●ゲットレディ!
「ターボ搭載の車両を追いかけ回すサーヴァント…か」
フィンと奏でる独特のリズム。
重低音の代わりに奏でるサウンドは、CDに放り込んだゴキゲンなユーロビート。
北条 秀一(
ja4438)は、小刻みに揺れるハンドルにもたれ掛かって呟いた。
「何を目的に製造されたのかは解らないが、とにかく民間人の救出は急務だよな」
「ああ。何で出てきたのか、どうしてわざわざ車を追いかけるのか良く判からないが、放っておけば被害が出るのは確実。…今のうちに食い止めておきませんと」
携帯に映る地図を眺めながら、天宮 佳槻(
jb1989)が同意し、目上への言葉に変更。
理由は判らない、だが用途はこれから判るだろう。
死体が残らないにしても、行動と言う結果は計測されるのだから。
「まあこれからの成果次第ですよね?固定終わったから、出していいですよ」
「奇襲班も配置についたようです。サーキットに切り込みましょう」
んしょっとロープで自分を固定した氷月 はくあ(
ja0811)が上から、セダンというにはやや狭い後部座席から鷹司 律(
jb0791)が状況を報告する。
研ぎ澄まされた彼ら自身が観測機、いや、生ける魔眼であった!
「結構揺れてるけど、大じょび?デスカ?」
「…運転の経験はないが、まぁ、どうにかなるだろう。こいつのオムスビ型エンジンを信じろ」
ゲームまんまの性能だから…。
はくあが心配というか騒ぎそうだったので、秀一は言葉の半分を飲み込んだ。
撃退士は運転の初歩訓練はしてるし、法律でも問われない。実地で覚えても大丈夫だ。
狭い日本では絶対に活かしきれないオーバースペックに、心の中でのみ口元は釣り上がる。
●壬生路サーキット
「動き出した見たいです。今の処は順調……、もう少ししたら見えて来ると思いますよ」
「良いだろう。この壬生路を大猿の墓場に変えてやる、田楽舞にはまだ早い時期だがな」
のどかな田園も、この時期には閑散としている。
携帯越しにシンセサイザーの音を聞きながら、秋代京(
jb2289)は仲間達に作戦の開始を伝える。
農道に設置されたトラクター倉庫に潜むサガ=リーヴァレスト(
jb0805)達は、待ちかねたとばかりに得物を締めた。
その様子に笑顔で京は景気付けに、紅茶を注ぎながら全員に配って行く。
「追われてる周平さんを早く助けないと。僕らと違って戦いなんて知らないハズですから」
「もちっ!でも仕掛けられる時間が短いから、逃さないように気を付けたいね。撃てるのは一手か、それとも二手くらいかな?」
「私もバイクがあれば追いつき、幅寄せて止められるのですが、無い物ねだりはよくありませんね。現状で最善を尽くしましょう」
ハーブティだろうか?冷えた体にその温かさが心地良い。
高峰 彩香(
ja5000)と神埼 煉(
ja8082)は視線を緩め感謝を伝えながら、紙コップを袋の中に放り込む。
「言ってる間に周平と大猿の方が見えたぞ。…あの距離でコレか」
「なるほど…、速度重視型のサーバントに偽りなしですか。まあ予定通り行きましょう。まずは私の札を使いますね」
用意した札を手にするサガの視線の先に、結構な距離だと言うのに目に見えて動く2つの姿。
その手を止めて、煉は自分の札を取り出した。
この作戦には阻霊符が『二枚必要』だが、同時に使う必要は無い。無駄にする事は無いと一足先に発動させた。
あの移動速度なら、準備している間にやって来るだろう。
「北条さん達が来ました!…って、はくあ君。随分と楽しそうだなぁ」
「……。……。にゃははは!……。……。」
それはまさしく現代に蘇ったチャリオット。
移動式ガンポートと呼ぶに相応しい代物が、不良達が壬生路サーキットと呼ぶ田園地帯に侵入してきた。
M社のスポーツ車に、小さな少女が自身の体を括りつけ即席の銃架になっていた。
まあ撃退士の地力とか、色々あってこそだけどね。
「止めなくて良いのか?アレ」
「え?あたしもやって見たいな〜って思ったんだけど、駄目?」
チビッコの二倍の体重だから、駄目じゃないかなー。
とは誰も彩香に突っ込む事は無かった。例え本人が気にしてなくても、女の子に言ってはいけない事もある。
「ねえねえ、秋代さんもやってみない?行けそうだよね!」
「あはは、うん。僕は遠慮しておきます」
シクシク、パリポリ。
あっけらかんと誘う彼女に、京はせんべいを齧る事で沈黙するのであった。
●ファーストストライク!
「はっけ〜ん!」
「捉えた。このままラインを確保する」
はくあと秀一が同時に把握した。
後先の燃料など考えないベタ踏みで、一気に距離を詰める。
「何か特徴的な物はありますか?」
「んっと足回りは当然だけど、頭もおっきーねー。絶対飾りじゃないよね、アレ」
べちゃっと伏せて風を受けない様に、出来るだけ低い体背で過ごしつつ形状を律に報告。
鳥さえ凌駕する瞳が、僅かな変化を見逃さなかった。
もっとも見逃さなくてもいずれ判ったろう、はくあは頭の芯を冷やしながら、こちらの視線に気がついたらしい大猿を油断なく見比べ始めた。
「真後ろじゃないと死角から狙うのキツイね。となると真っ向勝負で高速で動く敵、強風に慣性、死角を取るなら射線の先に救助対象か…厳しいなぁ」
「あなたでもそう言う事は、あの速度で全力疾走では無いのですか?なんとも厄介な」
「もしくは単純に全力疾走中の弊害が少ないんですかね?とりあえず奇襲組にも伝えておきます」
そうしてください…。
律は佳槻の言葉に頷きつつ、相手の動きを目に焼き付ける。
徐々に近づく間に挙動範囲を想定し、その枠全てを収める事で逃さないためだ。
「秋代さん、僕です天宮です。敵は強行偵察型みたいなので、注意してください。挑発を兼ねて、まずは追撃戦の準備から始めます」
「げげ。厄介そうだなぁ、了解。こっちも攻撃を被せて行くよ…、みんな任せろってさ」
携帯を切るピっという小さな音が、幾つかの声に紛れて消える。
仕掛ける為に、タイミングでも測っているのだろう。
「こちらも間が無い、仕掛けるぞ」
「お〜らい! この、この!」
パスパスと音を立てて虚空へ吸い込まれる銃弾。
接触距離のギリギリで銃口を向けるのは、はくあただ一人。
囮も兼ねてマーカーを連射する彼女の腕を持ってしても、大猿は嘲笑うかの様に左右に振るだけでかわしてしまう。
きっとこのサーバントは、移動力と回避力だけならば天使をも越えるのだろう。
「さっすが〜。でも、全て読み切って見せる…」
「おおよその補正はすませました。飽和攻撃を掛けますよっ」
「ここで私達が――撃つ」
ドガガガ!!!!
パキュィン!
バスッバス。と次々に撃ちこまれる多様な銃弾と魔法に紛れ、二度目のマーカーがヒット!
はくあの銃弾へ、合わせた律たちの魔法や煉の弾雨が濁ったオーケストラを響かせる。
「もういない…。ねえ、ちょっとアレ見た?あたし達の魔法とか、ぜーんぶ避けたんだけど」
「そうか?飛び抜けたからそう見えた気もするがな、確認してみてくれ」
「もうやってます。ウン、……ウン。判ったよ天宮君たちも気を落とさないでね。…ええと、3分の1くらいだって」
やっぱりかー。
自分が放った渾身の火渦を避けられていた彩香は、がっくりとため息つきながら頭の中を整理する。
8人がかりで外しまくり、ターゲットはいまだに民間人のまま。
だが彩香の顔には笑顔……。
とうてい失敗した者の表情では無かった。
「はっきり言って大敗北中だよねー。あたし帰りたくなーい」
「まあ『予定通り』ではありますけどね。成果も得ましたし、また潜みますか」
「北条殿の計画も合わせれば、次はあすこが良いだろうな連絡を頼めるか?OKが出たら移動しよう」
色っぽい台詞を笑いながら告げる彼女に、煉やサガが肩を竦めて荷物を背負った。
元気いっぱいの送り狼たちは、必殺の罠を用意する。
「OKでました。じゃケリをつけに行きましょうか」
京が放り投げたハッカ飴を、全員がパシリと受け取り親指を立て……。
寒空での戦いを、終わらせる為に動き始めた。
●天地、逆転!
「来たか二周目!仕掛ける本命はこの先のコーナだ…」
キュッキュとブレーキを少しづつ。
秀一はカーブへ侵入する為に、速度を段々と調整して行く。
運転が得意な物ならもっとダイレクトに行くのかもしれないが、ここで意地を張っても仕方ない。
「みぎゃ。我慢我慢…。秋代さんだって言ってたよね、終わったらいっぱい買い食いするって」
「その調子だ…。配置的にも、予定通りにいけてるからな」
はくあが上で可愛い悲鳴を上げる。
天井で捕まる彼女に佳槻は声を掛けて、予定位置との包囲を測り直した。
そう、予定位置!
彼らは一周目を捨て、最初から二周目に掛けていたのである。
初期の時間は全てデータ採りの布石、どの程度の能力か、癖はどうか予め測っていたのだ。
「当たった回数に比して、傷は深い感じでしたね。相手が斥候タイプというのは恐らく間違い無いでしょう」
「後は包囲して打撃戦に持ち込めば、意外とアッサリ行けそうですね」
運不運もあるが、全ての攻撃を避けられていた訳ではない。
回避能力を大きく上げる能力はそう何度も使える訳でも無いし、包囲殲滅が回避型に有効なのは広く知られて居た。
問題は高速移動し、平然と回避機動も取る相手をどう足止め封殺するのかであるが…。
その為の配置であり、チームの連携であろう!
「今度こそ止める…!」
「キー!ッキャー!」
先ほどの位置を遥かに通り過ぎ、カーブを描いた処へ奇襲班が飛び出した。
無視しようと枝や看板を通り抜けてショートカットした大猿が、突如として跳ね飛ばされる。
無理も無い、視界は拓けていたし、ただの看板が邪魔するはずなど無かったからだ。
「転倒した!?今です包囲を!」
「その痛み思い出せ。無数の刃で死の舞いを踊るが良い」
「追いかけっこは終わりにしてもらうよ」
電光石火で飛び出す京に、サガや彩香が猛攻を掛ける。
曲刀を振り下ろす一撃はあくまで囮、なんなく避けた処へ両脇から大気の刃と、猛火の渦が走り抜けた!
「ギィ!!イヤッ!」
「頭を上げさせたりはしませんよっ!まずは…止めさせて頂くッ!!」
飛びのいて退こうとする大猿の直上を、煉が抱える大火力の火器が薙ぎ払う。
当たりはしないが行動を大きく制限し、既に追っていた周平の車はどこにも見えなかった。
奇襲班の反対側ならば逃げられる?
確かにそうだ、だがそこには……。
「じゃーじゃじゃん!追撃隊のとーちゃくだよっ」
「そこは、俺達が抑えている。と言う訳だ」
トットット…。
ターボタイマーが熱くなったエンジンを緩やかに休ませる。
いつでも走り出せる態勢を整えた上で、横向きにベストポジションを確保した、はくあや秀一達が待ち構えていたのだ。
「無様な格好だが、あれだけの速度でブースト中に接地すれば、そうなる運命だ」
「良い車だったよっ、ありがとうです」
眼鏡を吊りあげながら、車に感謝を告げながら。銃口が開いた。
はくあはブースト中でも二度に一回は当てるし、秀一たちも中々の腕だ。
「加えて言うなら…、私達もいますからね。こうなっては誰が相手でも同じですよ」
「その前にもう一発撃たせて!これであたしのも撃ち止め。まあ切り込む必要は無いかな?」
豪と音を立てて、氷が満ち始める空間へ炎が集合する。
律が氷漬けにし始めた処を猛火が焼き払い、彩香は満足そうに大剣へと持ち替えて行く。
「これで終わりかな?苦労したけど、こうなっちゃうと脆いなぁ」
「ですね。残りは始末しておきますよ」
周囲を取り囲まれれば大猿の移動力も回避力も、もはや無いも同然。
先ほどまで当てるのも苦労した相手が、嘘のように着弾して行く。
京の攻撃を避ける事もできず、もはや瀕死になった敵へ、佳槻がトドメを担う事になった。
放った札が貼りつくと、ぼふっと軽い音を立てて…。
大猿は動きを留め、やがて消え去って行ったのである。
●アフター・ざ・バトル
「このお菓子、美味しいなぁ♪さっきのケーキも美味しかったけど」
「はにゅ。もう新しいの開けてる…。交換交換、はんぶんこーかん!」
広島にある、とあるお店のカフェテラス。
まくまくとケーキを食べていたはずの京は、既にマフィンの包みを開けていた。
はくあは出遅れていた事実に気が付くと、えいやっと飲み込んで自分の買ったタルトとシェアを提案する。
「はふー、疲れた時は甘いものですねっ〜」
「あはは。そんなに急いで食べなくても直ぐには売りきれないよ。良く味わって食べたら?」
「周平さんも無事でしたしね。時間が経てば新しいのも完成しますよ」
口元についた汚れをハンカチでふいてやると、彩香は笑ってコーヒーを口に運んだ。
ほろ苦さが、ケーキの甘さを洗い流して戦闘の疲れもまた、消えて行くようだ。
もっとも戦いと言うほど長い間では無く、むしろ手段と時間の調整で気疲れしたのだろうと律は見ていた。
無理も無い、寒い中で待ち構えその間は毛布だとかが精々だったのである。
「確証はありませんでしたが、目的の方は足の早い車だったのですかね?」
「判らんな。北部域を調査中に、目新しい物を見たからだけかもしれん。断定はしない方がいいだろう」
コツコツとティーカップを叩きながら、佳槻とサガが話し合う。
能力の方寄ったサーバントで、用途を推測するのは容易いが、目的自体は不明だからだ。
「まあ今は一仕事終えたで良いんじゃないか?単に試験投入の可能性もあるしな。…俺は持って帰るだけだ、手を出すな」
「「えー、けち〜x2」」
秀一が適当に話を合わせながら、彼の取り分へ手を出そうとした二人組の手を払う。
そんな中で、ぷーんと甘い匂いが周囲に立ちこめて、男が中へ入ってきた。
「新しいのが焼けたから喰ってくれよ。お礼だから気にすんな」
「この匂いは、帰りがけに手伝った柚子を入れたんですか?」
そう言うこった。
律の問いに添う切り返していた周平さんは、店の隅で写真を見る少年に気がついた。
「おう、気になるのか?」
「あそこでバイクレースもやってるみたいですね。ツーリングがてらに来てみようかなぁ」
煉が見ていたのは、先ほど戦った田舎道を駆けるバイク達の写真だ。
集うバイク達に思いを馳せながら、こんな光景を守り切れたのだと気が付いて、笑顔を浮かべてテーブルへ戻って行った。
それはきっと、楽しい日々に違いない…。