●町中のダンジョン
「やっぱり、怖い…かな?」
「仕方無いですの。私達でも廃ビルに潜む影……何処にいるのかなってビクビクしちゃうので」
地方に幾らでもある廃ビルの1つ。
東雲みゅう(
jb7012)の呟きを拾い、若菜 白兎(
ja2109)はリラックスさせるよう呟いた。
かつて自分も通った道筋。そう思えばなんとなく判る気がする。
そこから踏み出す為の一歩を彼女は経験から知って居た。
1つは一般人の危機などで作為的に釣る事、もう1つは…。
「みんなで一緒。そしたらきっと大丈夫ですの」
「はい!」
声を掛けて心強い仲間が居るのだと教えてあげる。
自分が強いか自信が無いが、それでも仲間が居るのは別格だ。
かつて自分達がそうだったように、少しずつ慣れて行け良いのだと白兎は微笑む。
本当は私も怖いけど…ガンバですっ。
「向こうからすれば色んな意味でいい立地かもね、ここは」
「そうですね。暗いし…RPGよろしくダンジョンに挑むのも良いですけどっと…。来た来た」
薄暗がりを打ち消す為に、何も無い所に手をかざす。
そこに確かな何かがあるようなイメージを作り上げ、脳裏の幻想と交換するようにグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は明かりを生み出した。
明かりは熱など持たず、ただ周囲を照らし始める。
そんな様子を見ていた鈴代 征治(
ja1305)は、先ほどの要求に対する返答を着信震動で感じ取った。
メールに添付されていたのは…。
「見取り図か…。密林ではなく文明圏だものね、使えるなら使わせてもらおう」
「そう言う事ですね。今頃は向こうの班にも有るはずです、突入しましょう」
グラルスが覗き込むとそこには昭和期に提出された見取り図。
携帯を胸元に太陽を南面として基準を合わせ、シャッター開いて陣形を維持したまま征治たちはゆっくりと店内に進む。
そこには散らばった段ボール、そして音を立てて点き始める天井灯。
最後に、延ばしたフラッシュライトの先へ黒い人影が佇んでいた…。
●暗中模索
「さて…闘争の始まりだ…影共…僕らは貴様らから生を奪いに来た…貴様らは僕らから何を…どれほど奪えるか?…楽しみだ…不不不…」
大振りの硝子扉を抜ければ大天幕が出迎える。
日谷 月彦(
ja5877)は不敵に笑い油断なく第一歩を記した。
道脇にはエントランスの案内ではなく、キャッシュコーナーや籤の販売所。いかにも地方の催し物ですといった風情の張り紙が張ってある。
「本当なら当時を思い浮かべて愉しむところなんだけど…注意しないとね。やっぱりどこから来ても不思議ではない、かな」
「さすが忍者、さすが汚いってやつさね。暗闇を見たら敵だと思え、一人見たらまだ隠れていると思えってね」
敵が直ぐそこに居る物として、明かりの先を警戒しながら進む。
正面である事と天井灯を考えれば大丈夫なハズだが、ここはパーティーション単位で店の撤退が決まった場所だ。
貸出し区角には天幕を張って隣の閉鎖や汚れを誤魔化した所もあり、走って侵入など論外。
ユリア(
jb2624)とアサニエル(
jb5431)は背中合わせに背後を警戒し、残る2人とも歩調を合わせる。
「正面口クリアだよ。奥側にエスカレーターが見えるけど…。上がる前に棚とか色々とありそうだから、確認できる分だけでも死角を見ておきたいね」
「そうだね。左手がフードコートで右手が時計に靴…。奥側が食品売り場かな。死角を潰して行くなら、左から行こう」
「んなの良く判るね。あたしには同じ様な構成に見えるけど…」
当たり前だが見取り図に店舗構成は載ってない。
ユリアはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が平然と語る内容を、アサニエルと共に不思議そうに見守って居た。
これで店舗案内でも張ってあれば別だが、人間はそんな事まで精通しているの?
「いやいや、単純な推理だよ。食品は誰でも買う物だからね、格好良い物を見せつけながら奥へ奥へと誘導する物さ。バイヤーにしても忍者にしても、思惑を読めばってやつかな?」
「はーん。そんなもんかねえ。まあいいさ、フードコートから進むのには賛成だ。一か所ずつ虱潰しにしちまおう」
良ければ今度お教えしようか?
なんて口にするジェラルドをほっといて、アサニエルは彼が読んでいたチラシを拾い上げる。
金魚鉢パフェに黒蜜フォンデュ…。
和菓子を洋菓子に組み合わせて食べさせる店だったのだろうか?
時代を先取りし過ぎて閉店した模様である。なんとも寂しい事だ。
「別班からの返事はあったかね?僕らと同時に進撃を開始したのだろう?」
「そうなんだけど…。さっき送った拡声器は信用するなって言う話の返事が遅いんだよー。まあその都度メールを返すなんて決めて無かったけど…」
「こいつは推測なのだけど分断されたかな?うむ、賢い相手は好きだよ♪でも、仲間にはならないだろうねぇ」
月彦の確認にユリアは首を横に振って否定した。
決めて無かったから返信しないだけかも…。とは言いつつ、何となく無視できない焦燥に駆られる。
ジェラルドは彼女自身が言っていた事を思い出し、どこから来ても不思議ではないなら、既に戦って居ても不思議ではないと告げる。
「そうだね。あんまり進み過ぎずに、相手のペースにされないように、確実に行こうか」
「こういう頭の良い敵と戦うのはやりにくいねぇ。スレ違ってもなんだ、四方に空間がある時は誘導するように動いとこう。もし敵の頭が居ても、逃げられる事を前提に雑魚からだね」
ユリアの話に同意して、アサニエルは1つの提案を付け足した。
右手と左手で簡単に示しつつ、小さな網を造って寄せるように動かして行く。
無理に回り込もうとすれば逆に後方へ抜けられる可能性だってあるだろう。
自分達や壁の配置を利用して、一方向のみに移動させれば最終的には追い詰める事が可能だと言う内容だ。
「不不不…、悪くあるまい。こちらには見取り図があるのだし、影どもを逆に操ってしまうとしようか」
こうして正面班は一か所ずつ制圧しながら進み始めた。
敵が居ないからと不用意に突出せず、裏口班が戦闘して時間を取られている物としてタイミングを計る。
推測通り戦いの物音が聞こえたのは、その少し後の事である。
●遅延作戦
「させません!」
「また来た!? み、みゅうも……」
「前衛の僕らに任せて、東雲さんは援護してくれるかな?」
カンっ!
迫りくる刃を白兎が盾で弾く。
攻撃してきたはずの敵の姿はそのまま後方へ。
暗がりへと誘う油断ならない敵に、みゅうへ一言フォローを入れ征治はゆっくりと進み出た。
輝く羽が飛んで行くのを追い駆けて、僅か手前に踏み出し槍を突き込む。
「また一体だけかい?」
「その様…ですね。結果的に逐次投入になってるけど、油断してたら大変です。天使を倒せる腕利きでも、油断は命取りですから」
光の羽で牽制したグラルスは、周囲から増援があり次第に別の術式を飛ばす用意をしていた。
だが続投はなく、一戦目を焼き直すかのように征治が腹に突きこんで決着がつく。
裏口での戦闘後、トイレを全て確認した後で調度品コーナの棚影からの奇襲を迎撃出来た。
そう口で言うのは簡単だが、調子に乗って進撃していたら後ろからバッサリ。
不意打ちに気がつかず、誰かが大怪我になって居た可能性もあるだろう。
「この様子だと正面口も襲われて居るかな?」
「それだと戦力が一気に消費されません?封鎖している面々が更なる増援を見逃しているオチもありえますけどね。その可能性を除けば、無意味に戦力を減らさないでしょう」
「うーん。もしかして、狭い道を封鎖したつもりだったのです?」
グラルスの問いに征治は首を振って否定した。
仮に裏口も正面も二体ずつ倒したとすれば既に敵の戦力は半減だ。
そんな頭の悪い奴なら今頃は屋上を封鎖した班が、のこのこ逃げて来た敵を倒しているだろう。もしそうなら楽で良いが、生憎とそこまで楽観出来る性格をして無い。
2人の話を聞きながら、裏口を指差して白兎は1つの可能性を口に出す。
「シャッターから全員で入れましたけど、敵はそんな事を気にして無いのでは?もともと物質透過できる天魔なら、壁もシャッターも一緒ですもの」
「その可能性はありえるな。此処で時間を稼いで、正面組が突出した処を…。と言うところかな?」
白兎の推理は簡単だ。
何処にいるのか判らないと、想像の翼が広がって余計に怖い……。
それを利用して、お互いの移動時間を混乱させているのだ。
なるほどと言いながら、そう言う事ならグラルスは時間差を造り出し片方ずつ殲滅する気なのだろうと締めくくった。
「みたいですね。向こうはまるで妨害がなかったみたいですよ?同志討ちにならないように、気をつけましょうだって」
「あっ、新しいのが何か転送されてきましたの。…えっとこれは正面班の進行ルートですか?」
余裕が出来た処で、征治が確認するとメールの続きが来ていた。
やがて来る拡声器はダミーという辺りまでは見たのだが、返事を返す前に続報が来たようだ。
何か言いだす前に白兎が見たのは、待機している別班経由で修正された地図。
そこには概要で描かれた見取り図に、正面口から矢印で一定方向に追い込むように結ばれている。
「ではこちらも合わせて確認しよう。あちらがエスカレーターを登る時に、階段を使ってタイミングを合わせるかな?」
「そうですね。こちらは戦ってますし、裏口の封鎖を考えると移動するまでは迂闊に動きまわるべきではないでしょう」
「ふう…。こんなことなら、判りやすいところにバーンと仁王立ちしててくれたらよかったのに…」
もっとも悪魔が自信満々にそんな事してたら、それはそれで怖いですの……。
グラルスと征治は、そんな白兎の冗談に微笑みながら手元の時計を確認し始める。
さほど大きなビルではない、正面組が必要個所を巡るまで…そう長い時間が掛かるとは思えなかった。
●忍者に忍法を突き返せ
「1階に少数ながら援軍を用意させてもらった!ただし、その代わりに屋上が手薄になっている!館内の撃退士はこれに気をつけること!」
「ちゃんと伝わってます…よね?返事だって来てるんだし」
「聞いているかは別にして大丈夫だと思うよ。…ああ、そうだ。少し待ってくれるかい?」
拡声器で月彦が叫んだ後、ややタイミングを遅らせてエスカレーターを動かした。
一同が登りだそうとする前に、ジェラルドが少しだけ呼び止める
リュックから何やら取り出したのは…。
「鏡なんて何に使うの?」
「のんきに化粧するたあ思えないけど、何をおっぱじめようとしてんのさ?」
「仕上げは見てのお楽しみ…っと。まあ先行班の仇です。なんとか影法師の裏をかいてやりたいですよねぇ」
くつくつと喉で笑う男に、ユリアとアサニエルは首を傾げて尋ねる。
ジェラルドはそれには答えず、男装とはいえ女の子を痛めつける奴は許せませんよね?なーんて言いながら、鏡を段ボールで簡単に固定するとエスカレーターの上に載せてしまった。
簡単に造られた姿見は、ガタガタと揺れながらゆっくりとゆっくりと…。
バリーン!!
「うえっ、あんなのに引っかかったの!?」
「いやいや。おぼろげに自分を偽装するという話があったじゃ…。ないですか!だから効くと、思ったんですよねぇ!!ふふ、タネが判れば逆利用も…ねぇ♪」
「不不不…自分と同じように認識を撹乱したと思ったかな?僕らの身代わり…。御苦労さまっ」
周囲から切り刻まれて、姿見はあっけなく粉砕された。
タタタン、タタン…。
階下から自動で登るエスカレーターに動きを任せ、ユリアは驚愕しながら引き金を引いた。
彼女の援護射撃で道が開いたのを確認して、ジェラルドと月彦は一気に踊りでる!!
そこには両側…、いや物影に隠れて三方から迫りくる影。
肩で斬撃を受け止め、膝を蹴り止めて集中攻撃を防ぎつつ……。逆に二人は一体へ切りかかり、僅かな間に仕留めてしまった。
「そーら、纏めてつぶれちまいな。…強化してやったとはいえ、範囲に入るんじゃないよ!」
「判って…いる!!手応えが薄い…頭目は居ないのか?」
「待って、上だよ!屋上に向かう階段に隠れてる!波状攻撃に気を付けて!」
アサニエルが残りの敵に星の輝きを振り撒いた時、地上に降りた天の川は周囲を照らし出す。
ちかちかと明滅を繰り返す天井灯に紛れ、敵の数だけではなく回りの光景が確認出来た。
端から点灯する強い明かりは裏口班が点けたブースごとの照明か?
月彦が見回しても他に敵はおらず、一部の残骸の向こうに同じ様に周囲を確認する裏口班の姿があった…。
ユリアはそこまでの状況を把握する前…、意識の空白を埋めるように思わずトリガーを引き絞る。
上…から敵が!
「坂落とし…っ。やるっ!!」
「もしかしてさっきの戯言を聞いてたんかね?何事も試してみるもんだ…」
「こんな時に冗談は言わなくて良いと思いますが…、まあピンチの時にボケて見せるのも紳士の嗜みですか」
月彦やアサニエルを切り割いて、落下してきた影は四方に散った。
屋上へ向かう為に階段を登った後で、騙されたと知って逃走から包囲殲滅に切り替えたのだろう。
だがもう遅い!
ジェラルドが傷ついた一体を切り倒し、もう一体を裏口班が倒して最初の敵は倒してしまった。
あとは増えた敵を、全員で倒すのみである。
「こう言う時は待たせたな…。とでも言うべきなのですかね?ある種の予定通りですが」
「あはは。あたし達も、来てくれたんだね!?と言うべきなのかな」
「別に構わないと思うがね。不不不…僕らの勝ちだ…それで良いんじゃないかな?」
崩れ落ちる影を眺めながら、どこか他人事のように征治やユリアは呟いた。
タイミングを合わせて合流した一同の前に、月彦の言う通り後は倒しきるだけなのだから。
「何はともあれ、ここのまま封殺ですの、いないいないバア禁止!」
「いい位置だ、一気に行くよ、巻き込まれないようにね。蛇を喰らいし浄化の炎…孔雀の息吹よ、すべてを撃ち抜け!」
一気呵成に魔法、いや魔砲が吹き荒れる。
白兎の守護法陣が敵の秘術を縫い止め、グラルスの火焔が薙ぎ払う。
ここまで丹念に状況を造り上げたのだ、今更になって入れ替わりの小細工が通用するはずもない。
影法師が備える秘儀の太刀も、喰らうと判って居れば防御付与も治癒もできるのだ。
「しっかし面倒な確認作業じゃあったね。こういった手合いは今後は遠慮願いたいよ」
「やらなきゃ首が危ないんだし、それは言わないお約束じゃないかな。頭が無いとお饅頭も食べられない♪」
アサニエルに治療してもらいながら語るジェラルドの冗談に、笑顔の花が広がって行った。
帰りに何処か甘味処に寄って行こうと言いながら、戦いは終わったのである。
まずはさっきみた和菓子屋の移転先かな?