●疑う覚悟
「天使の捕縛か…。上手くいけばこの状況下で何が起こっているか知る事も出来るな」
一同は早くから四国中央市に転移する。
リョウ(
ja0563)は要請しておいた服装や書類を、次々と仲間達へ配布。
「とは言え最近被害が増えているのが気になる。さて…?」
「疲弊したからと言って脈絡なく学校に隠れる…というのも変です。協力者がいるってとこですかね?」
リョウから受け取ったセーラー服を眺め…。
不自然でないかどうかを確認だけして、弥生 景(
ja0078)は諦めながら厄介だとため息をついた。
協力者も、セーラー服も厄介だ。
「そっちはいいよねー。変なこと悩まなくてさ」
「なんたって、現役の女子中学生だからっ。そこは大丈夫だと思うのよね〜」
聞こえる鼻歌に景は思わず苦笑した。
この学校の制服もいいなー。なんて笑顔で胸を反らすグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)が、嬉しそうに鏡を覗き込んでいたのだ。
「まっ、四国が不穏なのは相変わらずだけど、いー方向に転がってるのもまた事実。ここはあたし達の活躍で、なんとかしましょ」
疲弊がフリだけかもしんないし、油断は禁物だけどさ。
明守華はそれだけ口にして、なんとかしたいよね…と続けた。
「そうだな。だが、聞いた人が協力者って可能性もある。相手の挙動には注意な」
「それは当然、想定しておくべきことね」
「変な事が無かったかを中心に聞きこむけど、聞いた人自信の反応自体も窺うつもりよ」
話を受けた御影 蓮也(
ja0709)は改めて一同の元を向き直る。
共犯に情報を尋ねれば、逃げてくださいと言っている様な物だ。
学校の中に潜む以上は、尋ねる誰もが共犯だと考えるのは当たり前。
そう覚悟しておけば、素人に対してそう遅れを取る事もないだろう。
蓮也が言葉の裏に隠した覚悟を受け取って、蓮城 真緋呂(
jb6120)とフローラ・シュトリエ(
jb1440)もまた頷いた。
誰も彼もを疑う事は楽しい作業ではないが、時によって必要なのも確か…。
「そうそう、このラインとバッチが学年を示してるの。これを気をつけておけば、楽になるはずよ」
「あたしは関係ないけどね〜それじゃ天使のお宿捜索に行きますかっ」
真緋呂がセーラー服のラインを示すと、明守華は行こうと声を掛けた。
呑気な口調とは裏腹に、表情には決意が満ちている…。
●かこめ籠目
「連絡し合うのは当然として、段階を追って網を絞る」
「1つ1つ可能性を潰しながら…だな。最悪でも、仕掛ける前に手掛かりだけでも手に入れたい処だ」
やや遅れて最後の数人が辿り着く。
影野 恭弥(
ja0018)が地図の隣に学校の見取り図を広げ、蓮也に向かって鍵を放り投げた。
いずれも重要度の高い物だけに、手続きが遅れていたのだろう。
「そういえば影野君も考えてる事があるんだっけ?合わせて動くし、何かあった時は調整できるようにしておくわ」
「……俺はまず、大人が協力者であるという可能性を潰す。連中が味方なら好き放題できるし…こちらの大前提が崩される」
「なるほどな思考の死角か。ならこっちは巡回路の死角や、普段使われていない場所を抑えて置こう」
唇に指を当て、思案しながら景が促す。
二段階に分けて確実だという確証を得てから動くのは妥当な話だ、問題はその内容…。
そんな彼女に目線で頷きながら、恭弥はホワイトボードに張り直した見取り図へ、1つ1つ丸をつけて行く。
リョウはその案に賛同して、自分たちが担当すべき場所と比較を始めた。
「俺が抑えるのは場所よりも使用者の確認だが、警備員室に保健室、最後に校長室だ」
恭弥が抑える予定なのは、情報の真偽を左右する三か所。
この場所は目立つ場所でもあるが、もし、抑えられていてはどうしようもない。まして協力者であれば、調べている事が天使に筒抜けになってしまう。
「こっちは巡回路や普段は使われてない場所が中心になるか。木造校舎とは珍しいな…、焼却炉も近くにあるし、少し見てみてもいいかな蓮也?」
彼の話に頷いて、リョウは校内を巡る幾つかのラインの上で指を滑らせた。
図面で見るだけなら一筆書きが可能な短距離ルートの他に、近寄らず重要施設を何度も確認可能な効率の良いルートがある。
そういったルートは便利であるが、逆に不要な部分へ死角を造り易い。
丹念にそう言った場所を確認してくると告げつつ、今時珍しい木造校舎の見取り図に目を移し、相棒に確認を取った。
「問題ない。…ああ、そうだ。他のみんなもだが、確認に入る場合は荒らさない様に気をつけて置いてくれ。痕跡がある可能性も、こちらが残してしまう可能性もあるからな」
「そりゃまそうだわな。迂闊に飛び込む気はねーが、もしもン時は気をつけとくよ」
せっかくの証拠を自分達の手で踏み潰しては惜しい処の話では無いし、逆にこちらの痕跡を残せば聞き込み以上に困った事に成るだろう。
懸念を告げる蓮也の心配に、向坂 玲治(
ja6214)はカラカラと笑って任せとけと胸を叩いた。
「まあ聞き込みの間は余計なことをしてる暇はねーだろうよ。それに止めてくれる相棒も居るしな?」
「善処するわ。…入って確認する前に、一度様子を見てからというスタンスの方が確実でしょうね」
ぶっきらぼうな調子で信用されても困るんだけど…。
玲治の言葉に呆れたような言葉を返しつつ、フローラはちょっとだけ嬉しそうだった。
今から人を疑う事を前提にした任務、せめて仲間同士だけでも信頼出来るのは良い事だ。
●入らずの間?
「どうも制服ってのは窮屈なんだよな。…そっちの塩梅はどうだ?」
「芳しくは…。どういう理由で疲弊しているかは知らないけど、…人間を利用するとか許せません」
聞き込みの途中で別の班と出会う事もある。
こっちはサッパリだと玲治が告げるのに合わせ、似たようなものだと真緋呂が返した。
これ以上被害を大きくしない為にも、犠牲を出さない為にも、潜伏場所をつきとめる。
そう思う中で、時間の経過はヤスリの様に、残暑の熱気は火の粉の如く感じられた…。
「偶の目撃証言くれーはあるんで、学校を使ってるのは確かなんだろうが…」
「主に寝床にしているのかもしれませんね。普段は別の場所で…」
別のチームと顔を合わせた事もあり、玲治は首元を緩め、既に外して居るはずのカラーをもう一度外そうとする。
そこまで着崩すのはどうかと思うが、真緋呂にも気分は判るので、自分はともかく彼の行動は多目に見ることにした。
「プール更衣室・機械室は特になし、でも聞いてください…。呆れた事に、体育館倉庫の二階で何を見つけたと思いますか?」
「あー。その人達の悪行を聞かされたわ。札付きのワルが、色々とやってたんでしょ」
珍しく表情を変えた彼女に、フローラは別口で聞き込んだ話を連想させた。
自分こそ厳しく扱う真緋呂にとっては信じられない怠惰な光景で、思わず即座に切り返してしまう。
その様子を見れば、中に何を持ち込んで遊び倒して居たかは想像するのに難しくない。
「怒らない怒らない。でも、結構判って来た処もあると思うよ?不良たちがあれだけ好き勝手に出来た事を考えると……」
流石に普段使っている教室で生活していれば、丁寧に掃除したとしてもクラスの誰かが気が付くだろう。
ましてその方法では朝戻った場合に、日中を休みに当てる事が出来ない。
明守華は彼女を宥めながら、少しずつ捜査の輪を頭の中で縮め始めた。
「確かに大人の目の届かない場所って、かなりあると思うべきね。これはこれで厄介だけど、誰かが頻繁に使用する場所は除外しても大丈夫だと思わうわ」
「放課後から誰も居なくなる場所を含めれば結構ありますけど…、怪しいのは未使用教室の類ですね」
町中を隙のある人間を探して歩くような不規則な生活を考えると、確実に休める場所を確保したいはずだ。
これだけ好条件がそろえば、寝床としては廃屋などより最適な場所だけに尚更…。
フローラと真緋呂も同意して、ゆっくりと休める場所を推測して行く。
「屋上に木造校舎に…幾つかの閉鎖個所。1か所ずつ、使っているかどうかを尋ねるしかありませんね」
「それじゃあ、また此処で別れましょ。もう二チームにも声掛けとくから」
「あいよっ。まったく面倒なところに逃げやがって……。ってやつだな。虱潰しに探すとしますかねえ」
白魚の様な指を負って数える真緋呂の言葉を受けて、面倒だなーと明守華は少しだけ逡巡する。
だけれども此処で立ち止まれば誰かが犠牲になるのだ。それも一日に一人なんて生易しいペースではない。
ため息ではなく決意の深呼吸を一回入れて、明守華は仲間に声を掛けると早速飛び出して行った。
玲治は立ち去る元気娘たちを見ながら捜査を再開する。
「なあ、ちっとばっかいいか?」
包囲網はこうして、狭まり始めた…。
●造られた…、入らずの間
「Ama…この燃えカスは通販の箱で、こっちはお菓子の袋か。…まだ大丈夫か?」
「…見てる影は無い、もう少しいいぞ。本当は…、ダイオキシン問題で焼却炉はもう使ってないハズだがな…」
出て来る、出て来る…。
焼却炉や併設されたゴミ置き場からは、生徒達が処分したり隠しているつもりの色んな物がご登場。
蓮也とリョウは、立ち寄ったこの場所で実に色んなゴミと遭遇した。
「授業中だからもあるが、本当にこの辺には人が殆ど来ないみたいだ」
「窓際に座ったら外を眺めるのは定番なんだが…。流石に木造校舎の教室は使用優先度が低いな」
昼間だからまだ良いが、夕方になったらとても雰囲気が出て来る…。
そうなれば更にこの周囲から人影が薄れるだろう。
蓮也の話しに相槌を打ちながら、リョウは無人の教室を見上げて行く。
第二理科教室に家庭科室、旧図書室こと…今の資料室という具合に特別教室が並んでいるはずだった。
「クラブ棟が無い分、教室や特別教室がクラブ活動に割り当てられているだったか?管理者が少数だったり休んで居る場所を当たって見るか」
「そうしよう。この学校からも失踪者が出ているし、誰も立ち入らない場所が増えているはずだ…特にこの木造校舎がな」
それは単純な理屈だった…。
教師一人当たりの生徒数と、一学年のクラス数を用いて全生徒を割り振って居る。
ならばクラス数が減れば空き教室が増えるのは道理であるし、それは不便な場所から割り振られるだろう。
蓮也とリョウは目星をつけると、木造校舎の入り口側へ向けて歩き始めた。
「二人とも来たか…。探す手間が省けたな」
「あ、さっき出逢ったピークスさんたちからの言伝がありますよ」
木造校舎と鉄筋校舎を繋ぐ廊下で二組は出会う。
いつもの調子でそっけない恭弥に代わって、景は経緯を説明した。
同様に外堀から埋めて行ったので芳しくないが、包囲網を絞れて来たと言う。
「空振りだったが行ってみた甲斐はあった。もし強い魅了の力を使えるなら、確実に抑えるべき場所だ」
「ついでにデータを貰って来ましたけど、校舎の事や生徒の事情を把握できる場所でした。…他の班の話でも、こっちの未使用教室が怪しいそうですね」
「考える事は同じだな。…子供達だけで管理できる場所って判るか?」
恭弥が確認した警備室や校長室は、手に取る様に事情が判る場所だ。
そこを強制的に抑えてない以上は、強力な魅了は使えないのだろう。
恐喝や説得を併用する弱い魅了なら、子供の目線が重要だろう…。と言う話に成って、景はコピーしたデータを検索し始める。
リョウが言う様に、学生の視点で場所を確保したのならば、想定できる場所は少ないからだ。
「んーと、一部のクラブが使っている教室と…閉鎖した部屋なんだけど鍵が外せそうな場所がありますね。旧図書室や視聴覚室は、別の事に使ってるみたい」
「そこから一時的に管理者が減ってる場所に絞り、次は…」
出入りの激しい場所や人数の多いクラブを外して行く中で、景は端末とにらめっこ。
リョウの告げる条件でピックアップする度に場所は狭まり、学校全体から木造校舎へ、更に絞られた場所へ。
最後に残るのは元々人数の居ないクラブの扱う部屋と、生徒が失踪した為に管理者が減った場所の二つ。
「…チェックメイトだな。カメラの画像から現場と往復する人間を絞ってある。頭に入れておいてくれ」
「終わらせに行くか…この騒動をな」
そこが隣合わせと知って、蓮也は作為を感じると共に終局を悟る。
恭弥の言葉がポツリと夕日に融けて消えた。
●縛天陣
「居る居る…。生徒はみんな帰宅したっていうのにね」
「鬼が出るか蛇が出るか…まぁ、いるのは天使なんだが」
帰宅時間はとっくに過ぎ、生徒が居なくなった木造校舎。
アウルを灯した明守華が、生命反応を教えてくれた。
玲治はぶっ通しで写真を見続けた目をこすりながら、間違いなく天使だろうと口にする。
「(…動きがせわしないな。焦りか、それとも移動の準備か…。一気に動きを止めて、拘束系の連携で行こう)」
「(――仕掛けるぞ。準備は良いな)」
ナイトヴィジョンで動きを確認した蓮也は、相手の動きを示す為に軽く指先を踊らせ始めた。
頷いたリョウはハンドサインで号令を掛けると、しゃがみこんで姿を隠す。
「(おーけーです)…みんな、行くわよ!」
「壁には俺がなる!その間によろしく頼むぜぇ」
囮を兼ねた景は声を張り上げて扉をこじ開ける。
玲治が真っ先に飛び出し、とっさに構えた天使に怯む事なく身を躍らせた!
「撃退士!…そんなっ、術が…」
「あたしがそんな事、させないよ」
事件を繰り返した天使と言うには、華奢な女の子が顔を曇らせる。
明守華が印を切ると、集めた力は霧散して効力を発揮し無かったのだ。
「逃がさないわ。大人しくしてもらうわよ」
「それとも、この状況を理解できていないのか?」
そうしてフローラやリョウ達、姿を隠したメンバーが背後や窓際を遮断!
もはやこれまで、全ての逃走経路は塞がれた。
「無駄な抵抗はやめなさい」
「…投降しろ。俺達が欲しいのは情報であり、お前の命じゃない。そんなボロボロな状態でも逃げてきたって事は何か重要な理由があるはずだ、そうだろ」
「好きにしなさい。だけど、誇りまで渡すと思わないで」
真緋呂が首元に稲妻の剣を閃かせ、恭弥が降伏を勧告すると…。
流石に観念したのか荷物を投げ捨て、両手を掲げた。
疲弊し、制服姿もあって女子中学生の様に見えるが、燃える瞳は不屈の闘志を漂わせる。
「お前を傷つけたのは誰だ、そいつは何を企んでいる」
「察するに悪魔の元から…?…衰弱するような状況から、よく脱出出来たわね」
恭弥と真緋呂は得物を待機状態にして傷つける気は無いと示し、護送の間に少しずつ尋ねるが…。
返る言葉は少なく、要領を得ない物も多い。
だが何かきな臭い香りが、一同をくすぐるのであった…。