●幾つもの布石
「ぁゃιぃやつらがぁゃιぃことをしてるんだねっ…」
「ええ。戦闘が始まりましたね…、予定通り敵を釣り出すそうです」
ぽつり、ぽつりと雨に紛れて呟く。
つっかえながらエルレーン・バルハザード(
ja0889)は小さく言葉を放ち、寺内で煌めく光が彼女の内側をも照らす。
携帯で得た情報を告げる四条 和國(
ja5072)の声にビクリっとして居たのも束の間、戦いの気配が次第に高揚させていく。
いつもの癖で握り締めた阻霊符をポッケに仕舞い、すっと息を吸い込んだ。
「いいよ、ころしたげる!悪い天魔は私がころすころすころすッ!」
「…お願いします。さて、そろそろ行きましょうか」
この雨なら近づくのも気づかれ難いかな…。
ぼんやりとしたエルレーンが集中し始めたのを見て、和國もまた意識を闘いに向ける。
魔法現象は自然に影響を与えないが、流石に雨音は別格だ。
パラパラと鳴る落ち葉に紛れ、林を抜けて裏手より少しずつ歩む。
「その…前回もこうだったんですか?天羽先輩は参加されてたんですよね?」
「僕が天使と戦ったのは屋内でしたけどね、外では確かに雨が降ってましたよ」
やぱりそうなんですか…。
雨に打たれながら、ふうっとため息をつき、若菜 白兎(
ja2109)は寒空を見上げて呟いた。
以前にも似たような事件に挑んだ事があると言う天羽 伊都(
jb2199)の言葉を聞き、天使と言う脅威を改めて実感する。
「そんなに気負わないで。いつも後手後手で回ってるっすからね。悪いけど装置は回収して対策取らせてもらいますよ!」
「ハイ……。そうですよねっ、みなさんが居ますし…弱気にはバイバイなの」
元気づけるように…というか、いつも通りに伊都はあっけらかんと両腕をあげる。
天使の目論見は判ってるので、ご破算にしてやるつもりなんですよと笑いかけた。
そんな様子に白兎も憂鬱になりそうな弱気を追い出し、頑張って微笑みを浮かべる努力。
「えーっと目標は判ってるよね?」
「私が見たのと同じなら、雫型の形状で虹色に光る宝玉…よね?大丈夫だとは思うけど、できれば誘導をお願い」
伊都が不意に放り投げた光信機をなんとか受け取って、イシュタル(
jb2619)は念押しをした。
互いに天使が使っていた実物と物を見たと言う事は重要だ。
今回の術具を見ないと判らないが、少なくとも偽物や別物を掴まされる事もあるまい。
「あんたらが本命だ、そこんトコは頼むぜ。その代わり、こっちでバッチリ引きつけてやっからよ」
「その辺はお願いするわ。上手くいくかしらね…いいえ、上手くいかせないと」
…失敗したら後が無いくらいくらいのつもりではいるけどね。
笑いかける狗月 暁良(
ja8545)にそう答えるが、自分たちも色々と策を練るが、相手だってそうだろう。
だがイシュタルたちは既に打てる手は全て打ったのだ、あとは天に任せ矢を放つのみ…。
●緋色の天使
「…残りを投入して駆逐し始めたか、流石に別班だけでは荷が重かったな」
「何を企んでるのかわかんねェけど、全力で止めてやらねェとな」
別班は寺の前で仏像型のサーバントを相手取り、倒しながら徐々に進もうとしていたらしい。
そんな余裕は与えぬと、膠着した処で天使が容赦なく増援を差し向けた。
このまま数体ずつならいけるかも…という状況を粉砕し、なおかつ自分が残る事で万全の態勢を固めているようだ。
人間を舐めて居る部分がある天使にしては用意周到な行動に、月詠 神削(
ja5265)はどうにもキナ臭い物を感じ取る。
そこまでする意義があるんだろうぜ…と、獅堂 武(
jb0906)も同意した。
「彫像が握っているのは違いますね…。なら台座に埋め込んで居る方ですか。…あの術具…サーバントが守ってる?それともその力を抑えこんでる?」
『…(何だ?)』
「どっちでもいいさ、彫像を破壊しちまえば簡単だぜっと!」
彫像の状態を和國する前に、一気に武が走り始めた。
どうやら何か察したらしく、探査用か何かの術を機動している間に、距離を詰める。
仏像型の護衛は別班に引きずられ、寺内から山門へ向けてズルズルと離れており、今更に呼び戻されてはたまらないからだ。
ましてイシュタルが動き始めているはずなのに、下手に探られる訳にも行かない!
「敵はおそらく長射程で広範囲だ。速攻で片をつけるぞ」
「おーらいっ!つっか速ええな」
同じタイミングで飛び出し全力で走っていた神削が、次の瞬間には彫像の前に相手取る。
すざまじい機動力に舌を巻きつつも、武は数珠を振り乱しながら追いすがった。
周囲に展開する鉄球が彫像の龍に取りつき、その援護の元で神削の拳が突き刺さる…。
『漁夫の利でも狙う冥魔ずれかと思えば、まだ人間が居たか。よかろう、相手を…』
「はっ!あんたの相手はこの俺だぜ」
二人にやや遅れて暁良が天使に殴りかかった。
無造作に床を踏み抜いて放つ拳が、直前で花の様に開く…。
天使が棒状の何かで他愛なく受け止めるのだが…、その瞬間に重心を入れ変え後退させる!
「…へへ、防がれるのは予測の内ってな。お宝を護るのは悪のドラゴンってトコは中々に分かってンじゃン」
『ぬかせ…。様式美という奴だ。降雨祈願の寺に運び込むなら、水龍が似合うだろう?』
暁良や緋色の天使が言う様に…。
龍やドラゴンに対して、思うイメージは人によって異なる。
だが、互いの眼差しが語っているのは……。案外、ぶつかり合う人間と天使たちの強さや信念かもしれない。
「しかし、敵は強くて当たり前というけれど…厄介な威力ですね」
「なら変わりましょうか?大体の底は知れましたし、なんとかなりそうですよ」
迸る雷鳴が周囲を薙ぎ払う。
刀を地面に突き立て受け流そうとする和國の後ろに、ひょっこりと伊都が歩いて登る。
遅まきながら参上したのは別に一撃分から避ける為ではない。
場の状況を把握し、事によっては『例』の指示を出す為である。
「天使のステッキは銅鞭かな?エンチャントした能力以外は僕らならなんとかなりそうですし、彫像の方は魔法攻撃一辺倒ですからね」
「とはいえ、集中攻撃が来たらたまりませんの…。バルハザード先輩が引きつけてくれるから、なんとかなってますけど」
伊都が見たところマジカルステッキ使い(少々齢くってるが)、というべき物魔・攻防のバランス型。
彼や白兎たち大天使級の防御力なら十分防げるレベルだが、血の紋様が刻まれた後は、様相が一変する。
余裕で避けていたはずのエルレーンが、今度は回避し損ね、打ちこみを喰らっていた…。
「まだまだ!このっ!かわいいぷりてぃーえるれーんちゃんがあいてなんだよっ!」
『やれやれ。回避タイプに加えて変わり身か、これではラチがあかんな』
背後から襲いかかった後、横っ跳びで目を引く動き!
大天使級の回避力を見せるエルレーンに、物魔を切り替えた上で強化攻撃を直撃させたはずだった。
だが手応えは無く…、そこには引き裂かれたジャケット!?
ならば別の奴から潰すかと目線を動かした瞬間に、再び飛びかかって足止を続行する!
「ほらほらっ!しんそくのえるれーんちゃんなんだよっ!」
『なるほど。囮でサーバントを引きつけ、さらに分断した上で私を足止めする気か…。ならばっ』
次なる紋様を描くと、銅鞭の尺が急激に伸び。
遠間を乱打する長鞭となって、彫像班を襲う…はずだった。
だが、しかし!
●放たれし天命の矢
「やらせませんの!」
『封術か、足止めとはいえ良くやる…』
緋色の長鞭が砕けて消えた…。
白兎は冷や汗を背中に感じながら、危うい処でエンチャントの阻害に成功する。
手応えからしてそう何度も成功するとは思えないが、賭けには勝ったようだ。
「血っぽい魔法陣があるンで警戒しといて良かったナ。…で、そっちは大丈夫か?」
それを見て、治療の為に下がっていた面々が、範囲回復の終了と共に同時に動き出す。
暁良は背中越しに神削へ尋ねながら、へし折られそうだった肋骨を確かめ再び拳を握り締めた。
手痛い攻撃を喰らった後、連続で受け重傷にならぬよう一度下がったが、これでようやく借りを返せそうだ。
「御蔭さまでな…。こっちには天羽も居るし、時間を掛ければ押し切れそうだ」
そんな彼女の様子を見ながら、神削はゆっくりと介入のタイミングを見計らう。
時間を掛ければと言ったが、時間を掛け過ぎれば天使班の綱渡りが危うくなる。
そうならないように『対策』を立てては居るが、その対策に気が付かれたら問題だ。
「なラ…その時間を稼ぐとしよっかねっ!」
「そうしてくれ…。こっちは間合いを稼ぐ」
再び戦列に飛び込んで、暁良はラッシュを掛けた。
避けられても次は当てるぞと、再び殴りかかり命では無く時を奪う…。
一方の神削は回り込むと、のこぎり状の刃を押し当て一気に削り取る。
目立つ事で攻撃を再び招き寄せつつ、稲妻を受け止めるべく構え直した。
だが真に狙うは、そんな事では無い!
「そろそろだっけか…。なら回復なんざしてる暇はねーよな。それ以上は我慢しといてくれ」
「範囲攻撃は必ず当たる訳でもないからこれで十分です。ありがとうございますね」
傷が累積し下がったはずの仲間が再び戦列に復帰する。
だが構えた得物がパリィ用と知って、武は仕掛けるタイミングであると気が付いた。
和國の治療を一度で打ち切り、幻惑を仕掛ける手はずを整える。
彫像は天使ほど抵抗力が高くは無い、だがその時はいつだ?今か、それとも次か?
「そろそろですかねえ?一気に仕掛けましょう」
「待ちかねたぜ!滝は遡り陽は西より東に沈むべし、汝、道は滞りなく進むにあたわず、禁!!」
「心得ました、こちらも手はず通りに…」
その時、煌めく光術を解き放ちながらも仲間を誘導していた伊都が叫ぶ。
意図を察して、彫像の周囲に群がっていた仲間達が散開して派手に攻撃を仕掛け始めた。
武は術印を次々に切った後、指先を並べて刀印を作り、一気に振り下ろして幻惑を仕掛けると、続いて石化する為に呪を唱えて行く。
その間に和國は切りつけた後で後ろに下がり、稲妻より逃れたと見せて…。視界を邪魔しに掛かった!
「今です!」
「「いっけー!」」
「…っ!(もらったわ!)」
そのまま立て続けざまに魔法を撃ちあった時間は、二射か、三射か?
仲間達の声が木霊する怒号と猛攻の中で、イシュタルはコッソリと、次いで一気に踊り出た。
地面より抜け出し台座に掴みかかり、目的の品を抱えると物質透過を打ち切ったのだ!!
『何っ!』
「おっと、ここから先は通行止めですよ」
「どうしてもというなら、僕らを倒してからにしてもらえませんかねえ?」
術具を抱えて逃げる為に姿を顕した少女。
流石に驚く天使へ、和國と伊都が立ち塞がった!
●勝ち取った物
『ははは…。二重三重の分断を含めて囮、最初からソレのみを狙ったか。
敵ながら素晴らしい見切りだと言っておこう。我が名はアブサール、良ければ見知り置いてくれ』
「御褒めに与り恐悦至極というべきかしら?ちっとも嬉しく無いけどね」
そう、イシュタルはここまでの戦闘に一切関わることを放棄していた。
戦闘に加わって撃破しつつ、狙う事も考えられたが…。
それでは確実に確保する事が出来ない、間合い次第で天使が回収・破壊されてしまう可能性もある
持ち帰られるくらいなら、破壊された方がマシだが…確実に回収する為、戦いに参加せず機会を窺ったのだ。
「…。(逃げ切れる…かな?)」
『逃がすと思うか?』
「やらせないよ〜」
物影・人影に紛れて立ち去ろうとするイシュタルは、思わず苦笑いを浮かべた。
背を向けたらやられるかも、という殺気は…その瞬間に風の様に消え失せた。
再び駆け寄って来たエルレーンを筆頭に、仲間達が織り成す壁を作り上げ視界を完全に奪い去る!
無論、その期を逃すイシュタルでは無かった…。
「へへへーい!ぴっちゃーびびってるぅ!」
『影を?何度も封じ手が通じると思うな、こざかしい!』
機先を制してエルレーンは視界いっぱいに飛び込みつつ、お握りと針を同時に投げた。
お握りの影に潜む針で、アブサールの動きを束縛しようとするのだが…残念ながら踏み抜かれてしまう。
『邪魔をするな!』
「だめ……行かせない、の」
「あんたの相手は俺っテ言ったァァ!!」
先ほどの連撃の中で今度こそ付与されていた緋色の鞭が、周囲を薙ぎ払う。
だがその間にも、白兎の準備は十分!
盾を構えて立ち塞がり、範囲回復に天使を巻き込んでも構わないという覚悟で、一気に法術を発動させる。
そこまでやった甲斐あって、再び傷ついた暁良たちが瞬時に危険水域を脱出!
崩れ落ちかけた途端に、また立ち上がったのだ。
「へっ…隙ありってな」
「もう直ぐ片付きそうだ、撃破次第に合流させてもらう…」
暁良が再び立ち上がり、殴りつけた強烈な一撃!
だが一同の起こす怒涛の勢いは、それだけではない。
神削が闇色を刃にまとわせて、堅いはずの彫像をまるで豆腐でも切るかのように抉り取ったのである。
『よくもここまで徹底したものだ。大事を為すには手段選ばぬべきだが、見事という他はあるまい』
あのサーバントは動かぬ分だけ耐久性があるが、もはや破壊されるのも秒読み段階。
更には守るべき物は既に奪われた、ならばアブサールが為すべき事は1つであろう。
見苦しくあがいて何人かを葬り去ることではなく…、完敗を認める事である。
「なぁ、せっかくだから聞いておきたいんだが、こんなモン沢山作ってどうしようってんだ?」
『悪いが私が答えるべき筋では無いな。戦うに値する人間たちよ、機会があれば…また逢おう』
聞いて居た情報で武がカマをかけようとしたが、流石に口を割る事も無い。
そのまま後方へ飛行して、緋色の天使アブサールは立ち去って行った。
「やれやれ階級は不明ですが天使は厄介ですね。まぁコレがいなければ話は別だったんですが…。サイナラ〜」
最初から術具狙いだった事もあり、重傷者を出さずに作戦は成功した。
伊都はヒョイっと軽く一振り、秒読みどころか一撃でサーバントを真っ二つにして周囲を見渡した。
「…ふう。不利を悟って帰還してくれましたの」
「んじゃあ治療に回るか。全員を治すのは無理だけどよ」
あのまま戦えば消耗戦になって自分はともかく誰かが倒れかねない。
その事に気づいて白兎は溜息をつき、武と共に残りの負傷者を治療に掛かった。
「それでも成果から言えば大成功ですか…。あ、エルレーンさん服は代わりのくれるそうですよ」
「…ぇぇ、ぁ、ぅん」
依頼の報告をした和國は、エルレーンに声を掛けた後で廃寺へ軽く頭を下げた。
戦いに必要とはいえ神聖な場所で暴れ廻った事へ、詫びて居たのだろう。
その仕草で、誰にも戦いは終わったのだと…ようやく実感できた。