●壁を越えて…
「数の差が大きすぎる。やるなら速やかにやらないと、囲まれてジリ貧になる」
「そうですね。真向かいから見たのと比べて、スッゴイ威圧感〜」
大柄な甲冑の軍団が、ザッザッザ…と遠目で判る規模で迫って来る。
大群の敵が目前に迫る中、比較的に離れた壁に何かが居た。
数人の撃退士たちが、低い位置の壁から出撃しようとしているのだ。
一足先に壁を降りた城之内 朋哉(
jb3827)の手を借りつつ、天海キッカ(
jb5681)は息を飲みながら、まずは自分の中の恐怖を乗り越えようとする。
「手を貸すよ」
「別にいい。…目指すはあの後ろだな」
サクッといくか。
時間を掛ける事を嫌ったのか、もう一人の少女は壁からストンと飛び降りた。
膝が少しだけ軋むが、その痛みは瞬時にかき消えどこかに行ってしまった…。
「…これもその影響か。ウチらの体力増強はありがてーがな、面倒なもんを作ったもんだ」
それは敵味方を区別しないという魔法陣の影響。
黒夜(
jb0668)は己の身で、為すべき事を再確認する。
この分ならば、解析した結果は確かに一定の相手に効果を与えているのだろう。
「時間だし行こうか。俺たちが速やかに遂行できれば防衛班の負担も減る」
「あいあーい。わん達で出来る事を全力で頑張るさ〜」
時計を確認した朋哉は、今頃開いて居る東側ゲートの方向を見つめた後、仲間達に隠密行を開始した。
その頃にはキッカも恐怖を制し、いつものように明るく微笑む。
さあ、みんなで力を合わせてやり遂げようね!
●開かれた扉
「作戦開始だな。こちらから討って出る」
合わせた時計が0の位置を示す。
秒針を確認していた香具山 燎 (
ja9673)はスイッチを推して、大外のゲートを開いた。
籠城戦なら締めて置くものだが、今から出撃するとあれば開けてしまっても問題ない。
必ず帰ってくるぞと職員たちに告げて、仲間達の戦闘を進み始めた。
「討ってる! …かあ。ヒロイックサーガにはつきものやな。…にしても、えらい団体さんのお付きやなぁ…」
「それは素敵なフレーズね。精一杯のおめかしをしなくちゃ」
ゲートが開くと、目に映る限り、そこらかしこに甲冑の軍団が鎮座していた。
亀山 淳紅(
ja2261)はピュウと口笛吹かして、何十ものサーバントが整列する姿を眺めた。
この大軍団に数分の一の戦力で挑むなんて、まさしくサーガの登場人物にでもなった気分じゃないか。
シナを造ってにじり寄ってくる御堂 龍太(
jb0849)の魔の手から逃れつつ、どうやって片してやろうかと細かい配置を確認する。
「けど、観客が多いほど歌いがいもあるってもんよなー♪」
「そうそう。木偶の坊たちなんかに、あたし達が突破できるわけないじゃないねぇ。…あら、どうしたの?」
「かっ、考え事をしていて…」
あくまで楽しげに考える淳紅は実に頼もしい。
龍太はそういう言い訳で言い寄ろうとして、尻を抑えて逃げ回る少年の反応を愉しみつつ、ここで割って入るべき少女の反応が無い事に気がついた。
彼と彼女の目には温かな心の交流があったというのに、自分の横槍を邪魔しないだなんて…。
とか戦闘前にも関わらず、龍太は絶好調でオカマ風を吹かせた。
「大軍団の上、強化魔法陣つき……。そんな都合の良い物が長続きするとは思えないのですけれどね」
「そうねえ。でもホットケないしね。さっくり終わらして、おいしいお酒でも飲みたいわ」
深い思考に入っているのか、それとも人付き合いが苦手なのか、Rehni Nam(
ja5283)は怪訝な顔で甲冑軍団の後ろを見つめる。
敵影に紛れて見えないが、そこには血で描かれた魔法陣があるはずであった。
「魔法陣は敵軍団の配列が終わるまでに天使が一人で描いた物…。そんな短い時間で構築された以上、永続的な効果はありえないと思いますが、放って置く訳にも行きません」
「万が一でも他の方面が不利になるのは厄介だからねっ」
引きずり出す為のブラフではないか?
そう思えば迂闊に出撃するのは防御力を減らすだけとは思いつつ、そうもいかない事実がレフニー達を動かしていた。
確かにそうだねーとか相槌を打ちつつも、もう一枚の前衛であるキイ・ローランド(
jb5908)は屈託なく笑って死地に飛び出す事にする。
「まっ、誰が来ても敵なら相応の歓迎をしてあげるだけだね。サーバントだけじゃなく、天使だろうと悪魔だろうと…ね」
冥魔の次は天使の侵攻かー。
まるで準備体操に向かう子供のごとく、微笑んで大軍団と向かい合う。
相手取るのは億劫ではあるが、彼らにとっては大して難しい相手では無い。問題なのは…。
「例え天使の襲撃だろうと大軍団だろうと。雫を奪わせるわけにはいかない、守らせてもらおう!」
「その為にもまずは、魔法陣が破壊されるまでの時間稼ぎだね」
そう、問題なのは全体として、雫を奪われない様にするのが大目的なのだ。
ここで戦果を稼ぐ事よりも、他の戦場に影響を与えるかもしれない魔法陣を速やかに排除するべきだった。
ゆえに彼らはただでさえ少ない戦力を二分し、当初は5人で40近い敵を相手する事になる。
果たして、彼らの上に勝利の栄光は輝くのだろうか?
●迫る甲冑軍団!
「相の手はよろしく」
「判った、お互い油断はしないようにな」
敵の前に立った瞬間に、キイの口調が変わった。
ここから先はポジティブに見ようとする少年の物では無い。
冷静に観察し、必要な敵から仕留める兵士の目になって戦場を闊歩する。
燎と共に左右に位置し、ゆっくりと移動しながら盾を構えて敵の視線を交互に集め始めた。
「有象無象を一々相手にするのは面倒だ、まとめて来い」
「まあっ、格好良いわ♪援護と、後ろに回り込んだ敵は任せてね」
キイは冷静に回避し、避け切れない物は受け止める。
威力自体はそうでもないが、連続で喰らうと体中が軋む。
自分達にも効く魔法陣の効果をありたがいとは思いつつ、囲まれたら面倒かと思い始めた時…。
龍太は少年に群がって良いのは自分だけだと、片面に群がる敵を一斉に呪縛する。
…なんというか、キイは甲冑軍団よりも後ろのオカマにこそ脅威を感じた瞬間である。
「数は多いが、確かに魔法は有効そうだな。処理の方は任せる」
「お任せあれ…です。でも、この為の魔法陣ですか。判って居ても厄介ですね」
燎の目にも、タフな甲冑たちが魔法で大幅に傷ついて行く姿が見える。
範囲攻撃が残っている間は大丈夫そうだなとか思いつつ、後方に声を掛けた。
その瞬間にレフニーの隕石弾が数体を破壊したかに見えるのだが…。
当の本人としては、巻き込んだ内の半数が僅かに生き残る自体に、焦燥を隠しきれなかった。
「二人掛かりなら簡単に倒せるレベルなのに…。生き残る可能性があるだなんて」
「まぁそう気張らんとき。守るには自分、あんま向いてへんけどー。倒すのはごっつう得意なんやで?」
弱いが元々タフな上に、体力が更に向上している。
運が悪ければ倒せない、場合によっては呪縛系も抵抗されると、油断して良い敵では無くなっている。
戦っているのはまだ1グループであるが、数が多い上に射程距離を延ばされた敵が、時々打ちこんで来るのも厄介だった。
ハッキリいって面倒だ。とダウナーになりそうな所で、ポムっと淳紅が肩に手を置いてリラックスリラックスと微笑みかける。
「どちらさんも、自分の歌が聞こえる限り、気にせず戦ってええんやで。道は切り開いたる」
「…そうですね。お互いに協力し合って戦い抜きましょうか」
この戦いは長丁場だ。焦りに対するのも戦いの内と、生き残った奴とその後方目がけて火柱延ばして炎の道を造る。
二人は手を取り合って、幸せなキ…。じゃなくて唇に苛烈な攻撃魔法を詠唱し始めた。
敵はまだまだ8倍から7倍になったばかり、さっさと6倍5倍と蹴散らす事にしよう…。
●もう一つの戦場
「おっ。さっそく1グループ潰走段階だな」
「…でも敵は撤退する知能も無いみたいですし…。今のグループを倒しても、倒した相手と同じ数のオカワリが二回待ってます」
なら急がないとな。
仲間達の激戦をよそに、朋哉たちは順調に後方へ回り込み始めた。
指揮官が居ないと全てが引きずられるのか、敵の陣形は早速崩れて、全体図が傾斜し始めていたからだ。
だがキッカが言う様に油断ならない状況でもある。
「…あの人たちなら大丈夫。ウチらの隠行術に気が付くほど頭が良くないなら、さっさと目的の物を潰しちまおう」
「…?魔法陣を消すけど、わんは基部をまっ先に破壊するのがイイと思うなぁ」
ぽつりと呟いた黒夜にキッカは気がつかず、話の後半だけを受け取って目前の魔法陣を見つめた。
近くで見ると大雑把に書かれた基部と、精緻なの翼の如き紋様がある。
排除に取り掛かり易く、目の前の出来ごとに関わる基部。
幾つか個別に存在し、他の戦場に関わる翼部。
削るとして、このどちらかから取りかかるのかは大きな問題であった。
「特に理由がないなら他所が優先…。何か見てねーんだな?」
「う、うん。なんとなーくだけど、こっちが良いと思うくらい。別に多数決で決めた事に文句はないさー」
「なら迷うより、即座に排除し始めよう。もちろん、途中で削りながら歩くのは問題ない。準備が整ったから、防衛班にいざとなったら後退するように伝えて置く」
黒夜の質問に、キッカはぶんぶんと顔を振って即答した。
なんだか嫌な予感がするのだが、皆の意見を替えるほどではない。
実際の話、どちらを優先しても同じであるならば…。
相談する時間を費やす事無く、まとめて削れば良いと朋哉は話をまとめて実行に撃す事にした。
「周辺ごと一気に行くが、射程延長された奴が届く距離だから、下がってくれ。俺が前面に出るから、来た場合は二人は俺の死角のやつを頼む」
「…それで問題ねえぜ」
「はいはーい。皆の苦労を考えれば、例え1グループ戻って来たってなんくるないさ〜」
朋哉が符を取り出し、範囲魔法の詠唱を開始しながらダッシュを掛ける。
翼部が効果範囲に入ると同時に破壊を撒き散らし、黒夜とキッカはその爆裂の後ろに隠れて符や魔書を起動し始めた。
パラパラと捲れる紙の音が、天使の痕跡の跡を覆い始める…。
果たして3人は、仲間達の防衛戦に間に合うのだろうか?
●消耗戦の果てに…。
「まだ数が多い。油断しないようにな」
「判ってたけど、こいつら馬鹿なんじゃないのか?」
「巻き込んでも巻き込んでも、気にせず飛び込んでくるのは、作業感があります…」
「そろそろ範囲魔法も品切れね。もう半分は倒したはずなんだけど…」
キイに代わって敵を引きつけていた燎が、また一体の敵を斬り倒す。
倒れた向こうから、仲間の残骸を踏みつけて新手が現れた。
撃破数の記録更新を気にする暇も無く、レフニーと龍太はぐったりとしかけた顔をあげる。
何しろ半数撃破したという事は…。今まで倒したのと同じだけの敵がまだ残っているのだ。
「回復呪文はまだ残っとる?」
「そっちの方は、惹き役が防御タイプなのでまだ何とか。でも範囲の方は…」
そっかー。
淳紅は念の為に、レフニーへ最後の保険を確認しておいた。
守るのが得意で無い自分が誰かを守るのだとしたら、それは既に決まっている。
公言するのは少し気恥ずかしい気もするので、回復役を守ると言う言い訳をしておこう。
「自分はまだまだ行けるで。この歌の嵐ん中、最後まで立って聞いてられると思うなや」
「…まったくもう。甲冑型如き、魔力で殴れば良しですっ」
ドラゴンのブレスは、歌にも例えられるという。
ならばこの呪文は、龍の歌、ドラゴンのブレスにも匹敵しよう。
淳紅が新しく入れ変えた呪文を唄いあげると、レフニーは苦笑して入れ替わりに術を変更しつつ前に出た。
どうせ前に出るなら、防御を固めた自分の方なのだからと。
「…後衛まで行かせる訳にはいかないな」
「せっかく二人の世界やってるものねえ。それを守るのが、学園の生徒の心意気よ」
自分達の入り込めない二人の世界。
キイはそんな無関係な世界を守ろうと、再び挑発しながら寄って来た。
そろそろ右に左に呼び寄せるのは無理だ。
合流しようとした所で、龍太が敵の攻撃を大きく避けながら接近戦を考慮して鎌を抜いて歩み寄って来た。
「とは言え、もう持ちそうにないな…。忠告通り下がりながら背中を守り合おう」
「了解。ここからは二枚看板から一枚板で壁を…っ。後衛はふせろ、連続で射撃が来る!」
キイと燎は、互いに頷いて数メートルだけ離れて剣を振う間合いを残す。
そうして厚い壁を造り、まだまだ三分の一以上を残す敵と向かい合った。
既に範囲魔法は底を尽き、回復も自己回復を除けば予備を残すのみ。
それでも引けぬものがあると、立ち向かった所に無慈悲な光の雨が降り注い……。
●来るべきモノ
「…一発だけ?」
「みて、あれは!」
訂正しよう。
降り注ぐはずの怪光線は、たったの一撃のみである。
怪訝に思って伏せた視線をあげると…。そこでは一つ目の甲冑型が、音を立てて崩れる!
「待たせたな!とか言うシーンやない?」
「…生憎とそう言う性格はしてねえ」
「じゃっ。わん達は騎兵隊参上と言う事で!やっほー、みんな元気だった?」
敵陣の向こうから、後方に回ったはずの仲間達が見える。
即ち、魔法陣の破壊に成功し、後ろから挟撃を掛けたのだ!
淳紅が茶化しながら手をあげて盛大に迎え入れると、黒夜はそっぽを向いて魔法の火花を打ち消した。
そっけない彼女に代わって、キッカは暗闇を手にまとわりつかせたまま、ブンブンと手を振って応える。
「待ちかねたぞ!」
「行くぞ。ここからが逆転の時だ!」
燎の声に朋哉は火炎の球を中央に送り込みながら、反撃の狼煙を上げる。
これは天使たちの策謀に対する怒りの拳、高らかに延ばす逆転の一撃であった!
「それでも油断だけはしないようにな」
「まあまあいいじゃない。せっかくの成功なんだし、喜ばないとね」
ぐっしょりとした汗をふく間も無く進撃を開始するキイに、龍太はウインク一つ。
挟み討ちを掛ける仲間とも合流し、この戦場に決着を付けるべく歩く。
「予定通りに終わって良かったな」
「自分らにかかったら、当然やろ」
「誰にとっての予定通りか判りませんが、大怪我をしないように締めくくりましょう…」
味方が予定通りなら、敵もまた予定通りである可能性もある。
燎に追いすがり、淳紅に並び立つレフニーは研究所を眺めながら、小さく呟いた。
真相はこの時点では判らない。今は確実に、勝利を掴むとしよう…。