●暴れ馬の登場
「炎の鬣のお馬さん…欲しいなぁ…でも、仕方がないよね?」
「こんな状況でなければ、あたしも乗ってみたいものですわ」
ドドド!!
赤い軌跡を描き、重低音を響かせて駆ける巨大な戦馬。
大地を掛ける優美な獣を見下ろし、二人の天使はため息をついた。
その視線は天使がサーバントに対して抱く笑みでは無く、人の子が猛獣に対して抱く思いに近い。
スピネル・クリムゾン(
jb7168)とロジー・ビィ(
jb6232)は、順調に進む暴れ馬を誘導するように並行して天を翔る。
「始めましょうか。こちらはフォローに回りますね」
「そんじゃあ、いっくねー。えへへっ♪お〜にさ〜んこ〜ちら〜っ♪」
二人の天使の内、ロジーは弓を構えたまま並行して飛行。
スピネルは翼を軽く畳んで、代わりに両手を翼の様に広げて滑空し始めた。
桃色の髪が弧を描いて地表近くまで降りつつ、翼を広げ直し光の矢を周囲に撒き散らす。
「始まったな。暴れ馬か、聞いた限りでは重種の様な感じか…?」
「ここまで響いて来るとは…。まあ、よく走る馬だね」
急降下する天使が、暴れ馬に攻撃をし始めた。
追い抜きながらの移動攻撃なので当たりは良く無いが、挑発行為としては十分だろう。
橋げたの下に隠れた天風 静流(
ja0373)とロベル・ラシュルー(
ja4646)は、何時でも飛び出せるように身構えた。
馬が近づいただけで感じる震動は、その巨大さと力強さを良く顕しているだろう。
「耳障りに目障りだし、消えて貰うとするかね」
「倒すのは難しく無いだろうが突破されると一般人が危険だ。封鎖にはタイミングを合わせるぞ」
つつい、と胸元の煙草に指を這わせて、ロベルは途中で止めた。
気がつかれても厄介だし、せっかくなら勝利の後で味わうとしよう。
代わりに脳裏に浮かべた双剣を取り出し、見れば静流の方も鋼線を手繰り寄せてタイミングを測っていた。
この手の討伐作業は段取り八分。
包囲に成功すれば危険は減るし、失敗すれば脅威は何時までも残り続けるのだ…。
●突進vs突進!
「ん、来たみたいだねぇ…上手くやらなきゃ」
「予定通りね、さっき説明した通り効果はあの辺の節目まで。それを忘れない限りは有利に戦えるから」
目の端に映る馬影が、みるみる巨大に……。
ナハト・L・シュテルン(
jb7129)はこちらに向かって来る姿を見つけて召喚を開始し、何時でも飛び出せるように背を撫でてコミュニケーションを開始する。
その間にも月丘 結希(
jb1914)は携帯弄りながら移動速度を測り、予め指示していた範囲に結界を張って行く。
空間に満ちるアウルの力が、衝撃を和らげてくれるはずだった。
「さあ、暴れ馬退治に暴れ熊が出陣だ……。十絶陣や梁山泊じみた戦いが出来ると良いが」
「あははっ。その域にはいずれ達して見せるよ、そん時は今風にデザインから使い方までアレンジするけどさ」
どうれと立ち上がる荒法師は、身長もあって何かとゴツイ。
結界内に引きこんで好漢と猛獣が激突する様は、確かに伝奇めいている。
藤堂 猛流(
jb7225)の冗談に、結希は満更でも無く自信たっぷりに応えた。
「それは別に構わないんですけどね。ちょいと雰囲気違うくないです?あちらさんも出し惜しみ無いってさ」
「っ!僕が先に行くから、後から来てよね」
眉をピクンと上げて、跳ねる炎が大きく揺らめくのを見つける。
ヌール・ジャハーン(
jb8039)の目に、暴れ馬の加速が映った。
咄嗟に防御法術を重ねる彼女とは違い、ナハトは別の反応を示した。
仲間達の前に出て、こちらも召喚獣共々急加速で突進を掛ける!
「さっすがスレイプ、早っやいわねえ!正面から力と力なんて分かりやすいわ。好きよ、そういうの」
「っっ!!あいたた…皆、大丈夫?巻き込まれてなきゃいいけど」
「あーもう。あんまり、手間かけさせるんじゃないわよ!」
ヌールは僅か数秒で駆け抜ける、優美な獣同士の激突を見た!
急加速を掛けたスレイプニールが、暴れ馬の突進に対抗して距離を詰める。
咄嗟に腕をクロスして、声よりも早く防御を指示したナハトの肉と内臓が、召喚獣からの反動でミシミシと音を立てる。
直接の傷では無いので裂傷や血こそないものの、打ち身のような傷は傍目から見ても大きな物であった。
それが巨馬のチャージを止める為に仕方無い傷とは知りつつも、結希は苛立ち紛れに携帯を弄りだす。
「ヤバイ傷から直して行くから後は追々ね。治療するから、一度下がってて!」
「俺が代わりに担当しとくさ安心しとけ。しっかし馬と言うよりゾウかサイを相手取るようなもんだな……」
傷の度合いを見比べながら、結希はダメージ分布を入力。
打ち終わると玄武の画像を投影され、治療の法術が起動し始める。
ならば回復の間は任せろと、猛流が盾を構えて距離を詰め仁王立ちに立ち塞がった。
きっちり食い止めてやるさ!
●蹂躙する者
「お馬さんなのに猪突猛進?いえ、お馬さんだから馬突猛進でしょうか」
「どちらでも良いのだが…。ふむ…随分と頑丈な様だ」
わー大変ですわー。
弓を撃ち込み追い続けて居たロジーの目に、踏み潰されるスレイプが見えた。
膝を付く仲間が治療法術で癒されて行くのを見ながらホっとしつつ、本格的に援護しようかと射線を探し始める。
その間に走り込んだ静流の鋼線がアスファルトごと暴れ馬の肉を抉るが、巨大な体ゆえにまだまだ健在なようだ。
「まーあの大きっさじゃね〜。その中じゃあ天ちゃんの攻撃は効いてる方だと思うけどね。がーんばっ♪」
「効かない訳じゃないが時間が掛かりそうだな…。なら、斃れるまで打ち込むまで」
抵抗力ゆえに足止め効果は振り解かれたが、斬撃自体は随一の威力であった。
バックステップで下がって、更なる技を使うべく呼吸を整え始める彼女に、スピネルは熱狂の法術を重ねがけた。
クールに努める静流の心に不思議な高揚が走る…。
「ロジー、お前の射線。こっちに合わせてくれ。くれぐれも猛流たちには当てんな?」
「判ってますわ。あたしを誰だと思ってますの?」
賭けるか?と上物の葉巻を賭けのチップに変えて、ロベルとロジーは刃に光を集め始めた。
アウルが双剣と大剣に結集し、横薙ぎに閃光がクロスする!!
それは向こう側に居る友人たちを巻き込まぬように調整した物で、先ほどロジーがうろうろ探していたのもその為だろう。
「自分よりデカイ奴にぶつかるのは楽しいねぇ!…っと、そうは問屋がおろさねえ!!」
身長は190cm近く体重は100kgを越す…と、人間が機敏に動ける限界線に猛流は居た。
それなのに目の前の暴れ馬は自分以上の肉体で、獣という形状があるとはいえ素晴らしい動きを見せている。
これほどの敵なら全力で行っても壊れまいと、つい、嬉しくなって前へ前へ!!
あの巨体で器用に自分を除けて出口側に進みやがった、なんとも叩き潰し甲斐があるじゃねえか!
「来たなっ見たか、俺達のコンビネーション!」
「あーあー。反撃喰うのに嬉しそうに飛び込んじゃって…。そういえば炎を常時展開する術式って割と天界、魔界じゃベターなの?」
「どうなですかねー、攻勢の魔力を編み易いとかアレンジし易いからじゃないです?」
重突進に必要な距離を開けさせまいと距離を詰めた猛流の周囲を、十字に切り割いて光の柱が通り過ぎた。
それは彼の友人たちが撃ち込んだ光の法術であり、輝きに押しつけるように猛流もまた体当たりを掛ける。
暴れ馬がまとった炎の縞がその度に彼を傷つけ、そんな光景を結希は苦笑しながら治療に回るか援護攻撃を掛けるか少しだけ迷った。
手にした携帯に反映させた体力比較を見ながら攻撃を選択すると、思い出したようにヌールへ尋ねてみる。
炎の自動反撃のみならず、火焔結界だとか燃え盛る剣だとか良く目にするからである。
「そっか。イメージ上のもんなら無理かな?上手く解析できれば、暖房とか調理器具に活用できそうなんだけど……」
「まあ現実に干渉させたり脅すってのなら、炎の方が副次効果は高いと思いますけっ。あっ痛たた」
結希の質問に応えつつ、ヌールは攻撃に即応する炎に推測を浮かべる。
単純に強化し易いイメージソースと言えなくもないが、アカレコの干渉力や一般人に対する恐怖を考えれば炎は効率的な手段だ。
そんな風に考えつつ、攻撃を加えていると、不意に攻撃がヌールの方に向いて来た。
●戦馬
「また来る…。次こそ受けきるわ! …ふふ、ごめんごめん。君にも意思ってのがあるんだよね」
危ない危ない…。
暴れ馬は偶然に狙ったのではなく、明確にヌールの方に向かって来た。
良く見れば猛流とナハトを跳ね飛ばした方向とは別で、戦うだけのサーバントではなさそうだ。
そういえば馬って賢いって話よねと苦笑しつつ、上に天使が騎乗していた時の窮地を思い浮かべる。
「そん時までは、あんたより強くなってみせるから!」
傷は痛いがそれだけだ、心を折るほどの一撃では無し。
ぜっんぜん効かないわよ!
自動反撃の火焔術式にめげることなく、ヌールが再び攻撃を始めた。
「大丈夫なようだな…。このまま追い込むぞ」
倒す為の攻撃と言うよりは、敵の目線に立って引きつけようと言う感じの動き…。
静流はその行為を無駄にしない為にも、より火力の高い薙刀に持ち替えた。
注意深く蹴り足をさけ、後方から側面に移動して攻撃に専念できる位置を確保。
ザックリと斬りつけながら、ただ攻撃するだけではなく、必殺の連撃を捻じ込むチャンスを窺い始める。
「また間合いを進みやがった…。特技を効率的に活かすたぁ厄介だね。逃げられない内に仕留めるとしよう」
「せっかく包囲網は完成させたんだしね。…ふふ、逃さないんだよ?ちょっと大人しくしてて、ね?」
暴れ馬は立ち塞がる仲間の内、弾き飛ばせば抜けれる相手を選んで蹴り飛ばしているようだ。
思えば自分達を呼んだ撃退士もそうやって逃げられたのだろうが、対策してるぜとロベルは不敵に笑った。
後方から追いすがって斬りつける彼の他にも、強化術式を付与し終わったスピネル達が飛んで追い駆けているからだ。
光の柱に続いて雷鳴の剣が降り立ち、紫電を受けて暴れ馬の巨体が震えるのが判る。
「流石にタフだが、後少しってとこかな…」
近すぎた為か何度か反撃でロベルが傷つくが、それだけならば軽傷に過ぎない。
逆に馬の方はタフネスとはいえ、これだけの攻撃を受けて無事ではいられなかった。
決着がつくのも、そう遠い事ではないだろう…。
「こらっ、少しはペース配分ってものを考えたら?有利なんだし状況を維持しても…」
「はっ!闘いに肝心じゃない時なんかねーよ。殺す為の戦いは終わったも同じだが、逃がさない為の戦いはこれからだぜ?」
結希が治療したばかりだというのに、また傷つく為に前線へ向かう。
体当たりで吹っ飛ばされながら、猛流は瞬時に距離を詰めてそれ以上の侵攻を許さない。
暴れる度に誰かを押しのけて、巨大な馬は一歩また一歩と橋の出口へと向かっていたのだ。
そのくらいは結希にだって判る。だが、今回は天使が乗っている訳でも無いのだ、交代でやればもっと上手く捌けるのに…と彼の頑固さに苦笑した。
「やれやれ。暑苦しいのは嫌いじゃないけどね、治療も切れたし大概にしときなさいよ。何時でもギリギリじゃ何時か死ぬだけだし」
「判ってンよ。だけど…そう言う小器用な生き方は、俺にゃあまだ先の話だぜ!」
「あらあら…。じゃあ援護の一つもしないといけないかしら?猛流ったら世話が焼けますわね」
流石に反撃術式があると、重傷者が出ない様にするだけで治療魔法は種切れ。
はー。とため息ついて、結希は攻撃を再開した。
こちらも防御法術を掛けているからいいが…とか苦笑しつつ、コダワリ自体は嫌いではなかった。
彼女が生きる事、動く事を禁じる度に暴れ馬は傷つき鈍くなる。
そんな事にも気がつかずに愚直に突進を繰り返す猛流に、ロジーはコロコロと笑いながら弓から大剣へと持ち替えて援護を開始した。
牽制から威力重視の攻撃へシフトし、一刻も早く倒す為に!
●燃え尽きる時
「抜けた!?」
「おおっと、おいたは駄目だよぉ♪…当たれっ!」
仲間達の脇を潜り抜けた馬が疾走を開始しようとした瞬間に、別の巨影が割りこんで来た。
ナハトが鉄扇を広げて視界を遮りつつ、スレイプは蹄を鳴らして雷電を呼ぶ。
稲光が暴れ馬を貫いた時、仲間達が次々と追いすがった。
「抜かれるかと思った…。小細工抜きでコレなんて、漢気溢れる馬だったわね君。…雄よね?あれ?」
「そうなんじゃないかな〜。ジックリみてないけど、きっとそうだよー凄かったもん」
脱出口の片方を固めながらヌールが殴りかかり、少しだけ小首を傾げた。
その隣…の上空に追いついたスピネルが暴れ馬が魅せる最後の雄姿を見逃すまいと眼を凝らす。
殆ど死に掛けながら、見事、橋の出口まで辿り着いたのだ。
最後の最後で勝負には死神が訪れるとしても、賞賛して惜しい物では無い。
「サーバントで無ければ自由に駆けれたでしょうに…」
「せめて苦しまないように送ろう。あの世で存分に駆けるがいい…」
しーん。
その時、ロジーは音が消えたような気がした…。
無論、それは馬蹄の音が途絶えたことで、耳が錯覚しただけだ。
静流が薙刀を一閃、…いや一瞬にして三たび斬りつける荒技で絶命させたのである。
「ホントは連れて帰って上げたかったんだけど…お姉とお兄がダメだって…だから、ごめんだよ?」
「そいつァ仕方ねえ。こいつと付き合えるとしたら俺くらいの体格がいるぜ。どうせ魔法で躾ける気なんてねーんだろ?」
あったり前なんだよー。
崩れ落ちた戦馬を惜しそうにスピネルがお別れしてると、猛流が声を掛けて来る。
生まれ変わったらまた遊ぼうぜと言いながら、暴れ熊もまた別れを告げた。
「お前らはどうする?」
「あん?俺らはコイツで見送る事にするよ。モクだけに湿気っぽいのは苦手でね」
「ウマいことを言って誤魔化しても無駄ですわ。…ちゃんと当て無かったんだから、掛札を寄越しなさい」
猛流が友人たちを振り向くと、ロベルが胸元から葉巻を取り出してる所であった。
ロジーと一緒に火を灯し、戦闘後の一服…。
戦い抜いた勇者たちに敬礼。っと紫煙の流れゆく様を見送る事にした。
「もしかして、この子は誰かを載せて走ってるつもりだったのかなって」
「そうですね。突破しろって任務かもしれないけど案外、満足だったかも」
「この馬なりの満足…か」
ナハトの声に、タテガミに良く似た髪でヌールが応えた。
囲まれた時、倒すよりも向こう側へ辿り着く事を優先していたようだった。
有意義さはそれぞれにある、静流も頷いて暴れ馬を見送る。
「依頼の顛末は送っといたよ。帰るとしますか」
「おっけー!」
こうして暴れ馬は退治され、結希たちは無事に帰還を果たした。