●祀り囃しが聞こえる
「何か聞こえるね。お祭りの準備かな?
「やっぱりそうだと思うよ、どうにか田植えは終わってるみたいだしね」
田園風景の向こうに、畑やお地蔵さんが見えた。
首を延ばしキョロキョロと探す緋野 慎(
ja8541)に、おねえさんぽく時津風響(
jb1778)は答えて見た。
「こういう、その町だけの小規模なお祭って、素朴だけど、楽しいし、何よりも雰囲気が好きなんだよね」
「そっか。じゃあしっかりお手伝いして楽しいお祭りにするぞー!」
肩に力を入れ過ぎずに皆が楽しんでいるって感じでいいよね〜。
土と水の香りがする風に吹かれ、響は笛や太鼓のリズムを愉しんだ。
その前に邪魔なディアボロを片付けておかないとね。なんて慎が口にするのにも、うんうんと頷いて聞き入る。
「そですね。せっかくだから早く終わらせて、みんなでお祭りに合流しちゃいましょうっ!」
「祭りを無事に終わらせるためにも、頑張らないとな。その間は頼む」
「手伝いのついでに子供の面倒も見てやる。安心しろ」
やがて、ぴょんぴょんと音に合わせて踊るように歩き出した少女に吊られて一同は歩みを再開する。
梢を抜ける日差しからは、温かさによって質量を感じる。
梅雨に入れば偶の天気には陽の薫がするのだろうと、青鹿 うみ(
ja1298)は仲間達の手を取った。
促されるように歩きだした凪澤 小紅(
ja0266)の言葉に、手を振り返す小さな影、八握・H・リップマン(
jb5069)はさも当然の様に集会所を目指した。
「こっちも村には入れない様にしておくよ。安心して置いてね」
互いにやるべき事が決まっているなら、多くを口にする必要もあるまい。
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)は手を振り返すと、包囲班が待つ神社へ移動を始めた。
「村に被害が出ないように注意するのを主眼に、お祭りの手伝いをすれば良いのね?」
「ええ、そうして貰えると助かります。ウチも全員で出れば今頃終わってたんですけど…、人命を考えたら出るに出れなくて」
「退治の為に誰か浚われたんじゃあ、本末転倒ですしね。事情はボクらにも判りますよ」
集会所に辿り着き、確認する響の質問に待機していた別班のメンバーが申し訳なさそうに答える。
理由を把握していた黒須 洸太(
ja2475)は、申し訳ないなんて言葉は適当に流した。
彼には、むしろ正しい判断だからだ…。
●気持ち
「なあ、兄ちゃんたちも撃退士なのか?悪魔なんてやっつけちまうんだろ?」
「ちがいますー。あくまじゃないよ、であぼろってゆうんだよ。おねえちゃんたちゆってたもっ」
「いいかい、ディアボロというのは悪魔の…」
「…どっちでも構わないわよ。今日明日中に倒してしまうから、どっちなのか判から無くても一緒だと思わない?」
子供達が掴みあいの喧嘩を始めそうになって、説明しようとした洸太は戸惑った。
聞きかじった事を涙目になって正しいのだと主張する姿が…、どうにも理解できない。
こんな些細な喧嘩なんて、論破すれば早いと思うのに、口ごもる。
戸惑う彼に代わりElsa・Dixfeuille(
jb1765)が、子供の目線に腰を降ろし微笑みかけた。
「それよりも私達が何をすればいいのか教えてくれない?お姉さんたち、来たばかりで良く判らないのよ」
「しょうが無いなあ、教えてやるよ」
「おしえたげる〜」
「……っ」
エルザの腕を引いて、子供達が大麦を取りに行った。
どうしてこうも対応が違ってしまったのか、洸太にはさっぱり理解できない。
正直な話、論破を止めた自分の事も…。
「さて、とー。内容を書いた紙を丸めて詰める、ね。…要するにお祭りの景品よね?皆でさっさとやっちゃおっか」
「そうだな。私も作業中の方がさりげなく混ざれるだろう。貴様はどうする?」
「いいよ。手隙だしね」
笑顔に顔を背けた姿を、気まずいと判断したのか、気の良い響は沈黙を破り率先して輪に加わった。
八握も何事も無いように彼を誘い地道な作業へ向かう。
軋む痛みで寂しさと緩やかな妬みだけを自覚し、洸太も黙々と作業に入った。
山へ向かった仲間達は、今頃どうしているだろう?
「確認したいんですけど、情報収集タイプのディアボロさんなんですねっ?」
「つかず離れずね。予備か増援か知らないけど、最初は数も減らなかったくらい」
私と同じタイプっ。
うみはニコっと笑って、先任の別班メンバーへ礼を返した。
戦闘タイプでないので短期決戦には面倒だが、情報型にも釣り方はある。
段階的に語り始めた。
「情報を集めたい敵の気持ちになって考えてみて、興味を逆手に取るのはどうでしょう?」
「そう言えばそんな事を言って居たな。確かに迎撃地点が決まれば包囲もし易いだろう。だが住民を危険に合わせる訳にはいかんぞ?」
「とりあえず案を聞かせてくれないか?村に入れない前提なら協力出来るよ」
うみの言葉に小紅とグラルスが反応する。
二人の懸念は当然なので、指先をクルクル回しながら順序立てて説明し始めた。
「まずは『お祭り』。これは間違いありません、でも…この辺で情報収集をする意味のある対象がもう一つあると思いません…?」
「…自分と敵対する撃退士の情報か。親玉の目的が住民であっても、ゲートでも戦力を調べる必要はあるね」
神社を指差した小さな指が、彼女自身へ、その次に仲間達へ踊る。
こういうのはどうでしょうっ?
うみは腕を組んで考え始めるグラルス頷いて、自分たちが囮になれば良いのだと提案した。
「推測が多少外れていてもリスクはないか…。私の方も提案がある、確認するが各自携帯はあるな?」
「依頼用のを借りて来たよ。でも面倒なのはパスな、ややこいの苦手なんだよ」
なんとかラインにメールって、ちょっとな〜。
小紅の確認に慎は携帯を掲げて見せる。
その気分は判らないでもないので、軽く苦笑しながら続きを始めた。
「勢子と囮の意味は違うが、やる事は一緒だな。私の提案は迎撃地点に包囲網を構え、そこへ追い込む。この場合は連れて行くと言うべきだか」
「あー、どっちでもやる事かわんねーもんな。待ってるとこまで行けばいいんだろ?おっけー」
発見したメンバーは、現在位置を報告しながら包囲網を縮めて行く。
小紅がそう言った所で、慎も自分たちの役回りに気がついた。
敵の興味が湧くとしたら新しく訪れた自分達。
逃がさない位置に慣れた別班が構え、後はそこまで連れて行くだけの話しだ。
「こっちもそれで問題ないよ。倒しきれたか確認すればいいさ」
「では連絡を密に取り合い、手抜かりの無いように仕留めて行こう」
応!
かくしてグラルス達は携帯アドレスを交換し、山狩りに突入する。
●まだ見ぬ貌
「兄ちゃん。手は早いのに下手だなぁ」
「人並みにはこなしてるつもりだけどね。仕方ないよ初めてなんだし」
「あきるよね〜」
「皆、少し休憩でもどうかしら。余りゆっくりはできないけれど根を詰めすぎても、ね。調達や、向こうの班への差入れを兼ねて…少し歩きましょうか?」
黙々と黙々と、書いては詰める作業を呪文のように繰り返す。
作業は早いが習熟するほどでもない。
子供よりマシなはずだが、彼らは洸太を放って置いてはくれなかった。適当に切り返しても子供たちが纏わり付く。
エルザがフォローしてくれるが、実際には作業の方が心休まる。こちらも向こうの事を良く知らないし、お互い様なのだろうが…。
「じゃあこっちも買い物ついでに後退で世間話で情報集めしてこよーかな。子供は任せてもいい?」
「そう言う事ならな。出たがったら適当に誘導しておくとしよう」
「異存は無いよ、お先にどうぞ」
響はエルザに追いつくと会館を後にする。
八握は絵の下描きに手をつけ始め、興味を覚えた何人かが取り巻くのだが、洸太の方は構われて困っているのが微笑ましい。
そんな光景を見ながら、響はM社のスポーツカーを見つけ相好を崩した。
最初は何か隠れて居るのかと思った相方が、取り合わせの奇妙な図式に尋ねてみる。
「そんなに好きなのですか?」
「ええ…、まあ。この子はバブルの頃の車で、人気の割に出回って無いから気になっちゃって。勿体無いなあ…良い感じで唄うんですけど…」
耳を澄ませて鳥や獣の声に違和感を確認するエルザに、響はエンジンの鼓動を唄うと評した。
埃のついたガラス窓を覗きこんでいた時の表情のまま、指揮者の様に指先を動かして…運転のつもりだろうか?
諸般の事情で消えたブランドを懐かしむ。
車愛好家という一面を見せる彼女に、人には随分な『貌』があるとエルザは不思議さを覚える。
他の仲間達にも、普段は見せない、こんな一面があるのだろうか…?
「えへへ、懐かしいなぁ。昔はよくこんな野山を駆け回って遊びましたっ。小紅さんはどうですか?」
「うみと左程変わらないな。頻度の差はあれ似たようなものだ。…上手く倒したのか?」
うみがピョコンと藪から顔を出すと、その笑顔を見つめて小紅が気を引き締めた。
…小動物の様で可愛らしい笑顔。
別に口説くつもりなどないが、かつて自分もこんな笑顔を持っていた気がする。
既に置き忘れた過去だが、不思議と写真を探してみる気にはならない。
過去の自分と対面するのがツライとは思わないが、浸って懐かしむ甘さは覚えたくない。
そんなつまらないことを考えて居ると、うみが首を横に振ったのだ。
「残念ながら違います。集会所の方に視線を向けたみたいで…、私も居るんだよーって引きつけに来ました」
「随分と目がいいな…腐っても偵察型か。他の班に連絡はしてるな?」
コクンと頷いて、うみがゆっくりと首と『指先』を動かした。
顔とは別方向に指先が蠢き、その先に目だけを動かすと何かの気配を感じる…1つ、いや2つか。
よくもまあ、あんなのを見つけられるものだ。
そう思った時に、一連の差配から目の前の少女の事を思い出す。この子もまた、忍びなのだ。
「見つけた!逃がさねぇぞ!」
「…!」
「貫け、電気石の矢よ!」
沈黙を破って飛び出した慎の攻撃は避けられる。だが兎型のディアボロを何かが貫き、一足早い梅雨の稲妻をもたらす。
やがてグラルスがこちらに顔を出し、その脇に降り立った少年は得意そうに鼻をこすった。
「ふふ、引っ掛かったね。俺の攻撃をかわしてもまだまだ、勝負は既に…」
「もー!あともう一体居るんだってば〜」
へへーん、どうだ〜。
なんて言ってる慎に向かって、うみは信じられないと言った表情で携帯を指差した。
キチンと書いてたんだよーってカミナリおとす。
「ああ、もう!逃がしませんよっ!」
「言ったじゃん。メールなんてえんどくせってさ。食らえ!スカーレッドノヴァホーク!ほーく、ほーく、ほ…」
「もう斬った…。差入れは稲荷寿司らしいぞ、一休みしたら一から洗い出してみよう」
ぷんすかぴー!
うみはころころと表情を変え、真っ赤になってイタチ型のディアボロを追い駆ける。
肩を竦めてメールなんて判かんね。と言いつつ慎も走り出した。
元気いっぱいの少年少女が追いつき腕を振り上げた処で、小紅が納刀した瞬間を見守る事となった。
見つけるのは及ばないが、視えてさえしまえば仕留めるのは容易い。
●四方に配る、菓子祀り
「残ってる五番は石鹸だよ。…子供達と作ったものだし、みんな楽しそうだね。このささやかな幸せを守れるよう、力をつけないとかないと」
「…楽しそうなのは良いね。こっちも楽しくなる。こういう景色のために戦ってるんだと思うと、やる気もでるね」
あれから響の提案で、集めた景品全てに番号を張りつけた。
箱に張り付けられた紙をみれば、中の分類が一目瞭然。
子供達に景品を配りながら呟く彼女に、洸太も頷いて同様の言葉を思い描いた。
「押すなよ、おれが先に当てんだぞ」
「ぼくがさきに…1番あてたからって」
「順番よ?きちんと並ぶの…。これとあと、一番ですって。玩具の箱とってあげて。銀弾鉄砲とシャボンのやつ…どの国でも御祭って楽しいものね」
「これかい?僕の地元は半端に都会でさ。お祭りがあっても、参加不参加で温度差あったな…」
鉄砲だぜ鉄砲!
エルザと洸太は顔を見合わせて、ついガキ大将を見送ってしまった。
後に残された、気弱そうな子供を心配そうに、あるいは他人事の様に眺める。
「このお兄さんが一緒に探してくれるから頑張ってね。お願い出来る?」
「いいよ。と僕は参加しなかったけど、今思えば顔ぐらい出しても好かったかな」
「御探し物ですか?アララ、鉄砲の数が少なくなっちゃったね。私も手伝いますよ。じゃあ一緒に向こうを探してみましょうかっ?」
「うん…」
エルザは子供を洸太に託す。
こういうのも悪く無かったかな。と言いつつ探し始める彼を手伝って、うみがサポートに入ってくれた。
はずれ麦が多く、まして目当ての番号など都合良く見つかったりはしないものだ。
「僕らも軽く楽しみますか?」
「そうだな。偶には過程を楽しむのも良い。…少し本気で、あのクジを探してみよう」
グラルスの言葉に小紅はチラっと景品コーナーと子供達を眺めた。
銀玉鉄砲でもいいが、2番にある小鳥や猫の頭をしたガム出し装置も人気の様だ。
その辺でもいいなと思いつつ麦を幾つか開いてみた。
「4番はラムネ菓子か飴ちゃんですけど、どっちにします?なかなか当たらないのが良いですよね」
「お、何が欲しいのかな?もってたら交換し…」
「まあ、賞品は子供達にあげるから最後に頼む。いまは祭りを楽しめればそれでOKだから」
沢山はずれを引いた後で響の元に交換に行くと、やんちゃな取り巻きを沢山連れて慎が交換を申し出る。
だけど今はいいさと楽しむ事にして、最後に交換会と洒落こもう。
「そういえばリップマンさんは絵の方、完成したのかしら?」
「絵が完成したら、見せてやらん事もないと言ったからの。そらっ」
自分でも幾つか麦を開いて、海老せんべいやお茶を何本か貰ったエルザは、ゆったりと風景を眺める八握の元へ歩いて行った。
そこには田園を臨む神社の前で、戯れる子供たちが描かれている。
「キャンパスを通して眺める風景も、また素敵なものね」
「そうかもしれんな。…どうした、花火にはまだ早いぞ?」
「へへ。特等当てたから一緒に遊ぼうぜ。あと…、コレ」
「あたちもー」
昼の花火も良いかと思っていると、子供達が手に手に何かを持って集まって来た。
小さなおててには、当てた飴の一部だろうか?
一人一人は少しでも、みんなで持ち寄ったので、仲間達が持ち帰る分くらいはありそうだ。
「ほれ、最後ぐらい笑わんか」
「…もうちょっとしたら俺達、帰るけどさ…。またねー!」
「またあしょぼーね」
土産と言うにはみっともない飴の山…。
でも、大はしゃぎしていた慎が、ちょっとだけ寂しそうな笑顔で笑いかけるには十分な一撃だった。
きっと一番の収穫とは、守り切った子供たちなのだろう…。