●硝子の園
「新緑が美しいな。いい環境で良い物が作られるというなら納得はいく」
ゴンザレス 斉藤(
jb5017)が見つめるのは、工房の脇にある庭園だ。
植物の脇に硝子の蝶や鳥を見つけ、仲間の少女達が声を上げている。
「…おぉ。…これは、楽しみですねぇ…」
「良い物を造るには環境からですか…。効率重視では殺伐とし過ぎますからね」
月乃宮 恋音(
jb1221)がつつく判り易い造形のテントウ虫や蜻蛉の向こう側に、精緻なモノを見つけた。
デフォルメされた物から、興味が惹かれるようにか?
なるほど、とフレデリカ・V・ベルゲンハルト(
jb2877)はゴンザレスの言葉に頷く。
自分がもし続き物を造るなら、同じモチーフを使ってどんな作品を置くだろう?
宝飾飾りか、それともいっそ花瓶でも…。そんな風に遊び心をくすぐってくれる。
「気に入ってくれたかい?」
「ああ。どういう人物が作っているのか、非常に興味深いな」
「引退されたそうですが、もし、あなたが負傷による退役を余儀なくされず今でも戦い続けていたら、私がこの場に現れる事も無かったかもしれませんね……」
不思議な物です。
掛けられた声に、ゴンザレスとフレデリカは緩やかな笑顔で返した。
普段のクールなフレデリカを知る者からは、想像も出来ない。
こういった場所では、一人の少女なのだろう。
「ヒヒイロカネは硝子細工にも利用出来るのですか?初耳です」
「調金細工と組み合わせてるだけだよ」
「硝子細工の体験なんて初めてなんだが、調金も教えてくれるのか?ワクワクするぜ!ついでに言うと、広島も初めてだけどな」
首を傾げるフレデリカに、職人は影絵のように両手を組み合わせた。
硝子の宝玉に、ヒヒイロカネで指輪やブローチにしたりするのだろう。
話に首を突っ込んで来た蜘蛛霧 兆晴(
jb5298)へ出来る範囲でね、と答えた後で、笑って箱から何やら取り出す。
「まあ裏技を使えば、簡単で済むけどね。どうやって造ったと思う?」
「なんだこりゃ?折り紙を硝子で包んでやがる、マジでやったら燃えるんじゃね?」
「ああ……透過させただけですよ。折り紙の形に硝子ではなく、中の空洞の形に折り紙の形状を合わせたのでしょう」
硝子の玉の中に金色の紙で折った舟。
驚愕する兆晴に、面白くもなさそうにフレデリカが指摘する。
人間文化好きの天魔がよくやる遊びだが、技術もへったくれもないのがつまらないのだろう。
「例としては面白いですね。勉強させていただきましょう」
「参加した仲間で相談するのも面白いよ。技術的な事は当然教えさせてもらうけどね」
「そうだな。判らない事は、ばしばし質問させてもらおう」
「いいんじゃね?せっかく八人もいんだし、皆でわいわいしたいよなー!」
感心するセレスティア・ノエル(
jb3509)に続き、ゴンザレスや兆晴も納得した。
これだけ個性の事なるメンバーならば、きっと楽しい作品ができるに違いない。
●更なる可愛さを獲得する為、参上っす!
知夏、参上!
とーう!
「簡単に千切れたりしない工夫って、ないもんすか?」
「…ええとぉ、糸ではなくワイヤーや鎖で〜。…ボタンでは無くフックとかは、その、駄目ですか?無骨な部分は、隠さないとですが…」
きゅっきゅきゅー。
しゅた〜ん!!
ダイナミックなジャンプでリボンを引きずり、大谷 知夏(
ja0041)はクルリとターンを掛けた。
追いかけるリボンのひらひら具合に満足して、おててをフリフリ尋ねてみる。
突如話題を振られた恋音は、ドキっとしながら発注書を隠し、生真面目に思案を始めた。
手元に用意したチェーンを、着ぐるみの上から知夏に巻いてみる。
確かに糸ではなく鎖なら強度はあるし、思いっきり引っ掛けでもしなければ千切れる事も無いだろう。
「隠したい所は保護色にして、目立たせたい所は対比色にしたら?黒地に金はとっても目立つし、黄地に金は隠せるんだよね」
「角度とポーズ次第で目立たせ方や感じ方を変える事も出来ます」
「…あ、あうー。は、恥ずかしいですよぉ」
こんな感じでね?
金色の鎖をつまんだソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)とセレスティアは、恋音の髪に巻いてみた。
そのままでもサークレットには十分だが、黄色の折り紙の紙兜を挟みこめば、即席ティアラの出来上がり。
折り紙自体は良くある物だけど、強調する向きや配置だけでここまで変わるのだ。
「親方、まずは設計で次に練習でいいんですっけ?最終的にはこう言うのが造りたいんですけど」
「親方はよせよ。まあ、いきなりやっても難しいと言うか、できちまったらこっちの商売あがったりさ。ザックリ大枠で造って確かめてから、本番に挑むなり俺らに注文でいいぜ」
不思議と止まった話題に、ここぞとばかり袋井 雅人(
jb1469)は職人に尋ねた。
ドラゴンゾンビ君の写真を指差して、話しを待つ。
「ウサたんもだが目指すべき明確なイメージがあるのはいいな。あとは過程や種類を変えて見るって事でいいんじゃねえか?意味のある積み重ねなら、良いも悪いもねーよ」
「そうですよね、その時の全力なら無駄な物なんてありませんしね!」
「これってクズ鉄で造ったの?でも…、練習込みでいいなら助かるな…」
難易度が上がりそうだけど、頑張ってみようか。
二人が覗き込んで居た写真の正体に、ソフィアがようやく気がついた。
歪な龍は元々の形状なのか、それともデザイン上のものなのか区別は付かないが、良く見れば見慣れたクズ鉄製。
クズ鉄の積み重ねが強化アイテムを、ひいては雅人を鍛える様に、工芸に置いても無駄な行程などないのだろう。
ソフィアの方も安心して、脇に挟んだ二色の硝子板を重ねてライトに透かす。
「どうせなら両方入れてみようかな、と思ってたんだよねー」
「ちょ、ソフィアちゃん先輩〜。知夏のまだ途中っす〜。一緒にこの着ぐるみに、似合いそうなのを作るっすよ!」
「俺が持っといてやんよ、二人ともパーっと作っちまいな」
ごめんごめんとソフィアが知夏に謝って作成開始。
代役の兆晴は衣装持ちに転職し、着ぐるみに鈴付きスカーフやカスタネット手袋を装着し、一人音楽隊を結成させる。
それが終わった後で色ガラスの切断を手伝い、狙い通りの色合いが出るか悩むソフィアに付き合う。
「こっちは太陽…に、花か。向日葵とかじゃなくて?」
「そだよ。前に太陽、後ろにお花。コロナで…って感じ?向日葵も悪くないけど、今回はちょーっと違うんだ」
「向日葵だと色彩変化が必要なのと、緑が目立ちますしね…。私も似たような感じなので参考にさせていただきます…」
カリカリとダイヤのペン先で傷と色をつければ、元デザインの出来上がり。
気に入れば試作品を造り、気に入らなければまたデッサンからやり直す…。
兆晴とソフィア、そして新たにテーブルを寄せて来たフレデリカ達は、似たようなコンセプトで別の物を製作中だ。
二種の近縁イメージの物を、一種としてデザイン。
後は魅せ方、隠し方で、別々の仕上げになる予定である。
●思い出は万華鏡のように
「うお、やべえ。手伝ってるうちに時間が…。つっても俺センスねぇからどこをどうとかどんなアクセがいいかとか分っかんねぇし、どうすべえ」
「無理に細かい物を造る必要はないと思いますよ。私達も難しいのは避けてますから」
「普段の使いの物でも、いいんじゃないですか?」
職人さんにアドバイス貰うかな?
そう口にする兆晴に、フレデリカはペン先を動かしながらデッサンを仕上げる。
彼女が造っているのは昔に流行った魔法のコンパクトで、保護のプラスチック外装は閉じるとファンシーな絵柄の為、鞄の飾りにしても違和感が無い。
開けばファンネル…漏斗型に組まれた指輪や付け爪などが複数仕込まれており、蜂や蜂の子だろうか?
雅人はその様子を見ながら、友人の為に簡単な方法を考える事にした。
男性陣にああいうのは敷居が高いよね。
「いつも使ってるのを素直に置き換えて、硝子飾りがついてるだけでいいと思いますよ」
「…あの、私のもそうなんですよぉ?花型のデザインにしただけでぇ…。せっかくなので、まとめると花束や首飾りになるようにしてますけど」
「こちらもそうですね。最終デザインが白い翼で、指輪を何個か造るだけですけど」
雅人の解説に続いて、恋音がおずおずと見せてくれた。
どの装備がどれに対応するというマーカーとしての役目に変わりなく、後から後から足して来た物を、今回リニューアルするだけの話。
その組み合わせを思いつくのが面倒だが、さっさと決めたセレスティアなどは、既に作成中だ。
試作はちょっと歪んでいるが、素人が初めて造ったにしては中々の出来栄え。
「躊躇ない行動だと流石に早い。なるほど…、熱したガラスは素早く引き伸ばす…、なかなかに難しそうだが興味深いな」
「延ばして凹凸とか造るの難しそう…。いっそまな板を組みあげて削るかなあ」
「うにゃ。まな板では…ないっすっよ。…知夏の迸る、熱い思いを、無料大数ほど注ぎ込んでやるっす!」
やはり可愛いのが主流なのか?
ゴンザレスはソフィアや知夏のデザインを見つつ、お約束の胸談義の後ろで心のメモに刻む。
息を吹いてから切ったり延ばしたりする方法から始まって、板硝子を溶かして整えるだけの物。
あるいは切って貼り付け…と、無数の細工方法があるように、職人が聞きたいアクセサリーの様式も様々だ。
自分のデザインを再現する為、悪戦苦闘する彼女たちを見ながら彼も取り組み始める。
「こうやって造ってると楽しいですね。親方、良かったら進路の一つにいれてもいいですか?」
「構わねえけど色々他所も見てからにしな。先は幾つもあるだろうし、他で覚えた技術が役に立つもんよ。…嬢ちゃん、なんだったら両方やってみたらどうだ?連作なんだし」
「それもそうね。悩んでるのもらしくないし、パパっとやってみるわ」
「悩まねえ方がいいのは確かだな。俺も一気にやりとげてやんぜ!」
熱い熱いと呻き、固まって加工できなくなって騒いだり…苦労する事さえ楽しい気がする。
雅人はみんなと一緒に汗を流しながら、職人や他の仲間達をみつめた。
積んだ板硝子を溶かしてもらいながら、自分で延ばしたり炙ったりするソフィア。そしてようやくデザインを決めたらしい兆晴が、こうしてくれ、あれが欲しいと忙しく作業中。
造った物を思い出すたびに、きっと楽しい思い出がよみがえるのだろう。
今作っている追加品もまた、二人で笑いあう事になるのだろうか?
「でけたっす。多少形がアレっすけど、重要な気持ちっすよね!みんなはどうっすか?」
むぅ〜。
唸りと共に仕上げを終えた知夏が、速くショーをやろうと騒ぎ出した。
何人かが止めている間になんとか大枠で造り上げ、舞台の開幕である。
●まじかるファッションショー
「さぁさぁ!知夏のアクセサリーと、着ぐるみに注目っすよ!」
「ち〜か、ちゃーん!」
煌めくステージへ、付き合いの良い男が歓声をあげた。
知夏は兆晴に手を振ると、右に左に踊り出し、着ぐるみに仕込んだカスタネットや鈴を鳴らしてトリプルアクセル。
「上下からも音?ブレスレットやアンクレットにもつけたのですか?」
「いえ〜っす。こんなに動いても、大丈夫っすよ!もちろん隠密作戦では外すっす♪」
セレスティアが気がついた所で、知夏は魔法の明かりで光を増やす。
バンドで止められたガラス飾りが手首足首を煌めかせた。
「せっかくなのでこのまま行かせてもらいますね」
「しかし、皆、いい感じのアクセサリー作ってポーズも凝ってるな。カメラを持ってくればよかったな…」
せっかくなので、と明かりがついている内にセレスティアが交替し指輪をつけ変え始めた。
中央の台座に硝子の翼を置いて、ポーズを色々決めた後で、別の羽指輪へ入れ変える。
微妙に違う形状を現す中で、ゴンザレスが残念そうに立ち上がった。
「斉藤、ここに見参…、武士の納刀をイメージしてやってみたが…、なんだか切腹のように見えるな…。TVで見たときには、格好良いように見えたのだが」
「案外、俳優たちもそう思ってるかもだぜ。さーて、俺のも見といてくれよ!いざ、蜘蛛との永久を契る蜘蛛霧家が嫡男、兆晴!…蝶みてぇに、蜘蛛の巣にかからねぇ様気ぃつけてくれな?」
雰囲気を合わせて見たのかもしれない。
ゴンザレスが舞う硝子の剣舞から、納刀に至るポーズと背中合わせに、兆晴は蜘蛛型腕輪を見せつけた後で、素早く鋼線を展開した。
忙しく動かし編みあげ、糸の上で何かが動く。
右手から左手にパシっと捉えた時には、蝶の指輪が収まっていた。
「…おぉ、御先にどうぞぉ…」
「後になるほど出難いですよ?」
硝子の花束に隠れた恋音を急かして、フレデリカはコンパクトを軽く叩いてターンを掛けた。
箱が閉まる前に蜂飾りは確かに見えたのに、ちゃんと指輪やカフスを装着している。
試作品と完成品を使い分けただけなのだが、傍目で見ると手品の様だ。
「おっまたせー。あたしもいっくよー。女の子は度胸だって」
軽快なステップで颯爽と歩くソフィアは、フリルドレスにアクセを散らし、胸元に大きくワンポイントを入れた他は、所々に目立たず配置。
同じ花をイメージしているのに…と、なんだか恥ずかしくなった恋音は、必死でコーディネイトを整え直す。
「ど、どうでしょうかぁ?」
「いいんじゃない?作った物に合わせるなら、私はやっぱり明るめで花をイメージしたものがいいし、あなたは落ち着いた感じが似合ってるもの」
頼りなく説明を始める彼女に、ソフィアは文字通り花を持たせた。
元の個性が違うのだ、同じような魅せ方である必要もあるまい。
「トリですね。なぜか私のライフワークになってしまったドラゴンゾンビ君です!でも、パーツを分割するひとつひとつは可愛いアクセサリーになるんですよ」
最後に雅人が黒い硝子細工を崩し始めた。
恋音の隣で、龍型をばらして1つ1つ彼女と同じように説明を始める。
丸みを帯びたフォルムは愛らしく、確かに元を知らねば想像も出来まい。
こうして舞台の幕は閉じ、賑やかなまま一同は、お土産の指輪を貰って帰路につく。
欲しい人は改めて作品の代金や発注書を書いて、広島の旅は終了となった。
「…さっきはありがとうございますぅ。そのぉ…。…お誕生日、おめでとう御座いますぅ…。…う、受け取っていただけますかぁ…?」
「…?良く判りませんけど、ダアトの月乃宮さんには黒猫さんが似合うと思って…、良かったらこれを貰ってくれませんか?」
帰り路の途中、少年と少女は手作りの小物を交換した。
薄桃色の花は龍が護る宝樹で、黒猫は月夜に啼く使い魔だろうか。
天然な二人が今日の日の事を語るのはいつの日か判らないけれど、今は微笑んで帰宅を果たす。
その時は、きっとこの思い出も宝物になるだろう。