●オーバーナイト・ハイキング!
「…面白そうなお仕事なの。 愛ちゃんも兄様姉様達の脚を引っ張らないように頑張るの!」
れっつら、ごー!なのよ。
周 愛奈(
ja9363)は軽トラから飛び降りて元気よく、がっつぽーずを決めた。
ちっちゃい子が楽しそうなのは楽しいモノだ。苦行も楽しく見える笑顔は魔法に違いない。
「楽しいと良いですよね。おんせんかー」
「ウンウン、温泉楽しみですねー。どんな所でしょう」
吐く息も白く、膝も震えそうになるが温泉とあれば黙っては居られない。
猫宮ミント(
jb3060)とアーレイ・バーグ(
ja0276)は顔を合わせ、どんな場所だろうと話し合う。
途中でミントの目が、アーレイの胸へ注がれたのは内緒である。
「ハイキングね。飛んで行ければ楽なんだけど…だめ?」
「ムリムリ。これ見て欲しいんだけど。道のりが長いから、それなりに準備もしておかないとね」
「え、どんなどんな。どんな場所なのー!?姉様見せて見せてー」
田舎道を右往左往し、ワゴン車から降りた此処は別世界。
山間の起伏を見ながら首を傾げる紅刃 鋸(
jb2647)に、ユリア(
jb2624)は小冊子を開いた。
下からぴょっこり愛奈が顔を出し、皆で覗き込んで行く。
「「おーばーないと、はいく?」」
「修学旅行の案内参考にして、この辺を調べて、作って置いたんだ♪」
2人が同時に振り向くと、ユリアは力作を何冊か配り始める。
表紙にはオーバーナイト・ハイクと印字され、中には周囲の地図が載っている。
B5用紙をめくって行くと、課題や温泉も色々と…。
「そっか課題なんだから、類似の授業がありますよね」
「だよー。全部調べると見る愉しみ減っちゃうから、てけとーだけどね」
「それで良いんじゃないか?最大距離が判るだけでも十分だ…。そういえば学生グループやボーイスカウトとかでやってるらしいね」
事前に下調べする入念さに橘 優希(
jb0497)は感心し、グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は知識と照らし合わせる。
形式こそ抜粋しているが、確かにオーバーナイトハイクと呼ばれる課外活動だ。
「少し遠いが大丈夫か?」
「愛ちゃん大丈夫だよ!いっぱい歩けるし、重い物ないから大丈夫なの!」
「遠いし課題はあるけど、温泉というご褒美があるし、頑張ってたまにはゆっくりとしましょうね」
照葉(
jb3273)は世話好きなのか、視線の先には7才の愛奈が元気いっぱい笑っていた。
別に自分が辛いという訳では無く小さな彼女を心配したのだろう。
「そうか、ならば良い…。行くとしよう」
それでは、ハイキングにしゅっぱ〜つ!
●フォーメーション
「ふふの、ふ〜ん」
「愉しそーだねミントさん」
仲間達の多彩な服装や装備に心を奪われて居たミントは、今度は町内会のポスターへ夢中。
村ごとの概略図に描かれた無数のハンコ達は、村興しか学校行事だろう。
声を掛けるユリアの方も、尋ねると言うより同感といった風情で眺めていた。
「うーんうーん。この大会の商品ってなんだったのかなあ」
「資料になかったけど、温泉の宿泊券とか、村の産物じゃないかな?」
「予想は付くけど、判んないから面白いと思うんだ。想像って楽しいと思わない?」
ハッキリいって、ただ歩くだけならツマラナイ。
悩むミントにグラルスが助言したのだが、言われたように詳細までは調べて無いユリアである。
知識と体験は違う物だが、そこに未知や浪漫が加われば歩くという作業も楽しい一ぺージだ。
「それはそうと最初の関門だな。課題は何であろうな?」
「お腹が空いてないし、町中である事を考えると設営も違うんじゃないかな」
地図を見直した照葉の言葉に優希は小首を傾げる。
少女の様な瞳を閉じて、周囲の光景を思い出す彼に何人かが頷く。
無人の田舎道とは言え、時間の掛かる設営では通る人も居るだろう。
「神社の裏手か…。布を何かで覆っておる処をみると、推測通りのようだ。お手並み拝見といこう」
「はーい。愛ちゃんたちにお任せなの!」
「この課題の妙味は、慣れていても1分で覚えるのは無理というあたりですよね?」
たったったーと走り出す愛奈と、教師へ口調を整える鋸が率先。
やや遅れて一人、更にその後ろへ残る仲間が後衛という感じでフォーメーションを敷いた。
「まあクイズ番組と同じだね。急な状況では記憶力があっても難しい」
「よーし、頑張るぞっ!」
「上のは愛ちゃんの担当なの。みんなで頑張るのよー」
ねー。
前衛3人娘の最後の一人にミントが加わって、すっかり打ち解けたらしい愛奈の隣にしゃがみこんだ。
教師の前へ鋸が陣取って、何やら確認して初期作業に身構える。
「場所を動かす程度なら触っても良いそうだし、さっさと課題をクリアして温泉を満喫しましょ。せっかく頭数が揃ってるんですもの、これを活かさない手はないんじゃないかしら?」
「ポンチョにコッヘル…。ランタンライトにナタまでありますよ。しっかり野外装備ですね」
「ナイフ、ランプ、鞄…。コッヘルって何?お鍋じゃないの?」
「よっこいしょよっこいしょ…じゃなくて、なになに〜?」
ざっざと鋸は10個の装備を3・4・3に手早く分ける。
彼女が用意しておいた対策案は、少数に分割し担当が確実に覚える手法だ。
1分間で何もかも覚えられるはずも無く、思い出すのは更に難しい。だがこの位ならお安い御用であろう。
そんな中、アーレイは珍しい物を見つける。
南米の上着に端を発する雨合羽、ポンチョと三重鍋である。
何故何症候群に陥った愛奈とミントへ解説をつけ加えるならば…。
「ミリタリーやキャンプの用語でポンチョは雨合羽、コッヘルは合体型の鍋ですよ。大中小とゴーディア●や、バイカ●フーみたいな内包式の合体をしてます」
「また懐かしいアニメを…」
「ふぎゃー!耳元で囁くのはやめてくださいぃぃぃ〜」
アーレイと誰かがアニメ談義を始めた処で、耳の敏感なミントが腰砕けにへたり込んだ。
どうも弱点みたいでその様子に笑いながら、何人かで助け起こしてやる。
気がつけば1分は過ぎていたが、和やかな雰囲気に落ち着いて回答を書き始めた。
全員分のメモを回収すれば、この課題もしゅーりょー。
ロープやスコップ達に別れを告げて、一同は次のチェックポイントへ。
●冬空のカレー
「分かれ道を確認するから、少し待ってくれるかな。…灯せトパーズ、力石の名の元に」
カラコラン、キララン。
グラルスが片手をあげると、輝きが周囲を照らす。
落ち着いた光は冷静さと詳細の確認を促し、地図を腹元へ当て固定すると地図読みの態勢だ。
コンパスを滑らせ先ほど確認したポイントを縦横代入すると、座標が見えて来る。
「右に行けば暫くして次の課題、左は遠いけど3つ目の課題に直行だね。休憩を挟むか急ぐか?」
「さっき確認しておいたのだけど、設営した物は後で使っても良いって。1つ1つ確実にこなして行くべきよ」
方針を確認する彼の言葉に、鋸が片手をあげて意見を述べた。
課題を無視する事も出来るが、休憩を兼ねやるのも良いだろう。
「休憩なしに歩くのは無理があるし、ペース配分は課題を出す方が心得ておろう。このままで良い」
「あたしも別に良いかなー。この辺は畑やビニールハウスとか見てると飽きしないしね。イチゴとか可愛いんだって」
「イチゴ!?本当なの?本当ですかっ、本当なんですね?」
うっとり〜。
照葉とユリアの話を聞いていた苺好きのミントは、手を挙げてハイハイと賛成に一票。
特に反対意見もなかったので道々進み、畑を覗く度に仲間達に止められる事になる。
そして着いた川辺には、テントのほかに木材に竹、ビニールロープなどが置いてあった。
「さて、着いたばかりだが、私が出来るのはこのくらいだからな。石窯つくりは任せてもらおう」
「こっちはサポートやらせてもらうわね。風通しを良く土台を組みましょうか。」
「持って行って良いなら、薪は多いに越した事はないよね…?いってきまーす」
照葉たちがメインになって、石窯造りが始まった。
まずは形・大きさを合わせる為に石拾い。その間に鋸は土台を組み、ミントは木を拾いに行く。
「あちらで竹で組んだ板の上に、新聞紙を敷き土を盛って居る。その上へ窯と順次組みあげて行くので、手伝ってほしい」
「目線と腰の高さを調整するんですね。土台があれば移動も出来ますし良いかもです。まずはコレかな?」
ぎっぎと縛りあげる音の後に、ぱさぱさとスコップを振う音。
長方形土台が組み上がって行く中で、照葉の言う事を聞きながら優希は石の断面を見た。
ちょっとしたパズル気分で、仲間達と共に石窯を組み上げていく。
「これで時間が短縮できたかな。ブイヨンを作って来たから煮込む手間も省けるね」
「肉の方もだけど、柔らかくした方がいいからね。一応こっちで仕込んでおいたよ」
男の子二人組が中心になって軽トラへ土台ごと載せて行く。
タイミングをはかった処で他のメンバーも力を合わせて載せきった。
「次の場所に着いたら、早速料理しよっか。外で料理するのも楽しいものだよね」
「…愛ちゃんもお料理にはちょっと自信があるの。 だから、何でも言って欲しいの」
「甘口に寄せるつもりだけど、辛口が好きな人にも合うのも作りたいな。コッヘルを分解して鍋を増やすから、火を見てくれるかい?」
ユリアと愛奈の微笑ましい会話に、軽トラやワゴン車を見ていたグラルスが声を掛ける。
ランダム性を確保する為、色々な予備があると推測できるからだ。
もちろん応えはOKで、温かいカレーも待ち遠しく、急いで歩き通した。
「大鍋で甘口のビーフカレー、中鍋で辛口のキーマカレーかな?やっぱり辛さは調整したいから、希望の辛さがあれば言ってね」
「小鍋はご飯用なんだろうけど、飯盒を持って来ている人が居るから、ベース加工に使っちゃおうか?」
「ブイヨンを時々混ぜててね。早くなくても良いので出来上がったベースを混ぜながら、焦がさない様に確実にだよ」
カレーに関して語り始めればキリがない。
好き好きもあるが、ここは定番の中から選んで2つ。
グラルスとユリアが中心になって基本形を作りつつ、別班へ優希が説明を開始した。
「ほほう玉葱と小麦粉を焼くのか。辛いのも好きだが旨味のあるのが一番だな、よかろう。初めてゆえ迂闊には扱わぬ」
「にゃー。1つだけじゃなくて2つも?料理できる人は凄いなぁ…」
「レシピもだけど、手際の参考になるよね。冷凍して使ったりもできそう」
ユリア以外の天魔三人娘はしげしげと覗き込みながら、時々交替でお鍋の前に。
大鍋の蓋がフライパンと化し、焼き上げた物を小鍋へ放り込んだ。
じっくり煮込んだブイヨンを魔法瓶から注げば、キャンプ料理とは思えぬハイペースでカレーは出来上がる。
「やっぱり甘口〜。でも辛いのも美味しそうだよね…。うーん、愛ちゃん卵入れてから挑戦してみるの!」
「こういう所で食べる料理って美味しいですよねー。量が足りないのが残念です」
「え…?」
なん、だと…。
三杯目だか四杯目だかを消費したアーレイの言葉に、耳を疑う者が続出した。
大鍋と中鍋を使い、ルーや肉は持ち込み合わせて、たっぷり2つ分。
みんなノリノリ気分でお代りに手を出し、既にお腹いっぱいなんですけど…。
ともあれ出発したはずなのだが、そこから先の記憶が不思議と無い。
正しく言えば火を消したり鍋を洗った覚えはあるのだが、楽しい思い出に上書きされて不思議と印象が薄かったのである。
課題だって、愉しんでやるコツを覚えたしね。
●
「別班より先につけたか。料理を手早く済ませたのは大きかったな。待つ間に記念撮影でもどうだ?」
「いーよー。愛ちゃん御座りするね」
「にゃはは賛成〜そういえばアーレイさん、食事後に向こうの班と何話してたんですか?」
「余ったルーがもったいなかったので、交換でカレーパン作って貰う約束を…」
「うぷっ。ま、まだ食べるの!?」
そうして温泉宿に辿り着いた。
使い捨てカメラを構えて照葉が提案すると、愛奈がぺたんと座り抱きつく形でミントも座る。
頭の上にドーンとのっかるアーレイの胸に向かって尋ねると、強烈な答えが返ってきた。
誰かの悲鳴もパシャリと撮って、後は温泉となったそうな。
「温まって気持ちいいですね〜!ニャハハ…しかしあの栄養は何処に…。胸か、やはり胸に!?」
「…愛ちゃんはぺったんこなの。愛ちゃんも大きくなったら、こんな風にお胸も膨らむのかな?触っていい?」
「ほへ?構いませんよ。私はぴざとぺぷちを摂取して成長したのです!」
「違うから、絶対に違うから!」
別班の二人も合流し、かぽーんと温泉気分。
豊かな自然を背景に、ミントや愛奈の視線はアーレイの豊かな天然物の胸に突き刺さる。
お触りごっこの幕開けで、サイズがどうの、感触がどうのと赤裸々な会話が繰り広げられた。
「あなた達もこっち来る?私は水着なしで混浴でもOKだけ…っ。ひゃん!?やり返される覚悟はお済でしょうねぇ?」
「なんのミントバリアです!」
「止めてください、耳は触らないでぇぇ!」
「何か言ってるみたいだが、向こうは楽しそうだ。まぁ温泉は静かな方がゆっくりできるからいいんだけど」
「…勘弁して欲しいですよね。あーあァー…聞こえなーい」
ついたての向こうで繰り広げられる騒動と、鋸の申し出を男性陣は聞かなかった事にした。
一人は平然とくつろぎ、もう一人は体育座りに移行して、長い髪を抑えたタオルの脇を抑えて両耳を塞ぐ。
グラルスは優希が顔を赤く染め俯く様子を、微笑ましく見守る事にした。傍から見るとアレだが、生憎そう言う趣味は無いしね。
「はぁ…気持ちよくて、本当に溶けちゃいそう。たまにはこんな依頼も良いですね」
「そうだな。あとは無事に帰りつくだけだ」
ぶくぶくと湯船に顔を埋める優希の気持も判ると、グラルスは頷いて時が過ぎるのを忘れた。
女湯も静かになったし、後は気楽に過ごそう。
「こんな時の温泉は気持ちいいよねー。心行くまで堪能しよー」
「そうだな。ここの湯はさらっとしてるか、ぬめっとしてるか…。本来の物か、それとも薬湯なのかな」
同じく時を忘れてボーっとしているユリアが、照葉と笑いあって湯船に浸かっていた。
世間は天魔の対立だとか、日々の喧騒とか面倒な事もあるがこんな時くらいは忘れよう。
「そういえば効能って…悪魔にも効果あるのかな?」
「体の芯からあったまって肌がこんなにつるつるしっとりするのは心地よい。その位で良いと思うがな」
それもそうだねと笑い合い、月や星が瞬くのを何時までも眺めていた。
茹でダコになった人を介抱して帰還するのも、良い思い出であろう…。