●潜入、廃工場!
ぺたん、ぺたん、ぺたん……。
夕暮れ時の工場へ、足音が2つ。
やや遅れて6つの足音が、夕日で伸びる影に従った。
「電気…は、大丈夫か、な?」
「先生が申請はしてるはずよ。処理場の配電盤はどこも入り口近くだから、早いうちに視界を確保しましょ」
うん、くらいの…きらい。
あおい(
ja0605)は先に立ち使いこんだペンライトで、その後ろから瑠璃堂 藍(
ja0632)は学校備品の懐中電灯で暗がりを照らし出す。
黄昏時を切り割いて、灯は光の剣の如く……、不安をかき消してくれる。
「…あった。あれ、ね」
「待ちたまえ。この区画は大丈夫のはずだが、罠の可能性もある。念の為に照らしておこう」
「お願いするわ。あと…開くのとかは前衛の人お願いね。配電盤に限らず、冷蔵庫とかもだけど」
掌を掲げ、ゴム製の肉球の上へ下妻笹緒(
ja0544)は文明に寄らぬ明かりを作り上げた。
周囲10mほどが照らし出され、ライトが及ばぬ部分へ何者も潜まぬと如実に示す。
その光に藍たちは息をついて、ライトのスイッチを切った。
「私がブレーカーを上げましょう。蓋をお願いします」
「判っ…た。でも、これ仕舞うまで、待って。依頼主に…借りた物、壊したく、ない…」
同じ前衛のうち、防御力に秀でたカノン(
jb2648)が危険な役目を申し出ると、あおいは頷きつつペンライトを懐へ入れた。
自分達も参加したいと言う依頼主の気持を汲み、力の代わりに借りて来た。大切なライトだ。
ややあって、小さな扉が開く音とレバーの軋む音が鈍く籠る。
耳を澄ませていれば、パンパンという電燈が埃を飛ばす音が聞こえたかもしれない。
「これで討ち漏らす事もあるまい。さて…、ビジネスの時間じゃな。話しを聞く限り、前任者達の生存は見込めんじゃろう」
「かもしれねえけど、仲間が生きてる可能性があるなら諦めないぜ。可能性はゼロじゃねえ」
さぞや無念であろうな。
そう言って、亡き者として確定するイーリス・ドラグニール(
jb2487)へ、天険 突破(
jb0947)は抗議する。
確かにそうかもしれない、だが決めつける事はないだろうと。
「貴様の言う通りだ。確かにゼロでは無い。だが過度の期待はするな。すればするだけ期待と反した結果の時が辛いぞ」
「私達だって判ってるわよ、そんな事くらい…。でも二人がとても辛そうだったから…少しでも力になってあげられたら、って」
「無理…だよね、ムリな事は、ムリ…。でも…生きて、いれば、いい、な。なんて…。思う」
わざと突き放し、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は素っ気なく切り捨てる。
死んでいると決めてかかる気は無い。だが、必要以上の期待を裏切られて押しつぶされるのは忍びない…、と。悲観論に立つ事で仲間の心を護る。
言われた突破、フォローに回る藍やあおいにだって、そんな理屈は判る。
別に人質として生き残っているなんて事は考えていない、だけど…。
「俺らが言いたいのはさ、どうせなら希望を持つってこと、ヤバイ時だって前のめりに行きてえじゃねえか」
「判っておるなら好きにせよ。否定する言葉は用意して折らぬわ」
「儂らが確実にやってやれる事は、ただ敵を殲滅する事のみじゃ」
一瞬だけ顔をくやくしゃにして、明るい笑顔に戻る突破に、フィオナはぷいっと背中を向けて元居た方向へ歩き出す。
イーリスの言葉が、ある種の真実なのだろうとは思いつつも、どちらの言う事も判るから。
●処理場にて
「そろそろかな?人形型と言っても元が人形とは限らないのね」
照明があちこちを照らし、処理場全体を照らし出す。
地図を見ながら比較的安全な何も無い場所を進む一同の中、ソーニャ(
jb2649)は子供を材料にか…。とやるせない。
「生きてて欲しいが、…連中が撃退士の格好をしてても驚ろかねーようにしとこうぜ。最悪の事態ってやつだけどさ」
「ある種のブービートラップじゃのう。配置した悪魔やヴァニタス次第だが、ありえるラインかもしれぬ」
「そうですね…。でも今回のディアボロを敵として憎むのは間違いかもしれない、ただ罠として利用されたけですから」
物憂げなソーニャに反応して、仲間が言葉を掛けた。
誰かいるかー?と突破は撃退士が生きていても良いように声を投げるが、それはそれとしてイーリスが頷く様に悪辣な手段を想定せぬ訳では無い。
慰める様な、自分に言い聞かせる様な彼に頷いて、ソーニャも言葉を続けた。
「きっと別にいるんですよね。こんな悲しい命をもてあそぶような、本当の敵が。いつか辿り着く時があれば、ボクらで気持ちを晴らして上げましょう」
「うむ、その意気や良し。だが安心するが良い。ディアボロはモチーフ対象の気質を備えているケースが多く、材質は形状や素材として利用される。ここから導き出される答えは…」
いまは弱っちくて、届かないけれど…。そう決意を秘めるソーニャに気遣った訳でもあるまいが、笹緒は着ぐるみの奥から1つの答えを導き出した。
天魔との戦いにおいて、何より重要なのは情報。
相手が何者で、いかなる能力を有するのか。その情報の精度こそが命運を分けるからだ。
「人形型であれば、無機物タイプ。不要な思考は持たず淡々と機械的に動く相手だろう。 子供を材料にしたのも、可能な限り戸惑いを生む為だ。恐らくは当初のままに相違あるまい」
「…そして我らはその手の内を掌の上に載せておる訳だ」
「結果として命がけとなった情報収集、決して無駄にはできませんね」
シンプルに、躊躇なく行動する事が最大の利点。
それを活かす最大の能力は、知恵では無く外見として与えられているのだろうと笹緒は語る。
その推測に誤りはあるまいと、フィオナは首肯し、カノンもまた決意を胸に抱いた。
「全ては、最後の…。…最期の瞬間まで連絡を怠らなかった、智慧ある撃退士がいたからこそ。それを無駄にするほど、みな未だ耄碌はしていまい」
「ええ。それに、甘い期待はしないとしてもまだすべてが決まった訳でもないはず…出来る事の全てをやり抜きましょう」
笹緒の言葉を手で制し、カノンは口元に指を当てて頷いた。
前衛である彼女は明かりが延ばす自分の影を踏んで、危険な領域に踏み込んだと仲間達に先駆けた。
同じく前衛を務めるあおいは…。
「どんな人か、何を持っていたか、必ず回収してほしいもの、…聞いて置いたの。念の為…、気をつけてほしい、な」
「はい。ボクはまだあんまり役に立てないかもしれないけど、その分、後ろから確認するのが役目だから…」
あおいからメモを受け取って、内容に目を通したソーニャは胸元に握り締める。
実力はまだ皆に及ばないかもしれない、だが、だからこそ実力を抜きにして取られる手間は、自分がやり遂げようと心掛けた。
「では参るぞ。ふん…手の内が晒されている待ち伏せとは…無様よな」
「ええ。隠れんぼはもう終わりよ…出ていらっしゃい。まずは何体か…」
「合わせて明かりを放り込むとしよう。何が埋もれているか分からないからな。注意するに越したことはないだろう」
他のメンバー達も準備が出来たと頷くのを確認して、一同は処理場の中でも最も大きな大型ゴミの散乱する場所へ侵入した。
前衛の2人と最後衛の2人が挟み込むようにして、移動中の警戒を始める。
フィオナはアウルを灯し札を起動させると、周囲の物理現象に怪異たる天魔の理を従属させる。
これで障害を素通りしての奇襲はありえぬと、藍は直し笹緒のつけた明かりの魔法で場内をくまなく見比べ始めた。
「一時処分施設と、その手前にトラックで運んだらしき大型ゴミ…。前の人達が目を付けたのはこれね。怪しいのは周囲にある元はタンスらしき木材達と…」
「それを放り込むべき焼却炉の中ですかね?では蓋を開きますね、タイミングを測りましょう」
「ん…。ごめん、ね。直ぐに連れて帰る、…から」
藍の言葉にカノンは頷いて、あおいに声を掛けると冷蔵庫を1つ1つ開けて行く。
その内の1つに、話しにあった子供の遺体。ややあって、何かがの動く姿と、ガタガタという物音が響く。
「来た! とっとと仕留めるぜっ!」
「囲まれてます!奥側から2、後ろに3です」
動き始める突破へ、耳をすませたソーニャの言葉が響く。
だが現れたのは前方に1、やや遅れて後方に2。
軋むような物音は札の効力で扉を抜けれぬと悟り、残りの二体は破壊してから出ようとしていた。
●ダンシングドール
「ふむ、報告した二人が追撃を逃れることができたのは、やはり包囲による距離差か」
「予想どおりですね!撃破後に駆け抜けます」
先に前方が現れるのは、後ろからのバックアタックを狙っているのか?
感心する笹緒よりも先に、魔力を網上げたカノンが力を解き放つ。
もし明かりがなければ、夕闇をかき消す光景がさぞや盛大だったろう。光の波が子供にも見える人形型ディアブロに命中して弾けた。
「死せる仲間が造ったこの刹那、決して、無駄にはすまいよ。…天鼓打ち鳴らせよ雷神、鳴り響けよ雷鳴」
チッチチチ。
肉球に集った雷鳴は、油断するとゴムを溶かしそうな勢いで放電を始める。
解き放たれた瞬間に、姿を消して、気がつけば光の余韻に追いついて、人肌を焼く嫌な臭いが充満し始めた。
「ディアボロ、倒す。悪い、やつ、許せない。…がんばる。当た…、れ」
「ほう…この手順で落ちるか、所詮はデクよな。たかが駒相手に剣を抜くまでも無い。…だが、今日の我は殊更に不機嫌だ。貴様等全部、原形留めず塵と化してくれる」
あおいは走り込むと、鉄槌を振り上げてしたたかに打ちつける。
人であれば視界が歪むではすまぬ一撃を受けても、人形はまだ立ち上がるのだが、その姿は既に満身創痍。
フィオナが取りだした炎の霊符で焼き焦がすのに、そうは時間が掛からなかった。
「落ちた?よし、このまま作戦通り…フィオナさん!」
「たわけ!避けぬかっ!手の内が分かってるからと言って油断するでない!」
イーリスの目には、それまでの経緯が正確に映っていた。
味方の攻撃『全てが命中』し、『全てが高いダメージを与えていた』。これが何を意味するのか?
それは即ち…。
「…ん?っ痛つつ…。ふんっ。この我を墜としたくば、研鑽を重ねるが良いわ」
「油断大敵、慢心も程ほどにのう。駆け抜けつつ、順次反撃を開始するぞ」
そう、この敵は砲台型である。
ゴウと響く爆音が、けたたましい。
元は幼稚園児であろうか?小さな姿から放たれた2つの爆撃が、フィオナの周囲で弾ける。
イーリスが周囲を叩き落とし、邪魔をしたものの、残念ながら連続で直撃。
爆風の中から豪語して見せる姿に苦笑して移動を開始した。
「魔力攻撃に強いフィオナさんをあんなにするだなんて…。割り切って造っている分だけ強いのかな?でも…」
「その分、受けに回ると弱いはずだよな、一気にいくぜ!」
藍と突破は、少しだけ前方につめながら、先ほど瓦礫をこじ開けて出現した個体へ向けて体をねじる。
いうなれば、クエスチョンを逆からなぞる様に、前方と後方に入れ変えたのだ。
爆風は痛いが位置を変えたおかげで、囲まれなかった為にそりっきり、棒手裏剣とワイヤーが巧みに追い詰めて行った。
「一丁上がり!トドメは任せる!」
「はい…。やれる、やれるよね。早くおしまいにしてあげたいから…。こんな歪んだ醜い遊びもどきで踏みにじられるのはこれっきり…」
火線を上げて走り込むソーニャの弾丸が炸裂。
人形が空中を踊り、後には穴が空いただけで横たわっていた。
「ごめんなさいです。魂は既に召されて、形でしかないのかもしれないけれど…。次に生まれ変わる時は…」
共に優しい時間を紡ぎましょう、願わくばそんな優しい世界で…。
ソーニャは元のままの子供であったら、もし違った出逢いであればどう触れ合っただろうかと幻視する。
戦いの日々だから出逢わない?ううん、はにかむような…ちょっとした出逢いだって良いのだ。
だから愛しみをもって天にかえそう、笑顔の失われた姿は灰は灰として、塵は塵として倒す事になったけれど。
「これで二体目ですね。陣形を整え直し、悲しみにけりをつけましょう。生存者が隠れていたりするかもしれませんし……遺品が見つかるかも」
「敵退治も、大事。がんばる。 でも、お仲間さん、探し。特に、がんばる」
斜めに隣合う二人は、そのままターンを掛けて簡単に陣形を整える。
カノンの言葉に、あおいは頷いてウォーハンマーを振り被った。
輝く白波を追い駆けて、青い髪が揺らめく。
きゅっと黒服を握り締め、こんな痛みは早く終われば良いと思う。
でも、可能な限りの時間を使って探そうと、言葉には出さずに、振り向かず頷いた。
●たとえ、一カケラでも
「木材には火を付けてくれるなよ?札の力ゆえ大丈夫だと思うがね」
「判っておるわ、誰に物を言うておる。無論、先ほどの返礼はしてくれようがな…」
奥側へ退避しつつ、笹緒は再び雷撃を放つ。
拓かれた宝帖より放たれるソレは、砕かれた木材より離れた敵を打ち…。
フィオナが五指を開くと、まるで時計の針の様に、無数の剣が出現。
彼女の周囲に浮かんだ赤き玉を扉に変えて、眼前へ光となって駆け抜けた。
「流石に光撃はよう効くの」
悪いとも、すまぬとも口にせずイーリスは引き金を引いた。
戦場では良くある光景、むしろ躊躇すれば味方に不幸を招く哀れな敵。
微塵も躊躇せず、右に動けば右に向けて、左に向け転がればトドメを刺した。
「プロならぬ身としては、人形や子供の姿って…やっぱり、抵抗があるわね」
「そりゃまあな。だけどよ、ここまで来たら思いっきりやって終わらしてやる方が良いんじゃないかな?」
…ごめんなさい。彼女達のことを思うと、貴方達を倒さないわけにはいかない。
そう呟く藍の言葉を耳にして、突破は切ない笑顔で笑いかける。
それもそうねと、ナイフを握り…。聞かなければ良かった呟きを、彼女の方も聞いてしまった。
「御供え、牛乳とお花見弁当しかないけどさ。今日のは…、菓子もついてんだぜ」
顔は笑顔でも、きっと背中で啼いているのだろう。
それが男の美学だと、何処かで聞いた様な気がした…。
そこから先は他愛ない、どう戦ったかなど語る必要も無いだろう。
ゆえに、語るとすればただ一つ。
「この子らも載せて帰ってやるか。所詮は同じ死体よ、区別などあるまい」
「あおいさん、手が汚れちゃうけど良いんですか?」
「ん。思い出、大事。 忘れ、られる。だめ。さびしい。 持って還れるもの…、なにひとつ…、こぼさない」
フィオナの提案に、ソーニャとあおいは大切そうに袋へ仕舞い始めた。
処理施設に放り込まれた二人の撃退士、そして元は子供であったディアボロも含めて…。
こうして戦いはあっけなく、物悲しく終了した。