ストーブ暖かい。……じーっ?……(あっ、こら。駄目)」
「…もしかして、何か…いまーせんか?というか、何か居ます〜よね?」
見た感じ、別に耐えきれない寒さでは無い。
だが、膝掛けを肩から垂らしてプルプル〜。
カティーナの疑問に手炙り用の赤外線に当たっていると、夜ヱ香言うのだが……。
プルプルするたびに、勝手にバストが揺れてるのだ。
智邦は顔を赤らめるよりも先に、ボケっとした表情を軽く影に向かって動かした。
……そこでは何やら、尻尾らしき物体がプルプル振られていたと言う。
どう考えても小動物なので、怒らないから言ってみなさいと皆で対処する事にした。
「…外で見つけた。ふるえて、…たよ?」
「アンアンっ♪わふ〜」
「犬…?まあ犬なら良いんじゃないですか?…作業台で暴れ廻る猫とか、この至福の時を邪魔するディアボロなんてブッ飛ば…いえ、何でも」
そこに居たのは、ちっちゃな犬だった。
夜ヱ香が見つけて来たらしき、ワンコ見参。
その愛らしい姿には騙されない物の、ウサは作業を邪魔する危険生物への怒りに震えた。
だってニャンコはスッゴイ邪魔するのだ、かまって〜と毛糸玉を蹴り、型紙に足跡つける、討伐完了まで見張りに立たされるディアボロなんて、言うまでもない。
「ゴホン…。もしかしたら、その後も続く不審な物音って、この子かもしれませんしね」
「それもそうか。とりあえず温かい所に放置して様子を見よう。…それはそうと、歌音のやつはどうした?」
「ああ…。確か、何かを作る〜とか、言っていた様な、いなかった様な?」
その場を取り繕う様に、ウサはこの犬がディアボロ候補である可能性をあげた。
既に事件自体は終了しており、怪しいから念の為に自分達が呼ばれたレベルだ。
もしそうなら一件落着、作業時間はすっごく増える。
確かにありえる話だとカティーナも納得した所で、この場に居ない人物の事を思い浮かべた。
「きっとミルク…ゴハンに違いない…よね?だから反対はしない、…きっとそう」
「ゴハン?もう夕食の準備に掛かっているのか?」
「違うよ。迷いディアボロならぬ、迷い犬がね。お腹をふくらせたら、その間にノミ取りをしようか?」
ここぞとばかりに夜ヱ香が言い訳をすると、戻って来たらしい小紅たちが首を傾げる?
どうした物かと周囲が窺ていると、歌音はオートミールか何かが入った皿を地面にコトリと置いた。
…なお、小紅は無表情だったが反対する事は無かったと言う。
●締めの作業
「河原がスタート…で良いのかな?」
「はいっ。お舟入りと言いましょうか、この町は上流下流を繋ぐ宿場町なのですよ」
てすてす、あっぁー。
マイクを片手に持った智邦が、残る片手でマウスを動かし始めた。
夜をイメージする暗室の中で、舟に乗った3D画像の人形がチョコンと動き出す。
一歩進むごとに次第に視界が大きく…。
やがて等身大の視点に移り変わり始めた。それはまるで、人形に乗り移って歩くかのよう。
壱縷はその様子に満足すると、振り返って『残り』の制作度合いを確かめた。
「編集は順調なのです。お人形さんたちは間に合いそうですか?難しいなら、お菓子はまた今度にするのですが?」
「…えーと、大丈夫なハズですよ。少なくとも私の受け持ち分くらいは…」
「まっ、間に合わせてみせますよ。フフフ…。遅れちゃう、遅れちゃますか、いいえ、遅れたら打ち首…。このくらいの苦労はなんでもないです」
差入れ用ならまだしも、御茶会・土産用なら今から造らないと数が用意できない…。
壱縷が心配しながら進捗状況を尋ねると、香里が苦笑して基本的にはみんな終えていると答えた。
ウサは少しばかりハイに成りながら、徹夜明けの眠い目をこすって三徹目を確保した。
無論、ノルマは既に終わっている。
問題は…当初の予定より数を増やした事である。
「ああ、動物人形に関しては既に終了。…これは秘密兵器なのですよ」
「徹夜もほどほどにな。…舞台装置の方だが、借り縫いは終わって改良中。一回こっきりってのは勿体無いからね。今後も使っていける様にしようじゃないか」
夢見る乙女は止まれない。
思い出したように、ウサは死にそうな顔で担当は大丈夫と報告。
彼女の為に『仕掛け』を手伝ったカティーナは、こちらも担当は終了し、少しずつ修正している処だと告げた。
そうして仕上げは準備万端。
一番広い末席に、無数の人形が控えている。
「住民たちもスタンバイ完了だ。残り物を利用して、モブを大量に作ってる最中」
「同じく…。捨てるの、勿体無い。いつか捨てられる物だとしても、ひと時、心を慰めてくれると思うから…」
「と言う訳で、余った時間と材料を、有効に利用してるだけだな。何時でも行けるはずだ」
小紅と夜ヱ香は頷き合って、埃対策の布を持ち上げた。
ちびっちゃいヒヨコやウサギが無数に配備、犬だっているよ…とワンワンが主張中。
歌音たちは黙々と、モブ兼お持ち帰りの人形を作っていたのだ。
「…なら、私達も自分の作業を推敲に入ろうか?…あれを作って見るかな」
「了解しました。私たちはお菓子作りに回りますね」
「美味しいクッキーを焼くのですっ」
智邦は頷くと、手に持ったマウスを軽く眺めた。
彼が思案に没頭し始めたのを見て、香里と壱縷は給湯室に向かう。
これから材料をコネまわし、手造りクッキーを大量に焼くのである。
「…御茶会か、いいですね。…作業中は手を汚さないようにしないと…」
最後にウサは、二人を見送って微笑んだ。
彼女の仕掛けには、御茶会は調度良いのだから…。
●人形達の歴史探検
「いらっしゃいませ。この雛壇がヒントになってますので、町内を回ってからスタンプを集めてください」
「このブルさん、八百屋のおばさんかしら?…あらっ、着せ替え用の和服というのも面白いわね」
「…ママぁ〜、いま、お舟が動いた!」
香里がスタンプシートを渡して居ると、母親が受け取っている間に、子供がイタズラを始めた。
備えつけの人形を動かすと…、画面が動いて自動で歩き出したのだ。
「…夜中に人形達は自分で動き出すんだよ。一緒に回って見ようか?」
「ウン!」
「僕らの町にようこそなのです。帰りにお菓子を配るのです」
智邦が案内しようと、受け取った人形を動かすと、一瞬だけ赤く輝き…画像は次々に町の位置へと切り替わる…。
その動作で3Dの街並みが自動的に稼働。
子供達が目を輝かせる中、壱縷は手品の正体が、コードレス・マウスなのに気がついた。
きっと一晩でやってくれたのだろう。
「魚屋さんニャンコ、もらっていい?」
「展示が終わってからね。そしたら良いよ。(…うまく行きそうだな)」
「(あれだけの材料を捨てるのは惜しかったからだが…。古びた物であろうと、息吹を吹き込んでやれば御覧の通りさ)」
今ほしーい。
ぐずる子供をあやしながら、小紅は出来る限りの笑顔を浮かべようとした。
彼女が苦労するのを見て、カティーナは時計を取り出すと…あそこに持って行ってくれと頼んだ。
「持って行くの?おつかーい」
「じゃあ、頼んだよ(因果ってのは巡るものさ。仕上げはごろうじろだね)」
「(…アレの出番か?)…こっちだこっち。みんな居るな?年長が年少の手を引くんだぞ」
カティーナが子供達に囲まれていた着ぐるみを呼んだ。
彼女の意図を察した歌音は、子供達を連れて…別室へと誘う。
そこには、もう一つ雛壇があるのだ。
「…お使いありがとうございます。さあ、遅れない様に御茶会を始めましょう!」
「ウサたんのおだいりさまー。あれー、おとこのひとがトランプだよ」
「男の人じゃなくて、五人囃子」
そこは子供達の控室になっており、ウサがもう一つ雛壇を用意していた。
不思議の国を思わせる形式で、無数の動物ヌイグルミが笑顔を浮かべていたと言う。
町を巡る前に眠たそうな子供が居たので、夜ヱ香は1つだけ渡すと…オヤスミとだけ声をかけた。
沢山の人形に囲まれてスヤスヤー。
夢の中ではきっと、動物たちも笑っているだろう…。