●より重要なモノ
「サンドマンってこんな絵なんだって」
「面妖なやつらじゃ…。わしが言うことではないが」
仲間達の呟きを拾って、ミカエルマス=アスター(
jb5930)は苦笑した。
人は痛みに耐えられても、快楽…眠りの心地よさには耐えられぬのだから確かに厄介。
だけれども知るが良い、眠りの妖精よ。
欲求による罠であるならば、欲望によって覆せぬ道理は無い!
「よぉーし!パフェだー!!」
と、まあシリアスな背景語りはここまで。
此処から先はコメディなので、笑ってフィル・アシュティン(
ja9799)たちの活躍をお楽しみください。
え、サンドマン?
まぁ取り敢えずそんな事はどうでも良いので(いいのか)、パフェに専念する一同。
何の為にやって来たのか尋ねれば、きっと正直に答えてくれるに違いない。
「甘い物の為に決まっているではありませんか!」
カッ!
その時、柊 朔哉(
ja2302)は明後日の方角に向かって断言した。
心の中には倒すべき敵の姿ではなく、巨大なパフェの城がそそり立つ。
「ここが敵を誘き寄せる別荘ですね。…宜しくお願いします(パフェに集中したいので)」
「眠らせてくるディアボロ……厄介だけど、今回の私は味方にいたz…さて頑張りますか!」
げふんげふん。
朔哉とフィルは危うい所で本音を暴露する運命を免れた。
「流石に別荘。家と違って、ここまで凄いと逆に住みにくそうだよねぇ……」
「何探してるなのー?ここ暗くて狭くて、ちょっぴり怖いの…」
別荘に到着するや、何人かは一気に動き出した。
私市 琥珀(
jb5268)は興味深々の香奈沢 風禰(
jb2286)を連れ、秘密の花園へと侵入を果たす。
スイッチを探し当て、各部屋の様子が一斉に映し出された!
「びっくりなの、盗撮なの!?こっそり激写はイケナイ事なのよ!」
「違うって。ここ別荘だからさ、警備用や管理用の部屋があると思ったんだよ。効率の良い見張りと…、あとはコレね」
風禰が見つめるディスプレイの向こうへ映し出される仲間達は、荷物を置いたり上着を脱いだり。
もちろん琥珀は、倫理的に問題のあることをしに来た訳ではない(多分)。
目的は広い別荘を少ない警備員で守る為の監視カメラと、一般家庭には無い機能を稼働させる為である。
「全力稼働を承認っと。パフェが溶けたら大変だからね」
「…あ、涼しくなって来た?これはきっと万能蒸気の力に違いないんだぞ!」
「ほんとーだー。私市さん頭良いのなのー。蒸姫さん機械がとっても好きなのね」
ウィーンウィーン。
稼働させたのは大部屋や通路などをまとめて冷やす大型冷房だ。
一般家庭用の冷房は18度くらいまでだが、これはかなりの低温まで下げられる優れ物である。
画面の向こうでキョロキョロと冷気の発生口を探す蒸姫 ギア(
jb4049)を見つけ歓声をあげた。
色んな機械をほじくり返して目を輝かせる少年の様子や、夏の暑さを吹き飛ばす涼しさが楽しかったに違いない。
この時は、本当にそう思っていた……。
●もっと大きく!
「どのようなパフェを作るべきかのう?大きさに見合った相応の土台が必要になろうが」
「そうさなあ。とりあえず完成予想図を作るか…」
ホールにある大テーブルの上に大皿を並べながら、ミカエルマス…ミカはどれが良いかと悩み始める。
並べられた皿はパーティ料理用の大物で、明らかに菓子用サイズでは無い。
そんな彼女の選定を見ながら、向坂 玲治(
ja6214)はデッサンを開始する。
否、開始しようとして中断させられた。
「うむ、やぱり六皿合体といこう。そのテーブルも使うから、もそっと端の方でやるが良い」
「ハァ!?どこまでデカくすりゃあ気が済むんだよ。まあ…裾がでかい方が安定するけどな」
「一晩も時間はあるんだし、こう、どーんとしたすごいの作りたいなっと思ってました。なので良いんじゃないでしょーか。あ、あとコレ〜」
会議室並の巨大テーブルを作りあげ、ミカは並べた大皿の上に銀紙を敷いて連結。
まるで花の様な超大皿が出現し、呆れる玲治にクスクスと笑ってテレーゼ・ヴィルシュテッター(
jb6339)がお土産に城の写真を渡した。
「このお城みたいなの作りたいな。白いし生クリーム一杯使えるよ!」
「おっ、悪りぃな。どうせなら城壁つきがいいよな。西洋の城らしく城下町をくるっと囲んでよ」
「すっごいのーお城なのー、お城なのなのー」
テレーゼや皆の意見を取り入れ、玲治は基本となる白亜の城の周りに城下町を描き始めた。
それぞれの趣味を活かせるように、区画ごとにマシュマロの岩肌やゼリーの湖も忘れない。
中でも圧巻なのが、一番下の土台から城壁に至るクッキーと外装板のウエハース達である。
「うむうむ。作ったは良いがグシャっと言うのは、色んな意味でいただけんからのう」
「これだけの規模なら、上にレールを走らせて列車で移動するのが正しい移動手段だな♪♪…こっ、これは、けっしてギアの趣味じゃないんだからなっ!」
「城…いいえ、これは大修道院や城塞の様ですね(…これはもうパフェの域を超過しているような)」
これだけ確りとした土台ならばよもや崩れ落ちる事もあるまい。
ミカが満足して頷くと、ギアはペンを握って蒸気機関車を描き始める。
それをどうやって再現しようと悩む彼は、はたと隣で覗き込んで居る朔哉に気がついた。
スチームパンクとメルヘンが融合したそのデザインは、モン・サンなんとか寺院やノイエなんとか城…いや、天空の某城である。
「甘い物好き?差入れあるから期待しててね」
「違うんだぞ!ギア、万が一徹夜の研究を邪魔されたりしたら困るから、力貸すだけなんだぞ…パフェとか可愛いお城に興味なんか無いんだからなっ」
「はいはい。大きなパフェをお腹一杯……幸せだよねぇ!これから温度ガンガン下げるからコレ着てね」
クーラーボックスを叩くフィルに、ギアは甘い物なんかに興味が無いと慌てて否定する。
そんな微笑ましい光景を眺めつつ、琥珀は微笑んで防寒着を分配。
室温は既に10度を切るのも間も無い、更にドライアイスがケース単位で鎮座していた…。
●凍気と蒸気と、オシオキと。
「おーケーキ作るの上手いね。うー、食べたい……」
「こう見えても以前から料理には凝っておってのぅ。ほれ、男を落とすなら胃袋からとよく言うじゃろうが」
積みあげられていくケーキは大黒柱に支柱たち。
ただのスポンジではなくケーキとして申し分ない物を使用している為、フィルは思わず喉を鳴らせて物欲しそうな顔を浮かべそうになった。
その醜態を見せなくて済んだのは、ひとえに大人のテクニックを語るミカのおかげである。もっとも…。
「…効果?そんな噂は嘘じゃ。胃袋が膨れても靡く男なぞ皆無じゃったわ。ふん」
「主は自ら助くる者を助けます。いずれミカエルマスの元にも良い出逢いがあるでしょう。…つまみ食いなどなりませんよ。これは主より与えられた誘惑に耐える試練なのですから」
「ほへ?美味しいよ?山ほどあるんだもん、いーでしょ?」
すねてみせるミカに、朔哉は優しい顔で宥めつつ右手でテレーゼの手を握りしめた。
彼女は釘を咥える大工よろしく林に使うポッキーを口に放りこみ、今度は窓に使うフレークや硝子の代用の砕いた飴を掴もうとしていたのだ。
「駄目です。一人はともかく全員が手を出し始めたら幾らあっても足りませんよ?」
「そうそう。それに差入れ持って来てるって言ったでしょ?そろそろ眠くなってき…じゃなくて小腹も空いたし、どーかな?」
「うーん、仕方ないねー。お茶にしよっか」
「わーい。おやつなのー。おやつなのよー♪寝てる人を起こしてくるのね〜」
材料は山ほどあるものの、頑張って自分が耐えているモノを他人が平然と食べているのは許せない…。
そんな内心を隠しニッコリ笑顔の朔哉を、フィルが宥めて水まんじゅうを取り出した。
無尽蔵のクラッカーやマーブルカラーのチョコを横目に眺めていたテレーゼも、眠気や時間帯を口にされて諦める。
ここはお茶会に突入して気分を切り替えるべきだろう、うん。
そんな彼女たちの思惑を知らない風禰は、止せば良いのに眠った連中にも分け前を考える。
だが、まさか彼女の健気さが、犠牲者を増大させる事になろうとは、一人を除いて知る由も無い…。
ウッシシシ…。
「眠ったらいけないのなの〜。おやつを食べるために早く起きるのよー」
日頃30度の気温に慣れた仲間達にとって、今は体感温度で極寒のオホーツクも同様。
風禰がガンガンとフライパンを叩き始めると、冷気に耐えつつ無理やり意識を覚醒させる。
「起きない人にはオシオキなの〜。まずはひよこさんを描くのなの、ペンギンさんも描くのなのなの」
「あ…、ギアは起きてて、これは眠ったふりなんだぞ。あ…ふっ」
ちゃんと見てたし、知ってるんだぞ…。
色とりどりのマジックで顔中に落書きをしようとした風禰は、ギアがぬっくぬっくのマグロ寝袋から顔を出した所で手をひっこめた。
彼女の思惑など蒸気の力でお見通し、抗議しつつ眠い目と口元をこすった。ほ、本当に寝て居ないんだからな!
「だいぶ出来上がって来ましたね。あとは仕上げにアイスを何リットルか…。い、いえ、なんでもありません」
「…?しかしなんじゃなぁ。よい歳頃の男女が集まってパフェ作りなんぞに…っごふ」
「うげっ、なんじゃこりゃあ!」
ピクリっと朔哉が白い指先を止め、顔に汗を浮かべながら優雅にお茶を流し込んだ。
恐らくはコレが悲劇を増大させた最大の要因だろう、最初に水まんじゅうを口にした彼女が我慢しなければ、ほかの皆は回避できていたのだから。
話を止めた彼女に怪訝な顔をしつつ、苦笑いを浮かべたミカの表情が灼熱と化した。
同様にして何人かが必死で茶を求める!
「……気をつけてね?からしとかワサビが入ってるから♪って、おそかったかにゃー♪」
「ちょっ、もうちょっとでギアの口から蒸気が出る所だったんだぞ!それは望む処…、じゃなくて!」
「か、かりゃい…。お茶の…ヤカンとっちゃらめ〜」
ああ、なんということだろう。
裏切り者が用意したのはお菓子の皮を被った香辛料!
真っ赤になった唇や舌先を湿らせるべく涙目でヤカンを奪い合い、犯人を追いかけ始めたのである。
そんなこんなで時間が立つのも忘れ、一同の作業と物語は佳境へと突入した。
●仰ぎ見よ、我らがパフェの城!
「ふーあァ。良く寝たなあ…。そろそろ索敵を開始しますかね」
琥珀はどうしたんだ?
オレの隣で寝てるよ!なーんて展開があるはずもなく…。
彼は適温に設定された管理室で目を覚ました。
時は既に夜半を過ぎ、夜の色合いは徐々に逆転を始める。
「おっ、やっぱり各部屋から狙い始めたな。ひの、ふ…の。全部で三体か、みんな気をつけ…馬鹿な、もうやられて!?」
「sss…」
琥珀は慌てて管制室を飛び出すと、倒れ伏した朔哉達の元へ向かう。
中央に在る大ホールでは、何人もの仲間が倒れ、残りの何人かは苦戦を強いられていたかのように見える。
サンドマンはそんなに数が居たのだろうか?
それとも悪魔が…。
「よいかおぬしら、ここで寝たら死ぬぞ。地獄の一丁目と思って全力でパフェを作るの…じゃ…ぐぅ」
「はっ!?寝たら駄目よ!」
「らめなのよ…。ねたら、めーなの。いひゃいけど、目がさめりゅにゃの〜」
「眠い……が、そうも言ってられねぇか。冷っってうー、ホ〜効いたあ」
そこには死屍累々と倒れ伏す仲間達、そして無理やりにでも起こそうと悪戦苦闘する姿があった。
半覚醒のミカをテレーゼはハリセンでどつき、風禰は可愛らしい頬に洗濯バサミをつけながらフライパンをカンカンと力なく叩く。
阿鼻叫喚の渦の中、玲治は首に当てた保冷剤を取り落とし、肌着の中に落とし込んでしまった。
激烈な寒さが、彼の意識を急激覚醒をもたらす!
「眠い……が、そうも言ってられねぇか。みんな起きろ!朝刊が来るまであんま時間がねえぞ」
「ふふふ……フィルちゃん達のー、邪魔すんな!!いー感じでねてた…のーにー」
「人界ではこう起こすって、ギア、さっきそう聞いたから。あ…、本物の小鬼だ!ギアのパフェ、邪魔させないんだからなっ!」
仲間達に呼び掛ける玲治の声に応じて、フィルは額に文字を書こうとしたギアごとサンドマンに攻撃をし始めた。
巻き込みそうになる一撃は、タウーントタウーント!
誰かさんが引きつけながら守り抜く。
「朔哉さん、最後の一体がそっちに!」
「…sss」
「ええい平和な奴らじゃ、みな奮起せよ、今逃したらこれまでの苦労は台無しじゃぞ!」
しかし所詮は雑役用の小鬼、一気に戦局は変転し、むしろ油断が敵となる!
武器では無くハリセン構えて追い詰め始めるテレーゼの向こうで、退路を塞いでいるはずの朔哉が起きて居なかった。
ミカは二人の様子に呆れながら…えー私もなの?当たり前じゃ!などと漫才を開始する。
駄目だこいつら…。
「はうー。私市さん、行くのなのー」
「うん、頑張ろう香奈沢さん! パフェの邪魔はさせないよ!」
ほっぺをこすった後で、風禰はびしっと決めポーズ!
その隣でクロスしながら、琥珀はまるで一緒になって眠らないでいた演技をしながら最後にトドメを刺したのである。
なんて要領の良い奴!
「完成〜。美味しそうだけど、なんだか食べるの勿体ないね」
「今回のような敵はもうこりごりじゃ。ではパフェをいただくとするか。きっと天使も堕天する美味さじゃぞ?」
「あ、一緒にパフェ食べよ!ってサンドマンにも言うつもりだったのに…。まいっか」
「その前にお祈りからです。主は皆に喜びを与えてくださいました。皆さんと出逢い、成し遂げた奇跡に感謝を捧げつつ…」
別荘の貸主合わせ、パシャリとみんなで記念撮影。
テレーゼはミカやフィル達と一緒になって取り分ける。
最初の一皿だけでも行儀よく、なんとか目を覚ました朔哉はあまりの疲れに再び意識を失った。
そのまま顔面から皿に…。
「危ないのよー。うふふ幸せそうなのねー。花丸」
「とっておいてあげようか。甘い物は別腹っていうしね〜♪」
「分割して蒸気の力で保冷すればパサつかないんだぞ。このままだともったいないから、仕方なくなんだぞ…」
嬉しそうな寝顔に風禰は落書きしながら琥珀と一緒に取り分け始めた。
美味しいのと自分の知識を活かせて嬉しいのか、協力するギアがルンルンでドライアイスを詰め始める。
「待て、取り置きするなら別んとこにしろ。そこの城壁は丸っと俺んだ!」
「もー沢山あるじゃない。…でも楽しかった!いつもこんな依頼なら嬉しいんだけどな」
がっつり自分用を確保する玲治に、テレーゼは呆れながら微笑んだ。
みんなヨレヨレでくたびれているが、なんと幸せな光景であろうか…。