●祭りは始まった
「早く着き過ぎたかな?」
「そんな事は無いでしょ」
買い出し組は早めに到着した事もあり、人影が少ない。
小道具も買って来た神凪 宗(
ja0435)と弥生 景(
ja0078)は、思いがけず二人きり。
このまま歩くのも良いかな…と思い掛けた処で、人を見つけた。
「その大きな荷物は御同輩か」
「タダでご飯が食べれると聞きまして、枠が埋まらない内に…。ああ、これを買って来たので少し早いんです」
「既存の料理を使って時間短縮する訳ね。私の方は、せっかくなので、レパートリーを増やしてみようかってね」
宋が眺めた先には天羽 伊都(
jb2199)が地図と比べ、目的の公民館かを確かめる。
彼の大きな包みから香る匂いで、景には予想がついた。
調理された肉をベースに、焼き直して自分の味付けにするのだろう。
「それじゃあお先に。君も頑張ってね」
「まあ言うほど大したもんじゃ無いですけどね。…しかし、ここで本当に良かったのかな」
声を掛けて行くカップルに手を振りながら伊都はもう一度看板を見る。
決して迷った訳でも地図を忘れた訳でも無い。
そこにはこう書かれていた…。
『ドキッ☆秋の料理祭り!ポロリもあるよ!』
それは誰かが張った告知文。
明らかにリミッターを外す為の、自爆推奨装置であった!
この文章を信じた者には、トンデモ料理を当たり前の様に出す者も出るだろう。
それを察した伊都は、「まいっか僕は判ってるし」とこの後の混乱を許容したそうな…。
「ふぅ、これで完璧だ!全部張れたかな…」
その頃、最後の一枚をペッタリ。
あちこちに張った当の本人は、清々しい顔で料理を開始。
真っ先に訪れた海城 恵神(
jb2536)は、白い塊を冷蔵庫に放り込む。
果たして、彼のトラップに掛かる者は誰だろう。
●レッツパーティ♪
「子供じみた…それなら…おっきな…お山みたいな…フォンダンショコラ…作りたい…です」
それは少女の夢見た理想郷。
順番待ちのオーブンに予約を入れて、エリス・シュバルツ(
jb0682)は完成像を脳裏に描く。
「あれはまさかエリス君か?と言う事は…」
完成したら七色だな…。
思いがけず良く知った顔を見つけて、天風 静流(
ja0373)は彼女の描く夢源郷を想定した。
きっと極色彩のパラダイス、いや、天国へ最も近いパラライズ銀河だ。
エリスの親友たちが居いなければ、きっと止めたことだろう。
「デザートを食べる頃になったら、挨拶するとしよう」
いきなりデザートというのもなんだし…。
涼しい顔で静流は地獄を乗り越えた。
どんなに窮地であっても、慌てず騒がず勝利を掴みに行くのが彼女の信条である。
「そう言えば小さい頃、絵本に出てくるお菓子のお家とかに憧れましたねー。思い出しません?」
「確かに料理本を見ながら、これをこうしたらどうだろうというような事を思っていましたね。ただ…最近は、こんな機会でなくても…」
本の中のようなお菓子を完成させてしまう友人が居る。
鑑夜 翠月(
jb0681)は久遠 冴弥(
jb0754)の言いたい事をなんとなく察した。
いーたい事を、なんとなーく察した。
大事な事なので常備した胃薬の残弾と一緒に、二回ほど確認する。
「ソレ、自体は止めないよう安全に食べられるものになるように。なんとかしましょう」
「そうですね、メルヘンチックと言いますか、見た目はそのままで、他の方にも食べられる様に…」
見た目はきっと綺麗な綺麗な七色フォンダンショコラ。
色を出す食材さえまともなら…。
色を出す食材さえまともなら……!
冴弥は決して油断などしない。相棒なら言わずに察してくれると判ってなお、念の為に言葉に出して確認する。
気分良く料理を造る気持ちは邪魔したくない、かといって地獄に落ちるのは自分達だけで十分と…気の良い仲間達は同時に頷いた。
知らない人が見たら恋に墜ちたのかと思うくらいの熱い視線が、命がけで食材を確かめる。
「考える事はみんな同じですね。僕もお菓子の家で、街を作りたいです!」
「そう、だな。仄、は、ウェディングケーキ。…3段位、の、小さいので、良い。真近く、で、見たい。だから、作る」
「…そうか。俺は否定はしない。好きにしろ」
共に用意するのは大きな大きな土台。
目を輝かせて「お仲間ですね」と話題を振って来るレグルス・グラウシード(
ja8064)と彼に対抗しているらしい仄(
jb4785)を、影野 恭弥(
ja0018)はそっけなくスルーした。
次々に話題を飛ばし、ロクでも無い事を口にする小ネタ大ネタを潜り抜け、ただ大きくそして確りした物を目指す。
手に注ぐ熱戦に目を向けたら、仄が造り方を窺っているので、やはり「好きにしろ」とだけ告げた。
「ヘクセンハウス的なノリでお菓子を色々混ぜて、とにかく大きな物を目指すのですけど…。そうだ、せっかくだから…久遠が原学園をつくりましょう!…僕ばかりしゃべって申し訳ないですね。ええと、そちらは?」
「大雪山ケーキってところだ」
ムフー。
鼻意気荒く、様々なお菓子を取り出すレグルス君。
飴にグミにクッキーにチョコ…。チョコの中に何故か七色チョコがあったので、隣の卓に戻しておいた。
処分しておけば良い物を…と、恭弥は隣の卓の者が紛れこませる形で隠しておいた事を見抜く。
きっとあれは危険物なのだろうと思いつつ、捨てるべき物を捨てずに誤魔化したのは自業自得だと、冷徹に作業を続けた。
彼が用意するのは普通のケーキの繰り返し。
スポンジを焼いて果実と生クリームを、ただ崩れないように上へ上へと持って行く堅実な物。
ただ…高く高く上を目指して積みあげる。
「仄は…色を。替える。カラフル。…おお、なんだか…。捧げモノ、の、ようだ」
対比と言う物は面白い。
三色の三段ケーキはそれだけでもカラフルだが、隣に真っ白の三角の小山が鎮座する。
その向こうには学園を模したケーキ、その向こうには七色のケーキが並んで…とっても目に面白かった。
…味ですか?「味は。しらん」だそうです。
●メルヘンの森
「あっちでは学園をつくってるなのー。負けずにメルヘンの森をつくるのなのー」
「ふむ…あまり料理とかしたことないがこれもいい機会だな、挑戦してみるか…。良ければ教えてくれるか?」
とうぜんなのー、まかしておくのねー。
あまね(
ja1985)がはしゃいで飛び回る光景に、穂原多門(
ja0895)はにこやかに応じてやった。
ころっとすっ飛びそうになったので、首を掴んで態勢を立て直す。
その様子はまるでお父さんと娘さんのようである。
「(と言ったら照れそう…)…ええと、土台のロールケーキをまず先に作って、その後で人形を造りましょうか」
「そうでスね。大枠の森が完成すれバ、少々はなんとかなるものデス」
「…すまんな。土台ならなんとかなるだろうし、慣れてからもう一度チャレンジする事にしよう」
兎人形を造って居た桜ノ本 和葉(
jb3792)は、妄想を中断しつつ友人に声を掛けた。
そこには巫 桜華(
jb1163)が苦心して奇妙な人形を手直ししており、制作者である多門は頭を頬をかいて内心がっくりとうな垂れる。
自分ではキチンとやったつもりなのだが、明らかに名状し難きナニカ。
手直し、半分以上を森に隠してようやく動物と判るレベルであった。
「…やっぱり、桜華は随分と料理が上手いな。これなら直ぐにでも嫁に欲し…いや、一般論としてだな」
「そのウチはジオラマ風に、大枠で森に見えるようニ造ってるだけデ…。え、…、あハイ…(キャー!)」
「…ごちそうさまね(ヘタレなければ良かったのに)。ともあれさっさと大枠を造ってしまいましょう?沢山造れば、きっとどれかに良い物ができますよ」
きゃーきゃーきゃー♪
多門の人形を森は立派な獣に変えてしまった。
次こそは森に見合う格好良い熊を造るぞ…と心に秘めながら、つい本音を口に出してしまったので桜華の手元が暴走を始める。
危ないなぁとか思いつつ、和葉は来るべき未来を幻視した。
若夫婦と小さな子供の住まう夢の様な家…。それは1つの夢の形には違いない。
「あー兎さんをさきにつくってずるいー」
「私が造ったのはあげるね。あまねちゃんが造ったのを代わりにくれるかな?」
それだったら兎さんのお友達のヒヨコさんつくるなのー!
兎さんのためにミニ人参もつくるのなのー。すぺさるサラダなのよー。
あまねの声に耳を傾けながら、和葉は兎とひよこを擬人化して御遊びの妄想を巡らせ始めた。
「場所が空いた事だし、調理に取りかかるとしましょう」
「お前さんが料理ね。興味深いから見学させて貰うよ」
土台や煮込みを先にやらないと、スペースはともかくオーブン・コンロが足りはしない。
予約にあぶれたロジー・ビィ(
jb6232)が喫煙場所から飛び出すのを、ロベル・ラシュルー(
ja4646)は奇妙な物ではなく何時もの友人を視る目で送った。
判り易く言うと苦笑と微笑ましさが一体化した目線である。
「まずは烏賊を用意し、内臓を出して…それからそれから。イカを茹でた後の具って、素麺だけじゃあ物足りないですわね…」
「(…やっぱりか。烏賊素麺は茹でたりしねえよ)」
さらりとトンデモを口にするロジーに、ロベルは案の定と言った風情で見守る事にした。
具体的には煙草をもう一服、紫煙をふかして今後の経緯を想像した。
烏賊素麺を造るのに必要もないコンロの予約を入れた辺りで、お察しである。
「…そうですわっ!?折角の夏の名残…全て夏の名残を総動員して隠し味をつけてみようかしら」
西瓜に茄子に、夏野菜〜。
次はお祭りの名残りのチョコバナナ、最後に綿菓子からめれば〜世にも素敵な味ですわー。
鼻歌を歌いながら、ロジーはとにかく余計な事をし続けた。
何しろ根本的な知識から間違っているの、何を加えても引いてもまともな物に成る訳が無い。
しかし…。
「あら、ロベルはお刺し身ですの?あとで交換いたしましょうね」
「そんなもんかな。(…と言うか、凄い見目だね。そっちのそれは料理じゃない。と、ツッコむ勇気は、俺は持合せてないよ)」
食べられそうなのは意外だが…。
彼女は絡めた物に素麺を和えて烏賊に詰め、白薔薇を楊枝代わりに突き刺す技を見せる。
あれを食べるのは気が引けるが…。
薄皮を剥いで一日寝かせたイカを分断し、切り易いサイズにしてからスライス。
能天気なロジーへの突っ込みを脳内でかまして、ロベルはイカを手際よく捌き白薔薇をあしらう。
無知が原因ならば、本物の烏賊素麺を見せさえすれば、次回からはまともな料理に成るだろう。
果たして、彼の努力は報われるのであろうか…?
●デコレーション〜レモンティー♪
「…砂糖。…足りない?プリン…?」
「プリン…ではなく茶碗蒸しに御座る!」
ふっふふー。
首を傾げた橋場 アトリアーナ(
ja1403)の質問に、エルリック・リバーフィルド(
ja0112)は我が意を得たりと、ぐっぐっと頷いた。
バケツプリン等は幼い頃に誰もが考える、だが今回は巨大茶碗蒸しである。
もちろん引っかけたい訳ではなく、
「元よりダシの固まり。うどんを底に入れれば、腹具合も触感も充分満足出来ると思うので御座るー」
「ならばこちらは、…マスターに教わった、あれを出すときがきたようですの」
アトリは飲み物で御座るかー。
ごとごと、色んな小道具が出て、エリーの前で並べられてく。
紅茶に加えレモン…まではともかく、紅茶には見慣れぬ物まである。
あの、アトリ? これは一体???
「教わったレシピで御座るか?」
「…これは教わったものでボクのオリジナルじゃないのですの」
作る前に一言、エリーにはいっておきますの。
生クリームをふんだんに盛り、安定化したその上から更に生クリーム。
いや、なんだ生クリ−ムを紅茶に盛るまでは、珍しくは有っても反則では無い。
紅茶とレモンも定番だが…。
「ちょっとレモンの量が多くないでござるか…?」
「…だからボクのオリジナルでは無いと言ったですの。…これはプリン代わりの甘味で、本命は別にあるですの」
デコレーションレモンティー。略してデレ。
元を知らないエリーには判別する余地が無いが、アトリにとっては不本意なのだろう。
軽くカップを掲げて、さっさと飲んでと言わんばかりに口元に寄せて来た。
その味はきっと…。
「甘く苦くすっぱい不思議な味がしますの」
女の子達が、キャッキャうふふの青春していた頃…。
「…ふむ、珍しい料理ですか…。何を作りましょうか…ネタネタ」
真面目に考える大学生がそこに居た。
料理は得意な人でも、改めて考えるとなかなか造りたいレシピが出てこない。
となると、石田 神楽(
ja4485)のような真面目な男だからこそ、煮詰まるとトンデモナイ行動に出たりするのであった…。
「さて、こうして料理をするのも久しぶりですが…。半端な物は造れませんね、…あの人のアイデアを借りましょう」
神楽はその時、冷蔵庫に合った冷奴(と鰹節)を見た。
キュピーン!?
なので知り合いのとある鰹節さんからネタをもらう事に決定。
彼は大変なモノを作って行きました。
しかし、この時間帯はデザートや前菜の時間なのだが…。
鰹節…だと!?
●料理は出来あがった…
「段々とカオスに成って来たね…」
「お馬鹿。うん。悪くない。」
ここからメニューは折り返しへと入る。
具体的に言うとメインメニューの作成時間。
色々と調達してきた依頼人…山上紫(以後ユカリ)と共に、平野 渚(
jb1264)は騒ぎを愉しむ事にした。
大人しい食事会にするのは簡単だが、今回はそういうノリでも無い。
馬鹿騒ぎこそが、陰気を吹き飛ばす賑やかさを呼びこむのだ。…とかなんとか。
もっともらしい理由をつけて見たが、楽しければそれで良し!
「しかしまあ、こだわった料理ねえ。料理自体は元々好きだけど…あり合わせで作っちゃうしね〜」
「巨大…。えび。で何か造るとか言ってた?用意してある…」
ボクの方も何か考えないとなーとか言って、藤井 雪彦(
jb4731)が鰹節を使ったデザートを眺めるのを、渚は危うい所で留めた。
冷蔵庫を開き大振りな剝き海老を取り出して、並べて行く…。
「おっきいなあ。中華風の下拵えみたいだけど、メインはロブスター?まっせっかくなんで使わせてもらうかな」
「…ロブスターなんて用意したっけ?」
「しっ…。黙っておけば判らない…。(本当は大っきくした海老だけど)」
まあロブスターなら殻を剥がすし、いっかーと雪彦が頷くのだが…。
ユカリはそんな物を用意した覚えはなく、無表情でお茶目な事を言う渚の様子を返り見た。
それは特大エビフライと同じ要領で、ギュギュっと握り潰して大きく長く延ばした海老に、海老で造ったツミレを繋ぎと一緒に混ぜた物。
流石にそのままではバレてしまうので、エビチリ用の下拵えなのだ。
「まあボクの巨大肉も似たようなもんだし…。大丈夫かな。でも本当にキミも着なくて良いのに…」
「いい……。せっかくだし、愉しまないと…」
『そう…。その通り、衣裳も演出も愉しまないとね…フハッハハハ…』
「か、かぼちゃ仮面…!?ハロウインにはまだ早い気がするんだけど」
というかこう言うのも楽しい…。
苦笑するユカリに渚はそう答えた。
言葉で説得する器用さは無いので、行動で示してサッサと着替え始める。
予め下に着込んで、上着を変えるだけなので、なんとも簡単なものなのだが…。
そんな時、一同の前にカボチャ仮面が現れた。
トリック、オア、トリート!!まるで攻撃呪文のようだ。
『良いんですよ。僕といえば南瓜、南瓜といえば僕でしょう。…私は怪人パンプキン、此処に見参です』
ばさーっとマントを翻したエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、タキシードのままコンロへと向かって行った。
「良いんですよ。僕といえば南瓜、南瓜といえば僕でしょう。フフフ…」
予め用意した鍋を取り出した少年は、決め台詞を二回言った後でおもむろに仮面を脱ぐと…。
エイルズレトラは軽く水洗いをして、酒で簡単に清める。
酒や醤油で造った出汁を追加し、そのまま南瓜仮面を入れれば準備完了。
「どうです、僕の技の冴えは。用意した物を煮込むだけだから開始十秒も掛からないこの…」
「希沙良殿はウインナーと目玉焼きを頼むよ」
「……ラーメン…にですか……?面白そう……素敵…です……♪」
派手なパフォーマンスと、流暢で慇懃な話しぶり。
ライトまで弄って登場した彼の姿には、誰もが注目せざるを得ない。
だが恋人達は、盛大にそんな状況を無視した。
見つめ合うサガ=リーヴァレスト(
jb0805)と華成 希沙良(
ja7204)はスープを確認すると、そろそろ仕上げにかかろうね…と微笑む。
「海老フライは良かったのですか?」
「さっき向こうの卓を手伝った時に用意した置いたからね。後は揚げるだけだよ」
何と言うことだろう、二人の世界は強烈な視覚心理線が効いてない。
光線や音を駆使したパフォーマンスの技でさえ、彼らの世界には入り込めないのだ。
「はっ、いかん。ボクとした事が…」
「ふう。思わず雰囲気に飲み込まれる所だったね。ユカリーノってば寂しいなら…お兄さまって呼んでもいいのよ?」
「…それは別にいい」
なんて、おそろしい子…。
カップルの桃色光線に当てられて、南瓜幻想から正気を取り戻した3人は、エビチリやら巨大肉やらを完成させて開会式の準備を始めた。
タキシードに身を固めて、いざパーティの開幕である。
●楽しいディナーの始まり
「前に読んだ漫画を思い出しつつ作ってみたんだけど…。うまく完成した…かな」
タレを御湯で割ればいつでもラーメンは量産体制。
これで準備が完了したはず…のサガはようやく事態に気が付いた。
いつも隣に居ればゴキゲンな恋人が、ちっとも嬉しそうじゃないからだ…。
「……もしかして…私…は…コレ…だけ…です……?」
……むぅ。
思えば、彼女はずっと自分を手伝えるのを楽しみにしていたのだろう。
汗をかいて夢中で働く時に、もう少し頼って見るのも良かったのだろうか…。
希沙良のむくれた表情も可愛いと思いながら、ほんのり笑って顔を近づけた。
「希沙良殿の腕を振るった手料理は、また二人きりの時にお願いするよ。さて、試食が終わったら配膳を手伝ってくれるかな?もう…始まるからね」
「……は…い。とても…美味しい…です…ね……」
そうして二人は、幸せなキス(頬)をしたそうです。
周囲からリア充爆発しろと言う声を受けながら、ハンバーグやフライ類を載せた塩ラーメンを用意する。
ウインナーや目玉焼きをお子様ランチの様に盛りながら、最後に一言。
……どうぞ…で…すよ……。
「いいなあ、あそこの夫婦。…毎日一緒にご飯作っていくのも良くない?」
「だいじょぶ…。無問題…。だから離しても大丈夫」
「…吊り橋効果を狙うにしても早くないか?」
ラブラブカップルを見ながら、雪彦は倒れかかった渚に声を掛ける。
彼女はと言うと、桃色な雰囲気にあてられつつも、どうにか窮地を脱出した。
まさか…こんな状況で仕掛けてこようとは…。
どう答えた物かと迷い、口下手なので変な方向に流れそうになってしまう。
目撃者がいなければ危ない所だった…。
「ねえねえ。それって美味しそうですね、この肉かぶりついていいですから、それください。あと、そっちの海老チリは御土産にしてくれるかな?さっき揚げパンを見かけたんで挟んでみたいんだよねぇ」
「どうぞ。巨大肉同志の交換会だね」
「海老チリを揚げパン…。海老チリバーガ?おいし…?…ん」
ゲバブを使った巨大肉の戦士、伊都がユカリの元に交換会に訪れた。
彼女と共にホスト姿の渚は素早く海老チリを用意して、一緒に成って揚げパンを味わう。
みんなで揚げパンに肉や海老を挟み込む食事会の内容は、すっかり中東とか中華街の様相であった。
「そこの綺麗な人〜。あなたも御嫁さんになりませんかー。ボクと一緒にバケツ一杯の杏仁豆腐でも…」
「キャー。お、御嫁さんに相応しいデス?お、御嫁さん…」
「あ…。(また桜華ちゃんが暴走を始めたわね)…なんとかしてください穂原さん」
穂原さん家の奥さまですっテ?
キャー。
雪彦のナンパ文句を、桜華はすっかり聞いて居なかった。
話半分どころか途中から曲解を初めて大変な状況。
そんな様子を和葉は眺めながら、どうしてこう特定の方向だけ暴走するのかと…人事のように眺め始めた。
「い、いや。騒動を収めるのにはやぶさかじゃないが…。いま俺が手を出すと状況が悪化しかねん。あまね…なんとかならないか?」
「ほへ…?よくわからないけど、みんなおいしそうなのね。どーぶつの森も、学園も全部全部たべたいなのー」
「あ、ちょっと待ってください。せっかくなので写真に取りましょう!」
その時、穂原多門は絶句した。
何がどうして、こうなった?
直ぐにでも御嫁に欲しいと言ってしまった時はなんとか本心を誤魔化した。
なのになんで、また。
た、た、た、た…。
絶望的な不器用さで頭がグルグル迷路に陥った時、彼は目の前のお子様にお願いすることにした。
なんというかヨリニモヨッテと思わなくもないが、天然というのはある種の救いであったかもしれなかった。
あまねの発言でレグルス達、写真撮影を目論んでいたメンツを巻き込めたからであった。
「えっと、ふゆみちゃんにも送って…そうだ、せっかくだから学園長にも送ってあげましょう」
「桜華の料理はけっさくなのー。彼女さんも学園長さんもきっとよろこぶのー」
「恥ずかしいですスけど、夢と汗の結晶デス。皆で写真撮りまショウね♪」
状況のビリヤードがレグルスを動かしたことで、暴走状態も収まるか?
あまねにニッコリ微笑み返し、照れながら桜華はカメラを取り出し撮影会を開始する。
きっとその写真は、思い出としていつまでもいつまでも…残り続けるだろう。
●無題
「どうです?ケーキの感想の方は」
「糖分補給しにきた。それだけだ」
写真をパシャパシャやりながら、レグルスは傍らの男に尋ねた。
恭弥は自作の真っ白い山に続いて、レグルスの学園ケーキ、そして今は三色ウエディングに手を出している。
実際にはこの3倍くらいの質問やネタを振って居るのだが、ようやく帰って来た言葉はそれだけであった。
「いやいや、せっかくなのですから、何か…」
「…。別に構わない。好きに、食べると…良い」
「だ、そうだ。糖分が採れると言う事に変わりは無い」
もっとも頑張るレグルスに対し、製作者である仄はそっけないものだ。
それをいい事に恭弥は食べ終わるや否や、会話を打ち切り、近くの杏仁豆腐へと移っていく。
「…?七色食べないのか?。色、仄の二倍。だな…。食べてみる、か…」
「あ、待ってください。そのケーキは出来たばかりなので…。えっと、先に僕たちが味見を…」
「(…チョコは確かに別卓に放り込んだはず…これが歴史の修正力)…覚悟、しましょう」
何故だろうか?
先ほどまで、ケーキの糖分を堪能していたはずの男が、そそくさと杏仁豆腐へ移って行った。
首を傾げた仄は、不思議そうに七色ケーキへと手を延ばす。
出来上がったばかりのフォダンショコラを見た瞬間に、翠月は驚愕して味見だと言い張って真っ先に口にした。
冷静に妨害工作を行ったはずの冴弥の驚愕はいかばかりだろう。
やはり捨てているのを友人に見つかったら申し訳ないなどと、甘い事を考えたのがまずかっただろうか?
「わぁ、二人とも、そんなに食べたかったん…ですか?言ってくれれば何時でも…」
「はは、そうですね。もっとゆっくり…(ベットのある場所で…)あう…」
「赤はトマトジュース、ではなく、赤パプリカ。黄色は…(なのに、なんでこんな味が…)ですね」
何気ない、エリスの笑顔が眩しい。
物理的に。
恋にも似た心臓の動悸が、ばくばくと翠月と冴弥の胸を打つ。
軽い眩暈と共に視界が狭くなり、急活性した体の代謝機能が、意識を置き去りにして言語機能さえ硬直させた。
駄目だ。早く、この●を、分解、し…ない…と。
「御二人ともどうしたのでしょうか?あ…、お久しぶりです。お一つどうですか?」
「エリス君はおにぎりは大丈夫かな?ではお礼にこれを…っともう一人おられるのか。折角だから半分こにしようか」
「それで…、問題ない…」
エリスは立ったまま気絶した友人たちには気が付かず、向こうから歩いてくる知人に頭を下げた。
姉の友人だと言う静流は、美味しそうな香りのする竹包みを渡しながら、ケーキに手を延ばそうとする。
ここで仄に気が付いたのが幸いだったのだろう、一切れを二人で食べあった事で、共に窮地を脱出できた。
これ以上、類似品の天変地異を味逢わない限りは、きっと無事でお家に帰れるに…ちまいない。
一方……。
「美味しいねぇ、これもうちょっとないの?」
「あ、はい…。普通のショコラタイプでよろしければ。(もっと七色チョコがあれば…)」
むしゃむっしゃと危険物を平らげる脅威の胃袋。
出来上がった端からアチコチの料理を平らげる食欲魔人、恵神によって七色フォンダン主力部隊は消費されていく。
おかげで会場の人間は助かったのだが、エリスが危険物だと学習する機会は永遠に失われてしまった。
親愛なる友人たちの苦労は、いつまで続くのだろう…。
●祭りの終わりと、果てしない坂
「ふはは、かかったな!これは豆腐じゃなくて寒天だぜ!!」
「くっ。まだまだ…!」
頭痛を抑えながら口を動かす男に、恵神は追撃を掛けることにした。
彼女が選んだ武装?を次々にロベルへ手渡して行く。
近くに居たのが運の尽きなのか…。
「…やはりそうか。見た目と材料は兎も角、上手いモンだね」
「そうだろう。私が選んだ美味しくて外見とは裏腹に…。まさか知っているのか!?」
「…?さぁロベル。感想をお聞かせ下さいませ!烏賊素麺白薔薇スペシャルのっ!」
苦痛に耐えながら、ロベルは虚勢ではなく心の底からそう思った。
別に恵神に対抗したい訳でも、隣で微笑んで居るロジーに気を使った訳でも無い。
「…これとソレ比べて見てくれ。オリジナルはこれなんだがな」
「まあ。刺身スパゲッティがオリジナルでしたの?でもあたしのも美味しいでしょう?」
そう、不思議な事に美味しかった。
素麺に味は無く。逆にイカの皮がパンパンになるほど詰め込めば、生臭さを打ち消す程の甘さを果実やチョコを持っている。
いかばちか、という意味で割りとまとまった味。
…狙って作ったのなら良かったのにね。
「という事で、こんなの出来ました」
「アレを狙って造るとこうなるのですね。…結構な物をありがとうございます」
にこにこと笑って鰹節アイスを渡してくれた神楽に、エイルズレトラは苦笑しながら礼を言った。
鰹節!?と思わなくもないが、絶対比率を考えると不思議と納得出来る。
醤油アイスがあるくらいなので、比率さえ間違えねば美味しくいけるのだろう。
「さて、祭りも終わり頃ですね。見事な飾りですが、食べてしまいましょう」
「あぁ、完全なる造形美が……しかし、形あるものいつかは崩れる」
「残念〜。でも美味しいからいいんじゃない?造り方教えて欲しいくらいだもん」
神楽がざっくりと、カボチャ頭に木製ナイフを入れる。
程良く煮込まれた南瓜は甘く、エイルズレトラが用意した出汁の出来栄えが伺えるほどだ。
景はその味に舌鼓を打ちつつ、周囲の仲間に声を掛けた。
「あたしの秋刀魚の塩焼きも悪くなかったけど、みんなのも美味しいよね」
「…!そ、そうで御座るな。今度でよければ造り方をお願いしたいでござるよ」
「…エリー、食べてる時に、危ないですの」
景が振り向くと、そこではアーンと食べさせ愛っこ。
見てるこっちが赤面しそうな状態から、茹でダコになったエリーがせき込んだ。
仕方ないとばかりにアトリがコップを掲げると、んくんく…と甘酸っぱい液体が喉を潤して行く。
そんな光景を見ながら、直球なのは羨ましいなぁとか思わなくもない景であった。
「こっちも出来上がって居るよ。名前をつけるとしたら、『栗ん子』かな?」
「…最中?饅頭のは、知ってる…けど」
焼き上げた後で落ち着くまで寝かし終わって、宗が出撃。
アトリが2つ取り、1つを自分の口に、もう一つをタマゴサンドを食べ終わったエリーの口へ、またあーん。
「形は和風なれど、中身はカスタードというのが面白いで御座る。同じ名前がある分、面白い不意打ちに御座る」
「こういう工夫ってさ、みんなで教え合うと良いよ…ね。っ!そーだ、ピンと来た」
「何を思いつい…メモ?レシピを書くにしては多くないかい?」
エリーの感想に異論は無いのだろう、うんうんと景が頷いていた所で、何か思いついたのか立ち上がる。
メモの留め具を外して宗に一枚手渡すと、残りを持って和食ブースから周囲に呼び掛ける。
「をーい、そこの記念撮影してる連中〜。みんなでレシピの交換会っと、いっこうぜー!」
「それは良いアイデアなのでス。今すぐ…」
「ちょっ!全部のレシピを交換する気?そんな事したら、拡散して…」
止める暇も有らばこそ。
一部の連中がメモを書き始め、アチャーとか言う友人たちの声が響いたと言う。
その続きは悲劇かも喜劇かもしれない。
だけれども、きっと笑顔の花が咲いていることだろう…。