●悪を遮る壁と成る!
「っと、でっけーなー…」
「おう。でっけぇヤツじゃな…っと儂の相手はアレじゃなかったのぅ」
ズシーン、ズシーン…。
道路の向こうから迫る巨大な人影…、じゃなくて骸骨。
はるか遠方にも関わらず、手に取る様に判るディティールに水竹 緋牡丹(
jb3393)は苦笑した。
思わず同意した一文字 紅蓮(
jb6616)の足は、冷静になると同時に向かうべき先を求めて立ち止まる。
迎撃は任せて置こうと、紅蓮は相棒達に声を掛けた。
「わしらの庭で好きにさせまーやぁ!頼んだけえのう!」
「わっちは与えられた役目を確実に果たすだけでありんす」
「だけれども、任せられた任務は必ず成し遂げる…」
金属バットからドリルに持ち替えながら走る紅蓮の言葉に、その場に残る緋牡丹は心配不要とそっけなく片手であしらった。
だけれども思いは通じているのであろう、フォルトゥム(
jb6689)達も並び立って小走りに隊形を維持して行く。
「おー。みんな頑張ってるねー。ボク達もがんばんないといけないよね」
「そうですけど優先は忘れないでくださいね?一に足止め、二に支援要員群の把握です。倒すだけなら…」
「分散せずに俺たち全員がかかれば済む話だしねー。んじゃ、まったなー」
フェンスの上で足をプラプラ〜。
もはや、スカートの中が見えたとか見えないとか関係ない程の高所で、少女が足元の光景を見降ろした。
エマ・シェフィールド(
jb6754)の目に映る仲間達は大きく3つの動きを見せている。
彼女やMaha Kali Ma(
jb6317)と同じ撃退班たちが大型骸骨を防ぎ止め、その間に鵜飼 博(
jb6772)たち遊撃班が伏兵を叩き潰すのだ。
監視のつもりで同じく上から眺めていた博は、まるで鉄棒の様にフェンスから崩れ落ち、落下しながら手を振る彼にMaはやんちゃ坊主を叱りつけるような見守るような目で送る。
バサっと軽い音が聞こえた後、ダイバーは燕の様に軽やかに遊撃班の仲間を目指す。
「さて、私達も行きましょうか。もう直ぐこちらに侵入します」
「そだねー。囮班の人も無事に招き入れないといけないしね。いこっか」
腕を組んだまま歩き出すMaを追いかけるように、エマはパンプスで空中を踏みしめた。
背に光り輝く黄金の翼が、空の散策を彼女たちに許す。
向かうはガシャドクロ、20mを超す巨大な骸骨の元へ…。
「ひーはー、グランド骸骨グラウンド侵入!俺達フロントライン、校舎のフロント辺りへ後退するZE!」
「撤退を支援する…。援護は余力があればでいい」
「すまん!最低限の治療が終わったら援護射撃に加わらせてもらう!」
ダイナミックに転がりながら、二丁拳銃をブッぱなして校門をくぐる囮班の前衛。
最後に残った彼が後退すると同時に、桐山 晃毅(
jb6688)は油断なく前に進み出た。
踏み出すと同時に放った正拳から、暗黒の闘気が巨大な剣の様に放射される。黒き道を眺めながら、囮班たちは治療の為に一度下がっていく。
「痛いか?感情があるならついてこい。俺は逃げも隠れもせん……やろうか、骸骨野郎」
「くー、勇気あんなぁ。怖いけど…もし負けたら……その方が僕は嫌だ!だから僕もやり抜く!」
クィックィと人差し指を動かして挑発する晃毅に引き寄せられた訳でもあるまいが、巨体がそのまま侵攻してくる。
サイズさから来る碌でも無いプレッシャーに撃退士・宮本颯(
jb6855)は身をよじりながら、アウルの矢を放って牽制に参加した。
…そう、この戦いは倒す事は重要ではないのだ。
護衛班が無事に子供達の元へ辿り付き、遊撃班が雑魚を蹴散らすまでの時間稼ぎ…。
その為に、彼らは命を掛け悪を遮る壁と成る!
●プールサイド・ランナーズ
「駄目だよ、全然とまんない!」
「子供達が避難するまで喰い止めなきゃ……って言うか、夏休みの大事なイベント、プールできゃっきゃうふふを邪魔するとか何様だ!」
ヒリュウが放った全力の吐息を受けて、巨大な骸骨は少しだけ揺らぐ。
だがその足並みには怯みもせず、進撃は延々と続いている。
振り下ろされる巨大な腕を避けて、五十嵐晶(
jb6612)は仲間達に報告。
入れ替わり気味に足に向けて降り抜いた佐倉 蓮(
ja0700)の一撃が、僅かにヒビを入れるが…。
「ふみー。ある程度累積すると回復されちゃうのかー。こりゃあ本格的に隠れてるのを燻り出さないと駄目だね」
「だけど効いてるよ。他の傷に比べて判断するのが早い…。やっぱりバランス悪いのかな?」
「効いているならそれでいい。隠れている奴ごとなぎ倒すまでだ…」
飛び回って雷鳴の剣を振うエマの目には、みるみる傷を塞ぐ足がある。
他の何人かと共に放った蓮は手ごたえを感じて、崩しきるにはどの程度必要かと思いを巡らせ始めた。
何しろ彼女の胸回りくらいある太さがある、狙うのは簡単だが、折るほどのダメージを累積させるだけでも大変だ。
その逡巡の間にも、晃毅は迷わず攻撃を叩き込んで行く。
「…どうしますか?このままじゃジリ貧だ…、あ、いや。戦うのが嫌になったんじゃないですけど…」
「やる事は変わらないわ、御掃除が終わるまで足止め。…でも、努力くらいはしても良いんじゃないかしら?」
「…消火器?そんな物、何に使うの……っ!?」
手を握ったり開いたりを繰り返して撃ち続ける楓に、Maは穏やかな笑みを浮かべて上空から降り立った。
晶の目に彼女が奇妙な物を手にしているのに気が付き、首を傾げている内に疑問が氷解する。
…もぞり、と骸骨の周囲で動く何かを見つけた!
「…やっぱり、大型のパーツに擬態している別枠が居るわ。ガシャドクロとは良く言った物ね。…回復役かしら?あっちの方が脆そうだし、先に始末するとしましょう」
「おっけおっけおけ!ボク達に任せてよね!」
「そう言うことなら!」
ジョア!!
振り下ろされる消火器は煙で造った大太刀として骸骨の周囲を染め上げた。
Maの振った白剣を受けて、大型骸骨とは明らかに別の動きをする骨や割と大きな破片がある。
そのままでは気がつかなかったかもしれないが、白く染まった校庭に道筋を残せば一目瞭然である。
パッと笑顔に切り替わった晶は相棒のヒリュウに指示すると光の息吹きで骨の1つを薙ぎ払い、楓たち他のメンバーも続いて1つ1つに攻撃を集中して行った。
互いに回復し合うとしても特化型、耐久力が無い事は擬態で誤魔化していることからも簡単に推測出来る。
これならば避難が終わるころには、取り巻きを潰す事が出来るであろうか…?
「てめえら一歩も退くんじゃねえぞ!退いたら蹴つったるけえのう!」
「誰に物を言ってやがる!てめえこそ続けー!」
どらどらどら!!
遊撃班の紅蓮と護衛班の一川 夏海(
jb6806)は、仲良く喧嘩しながら踊り出た。
目指すプールの更衣室から拠点にする予定の体育館までは共同作業、互いに孤立しない様に、それでいて仲間よりは自分達に敵の目を引きつけようと猛ダッシュ。
あと42.195kmほど走れば二人の間に友情が芽生えたかもしれないが、それよりも先に目的地が出現!
入り口の脇に展開して、背中合わせに奥へ声を掛ける。
彼らは紳士なので覗く気が無いらしい。千歳一隅のチャンスになんと勿体無い。と誰かが言ったとか言わなかったとか…。
「大丈夫か?俺達が安全なトコまで護衛する、先生の言う事をよーく聞いて置くんだぜ?」
「救援ですか!?先生、先生、わたしたち、助かりました!早く早く!」
「改造人間に成りたくないなら静かにする事だね……。それともきみも格好だけ大人の口かい?」
夏海が声を掛けると、保護者らしきマダムが飛び出て来る。
血走った目で奥へ手招きする姿へ、井上 光智(
jb5194)が絶対零度の視線と言葉を贈った。
きみなんて本当はどうでもいいんだよ?なんて言いそうな柔らかい笑顔を向け、奥で震えたまま黙って居る子供たちに目線を動かした。
「…御母さん達と手を繋いで、ゆっくり付いて行くんですよ。…本当に大丈夫なんですか?」
「そのくらい疑いを持っている方が正常だね。ひとまず体育館に移って様子を見るからパニックだけは起こさない様に」
「正義のかいぞー人間になって、しぇんしぇい達をおれが守るんだ!」
そうか、思ったよりは見所があるな。
光智は比較的冷静さを残したポッチャリ型の教師と、なけなしの勇気を振うガキ大将に簡単な指示を下した。
目指すは体育館、その後は状況を見て進路を変えるのだ。
「ここからは私達が前衛を務めますっ。君らは一般人を連れて少し後から!」
「了解!後衛と殿軍は任せてください」
ここから動きは二分する。
リボルバーを構えて走り出す如月・R・久遠(
jb6155)たち遊撃班が前に出て、傘状の防衛網を築いて道を切り開く。
対してヒロッタ・カーストン(
jb6175)たちはその後方から確実に体育館を目指してにじり寄り始めた。
「あっ、こうじ君が!」
「…誰も置いていったりはしませんよ。さあ、行けますね?(こう言う依頼に参加すれば逢えるかと思ったけど……)」
「うん。がんばってはしる〜!」
そのうち、焦って走ろうとした子供がすっころぶ。
ヒロッタは山田と名札を付けたその子を助け起こし、顔だけは笑顔のまま後方を再確認した。
彼にだって個人的事情で助けねばならない人が居る。ったく何処に居るんだよあの子は?!なんて思いながら、緊迫した心を少しずつ解そうと心掛ける。
こんな所で死ぬわけにも行かない。一般人を守るためにも、冷静にならなければ…。
●梅と鶯
「こちらは大人げない大人も含めて目標を確保。周辺を警戒中だけど、そちらが発令次第に行動を開始する」
「もう少し待ってくれ。…散発的な阻害に合っている。…校舎を拠点にしなくて正解だったな」
携帯した光信機が情報を送って来る…。
光智の皮肉ぶりに苦笑しながら、花厳 旺一郎(
jb1019)は言葉を少し改めた。
状況が想定の悪い方を地道に進行中だからだ。
「クリア!放送室確保しました。これから原隊に復帰しま…っ」
「お疲れ様。でも気をつけて、同じように周回している敵が居るかもしれないからな。おっつけ通信を入れるが、他のメンバーにも伝えてくれ」
「…こんな風にねっ!誰のものに手を出そうとしてるの?さっさと死んでちょうだい…」
小鬼にトドメを刺した後で、果敢に放送室の扉に侵入し周囲を確認。
どっかで見たような敬礼をした狩霧 遥(
jb6848)が護衛班に戻ろうと走り始めた処を、旺一郎は少しだけ呼び止めた。
敵は子供を連れた教師が強靭な校舎に立て籠る事を想定している。
ならば人間を求めて次々に現れるだろうと、警戒を呼び掛けたのだ。
そうこうするうちに別の小鬼が現れ、花厳 雨(
jb1018)は機嫌悪そうに撃ち抜く。
アウルの弾が直撃し、大きく偏むいた処へ光のブレスがトドメを刺す。
「雨、油断するな。こいつらは弱いが生命力だけは一人前だ。熟練撃退士でも一撃では無理らしいからな」
「…判ってるわよ。テスト。…聞こえる?聞こえないなら危険度が上がるだけだけど」
ムカっとした表情はなんだか可愛らしい。
そう思いながらも旺一郎は忠告を忘れなかった。目の届く時はその身で守れるが、そうでない時は教訓で守るしかない。
ならば例題つきで教える事ができる今を、逃す訳にはいかなかった。
そんな従兄にちょっとだけスネて見せながら、雨は通信回線をオンにする。
「今の配置図がこれで、確認出来ている敵の動きがこれだ…」
「判った。無駄に話しても混乱させるし、全館放送と光信機で情報レベルの使い分けを…。何見てるの?」
「い、いえ。失礼しました!お気をつけて〜」
ヒリュウから送られた映像を脳裏に描き、指先はペンを走らせる…。
画用紙に書いた情報を読みあげさせる従兄妹たちの様子に、遥は厨二脳をフル回転させた。
口では漏れない様にしているが…。『1:リア充爆発しろ、こんな所で死ねるか』『2:ぷれいだ…高度なプレイ、御馳走様です!』などと妄想が駆けまわる。
思わず壁にぶつかって考えている事を口走らせないように、必死で走り始めた。
「…予定が狂った小鬼たちが徐々に出現し始めているそうよ。意味は判る?」
「なるほど、了解です!!こちらは大丈夫ですので、そちらも気をつけて。…やっぱり来るって」
「…そ、それもそうよね。敵を倒すだけじゃなく子供達の救出も最後まで…気を引き締めないと駄目…」
此処に来て光信機が活性化し始めた。
雨の声が全館放送で聞こえた後で、遊撃班で連絡役を務める西行 龍希(
jb6720)の元へ詳細な伝達が送られてくる。
ハンドサインも交えて伝達を申し送りする彼女に、夏野 夢希 (
jb6694)達が情報を受け取って気を引き締め直す。
掛けられた声にビクっと身を縮ませながら、夢希はキョロキョロと首を振って彼女なりのペースで敵を探し出そうとする。
「敵発見だぜー!!裏からやって来やがる」
「博ちゃん!?敵、来てるの?」
「ハーイ!一歩も近づかせないよ!」
「抜かせはしないよ。この槍の刃より後ろにはね」
その時、上空から声が掛けられた。
空から雷鳴の剣を掲げて飛び去るのは知った顔だ。せっかく出会えた博を追い駆けて、夢希も稲妻を指先に降ろした。
二人の電光剣が一体の小鬼を仕留めている間に、後続の一体へ龍希とセツリ・テスタヴェルデ(
jb6467)が対応する。
たちまち倒された小鬼は弱い。一体一体は弱いが、だからこそ…これで全てとは思えない。
「う、裏門へ何人かで行ってみるのはどうかな?勿論…体育館まで辿り着いてからだけど」
「んー?おっけー。裏門行く人ぼしゅー!夢希の提案通り、一体一体見つけていこうぜ!」
「そうだな…。籠城後にが異臭を探索。任務遂行の障害ならば排除する」
それでいいな?
博はフォルトゥムの修正案に頷いて、そのまま体育館に繋がる幾つかの通路を確認に入った。
開かれた大扉から護衛班が突入するのが見える。
あとは彼らに任せて、学校中を回るのが建設的だろう。
●転がり落ちる戦況。それはどちらの事か?
「また来やがった。俺の前でガキを連れていこうたぁ、いい度胸しているのう?うぉらぁ!!燦雷頭(サンライズ)ぅー!!」
「随分と励むじゃねェか、クソディアボロどもが…」
体育館を目指しているのか、それとも人を探してウロウロした結果か?
遊撃隊に二・三体が組んだ小鬼がまばらに発見されては、即座に叩き潰す。
だが油断できないのはそいつらではない。黒龍 雷蔵(
jb6645)が迎え討つのは、素早い一体だけで構成された隠密もどきであった。
彼が前衛として頭突きを喰らわせ、夏海たちが後ろから銃弾を撃ち込むことで一気に仕留めて行った。
「…あちこちに潜ませていたたぁー勤勉なこった。今度はそっちや!さぁて、おどれら三途の川ぁ渡る覚悟はできてんのやろうな!?」
「了解…小鬼なら俺でもいける…か?」
ズグン!
雷蔵の握り締めた鉄棍は白い線を描いて小鬼の頭に吸い込まれる。
そいつが自分の方へのがれて来た時、六道ハル(
jb6364)は氷の糸を出現させた。
敵へと向かう内にそれは太く大きく、それぞれの節が結晶化し碌な防備を持たない小鬼を打ち砕く。
やれた、という思いと…どこか他人事のように見つめていた自分へ、熱が戻ってくるのが感じられた。
「ぁぁ…。あついよな、なんでこんな事を忘れてたんだろう…。こんなくそ暑い所で待っててもらってごめん。中心にこれを置いといて」
「わぁ。おっきな氷〜!」
「見せて見せてー!」
そう思って氷の固まりを造り出したハルの元へ、ワーキャー言いながら子供達が集まり始める。
返って暑くさせたかな?とか思いつつ、もう1つ2つ造ってやることにした。
「これでちょっとは涼しくなるかな…。暑いと色んな事が考えられなくなるね」
「そう言うことならコレも置いといて…。これから忙しくなるかもしれない、集中力を切らさない様にね」
ハルに手を貸そうと、ヒロッタも氷を配置し始める。
子供たちや大人の隣、もちろん仲間達の元にも…。
遠目には苦戦する撃退班が、ジリジリと後退して治療を終えた囮班と合流するのが見えた。
傍目には戦力が倍増したように見えるのだが…。
「事態はそう甘く無いってね。詳しくは彼女に聞いてもらうとして、此処は私達だけで守る必要がありそうだ」
「ハイっ。撃退班も囮班も技を使いきってます。相手の取り巻きを落としたそうですので、…今は消耗戦ですね」
「なら仕方ない…。小鬼なら俺でもいけたからな…。ここでやらないと…」
光智の言葉で、ただいまーと合流を果たした遥が応えた。
継戦の合間に全力で回復役を落としたそうだ。
あとは倒すだけだが、弾薬はともかく切り札までは補充できないのが辛い所であった。
「…そっか遊撃班にも合流してもらうんだね?」
「最悪そうなるだろうな。そんときゃあ俺らだけで此処を守り切っても良いが…、予定通り護衛して外へ抜けて行くことになるかな。踏ん張れよ…」
「そしたら蜻蛉帰りで俺らも三班合流やな。…なら行動は早い方がええんとちゃうんか?」
ヒロッタの疑問に夏海が応えて戦場をもう一度眺めた。
集中砲火で片足を折っていたが、それで沈黙するヤワな相手では無い。
巨大な腕を振りまわし空を切るレベルの精度だが…、二度三度と繰り返すうちに直撃する者が現れる。
雷蔵はその光景を見て、自分はとうに覚悟を決めるいるからと白い歯を見せた。
「ちょい待ち…。せめて公民館側が無事だと判るまではな。命を掛けるのは俺らだけでいい、嘘でもいいから安心できるまで子供らは動かすべきじゃねえだろ?」
「くー、もう一回、放送室まで行って確認してきましょうか?」
「今問い合わせてるけどね…。急いては事を仕損じる。ゆっくり休んでおくと良いよ。どうせ走り出したら止まる事も出来ない」
夏海と遥の会話に、光智は光信機を指して弾薬を確認し始めた。
敵も味方も限度がある。
勝利の天秤が転がるのはどちらか?それは至るまでに何を積み上げるかで決まって居るのだ。
つまらない方程式であるが、今は時間が経過するのを待つほかは無かった。
●先に尽きるのは、敵か味方か
「全く…。こんな大きな目標狙い撃ちにしてくれと言っているようなもんでありんすねぇ」
「どーかん!かったいけど、こんだけ狙い易かったら同じだって!」
二本目!!
緋牡丹の投げる大扇子は、炎の色を纏って空を舞う。
真夏の胡蝶に続くは龍の乱喰歯。
蓮の降り抜いたノコギリのような古刀は、確かな手応えをもって二つ目の足を砕いた。
「ほらほらどこを見てありんすの?そっちじゃなくてこっち…タフでしつこいのはどうかと…」
「ごっめーん。後方から様子を見て攻撃に参加するね…あ痛たたた」
オカマじゃないよ宝塚花魁だよ(ぇ)。
緋牡丹は笑って後退する仲間の代わりに前へ出る。
傷を負って後ろに下がったエマはふらりと高空へ退避し、後方に回り込もうと宝玉のカケラを握りしめて様子を窺った。
長丁場の戦闘で直撃を喰らってしまったが、威力に比べて命中精度はそれほどでも無い。
こちらに気がつかないか、手の届かない後方まで回り込めれば彼女とてまだ攻撃に参加出来る。もう一撃喰らうと危ないでは済まないので自重せざるを得ないのが悔しいではないか…。
「…強く無いけど簡単には倒しきれないってのが厄介ですね。このまま続けば校舎まで押し込まれてしまいます」
「運悪く連続で受けたら危険水域…その手前で下がらないと死んじゃうものね…。無理はしたら駄目よ?」
「ウン。でも悔しいなぁ、せっかくここまで追い込んだのに…」
楓の言葉に頷いて、一度は慣れていたMaは再び切りかかった。
もっとも相性の良い一人である彼女は攻撃力を維持し、背後を狙い更に一撃離脱を繰り変えして注意から振り切る事により、ほぼ無傷で戦闘を継続していた。
だが全盛期の体力と攻撃性を残しているのは彼女だけであり、足を折る事で長い射程が随分すり減った事に気がついた晶は歯噛みをする。
回避や防御に優れたメンバーが足止めすれば、後方から射撃するだけで倒せる所まで来ていると言うのに…。
いや、戦列を築いて傷を追った仲間を内側に入れれば、傷ついた自分だって遠慮せずに闘う事が出来るのに…。そう思って悔しさをあらわにした。
「押し切れるのに押しきれない…。あと10、いや5人いればこんな奴はラクショーだってのにさ…」
「その悔しさは取っておけ。出来るのは今だけだし…」
「お、…お待たせしました」
晶の隣で待機する晃毅が、悠然と構えてチャンスを待ち続ける。
回復役にも大型骸骨にも手痛い一撃を与えた彼が、攻撃に参加したくないハズは無い。
だが重傷手前に追い込まれてからは、衝動を抑えて時を待ち続けていた。
勿論、待ち続けていたのは…。
「…来たか。これから先は遠慮不要。一気に畳みかけるぞ」
「遊撃班も攻勢に参加します…。(なんだけど…多人数での行動は緊張して苦手なんだよね…)
「騎兵隊の到着〜いっくぜー!」
進み出て無造作に殴りつける晃毅の隣に、夢希と博が並んで戦列を築く。
みれば次々と仲間がやって来て、グルリと取り囲んで大攻勢を造り上げていた。
「ぬぉおおおッ!!…怪我しとるが戦いたいんか?なら、わしらを盾にしとけ、遠慮はいらんけえのう」
「護衛班が送りだし次第、彼らや花厳たちも合流するそうです。校内の敵は全て蹴散らしました!一般人だけじゃない、傷ついた中にもこれ以上の怪我の一つも負わせない、しっかり守るから安心してね!?」
「ウン、ウン…。そうこなくっちゃね!でてこーい、もっかい出番だぞ!」
そこには紅蓮が居た、龍希が居た…。
遊撃隊のメンバーは、足止めの為に傷ついた撃退班の脇に並び立ち、共に行こうと次々に攻撃に参加した。
吸い込まれて行くドリルに銃弾、あるいは鉄拳の波に囲まれて…。
晶は二度目の召喚!
相棒と共に戦列へと駆け戻って行った。
●そして、私達はあの戦場へと戻る
「余力は?」
「関係ない…。任務遂行の障害ならば排除する、それだけだ」
尋ねる仲間の指摘にフォルトゥムは意味を見出さなかった。
技は尽きても、弾薬も意思も、体力でさえも残っている。
ならばそれで十分だ。
我が手の中の番犬に咆哮をあげさせて、目立つ位置を受け持つと足を止めて射撃を繰り返した。
長射程ならば直ぐに攻撃されることはないが、一歩二歩と四つん這いで刷り寄る姿は、巨体ゆえに恐ろしい。
だけれども…。
「この戦いは終わりだ。後は怪我をするかしないか程度の差でしかない。…それが俺か仲間かの差だとしてもな」
「そう言う事…。抜かせないって!沈め……ッ!」
人型ゆえに判り易い歪な姿…。
その恐怖に微動だにすることもなく、冷徹にフォルトゥムは残弾を消費して行く。
軽快とは程遠いビートを奏でる銃口に正面を任せ、セツリは残った集中力をアウルと共に得物に注いで行く…。
凍れる大蛇が再び目を醒ます…。
しなる鞭は唸りを上げる事もなく、アウルで出来たその身で骸骨を縛り上げる。
凍結効果の無いの一撃で止まるはずもない、だけれどもそれで十分なのだ。
「こっちこっち…。狙うならこっちを狙わなくちゃ嘘でしょ」
「私も居ますよ!ほら…、こっちが本命です」
手近かな所に敵が居ると、ダイナミックでスイングを掛けた巨腕の一撃。
セツリの誘導に合わせて久遠も氷の鞭を浴びせ、傷ついた仲間達から誘導して行く。
今の一撃で増援組の中で運悪い者が巻きもまれたが、まだまだこれからっ。
猛攻を掛けたという事実が、後少しで落ちると言う事実が、危険な仲間もいると言う事実が…アドレナリンよりも確実に足を進ませる!
戦いに高揚はしない、酔いもしない。
だけれどもそこに仲間が居るのなら…。
「私達は何度だってこの戦場に戻ってくる…」
「おおっと…わっち達も忘れないでくりゃれ」
「それは…こっちの言うセリフですよ。護衛班より両班へ、これより援護…いえ前線に出撃します!」
セツリ達の奮戦に、まだまだ軽傷の緋牡丹たちが攻撃を再開した。
囮班を始め危険水域に達した者は順次下がって行ったが、此処に来て戦況がひっくり返るはずもない。
遥たち護衛班が戻って来た事で、戦力の絶対比率は天井知らずに上昇。戦場は加速度的に終局へと向かった。
「三班の集中攻撃か…。これはもはや戦いでは無いな」
「いいんじゃない?体力だけは大悪魔級の相手に6人で頑張ったんだもね。最後くらい楽をしても…」
「そういう君達はまた出撃するの?」
言わずもがな。
晃毅や、とうとう攻撃に巻き込まれたMaも含めて余力を残したメンバーは総出撃。
天から地から猛攻を掛けて、ハルが気がついた時には巨大な骸骨は動かなくなっていた…。
●御盆に後夜祭はないけれど…
「…やれやれ、部外者は立ち入りを遠慮願いたいものだな。大丈夫か?」
「子供達もせっかくのプールだったのに残念だよねえ…。私達は良い汗かいたですむけどさっ」
「汗をかいた…ね。もうじき治療班が到着するから診てもらえば?打撲ですんじゃないでしょ」
旺一郎は周囲の警戒を再開しながら、壁に背を預けて息をつく蓮たちに声を掛ける。
数回に一度のヒット率でもこれだけ長時間の戦闘だ。加えて威力だけは高い相手とあって治療は必要だろうと雨は促した。
「…。…おわったー。終わったんですよね…っ。っ」
「そうだと思う。……我ながら細い神経だよ。まったく…」
へたり込んだ夢希は思わず似たような隣人に声を掛けてしまった。
本当は話す気は無かったと言うのに…。我ながらの迂闊さに情けなくなってしまう。
何かを掴んでブルブル震えだした彼女の心理に自分を重ねたのか、セツリは日課の日記の為に懐のペンを握る気にもなれず、かといって日記の内容をまとめる気にもなれない状況にため息をついた。
痛みよりも途切れた緊張が酷い。
血走るほどに見つめた目から頭から、一気に血が冷めてへたり込んでしまったのだ。
「終わっちまえばあっけなかったのう。戦いよりそれ以外がやれんわ」
「まっ、んなもんじゃろう。作戦勝ちだったけえ。ガハハハ」
雷蔵と紅蓮が傷ついた仲間に肩を貸しながら状況の確認をし始める。
もしかしたらまだ来るかもしれないと、最低限の戦力をかき集める為だ。
来るか来ないかは別にして、警戒しておく事に損は無い。
「俺達が敵を呼び寄せる可能性もある。全員の状況を確認後、速やかに撤退しよう」
「そうですね。…あれ?夏海さんは?」
「へっ?ああ、美人の先生に祝福のキスをしてもらうのを忘れたとか言って走ってった。あんな激戦の後に元気だよね」
念の為にと撤収を促すフォルトゥムの言葉に、久遠は目立つ男が居ない事に気がついた。
そんな彼に肩を竦めて龍希は微笑みながら解説を加える。
今日に行う最後の伝達がこんな事とは、御釈迦さまも思うまい。
「祝福のキスって…。こんなんで任務を締めて良いんですかね?」
「構わないさ。ラブアンドピース!!って…誰も聞いてないか」
戦いの中で決して焦らなかった晶の顔が苦笑を浮かべた。
そんな少年に対して、楓は頷いて引き裂いた骸骨から得物を引き抜きながら、帰り路に向かう仲間達を追い駆け始めた。
「次の敵はどこだー!」
「それよりもさっきの先生はどこだー!ちょっとポッチャリだったが俺の目に狂いはねえぜ!」
「アハハ…。まだやってるの?そんなに欲しいならチビちゃんたちにしてもらえば良かったのに…」
まもなく日が沈もうと言うのに、何人か走る姿がある。
敵を求めて飛びまわる博の下で、夏海が愛を求めて猛ダッシュ。
そんな姿を眺め、ちゃっかり泳がせてもらっていたエマたち有志女性陣は、くすくす笑いながら今日の功労者に笑顔を贈ったそうである。
みなさま、お疲れ様!