●蝗害魔を包囲せよ
「到着しました。宇都宮さんたち、避難誘導お願いするわね。この場所は必ず守るから」
「…もちろんです!本当はそちらに協力すべきなのですが、万一を考えるとすみません」
転移による眩暈も覚めぬ間に、携帯を取り出して来訪を告げる。
このまま作戦に移る前に、先行している地元出身者へ安心して欲しいと声をかける為だ。
その間にも遠石 一千風(
jb3845)の視線はめまぐるしく動き、目印になる建物を見つけて位置を把握する。
「お互い様ですから気にしないでください。それではまた後ほど」
「あっちは順調かい?それじゃ、害虫とガラクタの処分をしようかねっと」
ここからは時間との勝負だ…。
そんな緊張感の中で一千風は笑って見せる。
相手には見えないと知ってなお、そうする事には決意を伺わせた。
携帯を仕舞いこむのを確認して、アサニエル(
jb5431)は出発を促す。
無論、一同に否応あるはずがない、ゆっくりとではあるが足音を抑えて移動を開始する。
「もう少し回って包囲完了次第に仕掛けるよ?」
「討ち漏らしがないように気を付けたいわね。少し残っているとまた増殖……なんてこともありそうだし」
「そう言うことなら仕方ありません。本当は今直ぐ仕掛けたい処ですが…」
両方やらないといけないのが撃退士の辛い所さね。
そう言って笑うアサニエルに、香月 蘭(
ja2540)は一匹二匹が馬鹿にならないと頷いた。
彼女たちの懸念は理解すつつも、焦燥感で飛び出したくなる。水屋 優多(
ja7279)には、目に見えて失われつつある緑が映っていたからだ。
あれが林や木造家屋に襲いかかれば、どんな目に合うかは想像する必要もないくらいだ。
「…時間をかける訳には行きません。少しでも急ぎましょう」
走り抜けたい焦燥を飲み込んで、優多は歩き続ける。
●乱戦
「サーバントとディアボロの争いね……人に被害が出ない所でやってもらいたいものだわ」
「…ひどい、畑が。…どちらも、今すぐ、ここから消えて貰う」
近寄って見て、その凄惨さが明らかになる。
把握すればするほど絶句するしかない光景だ、この島出身の撃退士達がどんな思いで任務を託したのだろう?
蘭と一千風はカウントダウンの声を心待ちにして、合図を待った。
「三、二、一…。仕掛けましょう。でも、できるだけ被害が出ない様にお願いします」
「出来るだけ効率的に、でしょ?まずは頭から潰せばいいかしら」
優多が先駆けて放つ毒霧に続いて、九鬼 紫乃(
jb6923)は幻影の毒蛇を放った。
敵は群れゆえに個体ごとは弱く、有効な一撃として真っ先に撃ちこんだのである。
「さーて頃合いだ、一匹も逃がすんじゃないよ!」
「当たり前じゃないの、その為に時間を掛けたんでしょ」
「そおいうこと、…ただじゃあ済ませませんからっ」
そうやって纏まってるから痛い目見るさね…。
仲間の放った毒撃の後、アサニエル達は次々に掛けて行く。
巨大蝗を包んだ火花の嵐を右翼に迂回して、回り込んだ蘭はショットガンを構え、いまだに形を保っている巨大蝗を散らす事に成功。
その間に飛び込む一千風は腕を振うと柄から刃を展開させ、切り込んで一番手前の蝗を薙ぎ払った。
「畑への被害をできるだけ少なく…か。その流れには従いましょうか。倒し易きに勝つよりも、よっぽど苦労のし甲斐がある」
言うが早いか、闇色の翼が天を翔る…。
火炎放射器のトリガーを握り締め、山科 珠洲(
jb6166)はぶれる照準を可能な限りに合わせた。
薙ぎ払うのではなく、上から撃ち降ろし少しでも放射範囲を減らす為に…。
アウルで構成された炎は畑を焼きはしないが、その余波が作物を痛めるのは間違いないからだ。
仕方が無いと割り切る前に、為すべき努力を払う事にする。
「蝗に鎧人形ですか…。とりあえず斬りかかれば良いですよね!」
「おうよ。ったく、食べ物粗末にしよってからに、地獄行き決定ばい、覚悟しい!」
狙うは畑への被害を最小限に!
神雷(
jb6374)は一足飛びに踏み込むと、前衛に立つ仲間と並んでゴツイ双刀を振う。
右で一薙ぎ、左で二薙ぎ。
当たるを幸いに得物を振りまわしては、駒の様にターンを掛けて舞い始める。
一方、桃香 椿(
jb6036)の方は包囲する為に左翼に迂回し、やはりショットガンで一固まりの蝗を狙い撃ち始めた。
集合時と違って一気に巻き込めはしないが、グループを作る個体ごとは弱いのか、それとも毒の影響か面白いように墜ちて行く。
だが敵の絶対数はなかなかの数、ましてこれが増え続けるとあれば気が滅入る作業だ。
「でも地味にやるしかないんですよねぇ」
「これを放置して、畑を全滅ばさせたらみなに顔向けできんばい」
「そう言う事よ、ここが私たちの正念場!一歩も引かずにやりきるわよ。絶対に一匹も逃がさないで!」
辟易としながらも、神雷は決して振う腕を止めたりはしない。
例え徒労の様なむなしい手ごたえが続くとも、例え無限の数があろうとも…。
ここには引けない理由と、共に戦う仲間が居る。
ならばそれで十分過ぎると、椿や珠洲も一所懸命に引き金を引き続けた。
●この地が焦土となる前に…
「3勢力入り乱れて…ね。その割りに配分が楽そうで安心したわ」
「とはいえ楽な戦いじゃないですけどね。気分の方は最悪です」
甲冑型サーバントは、こちらをディアボロとひと固まりで認識しているらしい。
偶に攻撃してくるため、確実に共同で挟み撃ちという形になった訳でもないが、紫乃言う様に状況そのものは心配したよりは上手く行っていると言えよう。
だが、犠牲を犠牲として割りきれない優多たちにとってはそうも行かない。
分散した蝗たちは一定間隔で集合できるほどに増殖を繰り返し…、そのたびに周囲が丸裸になるのだ。
「まさしく悪夢のような光景ね。早めに見つけれて良かったと言うべきなのかしら」
「最悪でも被害は畑に留めませんと…」
「そう思うなら、ちゃっちゃと仕留めましょう。毒だっていつまでも使い続けられないんだし」
黒雲のごとき蝗は手近な畑を全滅させ、その貪欲は食指を周囲に延ばし始める。
その都度に珠洲はアウルの火焔で撃ち倒し、優多は魔書の力を叩き込みつつ、集合すれば掌より魔力を直接放ってなぎ倒す。
もはや薙ぎ払うのを躊躇する作物も無いとは、苦笑するほどの食欲だ。
そんな彼らの姿に、紫乃は口では冷静に状況を見据え、次々に魔書を操った。
蝗の回復力は目に見えて衰え、状況は好転しているように見えるが…消耗しているのはこちらの術力も同じだからである。
「チマチマと面倒なやっちゃなー、とっとと消え!」
「あっちを潰した方が楽しそうだし、早めにいきましょう」
めんどくさっ!
椿はまとまった部分へ散弾を次々叩き込み、神雷は回り込んで逃がさないようにしつつ、ともすればこちらに切りかかる甲冑型を抑えて居た。
ジリジリと戦況を推す進めながら、それでいて一気に打開できない状況に歯噛みする。
「っ…ああ、もう!」
「畑の肥やしになりたくなかったら、もうひと踏ん張りするんだね。ガラクタの方も順調に減ってるし、ここが山場ってやつさ」
爪を防ぎ、蝗を切り落としていた神雷へ甲冑から怪光線が見舞われる。
怪しい一つ目が緋色に輝き、一条の光が肩口を焼いた。
それで傷が危険水域に近づいたと知って、アサニエルは即座に攻撃を中止して治療法術を開始する。
一同の敷いた攻防一体の包囲陣が、長丁場になってしまった戦闘をなんとか好転させ始めて居た。
「なら甲冑型の破損状況も確認しながら行きましょうか?…そんな状況じゃないとは、判ってるんだけどね」
「その意気さ、ドンドンいきな!」
蘭は軽口を叩くアサニエルに付き合って、不敵に笑うと位置を切り替えて万が一にも甲冑に撃たれない位置取りを取る。
前衛たちは仕方が無いが、後衛である自分まで狙われては、治療法術に回す魔力が保たないからだ。
後少し、後少し…。そんな焦燥が、口元に浮かんでは消えて行く。
そして…。
「集合し無くなった!?ここで決めます、終わらせるんです!」
つらい戦いは真っ平ごめん。
だけど地元の子たちではなく、自分達で良かったと一千風は言葉と心を噛みしめる。
だから…!
「だからこの一撃で、消えろー!」
最後の蝗を叩き落とし、ため息を突く間も無く…。
飛びかかって来た甲冑型を一刀の元に、一千風は切り落とした。
●終局
「どれぐらい耐えれますかねぇ。もう一、二本ぐらい大丈夫ですよねぇ♪」
ズブリ、と突き刺した鉈の様に野太い刀を中心に神雷は炎を纏わせる。
それは槍の様に突出し、腹から背へと貫いて燃える。
逆手に持った同様の刀を今度は腹では無く背中から突き刺して…、その炎が作物に燃え移らないのを見て、ウンウンと満足げに頷いた。
「面倒ですけど、存外、楽しい戦いです!やっぱり蝗は手応えがアレでしたから」
「敵への感想は処理するだけで良いと思うんだけどね…。出番よ、射魔。顕現なさい」
無機質で耐久力があるため、ロボットと戦っている様な感じだ。
とか思いつつ神雷は魔力へと存在をシフトさせ、面白いように肉厚の装甲を貫いた。
そんな彼女に紫乃は淡々と告げながら、片手を軽く上げて…そこに何かが居るような仕草を見せた。
「前衛への包囲を阻止。目標、右翼のサーバント。放て!」
「ありがとう!あと悪いけれど、蝗が残ってないか確認しながらお願いっ」
「だとよ、人遣いが荒いねぇ」
紫乃の予備出した姿なきカマイタチが甲冑を射ぬき、回り込もうとした別の甲冑を切り割く。
一千風は感謝しつつも、万が一にでも蝗が増殖し直して居ないか不安になった。
そんな彼女の懸念を吹き飛ばす様に、アサニエルは前衛に当たらない位置の甲冑へ火花を放つ!
「本当はこう言うの得意じゃないんだけどね…」
「甲冑型は魔法が不得意そうですし、それで釣り合いが取れますよ」
指先に霊符を挟み、蘭はアウルを集中させていく。
臨界点に達した処で放つと、甲冑の腹を破って膝を突かせる。
そこに畳みかけるように優多が大地を一瞬だけ隆起させ、畑自身に自らの仇を討たせた。
これで作物たちの無念が少しでも晴れれば良いと思いながら…。
「あと三、これで二!…一体抜けて来るわよ」
「見えとるで〜。あたいに勝つには、ちっと色気が足りんな♪」
上空から魔書の力を放っていた珠洲が、全員に聞こえるように状況を告げる。
また一体のサーバントを仕留めつつ、椿へ向かう敵を予告した。
予告、そう椿にとってはまさしく予告だ。
物理攻撃だけならそれなりの腕を持つ甲冑型だが、判っていればどうと言う事は無い!
するりと脇を抜けるように、最小限で動きを交わすと相手の力も利用して、一気に削ぎ切る事に成功する。
「こいつ、動き止めた〜。集中攻撃しよっ」
「もはやサーバントに余力はありません。ここからは逃がさない為の戦いです」
ばしん!っと雷鳴が響き渡り、通電したサーバントが動きを止める。
椿がペチペチやりながら、みんなを呼び寄せる前に包囲網が完成した。
珠洲が言う様に残り二体と余力なし、ならば逃がさないようにと全員で叩き潰すのである。
間も無く戦いは終わり、敵影は無く…ただ混迷する状況だけがそこに残った。
●混迷の種子島
「一応探してきましたけど蝗は居ませんでしたね」
「そうね。逃げ出さないように見張っていたし、生き残りは居なかったのかも」
「なら蝗の確認が終わったし、手伝うとしましょうか」
最後まで見回っていた神雷が帰還し、全てのチェックが終わった。
戦場になった畑では、ポツンと地が露出し、知らない物が見ればミステリーと思うかも。
腰が痛くなるのも構わず、蝗の確認に回っていた蘭と珠洲たちも畑の修復作業に移った。
「…すまんな、もちっと上手に戦えればええんやけど」
「ええよええよ。全部やられるよりマシじゃもん。それに大嵐が来ることを思えば、何ゆう事はないよ」
率先して残骸を取り合払い、破壊された柵やビニールを取り除いては、まだ無事な部分に新しく張り直す。
椿は農夫たちと一緒になって泥まみれになると、笑って作業中。
円状に食べられた部分が広がるが、無事な畑も多いのだ。
これで発見が遅れればどうなったかとは思いつつ、目の端に移る花や野菜などに微笑みを浮かべた。
「終わったかい?これで今年の収穫も何とかなるといいんだけどね」
「そうですね、時間を掛けなかったぶん最低限で済んだようです。後手に回ってしまった現状ではこれが限界でしょう」
作業を終えたアサニエルが見回っていると、修繕し終わった優多が軽く手を上げて答える。
見て取った所は平穏無事におさまり、事件その物は終わったかに見えた。
残るは…。
「ちょっと変なんです」
「変って、何かあったのかい?」
「さっきのは囮で、他にもサーバントやディアボロが居たとか…」
「あるいは何か獲られていたとか?」
戻って来た宙の言葉に、アサニエルは率先して尋ねてみた。
優多や蘭が次々に尋ねると、宙は首を振って西之表市を指差した。
「避難した人から聞いたのですが、冥魔の軍勢は逃げる市民へ興味が無いみたいなんです」
「単に悪魔がまだ来てないからじゃない?ゲート開けるヴァニタス級って確かレアでしょ」
「その可能性もありますけれど…。躊躇なくガジュマルの林やレーダーへ、戦力を向けた事も気になりますわ」
宙が告げる内容に神雷が思いつく範囲で応えて見せると、撫で撫でされてる渚が顔を赤らめ続きを話す。
妖精が棲むと言うガジュマルの林や防衛上の重要施設へ、巻き込んでも反撃にあっても構わないと無造作な手を打っている。
同じ様な、という意味では天使も同様だ。
考えられる範疇としては…。
「そこに多少のエネルギーがあろうと、防衛の為の部隊が居ようと気にしない…。つまり最初から重要視して無いのかもしれません」
「つまり…。もっと重要な攻略対象があるって事?都市一つを無視しても良い様な…?」
天魔と言えど、無限に戦力がある訳でも無い。
もっと重要な本命が別にあるのだろうか?
一千風はそこまで思い至って幾つかの推測を思いつく。それほど重要な『モノ』か、それとも『場所』なのか?
「それを確かめる為に私は各地のスポットを回って見ようと思いますの」
「こっちは町や施設を中心に調べてみるつもりです。結果はいずれ報告しますけど…」
「人間にとって重要な場所が無視されていたり、逆に奇妙なほど戦力が割かれているなら、懸念は当たっているということね?」
島中を当たって見ると言う渚と宙の言葉に、紫乃は頷いてその続きを当てる。
先の見えない種子島に、ようやく…大きな影が見えようとしていた。