●そうだバカンス(遭難)だ
「遭難したんだ、そうなんだーってか。いやあ、ジョークみたいだが、本当になるとはねえ」
怒りの残る仲間を新田原 護(
ja0410)は宥め始めた。
連日戦い続ける中、これくらいのピンチはいつもの事だ。
今は怒りよりも優先すべき物がある。とクールに一同の気分を切り替える。
「上陸すれば無事に帰れるはずだ。とりあえずどうする?」
「船が壊れたのはしょうがない処で、それにしても手持ちの備品は色々足りない訳で…。こうなると救助が来るまで皆で協力よね」
「救助の当てがあるなら、焦る必要はありませんね。無理をしないで行動するとして、必要な物は持って降りましょう」
仕方無いしな。と促す護に頷いて、状況を整理しながらグレイシア・明守華=ピークス(
jb5092)は簡単に話をまとめる。
とんだバカンスだが、半日もすれば救助が来るはずだ。
話を受けた雫(
ja1894)はアレとコレを持って行き、後は加工すればいいだろうとメモに簡単な一覧表を書きあげて行く。
「まったく、整備ぐらいきちんとしなさいよね。IT系のハードはともかく、こういう機械は構造から何からよく分からないわね。道具にしちゃおうかしら?…どうせ救助が来るならそれまで休暇みたいなモノと割り切った方がいいわね」
「船のパーツは手間が大きくないか?まあ必要な時は仕方ないが…。そういえば使った物や壊した物も可能な限り補填してくれるな?」
「仕方無い。船を調達したのは俺だしな。そのくらいは出すよ。…せめて船のパーツを加工するのは最後にしてくれ」
その流れを受けて、月丘 結希(
jb1914)はどうせ加工するならとオンボロ船に目をつけ始める。
大きな棒を探し始めた彼女を護は止め依頼主を促した。
彼が消費した小物の補填を請け負った処で、一同は島へ進撃を開始する。
「よーし、上陸だー!」
「「おー!」」
依頼主を船の見張りに残し、一同は無人島へ上陸を果たす。
目指すは勿論、夏の浜辺である。
●コテージ(避難拠点)へ行こう
「炎天下で飲水が無いというのは色々危険だし、水の調達が優先でいいんじゃない?」
「いや。まず拠点又は避難場所を確保。その後に水、食料の順だな。天候変化ばかりは撃退士も対処できん」
ビーチに降り立った結希は鴉乃宮 歌音(
ja0427)の言葉に、そっかと思いを巡らせた。
こう暑くては水を消費し続けるだけだし、逆に大雨が来たらマズイ。
常人より遥かに優れた撃退士の体力と言えど、大自然には勝てないのだ。
つーか、オート消費で体力が擦り減るとか防御不能の地形攻撃とか、大自然さんマジ半端ない。
「カートで一気に巡って来るつもりだが、誰か乗るか?」
「いや重い物も運ばないし良いだろう。地図造るなら、手分けする方がいいしね。ついでに当初の依頼もコンプリートするとしよう」
「逃げ道がない所で出し抜いても仕方ないしねー。我侭で陥れて奪い合う物資自体が無いし、協力し合おうっか」
一足先にカートで上陸し、岩にロープを括りつけていた護の元へ一同は集合。
ディザイア・シーカー(
jb5989)は軽く手を振った後、別方面に移動して地図を完成させるつもりだと告げた。
無人島と言ってもそれは過去の話、誰も確認していない間にナニカが居る可能性もある。
状況確認を優先する意味でも、依頼である島の調査はやって損は無いわね。と明守華はOKサインの代わりにウインク♪
「特に水場は手分けして探すんだろ?念入りに調べとくよ。他に何かあれば言っといてくれ」
「そうね…圏内地点があったら最重要で!レジャーで上陸した人の記録を漁るから。あたしも水探しに行くし地域を分けて、記録は交換しましょ」
ディザイアが依頼に用に渡された白地図に方位磁石を載せると、結希も携帯を起動させてアンテナ数を指差した。
今は通信できないが、船での移動中はあちこちで反応があった。
島で繋がる場所を探せば、釣り客か何かの日記を参照できるだろう。
「水源には蛙や蛇を中心に、色々な生き物があつまるし悪く無いな。味付けにカレー粉でもあるといいんだが」
「…ん。飲み物。カレーとか。カレーパンとか。カレールーなら。あるよ?」
「…!?」
その話しを聞いた護と最上 憐(
jb1522)は、微妙に繋がらない話を呟く。
一人目の証言は、『火を使わない訓練で味をつける為にカレーのスパイス成分を使うのだ。その為に水源を探すか」と言う物。
二人目の証言は、『カレーなら常備している。これは飲み物で、たっぷりあるから食料を探そう』と言う物である。
どこかが繋がって居る用で、ちっとも繋がらない伝言ゲーム。
更に恐ろしいのはウンウンと頷く何人かが居ることで、残りの何人かは驚愕を隠せない。というか、蛙や蛇を食べたくない方が少数派なんだー。ソウナンダー。
「…まっ、待つのだ。如何に追い詰められた状況とは言え、蛙だの蛇だのを口にせねばならん状況だけは避けるのだよ……」
「職業上、長期任務の為に用意はしてる。だが予定している救援が予定通り来るとは限らないので、この食糧は大事な保険というわけだ」
「率先して食べたいとは思いませんが、無いなら仕方ありませんね。炎天下を考慮すると、拠点>水>食料になるのは止むをえません」
ギギギ…。
その時まで、アリシア・リースロット(
jb0878)は軋んだ音を立てて仲間達に首を向けた。
隣にたたずむ年下少女達に、念の為に念の為に念の為に…。
念の為に確認し直し、きっとあっちが例外なのだと思おうと努力した。
自分は我サマ道であるが、まだまだ常識の中に居るのだと…。
だが世の中は無常、歌音も雫も仕方ないよねと頷き合ったのである。
「最悪は仕方ないんじゃない?応援を待ちつつ状況を楽しむしかないわよ。カウントダウン形式のゲーム…体験学習だと思えば、面白いんじゃないかな?」
「まっ…。負けられない戦いが、ここに在るのだよ……!」
こうして最後の希望が打ち砕かれる。
明守華までもが食べたいかどうかを置いておいて、この状況を楽しむ一環として受け入れた。
ガラガラと崩れ落ちる常識を横目に、アリシアは固く釣り竿を握り締め、我が道逝く事を決心した瞬間である。
傲岸不遜、厚顔無恥がどうしたか!我が道を突き進む傍若無人娘が蛙など食べてなるものか!
…たぶん。
●フラッグ、フロッグ(負けられない戦い)
「……む。ムー」
そこは絶好の釣りスポットだと、ブログを見たら判っただろう。
だが少女は綺麗な瞳に涙を浮かべ、微動だにしなかった。
美しい顔を微妙に歪め…、決心と恐怖の間で心は行き来している。
先ほどまで絶対に大物を吊りあげると勢い込んで居たアリシアの表情では、無い。
「おっ、活きの良さそうな餌じゃねえか。大漁を期待してるぜ」
「……。(なん…だと…)」
ウネウネ…。
探索の途中で不思議な顔で覗き込むディザイアの言葉を、アリシアは驚愕の思いで聞いた。
こ、この気色の悪いナマモノを前に、活きが良いという言葉で済ませられるだと!?
よもやそんな勇気のある若者が居ようとは、信じられなかった。
「わっ、我の代わりにソレをつけ…。い、行くな。針に餌を…」
なんということだろう。
釣りと言う遊戯は、アリシアにとって初体験。
まさか餌に彼女が不倶戴天、絶対に触ってなる物かと思っているナマモノを使うとは思っても居なかった。
衝撃を乗り越えて声を掛けようとした時には、無情にも頼もしい背中が次の地点を探して立ち去った後である。
どうしよう、このまま何も手に入れられなければ蛙を食べる事になる。
それを避けようと魚を釣る為には、ウネウネに触らなければならないのだ!
擬似餌にルアーと言う物が(もちろん魚型)あるのに気が付くのはいつの日だろうか?
「コレって大丈夫かな?色々採ってきたんだけど」
「…ん。匂いも問題ないし、これは食べられる。こっちは少し。舌が。痺れたりするけど。特に。問題は。無い」
仮拠点に帰る道すがら木苺やらキノコの類を持って現れた明守華の質問に、空腹で動けなくなりそうだった憐は率先して毒見を担当した。
無造作に一つとってモッキュモッキュ。次なる一つをパークパク。
その話しを聞いた明守華は、木苺モドキだけを取り上げて口の中に放り込む。
多少酸っぱいが、炎天下で乾いた口には瑞々しさが何よりのゴチソウしさだ。
痺れる方は、蛙しか食べる物がない状況になったら考えるとしよう。
「あんた達、よく食料現地調達して食べるとかできるわね…。しかも生って…アリシアなんて魚の餌見て硬直してたのに」
「その辺は配慮してるわよ。こんな風に回復役として控えた上で、どうしても欲しい人が先に食べる…。まあ需要と供給ね(『協力』に行く?)」
「…ん。そんな感じ。(…ん。そういえば、無人島。つまり。魚介類。沢山。取り放題。やはり、後回しにすべきではなかった)」
水源探しを終えた後は携帯の再調整をしている結希が、涼んでる木陰から呆れたように言葉を投げた。
野生の動植物の中には何が棲んで居るか判らない。と彼女が思う一方…。
この状況を楽しんでいるらしい明守華と憐は、次なる協力者を求めてその場を後に…。
…いや違った。先に水着へ着替え始めた。
頭の中では、エサだけ付けて、釣りは他人に任せるサイクルが浮かんでいるに違いない。
「…ん。海。早く行こう。マグロとか。クジラとか。大王イカとか。居ないかな?」
「流石に居ないって…。アリシアのトコに救援行ってくるけど、あんたはどうすんの?」
「あたしはパース。さっきアンテナ立った場所が見つかったって聞いたから、そっちで釣り日記とか調べてみるよ。…協力しない分、取り分は譲っとく」
憐の活動エネルギーは急速にエンプティ。
アウルを活性化させれば野生を乗り越える力が高まる一方、彼女の燃費は非常に悪かった。
そんな油断ならない相棒から木苺モドキを水着に着替える間も守りつつ、明守華は人数多い方が効率いいと残る一人にも声を掛ける。
結希はその思惑には乗らず、光の反射で造られた仮設パネルの動きに注目。タオルで造った壁向こうで着替える2人へ、遠慮の声だけを送って立ちあがった。
指先を空中で走らせると位置情報に対応してキー操作、白地図の上で方位磁石が踊り始め…。
その動きに満足すると伸びをして、仮設では無い拠点へと向かい始めた。残りの時間を快適に過ごす為に。
●本当のバカンス
「みんな先に来てたんだ?調子の方はどう?」
「食料は問題ない。水は過去の釣り人が残した物をありがたく使わせてもらうとして、安全の保障には限りがあるという状態だ」
「そこで予備の水を造っています。効率は悪いので少しずつですが、使い切る前に飲み水のストックは確保できるでしょう」
割と歩いた先に、簡単な屋根を持った小屋があった。木板で造った粗末な小屋だが灼熱の太陽をしのげるのはありがたい。
結希がそこを訪れた時、護がカートから魚を荷降ろししているところだった。
水の問題は限定付きで解決と告げ、目線の先には小屋に置かれた未開封のペットボトルと…、大きな瓶入りの水。
雫は瓶は一応大丈夫と推測しつつ、念の為に海水を湧かしていると教えてくれた。
「あー。泥と砂の濾過水じゃなくて、水蒸気を使った方ね?なら安心かな」
「時間は掛かりますが、狩猟に時間を掛けない分助かってます。…学園に来た当初は、罠も併用しないと狩れなかった事を考えると私たちも成長しているんですね」
結希の言葉に雫は頷いて、水蒸気を吸わせたタオルを絞り容器に水を移す。
この方法なら怪しげな微生物が入る事は無い。時間は掛かるが、カートから降ろされる大量の魚や、既に捌かれている何かの肉が時間のロスを補ってくれていた。
学園に来た当初のサバイバル訓練では、みんな獲物を仕留めるにも苦労した物だ…。
今なら一撃で倒せる能力があり、その力に裏打ちされた経験で落ち着けるので格段の効率差があった。今思えば、当時の能力でやれと言われるのは、虐待かもと思える余裕がある。
「しっかし、それだけ魚を載せたら臭くて乗れそうにないわね」
「救援船にクレーンはないだろうし、接岸できるとは限らないからな。カートは捨てて行く予定だ」
「まあ自業自得か。そら、地図の残りだ」
身も蓋もない結希と護の会話を聞きつけて、カートで回れない場所を調べて来たディザイアがびっちり書きこまれた白地図を寄こした。
全員分の地図を清書すれば元々の依頼は完成だ。
水と食料に風雨をしのげる小屋もあり、改めて携帯で連絡済み…。
あとは救助船が来るまでの間つかの間のバカンスを楽しむだけ、海辺の少年少女達を呼んで御馳走パーティの始まりだ!
「よくこれだけ獲ったもんだ。刺身は塩でより…醤油か何かあればありがたいな」
「魚に気絶してもらっただけだ。釣り人の隠れスポットだけに、確かに醤油はあったが…」
「その辺は自己責任だな。魚も肉も醤油があれば美味くなるのは確かだ。命の糧に感謝しつつ舌鼓を打つとしよう」
大漁ぶりに感心するディザイアに、護は面白くもなさそうに指で銃の形を造った。
岩に銃弾なり魔法をぶつけたのだろう、衝撃で魚の一斉捕獲である。
その一方で、未開封ではなかった醤油に逡巡する彼に、歌音は笑って肩を竦めた。
何か入って居るかもしれないが、楽しい思い出の一ページ。保存性の強い醤油なら、勇気を出すのも悪くないだろう(特に蛙と比べて!)
「普通は動物の解体を出来る人は少ないと聞いていましたが、意外とそうでも無い見たいですね」
「菓子の方がもう少し得意だ。…言っておくが、不慮の事態を考えて暴食は止めておけ」
「…ん。うん。料理が。消えたのは。きっと。天魔の。仕業」
雫の目の前にある肉は、筋を取り除かれて柔らかく仕上げられ、焼いて消毒した平石を使って焼肉となる。
塩漬けにした物や醤油を軽く振った物を炙り始める歌音が、目ざとく憐のつまみ食いに釘を刺した。
何と言うことだろう、気がつけば肉の第一陣が半分ほど消えている!
「あたしの割り当てをまわすから、目くじら立てなさんな。せっかく終わったんだしねー。このままノンビリいきましょっ」
「おお、これが海さえ渡る猪の肉か。我の前に出れば、仕留めてやったものをな。…魚はさっき採ったやつか?」
「あはは。内臓は人に寄るし、こう言う時はとっちゃうんだって。だから虫は大丈夫!」
流石に食べすぎだと怒り始める何人かを結希は制し、参考にしたブログへ一言二言、打ちこみ始めた。
周囲の騒ぎもなんのその、おそるおそる内臓に虫が居ないか確認するアリシアに、明守華は笑って教えてあげる。
せっかく危機を乗り越え、蛙に頼らずともパーティ中である。
後は笑って迎えを待つとしよう。
そうすれば、とんだバカンスは、最後の最後で本当のバカンスとなるのだから…。