●朝錬よりも早く来たれ!
「寒っ」
「相手が使ってる時間が判らねーンだから、仕方ねえだろ」
とある廃屋の前で、吐く息も白く染まる頃……。
朝日を背負って指揮者・遊佐 篤(
ja0628)と撃退士・杠 翔輝(
ja9788)が歩く。
「なんだったらお前も体ほぐしてくりゃーいかったろ?まあ、俺は元々、パルクールの練習できりゃいいやと思ってたからだけどよ」
「別の用事だったんだ、そこまで付き合えるか。で、ルートは絞りこめたか?」
「多分……、ね」
パサリ。
取ってきた地図を睨んで、別の仲間とお見合い。
二枚の地図を交互に見比べ、魔を砕く誉・高峰 彩香(
ja5000)は指先を滑らせる。
「ここと、ここ?ここいらへんはザっと見れば判ると思うよ。後は現地組に任せる!でも…、いくら廃屋でも、無断使用はいただけないよね」
「誰も使ってないなら、いーんじゃね、とも思うけどもな。まあいいや、登って確かめてくるぜ。ケツ持ちヨロ」
「あいよ、行って来い翔輝。向こう側の連中と間違えるなよ?」
トントンと飛び出す二人の足音が、途中で1つ消えた。
「送信っと。じゃあたしも配置につこうかなっ」
指先で端末を弄り、彩香は別方向から確認する仲間へメール。
猫のように身を縮め、裏手へ歩き出した。
「……あ、高峰さまからです。あちらは行動を開始したと」
「若いっていいわねー。それとも秘密基地にロマンを感じてるのかな?でも秘密基地だなんて、あたしも欲しいわ」
服越しに感じる震動音。
代表して連絡を受け取った撃退士・香月 沙紅良(
jb3092)は、ヘッドセットを弄る撃退士・青木 凛子(
ja5657)達へ短く説明した。
「私達が先生から鍵を受取ったという事は、普段は施錠されているという事です。となれば開錠できる撃退士か、透過能力を持つ天魔か…」
「天魔の可能性が低いなら、犯人は学生かな?バレなきゃ良いと思ってる連中、あるいは何も知らないチャイルドの線ね」
沙紅良の言葉に修正付けて、クレバー姉さん・結城 馨(
ja0037)は対象を絞り込む。
後は何某かの情報があれば、犯人を絞り込む事ができるだろう。
「よしよし。寝ぼすけは無しで記録装置を動かした形跡は無しね……、あたし達も行きましょうか」
「よかろう。用件が済んだところだ、内側から先導するとしようか」
「時間をかけたくないから沙紅良さん達は外側の確認を、スレイアーさんは扉周囲から捜索をお願いします」
感度良好っと凛子が受け取った連絡を手早く仲間達に伝える。
最後のワンクリックを名残惜しそうに、能力者・ルーガ・スレイアー(
jb2600)が携帯を仕舞いこんだ。
内部と外部を同時に済ませようと言う馨の言葉に全員が頷いた。
●静寂と痕跡
「便利ですねぇ。扉を開けずに色々が確認できるですよ」
「ふふふーん、うらやましかろうー。仕方あるまい、そこまで言うなら、冷蔵庫も早速……」
にゅーん。
撃退士・澄空 蒼(
jb3338)は、大胆に踏み居る仲間に笑顔を浮かべた。
小さな子が感心する姿に、胸を反らしたルーガも嬉しそうに探索を開始する。
天魔の透過能力は、許可したものだけが通り抜けるという点に置いて秀逸だ。
壁越しトラップを踏んでも発動しないし…、冷蔵庫を開けずに中だけを回転なんて曲芸も自由自在。
「ふむり。コンビニで買ったジュースやお菓子があるな。結構貯めておる、これはよい」
「コンビニ?ディスカウントで大量購入では無く……?」
「聞こえますか?外側の香月です。窓側ですけれど、番号3番を使った形跡があります」
ルーガと沙紅良の情報を受け取って、馨は目を閉じた。
素早く想定して、その案を何度も検証して確かめる……。
「何か思いついたですか?」
「3番は低く狭い窓です、大人が使うには不便ですから子供で確定でしょう。そうすると隠れるべき死角は上方という事になりますね」
「やっぱり子供なの?じゃあこの時間で無くても良かったんじゃ……」
「そうでもねえぜ。もう休みだからよ、入り浸ってるんじゃないか?」
首を傾げる蒼に、馨は答えながら手を振った。
扉周囲の安全を確認した仲間の手引きで潜入し、隠れておくためだ。
冷える屋根で待機する凛子が愚痴をこぼすが、すかさずフォロー。
「冷えるといやあ大人数で総IHって、効率悪くねえ?」
「ふふっ、そういうのには対策技もあるのよ。期待して待ってなさい…何、篤ちゃん?」
「来たぞ。お子様が犯人だって言うなら間違いないな、配置についてくれ3、いや4人かな?」
翔輝の疑問に凛子が優しく笑った。
まるで子供達をあやす様な彼女の言葉に、周囲が微笑ましく黙っている中で、事情は急変。
「正面から来ると思うか?」
「どうでしょう?見られて困るのはあの子たちも同じです」
「十中八九、こっちの雑用口側か窓だろうね。グルっと回るだろうから、屋根の人は気を付けて」
北口で隠れる篤の報告に、南口の沙紅良、彼女に合流しようと痕跡を消して歩いていた彩香が電話越しに相談。
音を控える為に内部組の返事は無いが、パーティ回線だから伝わっているはず。
子供達が施設を半周するまで特に変化は無く、ジリジリと時間だげが過ぎる。
●アンブッシュ
「パーティ回線の切断を確認しました。潜入組も準備に移った様です、結城さまのメール次第ですね」
「状況開始!勝つだけじゃ意味がねぇ油断すんなよ翔輝!」
「ガキンちょだとあぶねーし、簡単なもんだろ、さっさか終わらせて飯食おうぜー!」
がちゃりと雑用口が開いて暫く……。沙紅良の声の後、響いた震動で篤の合図に全員が一斉に駆けだした。
翔輝の言葉が全てを説明していると言って、過言ではない。
戦いに勝つ、そんな事は当然、大前提。
問題なのは…、子供達に怪我をさせない事、そしてパーティ会場である廃屋も無事で守り通してこそ、彼らにとっては成功と言えた。
「は〜い、悪戯の時間は終わりだよっ」
「わ、わあ!大人だ!みんな逃げろ〜」
「早いとこ諦めると良いです。寒いのはもう、やーなのですよ」
「一人目を確保しましたっ。即応したのか、もう一人の姿が見えません。杠さま遊佐さま、北口に向かっている様です」
部屋に2人入り、3人目が荷物を置いた処で彩香と蒼が強襲を掛ける。
だが良く見れば先ほど周囲に気を配っていた4人目が居ない。
臆病なのか判断力が早いのか即座に逃げ出し、沙紅良は予め厄介だと目星を付けて良かったと北口メンバーに連絡した。
「おーらいっ。発見!電気代の徴収にきましたよーっと!お届ものがそっちに行くぜ、サイン貰うの忘れずにナ!」
「こっちで印鑑だな。おい鈍足野郎!忍軍から逃げれると思ってんのか?」
「終りね。技を駆使して逃げても良いけど…、寒い中ずっと外だったの。凍えた指が狙いを外してしまったらごめんなさいね?」
「ちぇー。逃げ切れると思ったんだけどなぁ……」
壁を蹴って回り込む翔輝と篤が挟み、凛子が頭上から姿を現すと少年の冒険は終わった。
逃げれたとしても、二人撒くのは難度が高いし撃たれてはたまらない。
というかオシオキがきつくない内に、こうさ〜ん。
ぺたっと座り込んで、逃げない意思を明確にした。
「ったくしょうがねえガキだなあ…。勝手に学校の施設を使ったら、駄目だからな」
一方、中の方では……。
「無断使用は良くないですよ。使いたいなら許可を取らないと。ああ、それとですね逃げても無駄なので」
「画像も動画もしかと映っている。観念するが良い」
「反省してます。僕は悪くないんですっ」
「てめー、一人だけ良い子ちゃんぶるなよ。オレたち全員がきょーはんしゃなんだぞ」
ぺちこーん。
頭を抱える子供をワンパク小僧が叩こうとして、軽く馨に止められてしまった。
反対の手には携帯があり、同じくルーガも同様に構えている。
その姿はまるでエチゴのちりめん問屋の御隠居。現代社会の大好きな天魔は、どこかの動画で見知ったのかも。
「美味しいごはんを食べるため、張り切って成敗したのですよ♪」
「かくして一件落着!さあさあ!はやく焼こうではないか、鉄板を!味付けはなんだ?」
「いや、鉄板は焼かねーし!調理器具だし!」
「じゃあ報告を済ませたら買い物に行きましょうか。良い店を知ってるんです」
こうしてこの世で戦闘?は短時間の内に終了した。
●おゴハン食べて無事に帰るまでがミッション
「あら張り込んだわね。これ結構良い肉でしょ?」
「問題無いのですっ。食事代は先生持ちなのですね、だからみんなが思う存分お腹いっぱい出来るほど、豪勢な鉄板焼きパーティを行うのですよ」
「魚介類は中卸し、肉以外はディスカウントで揃えたので、費用はそこそこです」
最後に戻った仲間達へ凛子は微笑む。得意満面の蒼、フォローする馨に一々頷く。
エプロンを締めながら早速、手を洗いなさいと告げ鉄板へと向かう。
「此処に関しては部活として使用申請を出しちゃえば良いんじゃないかしら?部活の後で、こうやって大勢で食べたら美味しいわよ」
「サバゲー気味にもつかえるけど、運動系や文化系の部室でもよさそうだよな。パルクールなんて他の学校じゃあ肩身が狭いんだぜ?」
「あ、そっか。なんとか研究会って名前付ければいいんだもんな、あったまいー」
手は洗った?
そう尋ねる彼女にあったぼーよと、翔輝やガキンチョ達が手を振った。
小分けした材料は少なく、疑問が顔に出たのだろう。
「小さく、少量ずつ焼けば直ぐに焼けるし味も染み易いのよ。まあ飲み屋系のテクニック?さて、冬至にカボチャを食べると風邪をひかないっていうの、お野菜も食べてね」
「野菜が食べられないなんてお子様なのですねえ」
「野菜・・・。まあガボチャならいっか」
マジックカットを応用したビニールで、小袋単位でもみ洗いした確実な味付け。
子供の大好きな卵焼きやホットケーキも、二回りは小さいが、味付けは少し濃い。
「へぇ。こいつは美味いっスね、サイズが隠し味とは思わなかったなぁ」
「まだまだ満足しないでくださいよ?この後はお好み焼きですから」
「お好み焼きって関西風?広島風?せっかくだから教えて欲しいな、出来ることから手伝うよ」
「ほほう、お好み焼きとはそんなに種類があるものなのか?」
感心する篤に、馨は生地に練り合わせながら一言入れる。
彩香やルーガの要請に応える言葉を探しつつ、サッと鉄板の上でお玉を回転させ、クレープの様に薄い膜を造りながら……。
「簡単に言うと他の具材をまとめて焼くのが関西風、判り易く造り易いのがウリです。野菜や焼きそばを焼いて、重ねた層を圧縮し、生地で挟むのが広島風ですね」
「あたし達が試すなら、関西風がいいのかな?上手くなれば工夫し易いのは広島風だろうけど」
「あんなにあったキャベツが…。ひっ繰り返す手際も魔法の様です」
馨もサイズを小さくして、次々食べられる大きさで焼いて行く。
その様子を見守り彩香も知らないとは口にしつつも、やった事は無いだけで別に苦手でもないのだろう。
沙紅良と一緒に頷きながら、空中で手を回転させたり押しポーズ。
「混ぜてやるなら、もんじゃ焼を忘れちゃ困るぜ。香月と高峰も見てろ、まずはこうやって土手を造ってだなぁ」
「土手を造ってですか?こうして…あの写真は……、あ」
「失敗したのは記録しない、それで良いか?」
「まずは小さく焼き易いのを、ドンドン焼いて練習して、大きくしていけばいいです。成果は我々スタッフが美味しくいただくのですよっ!」
そんな姿に触発されたのか、篤がもんじゃ焼を造り始める。
汁気が多く、彼に教えられた何人かが土手を造る過程で失敗していた。
そんな沙紅良たちに、ルーガや蒼が声を掛けて、美味しくいただきましたと言う事です。
「うまいうまい、『お好み焼きなう』、『上手くなった、もんじゃ焼きなう』…こんな物かのう」
「ブログですか?美味しい物巡りの記事があれば、後で見せて欲しいのです。あ、今からテレビで見たパフェに挑戦するので、ご覧あれ」
「…リンゴやミカンだけでなく、お菓子も沢山買ったのはそう言う事だったのですね」
「アイデアもーらい。あたしの考えたトッピングだよ!」
ブログに投稿し始めるルーガを見ながら、蒼が腕まくり。
お前にできんのかよー、と馬鹿にするガキンチョにめげることなく丁寧に。
そうしてトッピングに、チョコやクッキーを砕いて、フルーツと一緒に載せ始めた。
買い物が一緒だった馨は苦笑し、彩香は真似して、数種のポテチを砕きトッピングの一環として混ぜ混ぜ。
「なるほどね。サラダでたまに見るアレを再現したってわけね」
「そうなの?出来ると思ったけど、やっぱり先にやってる人が居たか〜」
「ま、そんなもんさ。お前のが焼けたぞ、翔輝!受け取れ!!」
凛子の言葉に頭をかきながら、彩香は数種の小皿に味分ける。
塩味チップス、わさび味、お好み焼きチップスは親子焼きかも。
そうした中で、また一枚焼きあげた篤が鉄板の上を走らせ、コテごと投げつけた。
「おうよ、どんどん持って来い。沙紅良もまけんなー、あいつだって最初から上手かった訳じゃねーぜ」
「あ、はい。もんじゃ焼き難しいですが頑張ります」
ぱしっと横滑りしたコテを受け止めて、翔輝が上へもんじゃを跳ね上げる。
手品のように口の中に消しながら、悪戦苦闘する沙紅良や子供達に声を掛けた。
こうして楽しい時間は過ぎて行き、お開きまであっと言う間でした。
最後に一言付け加えるなら……。
「「ごちそうさまでした!」」