●月の無い夜に
「それでね、こんな月の無い夜には姿を失った悪魔が現れるんだよ……」
「肉体を失ったのなら、介入も出来ないんじゃないの?」
月が雲に隠れれば、辺りを照らすのは星の明かりと街灯だけ。
不安を助長するには、月の細い夜は十分過ぎる要素だ。
ライトを光量を落とした藤沢薊(
ja8947)は、頼りなさげな首筋や肩を縮めて囁く。
そこからギュンギュンに薫る感情を眺めて、うれしそーだなーと白鳳院 珠琴(
jb4033)は付き合う事にした。
「そう…。チャンネルの合わない人にはただのおとぎ話。問題なのは…波長の合う一部の…、俺達みたいな撃退士が…」
「危ないって訳なの?即興の怪談にしては上出来だけど…、その目と口は止めなって。効果半減だよ」
ちぇー。
言葉では悔しそうにしながらも、薊の目と口はとても楽しそうであった。
だから、お姉さんぶる珠琴の忠告にも笑い返す。
「だって俺の構成要素は、煎餅と悪戯と実験だもの。楽しくなくちゃね…っとっと、忘れてた。ハイ、これ。せっかく星が綺麗な間にっと」
「ん…。ああ、天盤の配列を駆動キーにしてるのか。預かって置くから、済ませてしまうと良い」
薊からライトを預かると、森次 飛真(
jb5496)は少女の様な姿をじっと見た。
雲間を抜く星の輝きをイメージして、脳裏に描いた力を織りあげる。
星座を心のトリガーにした独特の様式を経て、その力は発動を開始した。
「どうした?微笑ましいが、そんなに珍しい光景か?」
「いや…。ちっとも夜を恐れないんだなって。こっちもそうなら相手にも居るだろう?」
神官や巫女の託宣の如く言葉を聞きながら、飛真は別の事に思い至る。
それは夜を恐れぬ薊の様に、薄気味悪い戦場を我が物と出来る者も居ると言う事だ…。
仮想敵が仕掛けて来るとしたら、どこからだろうかと思案する。
矢野 古代(
jb1679)はなるほどねえ…と呟き、次いで意地悪な笑顔を浮かべて言いかえした。
「…まっ、やり方次第だろうよ。状況なんて自分で作るもんさ」
帽子を目深にかぶり、目線と足元を見比べる。
足元を照らす明かりはこんなにも暗く心細いが、帽子が邪魔する正面は真っ暗闇。
有利と不利なんて相対的な物だ。
どう認識するか、どっちが仕掛けるのかで何もかもが変わる。
才能では埋める事の出来ない経験の差を、精々活用するとしよう。
●闇夜の立体魔法陣
「…見つけた。倉庫街を出て、寺か神社を探してるんじゃないかな?」
「おっけー。ということはやっぱり、あっちも『御宮でお守りをもらえ』って指令みたいね」
天空の目が、鷹の様に遠くを見つめる。
翼を展開して家の屋根に登った鹿島 行幹(
jb2633)は、視界の端で右往左往する明かりを見つけた。
固定された街灯は昭和時代の名残で弱々しく、ライトと区別は難しい。
だが、あれだけ動いていれば推測できる。
「そうだとは思う。…道具に当たる便利系はOKって話しだが、飛ぶのは大丈夫なのかね?」
「いいんじゃないでしょーか?ま、駄目でもロープで登れる範囲なら言い訳には十分だよ。それはそれとして、御宮の解釈と現在位置は大丈夫?」
「問題ありませんわ。寺と神社が混ざった建物も考えられますけど、水利で栄えた町であるならば、水の女神を祀った場所と思われますわ」
着地する行幹へ、楓はブラブラと手を振って街並みを眺める。
道が曲がりくねって、直進も直視も出来ない判り難い造り。昔の城下町ってこんなんだっけ?
探せば城跡もあるのでしょうと教えてくれるシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)に礼を言って、普段なら素通りする田舎町へと心を馳せる。
今は療養を兼ねているが、夏祭りの頃に、彼氏と一緒に歩くのも楽しいだろう。
「やっぱりありましたよ、鹿島さんの予想通りです」
「持ち物が制限つーか忘れてるからな。周囲にある物は何でも利用するつもりで行かないと」
「町名改正前の表現ですわね…。ちょっとまってくださいまし。『うだつ』のあるこの建物がこのどれかとして…」
周囲を探していた杉 桜一郎(
jb0811)が、行幹が駆け付けた。
そこには町内を案内する看板が段ボールと紐で造られており、インスタントカレーや栄養剤の古ポスターと共に並べて張ってあった。
シェリアが時代に取り残された看板に四苦八苦していると、桜一郎が指を滑らせて解説を始めた。
「さっきまで居たのが水主町で、倉庫街が向こう。方位術を使った回数から逆算するとここ。目指す神社は多分コレです」
「明神…宗像三女神でも祀っているのかしら?ともあれ目的地はあちらみたいですわね。妨害いたします?」
「妨害かぁ。町に妖怪でも居たら楽しいんだけどね。地形は把握したし、こっちから仕掛けてみよう」
敵対してたら神も妖怪も似たような物ですわ。
…と演劇で覚えた受け売りで身も蓋も無い事を言いながら、シェリアは目線で礼をして歩き出す。
楓が言う様に、この時点でA班は地理と方角を完全に把握している。
既知を分類する事が魔術・陰陽術の始まりであるならば、協力し合ってできるこの態勢は、きっと魔法陣と呼ぶのであろう。
はたして、Bチームの運命やいかに?
●悪戯妖狐にご用心!
「待って…置いて行かないで…」
「きゃん。っきゃー!」
「落ち付け、ただの妨害だ。一端は慣れて呼吸を整える……うおっ!」
思わず珠琴を追い駆けようとした楓は、術式を発動させながら対象を切り替えた。
今は彼女よりも、落ち着いて後方へ遮断に来た古代が先だ。
束縛すると追いすがって額に手を伸ばし、読み取り始めた意識に流されかける。
「っ!のいずが〜。あー、もう…。んにゃ…っ、やばっ、気がつかれてる!?引き返して!」
「ばれちゃうとは…サトリかい?まあいい。勝負の世界は非常なのだ、と教えてやるよ小娘と小童ども……」
行動を縛った男がとっさに銃へ指先を延ばした時に、感じる強烈なプレッシャー。
楓は自分が感じた感覚では無く、リーディングしている最中の記憶が原因であると気がついた。
理由は知らないが、古代は銃を握る度に心に痛みを覚えているのだろう。
吐き気がしそうなその感覚を押さえつけ、乗り越えた先で『待ち構えられていた』事実に辿り着いた。
気がついた次点で走り出し、束縛している時間を活かし脱兎となって走り出す。
「…引き返して…」
「…?そこのお方……私の腕を知りませんか……ワタシノウデヲ…シリマセンカ……!カカカ…、ぎにゃー!!!」
「ワァ!−イ!!アハっヒャヤハハ!!」
せっかくの忠告も、このタイミングでは間に合わない。
髪形を変えて変装をしたシェリアが、雰囲気を整えようとして喋り始めた処を、カウンターが襲った。
薊は決して特別な事をやった訳ではない。
仕掛けようとする処で機先を制し、ただ大声で笑い声を出しただけだ。
怪談で来ると判っている人間に怪談は通じにくい。こう言う時には、単純明快な方がいいと悪戯を繰り返す日々で、知っていたのかもしれない。
「フヒヒ。逃がさない……逃がさない……逃がさない…… 俺と一緒ぉ……」
「ぎぎぎ…。悔しいですわ、わたくしとした事が奇襲返しを許してしまうだなんて。なんたる屈辱」
薊の可愛い顔が歪んでる。
ドヤドヤドヤ…!
怪談調の台詞とは裏腹に、物凄い喜色満面の笑顔で追い駆けて来る。
とっさにダッシュを掛けてその場から撤収したシェリアは、手配を読み負けた事では無く、どうでもいい事に対して猛烈な怒りを覚えた。
ああ、なんという事でしょう。
あんな演技で怯えると思っているのでしょうか……。
「ふー。なんとか撃退しましたね。…でも放っておいていいんですか?こっちの把握している範囲からでちゃいますよ?」
「いいんでない?勝てば良い、でも楽しむのも忘れずに、だ。」
これ以上は危ないんだよね…。
建物などの配置を利用して間合いを呼んだ飛真は、冷静に状況の推移を予測した。
逃げ出したフリの珠琴は迂回して先回り、薊はそのまま追撃に移行中。
脅かし合いでは有利にあったが、いつまでその優位が続くか判らないからだ。
そんな彼と共に策敵に回っていた古代は、大人げなく最後まで愉しむ事にした。
「それにこれが授業なら、察知された状態でどう動くかという演習なんだ。せっかくの機会を利用しないと損だろう?」
「手段を楽しんでないですか?(…フォローが必要そうだね)」
元々そっち側に行く途中で、妨害してきたのだ。逃げる先に御宮があるのだろうとニヤリと古代が笑う。
ならば少年少女達にも、ギリギリまで愉しんでもらうとしよう…。
そんな彼の心を知ってか知らずか、飛真はどうするべきかを考え始めた。
●闇夜の攻防は順逆自在!
「きぃー悔しい〜。この御守りまだ次が出ませんの?」
「はやくはやく。早くしないと追いつかれちゃう!最終地点は判ってるんだよね?」
「元居た川舟のある場所だよ。最後だし、ちょいと慎重に行くか。……といっても、行軍速度を落とさない程度にだが」
攻守逆転したシェリアと楓は、目標地点の神社でお守りを貰っていた。
投入したコインが転がって、アナクロなスイッチでガコンと動き出す古めかしい販売機。
学園製のお守りに変えたせいか、ほんのちょっと動きが鈍い。
自販機と呼ぶにはいかがわしい仕掛けが、ようやく1つめを吐き出し、2つ目をリロードし始める。
あと少しで2つ目を受け取り、先行組も合わせて全部だと思った、その時…。
行幹の予想していた変化が訪れる。
「照明!?もう追いついて来……、こっちを優先したという事ですか?」
「向こうは2人追い駆けて来たんだろ?なら一人が先行していたんだ。この先は気をつけた方がいい。そろそろ何か仕掛けてくるぞ」
「落ち着いてください。手段は限られています。後は戻るだけ……とりあえず協力して頑張ろうよ」
焦るシェリアを宥めて、行幹と桜一郎が先を促す。
ゴトンと落下したと同時に駆け出すが、強烈な明かりが余裕を失わせる。
襲撃に失敗して、逆に追い込まれたという焦りがパニックを誘発していたのかもしれない。
もっとも、この明かりは襲撃者にとっても不本意だったかもしれないのだが……。
「(しっぱいしっぱい。やっぱり使いこまないと調整は難しいなぁ…。まあいいや、ここで退くのもボクらしくないよね?)」
「……?おかしい、ですね。何か仕掛けて来るタイミングのはずなのに、こんなに静かだなんて…」
一足先に自分のコインで御守りを買っていた珠琴は、境内にある林から様子を窺っていた。
準備の為に使った術の光量の調整に失敗したが、結果オーライ。
予定通り襲撃する事にした。
術式の調整はオリジナイズできるほど修練していないと難しいが、この襲撃方法ならば間違えるはずもない。
幽霊よろしく『壁の中』に隠れ、視認もできない位置から、一気に襲撃しようと言うのだ。
物音など出るはずもなく、容易に成功するだろう。だが、桜一郎はその静けさゆえに何かを感じ取っていた。
「うーら、めえ〜しやー」
「来ます!っ反撃…じゃなくて阻霊符!」
「あいよ!ってか、誰も阻霊符を持ってねぇ!?」
「なら私がっ、このうらやまけしからん胸がいけないんだよ!」
壁を通り抜けてゆっくりと近づく珠琴へ、思わず攻撃用の術札を取り出しかけた桜一郎は状況を把握した。
自分の札から指先を離し、透過を封じる阻霊符を要請したところで、行幹は班の誰も携帯品を指定し無かった事を思い出す。
仕方無いので修羅と化し、目を朱に染めて襲いかかる楓が迫った処で、襲撃者はからくも脱出に成功した!
もし阻霊符が発動して居たらポーンと飛び出されて、捕虜となった珠琴は私怨を交えたワキワキ拳であーんなことや、こーんな目にあったかもしれないが、その危険は過ぎ去った模様である。
「危ない危ない。ボクとした事がヤバかったね」
「こっちこっちー、みんなお守り買ったよー」
「むわーて〜っ痛!っ、いちちっ!」
「怪我してんだ、無理すんな。俺に任せて先にいけ!」
珠琴は手を振る薊に合流すべく、笑顔で走り出した。
襲撃には失敗したが、お互いの攻防はアトラクションじみてなんだか楽しい。
感情を収穫する天使にとっては楽しい一時だったんじゃないかなーとか思いつつ、笑いながら駆け出して行った。
その様子と、年下なのに揺れる一部を凝視した楓は、走りかけた途中で体の軋みに呻く。
傷の痛みを思い返し、行幹は自分が殿軍を牽制を担当しようと名乗り出た。
「それじゃあ、あなたが…なんて心配は要りませんでしたね。では、この場はお任せしますわ」
「そう言うこった。飛んで追いつくから」
「こう言うのも変ですが、御武運を」
シェリアが納得して楓を気遣いながら駆け出す。
行幹と桜一郎は暫く視合うと笑って別れた。
ここから先は速度が勝負!
後は先にゴールへ辿り着くだけである。
●花空の川下り
「緊張してたせいか、ちと喉が渇いたな。ちょいと一服してから帰るか?」
「そだねーお菓子もあるし、悪くないよね。いえーい、勝ち〜。花火買ってもらう約束だしねー」
「オジサンを走らせないで欲しいなぁ。まあワリカンだし、構わないけどね」
「えー買ってくんないの?大人なんでしょー」
道筋を把握していた事もあり、行幹がショートカットするとゴールに先に辿り着いたA班が勝利となる。
楓は差入れのカップラーメンに御湯を注ぎつつ、勝者の証である花火の供出を求めた。
優先的にもぎ取ったお菓子は川舟下りの間に食べてしまうとして、一足早い花火大会も悪くないだろう。
そんな中、一重どころか二重構造の大人げないオッサンに、薊はへきへきする。
それでなくともプレミア品の煎餅が、目の前で勝者の懐に消えて行くのだ。
「んーでも夜の散歩道もよかったなー。川舟下りも含めて、ロマンチックだよね」
「今度はぜひとも夏に。心霊スポットで本物の肝試しをしてみたいですの。もちろん、この花火も……と一緒にですわよね」
聞こえなかった言葉は、彼氏だろうか、それとも今回の仲間だろうか?
そんな事を思いながら、楓はシェリアの言葉に微笑んだ。
どっちであっても楽しいに違いない、ならば聞き返すのも野暮だろう。
「うんうん、面白かったねー。薊ってば、ずーっと笑いっぱなしなんだよね」
「もー言ったでしょ?俺の成分は悪戯で出来て居るって。あと…、煎餅。おせんべほしいなあ」
「コレをどうぞ。ボクは勝てただけで十分です。良かったらまた対戦してください。パートナーでもいいですね」
「そうだな。場所が変わるなり、メンバーが変わるなりすればまた別の出会いがあるだろう」
その笑顔を収拾すべく、花火大会でも川舟下りの中でも、珠琴は積極的に話題を振った。
喜色満面の薊は、桜一郎にアーンしてもらって高級煎餅の味を楽しんで居る。
飛真が言うように、次の出逢いにも素敵な収穫が溢れているに違いない…。