●転がり落ちる影
「浅間咲耶だよ。よろしくね」
「君もこの厄介な任務?こっちはルインズ・ブレイド、水瀬凛。よろしく」
可能な限り几帳面に、それでいて大急ぎで整えられる転移法陣。
過給的速やかな進撃を求められる作戦に、浅間・咲耶(
ja0247)と水瀬・凛(
jb5875)は僅かばかりの挨拶を交わした。
陣が整うまでの僅かな時間で相談した為、よくよく考えれば顔を見合わせての挨拶なんて、して無かった事に気がついたのだ。
「とはいえ考えてる時間は無いわね。やるだけやらないと…!」
「迷う事は暇もないからね。行こう、誰も犠牲になることの無いように」
「迷わないよ。守る。それ以外は考えない。じゃっ後は現地で」
凛咲と咲耶の会話に新たな一人が加わった。
咲耶と組む予定のキイ・ローランド(
jb5908)、可愛らしい顔に決意を浮かべて共に行こうと親指を立てる。
どうやら運営側の合図を垣間見たようで、指を挙げた仕草と同時に、世界の常識が覆された。
ここではない何処かへ、何処かに在る常識をこの場の物として成立させる為、陣は描かれた目的を完遂する。
「やっぱり慣れないな…。目標を発見、行動開始だ」
「シンプルすぎて逆に隙がない敵ね……。これを倒すのは結構難しそうだわ」
眠りにも酔にも似た感覚の後、どっちが北かすら判らなくなる。
だが敵位置の心配なら問題ない、目指すべきは斜面の上側に違い無いとキイは目標を定める。
同様に敵を見定めた蒼波セツナ(
ja1159)は、苦笑するのも馬鹿馬鹿しい相手を確認した。
一皮むけて二回りは小さくなったと聞いたのに、ちょっとした家ほどのサイズがあるのだ。
「一番上のアレが外装か…。油断大敵、とはこの事かしら。万全を期さなかった結果、こんな事になってるのでしょうね」
「フィルアさん…。あなたの言いたい事も判るけど、偽装を考えればある程度は仕方の無い事なの。」
更に目を上にやればビル並の残骸。
球を目指して歩き始めたフィルア・ブランシュ(
jb6235)の歯に衣を着せぬ言い様に、走って追いながらセツナは苦笑して並走した。
超大型相手に安易な安全策をとった挙句がこれだが、二段構えを予想できたとも思えないのだから。
「責めるつもりはないわ。ただ、愚作だったと評価を下しているだけの事。…まあ、良いわ。手早く終わらせてしまいましょう」
「その部分には肯定させてもらうわ。…止めるのはまず不可能だから、破壊するしかないわね…」
「二人とも、少し先に窪地があります。少し軌道修正してください!」
悠長に構えていられそうにも、ないものね。
頷き合ったフィルアとセツナの頭上で、羽を掲げて指差す姿。
咲耶が迂回路を示すと、向かいまで抜けるフィルアが足早に先行し、セツナは転げない様に着実に進路を変更する。
向かう先はやや下側、球を追い駆けて走り寄る為に!
ゴロゴロと転がる敵の猛威は近寄れば近寄るほどに発揮する。まだ遠いこの位置でアレなら、目近にみればなお恐ろしいだろう…。
●夢に描いた想いを叶える為に
「聞いて!あいつはサーバントみたい。どうしても余裕が無い場合は、阿修羅や忍軍の人を優先させてあげて!」
「自分でお役に立てるのか……とか。躊躇している暇はないですね」
天を突く姿に一瞬だけ怯えそうになるが、危うい所で決意を取り戻す。
先行組に確認を取ることで凛が情報を開示したのを見て、泡沫 合歓(
jb6042)は弱気の虫を退散させた。
個人の強さが力なのではない、手を取り合えば情報や作戦も力だ。彼女に出来て自分に出来ないはずはない。
その為の第一歩を全力で走り出す。明日を夢見るのが彼女の演算なのだろう、脳裏に狙うべき場所を見て取り、折を見て一気に駆け抜けた。
走り抜け、振り返った先に思い描いたのと同じ球面。魔書に輝きを込めて狙いを定めていく。
「オッケー!?1、2、3でいきましょう!」
「はい。動けるのであれば、何もしないでいるなんて選択肢はありません。最後まで攻撃を諦めませんから」
「そう言うことね…。止めてみせる」
振り向いたのに合わせて、凛が大上段から振り抜いた。
向かいから合歓が放つ光の羽は見えないが、反撃として繰り出される雷鳴に目がチカチカと眩む。
痛みに耐えて凛が下へ軌道を修正すると、耳元で誰かの声がするではないか。
「今の私は非力かもしれない。でも、私が恋う英雄なら、きっとこれ位、止められる筈だから。私は未来の自分に、きっと追いついて見せるっ。合わせるわよ、ナヴィア!」
「現実問題として…。時間と速度が問題かしらね。ま、やれるだけやってみましょうか」
滅多にあげない声が、自分の中から溢れ出た。
心の中で眠るハイトーン、英雄たれと高らかに謳う新井司(
ja6034)の夢が力となって迸る。
ぶち当てた瞬間に感じる痛み…、だけど、そんな事は知った事か!
そんな彼女の決意を知った訳でもあるまいが、ナヴィア(
jb4495)は苦笑すると同じタイミングで雷電の中へ力を込めた。
二つの斧がけたたましい稲光を乗り越え、その先にある何かを押し返し始めた。
「…っ。この巨体が押し返されている…。やっぱり息をどう合わせるかが、肝要だね。お互いに声をかけあっていこうよ」
「うん。人を守るのもそうだけど、その人の大切なモノを守るのも騎士のお仕事だよね。緊急事態だし最初から本気でいく!」
グラグラと揺れる様に震動した後で、巨大な球の歩みが少しだけ鈍くなる。
その様子を見ていた咲耶は、信じられないといった表情からちょっとした感動へと移行した。
だが敵の進撃はいまだ止まらない、ならば今度は自分達が命を掛けるときだろう。
相棒であるキイに目をやり、タイミングを合わせて上空から突撃を敢行する。
気合い一閃、双剣放たれる衝撃波を追い駆けて、それが少しでも効果を発揮させるために、拳から自分の体から巨大な弾丸に変えて、飛び込んで押し返し始めた。
「足りない。こんなんじゃ全然足りない…。もっとよ、もっともっと、せめてあと一歩だけでも。踏み込まずにはいられないのよね…」
その時、司は自分の意識が雷鳴でいかれたのかと思った。
トクンと何かが跳ねた後、音が遠くなり背景が白くなったとでも思いたくなるほどにゆっくりと流れる。
横目に通り過ぎる巨大な球を見てしまったのも問題なのだろう。傷やら何やら実にハッキリと見えた。
先ほど攻撃したばかりだと言うのに、もう振り返って走り出し、振り向きざまに鉄拳とも雪斧ともつかぬ得物を振りまわす。
もっと、もっと、もっと。…と将来、恋人が出来ても込めないほどの強烈な想いを、痛む両手に込めて振り切った。
その間にも次々と突き刺さる仲間達の攻撃を垣間見て、ああ…自分の意識が加速しているだけなのだな…とようやくに悟る。
何だ錯覚か、自分が英雄になるにはもうちょっと掛かるらしい。
●ただ時間は過ぎれども、重なる何かがあるのなら
「間違いないわね。干渉攻撃は別にして、横合いから一点集中で破壊するのが合理的。回転運動でズレる事がないもの」
「あなたの見立てが正しいと思うわ。狙い易いし合わせて行きましょう」
少しでも多く脅威と成り得るものを討つ為に。
同じ傷が決まった経過時間で同じ位置に来る…。セツナが見て取った情報を再確認し、フィルアは再び影法師を延ばした。
双剣から伸びる影が、一瞬だけありえぬ方向にねじ曲がる。
それはセツナが放った炎と同様に、やや下方側へと流れて飛び去った。
正確に着弾したと言うのにまるで効いた風が無い。あまりにも巨体ゆえに、耐久性も文字通り天井知らずなのだろう。
「でも効いてる。千里の道もというけれど、繰り返すほどに通じる何かがある。そこまで積み上げる…其れがきっと、宿命なのでしょう」
必要な努力は苦心惨憺でも足りるだろうか?気を抜けばやっている事が水の泡になって消えてしまうのに。
だが不思議とフィルアには心地よく感じられた。
目の前の光景は冷酷な経過の積みあげであり、繰り返した事だけが成果をもたらす残酷な現実だ。
一度目よりも二撃目が、自分だけよりも他の仲間の後に攻撃した方が、より効いている感覚にも間違いが無い。
ここに警戒すべき嘘は無く、状況修正という不確かな物を己が目で確認出来る数少ないチャンスだ。
ならば後はやり切るだけだど、岩を穿つ水滴の如く、なにもかもをも没入させる覚悟を決めた。
「もう一回行ける?」
「お望みなら何度でも」
フィルアの返事を無線越しに聞きながら、セツナは言葉に力を込めた。
丘を降って徐々に下へ下へ足を滑らせる斜滑降。
いずれくる終わりの為に、一歩一歩と命がけのダイブを敢行する。
短い間の相棒だけど、彼女が自分を武器として使い切る覚悟を決めたなら、他ならぬ自分が恐れるはずもない。
今の火力では間に合わない、と頭の中では冷静に換算しつつも、徐々に移りゆく状況に…顔は不敵な笑顔を浮かべているに違いないのだ。
「泡沫さん、状況は?装甲じゃなくて距離の方!」
「ぜんぜんです。全然足りて無いです。せめてあの半分だけずらせたらなんとかなるのに…」
凛が尋ねたのは押し返した距離と時間の相関関係。
幾ら考えても夢見ても合歓にとっての予測は変わらない、このまま推移すれば家一軒か半分かの差はあれ間違いなく人は住めなくなる。
「んじゃもうちょっとだけ頑張ろうか。その半歩を稼ぐ為にさ」
「はい、諦めたらそこで終わりですもんね」
鈍い痛みを覚えながら、凛は三度めの突撃を敢行。
刃から緋色のオーラを挙げて、一気に振り抜いて押し返そうとする。
反対側の上空より放つ合歓の風は、雷や旋風を混じり合わせて強烈なスパークを造り出した。
それは絶望しか無い未来への反撃、守るべき何もかもを破壊され、茫然自失で青ざめる未来へ放つ逆転の狼煙だ。
「このままじゃ間に合わないんだって。どうしよっか?」
「一点集中して叩く!間に合わないなら捻じ込んでその時間を造るだけだよ」
「おーらい。その心意気は買わせてもらおうじゃない。喧嘩を買うより心が躍るわ」
やんわりと微笑みながら咲耶が現状を教えてくれた。
見れば老人たちが駆け付けようとして制止されている光景が、視界の隅に映る。
そんな未来を甘受できない、我が身を盾として防げる悲劇ならばなんとしてでも防いで見せる。
まずはあの涙を止めるんだ。そう決意して剣も折れよと殴りつけ、次手では正面に立とうとするキイの前を司が駆け抜けた。
正面から斧をバットの様に突き立てて、反撃で転がり掛けながらもホンの僅かに押し返す。
繰り返される痛みは怪我なのか、既に重傷化しているのか区別がつかないほどだ。
だけれども。
「怪我くらいでなんとかなるなら構わないよね」
「これほどの大きさと質量を生身で押し返せるか、試してみましょうか」
もはや技も何もかもを使い果たし、少しでも削り落そうと仲間たちが攻撃して行く中。
正面からぶちあたって転がりそうだった司を助け起こしながら、ナヴィアは再び自分のスイッチを入れた。
別に怪我人が出ようが被害者が出ようが、その人達が啼き叫ぼうとも構いはしない。
だけれども、心のどこかで此処は力を貸しておくべきだと冷静な自分が語る気がするのだ。
「さあ、叩き壊すわよ。最後の一撃に掛ける準備、みなさん大丈夫?」
くすっと笑って振り被る。
振り絞る力は乾坤一擲、ここで退けば後が無いとの意思を込めて…。
●そして崩れ落ちる時が来る
「伊達と酔狂でも掛けてみようかしらね?それで綿密な作戦とか実験を邪魔できるなら、相手の顔を見てみたいもの」
「ははっ……。あとは砕く。シンプルで良いじゃない。塵すらも残さない…!」
稼いだ距離と距離は、剣劇を打ち合う一合ちょっと。
後は余碌だ。
ここで砕けば壁や倉庫にも被害を出さないと言うだけで、通り抜けさせればタイミングにも寄るが追えない者も出て来るだろう。
そうだと知って馬鹿なやつらが次々に正面へと辿り着く。
ナヴィアはどうでも良いと思いながらも、此処まで馬鹿がそろうのならば、被害が出ない未来を見てみたくなった。
振り抜く両手にあいかわらず感慨は無いけれど…、彼女たちの雄姿は英雄なのだろうと司たちの惨めで無様な姿に笑いかける。
居並ぶ順番に弾き飛ばされ…それでも…。
「亀裂が走る…。巨体が裂けた。後少し…後少しなのに…」
「んなの、やらせないって!私たちも居るもの」
「い、けええええええ!!」
「お疲れ様。間にあうか賭けでもしておけば良かったかしらね?」
セツナの瞳に信じられない物が映る。
集中攻撃で造ったヒビが、両脇から繋がる様にアチコチが砕けて行くのだ。
自らも魔書から炎を放ちつつ傷跡を押し広げるが、ホンの少し足りない事実だけが脳裏に閃く。
だけれども、皆で造ったこの傷と隙間を、血と汗で作り上げた本人達が忘れるはずは無い!
凛が咲耶が次々に攻撃を仕掛け、ついにはその殆どを粉砕。
もう一度回り込んだナヴィアがトドメを刺して、ついにあの巨大なサーバントを撃破したのである。
「随分と無理をしたようだけど、生きてる?」
「もちろん!他人も自分も守ってこその騎士でしょ?」
「我が身を犠牲に名誉を守るのが騎士でしょ?こういうのは英雄っていうものなの」
「どっちでも良いと思いますよ。…だって、だって守り切れたんですもん」
フィルアが我が身を盾に立ち塞がったキイに尋ねた。
両手で盾を構え、止まれえぇぇ!と最後まで踏みとどまった時はぞっとしそうになった。
下敷きになって生きているのは巨体が割れたからか、それとも防御のおかげだろうか?
同じように転げて苦笑する司を合歓が助け起こそうとして、くたっと崩れ落ちたのが少しだけ微笑ましい。
「大変と言うか死屍累々ですね。治療班を多めに呼んでるそうですけど、先行班は大丈夫かな?」
「色々と考える良い切っ掛けじゃない?過剰戦力だとしても万全で待ち構えていれば…。止めとくわ、言うなら本人達に言うべきだし」
なかなか、獅子欺かざるとは行きませんけどね。
咲耶はフィルアを宥めつつ仲間達が横たわる光景を眺めた。
その後ろには家を守る壁があり、一同は活きた壁としてこの家を…、集落全てを守り切ったのである。
「さて凱旋だ。かえろっか」
「おっけー。あ、でも途中で何か食べて行かない?」
「良いですね。必死で走った分の補給でもしましょうか」
来る時は転移で一瞬、帰りは楽しく賑やかに…。
奇跡の様な光景を前に、一同はいつもの如く帰還の途についた。
どんな悪意が敵であろうとも、こんな風に撃退するに違いない。