●開戦の狼煙
「…後ろはバラけてなんな。ひぃ、ふぅ、みぃ……敵さんの頭数はこれで全部だったか?」
「何体か足りないね。まっ、あからさまに布陣してるんだ。待ち伏せかはともかく、奇襲返しはあって当然と見るべきだろうね」
二つに分かれた峠道の片方に、異形の軍団が鎮座している。
骸骨や小鬼は十を越え、確認を始めた向坂 玲治(
ja6214)に、常木 黎(
ja0718)は笑って答えた。
襲撃され難い後方で、指揮を取るなり高台の砲手を気取るなり…。
ありえる話だ、怪我はともかく動揺さえしなければいい。
「ここんとこ害獣駆除ばっかでちょっと食傷気味だったからねぇ…。久しぶりに確り“戦闘”ができそうで楽しみだ」
「優先順位は判って居ますね?敵主力の撃砕は十分に可能です、重要なのは…」
「わーってるって。追撃させんなって、ことだろ?」
薄い笑いを浮かべて推移する状況を眺める彼女へ、参謀役が自重を促す。
頷いて見せる黎へ、なおもフラウ(
jb2481)が言い含めようとするのを、玲治が止めてストレッチ。
必要な事は頭に叩き込んであるさ。
「合図が来たな…。別働隊のためにも派手に暴れるとしますか。準備はOK?」
「おー、らい。そんじゃいっちょ、行きますかっ!」
「状況開始、3、2、1!」
震動する携帯の感触を拾い、静かに何人かが歩き出す。
蒼桐 遼布(
jb2501)の確認にルーネ(
ja3012)は指先だけで敬礼し、山肌を軽快に奔る。
ややあってフラウのカウントダウン…。その言葉を引き裂く様に、強烈な光と音が炸裂した。
二又峠の対岸から対岸へ、水平に飛ぶ流れ星!
駆け始めるルーネの横を、恐るべき猛威が駆け抜けた。
「はやっ!もう抜かれた!?」
「最近、囚われ人の救出依頼ばかりやってる気がしますねえ。さすがに慣れてきたので、今回もさっさと救出しちゃいましょうか」
「御先に失礼します。…来い、あなた達の相手は僕らだ」
捕まった人達を連れて行かせたりなんて、しない。
指を魔書に滑らせながら陽波 透次(
ja0280)はハンドサインを描く。
それを読み取ったエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は、彼と配置を分担しド真ん中を担当。
エイルズが前衛を分断し、挟み込むように透次が片側の端を抑えてV字陣の双頭となったのだ。
「鬼さんこーちら、手の鳴る方へ…と。僕を捕まえられたら御喝采、賞金あげちゃうよぉ」
「道を確保しました。いつでも追撃をカットに走れます」
ディアボロ達を迎え入れるように先頭で両手を掲げるエイルズは、そのまま懐からワンセットのカードを取り出した。
自分を中心に十字砲火を自作自演し、何時でも行けるよと地獄の扉を開く。
最適位置より一歩下がって、透次は巻き込まれない様に注意して魔力刃を放つと、刀を引き抜いて身を沈める。
「行くよ。巻狩りの始まりだ」
「先輩達に合わせます。誰の命令で動いているのか知りませんが、石ころ1つだって天魔には渡しません」
頭上に降りしきる虹色パノラマ。
小鬼の斬撃と仲間の支援攻撃。次々飛来するそれらを避け透次は中央へ寄り始める。
クロエ・キャラハン(
jb1839)の放ったカラフルな火花を、羽の様に宙に舞う54枚のカードが映し出す。
その中で仲間達は刀を振い、反撃をいなして着実に包囲の輪を狭め始めた。
●盤上の駒を粉砕し、罠を噛み破れ!
「Yeah.Jackpot♪悔しいのは判るけど、迂闊に飛び込んだら駄目だよ?」
「ぐぬぬ…。わ、私は気にしてませんから。次を落としちゃえば良いんでしょっーと!」
リボルバーの奏でる無骨な唄が、最初の獲物へ風穴を開ける。
最も早く行動を起こしながら、少しだけ状況が動くのを待っていた黎は瀕死の小鬼を倒したのだ。
味方の範囲攻撃が飛び交う中を見分けて撃ち抜き、同じ敵を狙っていたルーネが少しだけ悔しそうにしていたのまで見分けて見せた。
「次は…、こいつですね!」
「切り替えて見ろ。手堅さが思ったほどではない。そっちは暫く任せるぞ」
「あいよ。来いよ骨っころ。そのすっからかんの頭じゃ、考えるまでもないだろ?」
ルーネは双剣の一撃を小鬼に浴びせかける。
まずは右手で叩き斬り、魔力の刃を編み上げたアデル・シルフィード(
jb1802)の忠告で、次手で魔力を重視する為に半眼を閉じた。
物理攻撃から魔力攻撃に切り替えられた宝石剣は、容易く小鬼の生命を切り刻む。
その様子を見ていた玲治は、ふ〜んと不敵な笑いを浮かべた。
「やっぱ普通の鎧っぽいねぇ。中には強化したモンもあるかもしれねえが、押し込めそうだ」
「ですね、よーく寝てるし基本は雑魚みたい。ふふ、貴方達お頭の腐ったおバカさんに、どっちが狩られる側なのか教えてあげましょう」
輝く拳を玲治が裏拳気味に放つ!
ノータイムで、無傷だった骸骨騎士が大きくへしゃげて膝をつきかける。もう立っているのがやっとという有様。
その間に距離を詰めたクロエは、凍れる嵐を援護に回ろうとした小鬼へと吹きかけた。
眠れ眠れ、二度と醒めぬ夢を見るがいい…。
「凍てつき、微睡みなさい。氷の夜想曲!」
「…だいたい底は見えたな。蒼刀active。Re-generete!!その命、俺が断ち斬らせてもらう」
氷姫の腕に抱かれ小鬼たちが動きを止める。
小鬼達の方が動きを止めると、乱れの無い陣形に歪みが現れた。
何人かで死人騎士を相手取っていた遼布は、面白くもなさそうに矛先を緩める。
受け止めた突きから力が失われると、ふっと緩んだ刃を跳ねかえし、骸骨が大剣を振り被…、る、事は、出来なかった…。
「あばよ。さぁ、騎士様よ、今度は正々堂々タイマンといこうか?」
軽い動きで歩を前に進め、何も居ないかのように、持ち替えた太刀で引き裂いた。
両断され暗闇の中に姿を消した胴体が、甲冑の響きでその位置を教えてくれる。
遼布は新しい死人騎士を求めて、歪んだ陣形の中に割って入った。
「順調な様にも見えますが、どう思います?」
「考え方次第だな。有利に戦わされているなら危うい。必要なのは相手の意図を挫くことだ」
「嵌め手の罠だね。負ける事を前提に組んだ作戦…指示なら、そろそろ危ないかな」
フラウの懸念に、敵位置をコントロールしながら攻撃していたアデルと黒須 洸太(
ja2475)が頷く。
防御に長けたメンツが攻撃を引き受け、効率的な範囲攻撃を放つ事で数の不利を打ち消した。
このまま状況が進めば、こちらが有利に、そして坂を転がり落ちるように戦況が変化する。
だがこちらの予定通りに進んだ状況が、相手にとっても予定通りであったのなら、どうだろう?
その懸念を露わにするように、音を立てて死神が訪れる!
フラウやクロエ達、後衛に矢や投げ槍が降り注いで行く…。
●嵌め手と、調靴師の罠
「…先に矢で、次に投げ槍か。…思うんだけど、簡単な命令を組み合わせてるんじゃないかな?」
「……?治療中ですので、ゆっくり早めにまとめてお願いします」
肩や腕で防ぎ止め、血だらけになった洸太が淡々と喋る。
自分を護ってくれた男に目線で感謝しながら、冷徹にフラウは続きを促した。
奇襲に奇襲し返されるのは織り込み済みだ、このレベルの傷なら治療役が協力すれば重傷に陥る事も無い。
「この奇襲返しなら骸骨一体にあの小鬼が狙った奴へ、その小鬼は様子を見て後方攻撃。これなら簡単な命令で罠や対策とか幅を持たせれる、…でも臨機応変に動ける物かな?と言う事で、はいプレゼント」
「…煙幕弾?……なるほど、指示と索敵能力の差を逆手に取るのですね?」
無茶ぶりを聞いた洸太は、割と大怪我にも関わらず平然と頷いて解説を始めた。
人間を浚えと言われ、『見つからない時は索敵』という命令を受けてるのだろう。
それで十分に行動できるが、『分断されたら引いて合流』なんて判断出来るのは小鬼の方だけである。
元々、目なんて存在しない骸骨が煙幕下でどう出るか考えるまでも無い。
「みなさん、一時的に煙幕で遮断します。出て来た骸骨を先に殲滅しましょう」
「じゃあ前衛に移りますね。詳細は皆を信じて任せるよ」
「いいだろう。その話しに乗った、足並みをそろえるのは任せるがいい。…有用な戦力が消耗するのは、避けておきたいのでね」
フラウと洸太は揃って煙幕弾からピンを抜き、タイミングを合わせる。
アデルはその話しを聞くと、緩やかに前へ進み出た。
数秒のタイムラグを持って投げられたその手前で、囮役を交替して不敵に笑った。
「来るがいい。貴様らのその小賢しさが、命取りになる」
煙幕で遮られた視界を越えて、骸骨達が歩み出て来る。
アデルは握り込んだ独特の金柄で斬撃を弾くと、魔力の固まりを掴み取って無造作に投げ込んだ。
力の波が一体を弾き飛ばし、遅れてやって来た別の骸骨の進路に重なる。
「はぁい残念、だろうと思ったのよ」
「大丈夫でした?そちらも射撃されましたよね」
黎は透次に滲む血を拭ってみせた。
後方への攻撃は十分に予想の範囲。問題ないと受け止めていたのだ。
「なら一体ずつ片しましょう。連中は煙の前後に別れた様ですしね」
「そうしましょっか。ヨチヨチ歩きにしちゃ良くできましたってね」
透次は走り出すと不意に横っ跳びを掛けて、もう一度元の位置にスライド。
彼の代わりに飛来した銃弾が骸骨に風穴を開け、巨大な首切り刀と化した透次は、一刀のもとに痩せ首を切り落とした。
転がる哀れなシャレコウベに、黎は慰めでは無く事実を告げて弔った。
強くはないが、軍務的には恐ろしい。
このディアボロ達は悪魔が造った肝入りでは無く…、ゲートが生み出した正真正銘の雑魚だ。
それを短時間とは言え撃退士と互角に戦えたほど、練成していたのである。
「攻撃に全くやる気が感じられませんねえ。目も覇気がなくて、まるで死んだ魚のようです」
「まるでじゃなくて、本当に死んでますって!ばー!」
はいはい、キッチリやりますって。
エイルズはルーネの突っ込みにめげることなく、最後までボケ倒した。
彼が再び宙に舞わせたカード達は、翼の如くに整列してから降り注ぎ始める。
こりゃだめだと道化師の性格を理解したルーネは、剣を地面に突き立てると合わせて指先を開く。
体に籠った熱を、ゆっくりと吐き出して行く。
●討滅!
「骸骨終了のお知らせ〜っと。あなた達にどれだけ囲まれても、全く負ける気がしませんねえ」
「まあ囲ませたりなんか、させませんけどね」
「はっ。案外いいノリじゃねえか。ゴブゴブ言ってる間に残りを始末しちまいますか」
光の柱が傷ついた骸骨達を飲み込んだ。
序盤から既に殴り合っていた事もあり、エイルズとルーネの連撃で粉砕される。
2人が肩を竦めて歩き出すのを見ていた玲治は、カカと笑ってピーンと指先を弾いた。
それは煙幕の端から様子を窺い、隙あらば奇襲しようとしていた小鬼を弾き飛ばす。
「ゴブゴブ…?確かにそんな感じですね。あははっ、ゴブリンさんたち、そんなに歓声を上げて!私の花火がよっぽど気に入ったんですね」
「ゴブリンねえ。骸骨騎士さんとタイマン張ってたんだがなぁ…。まあいい。まとめて吹き吹き飛ばしてやるぜ。Shif、Normal」
キィと悲鳴とも唸り声とも付かぬ小鬼たちの声。
悲鳴だと受け取ったのか、クロエは可愛い顔にサディスティックな笑いを浮かべて大鎌で何も無い場所を薙いだ。
割かれた空間から再び産声を上げる火花が炸裂し、まぎれも無い悲鳴が周囲に木霊する。
そんな様子に少しも心惹かれた様子も無く、遼布は目を閉じて意識の底へ手を延ばした。
何も無い場所がプールの水面であるかのように、仮想と現実を入れ替える。
目を開けて走り出す頃には、装備を様変わりさせて飛び込んで居た。
「ちょこまかちょこまか好きにさせるかよ。逃がしはしないぜ。鋼糸active。Re-generete!!」
「……群れて小細工せねば何も出来まいが。蹴散らす事に異存はない」
矢頃の長い鋼糸を延ばして、遼布は小鬼の首を掻っ切ると不満げに鼻を鳴らした。
まさかこの程度で落ちるとは思わなかったが、骸骨騎士とは腕前が違うのだから仕方あるまい。
既に掃討戦に入った事を把握しつつ、アデルは赤い刃を生み出し担ぎあげた。
ヴォンっと唸りを上げそうな程の魔力で、編みあげた大振りの刃をもって生き残りの小鬼を引き裂く。
「こんなものかな?見切ってしまえばそう大したことはないけど、ヴァニタス無しでここまで出来たのは厄介だね」
「予想範囲でしたから概ね許容範囲でしたが、意図を読み取る事が重要になりそうです」
小鬼の攻撃を蹴っ飛ばして弾くと、洸太は平然と刀を振り下ろした。
ザックリと頭を叩き割って、転がる小鬼が死んでいると確認す、周囲を見渡す。
天使クラスの防御能力をエイルズや透次たちが持っていた事も大きいが、不用意に突っ込んで居たら…囲まれて面倒な事になっていただろう。
足止めに使われたら面倒な事になるし、逆に今回の様に足止めは無いと読み切れば、叩き潰すのは難しくはない。
作戦を統一出来て居た事も大きいでしょうね。というルーネの言葉へ頷いて合流を始める。
「こっちはこれで終わりだね。あっちは上手くいったかな?」
「あちらも無事に救助したようです。援護の必要はなかったかと尋ね返されましたよ」
先ほどまでの様子が嘘のようにクロエは微笑んで、足を止める。
少女の問いに心動かされた風も無く、フラウはその顔や腕に傷が残っていないかを確かめる。
「傷はありませんね?」
「洸太先輩が守ってくれたから大丈夫。前衛はエイルズ先輩たちが止めてましたしね。…何してるんですか?」
「ん、ああ。ディアボロを統率している奴を探しててな。つまらん物をみつけた」
心配してくれるのに思わず足を止めた隔意に、気にした風も無く冷静に負傷者を探すフラウへ、バツが悪そうにクロエは目線を反らせた。
まだ苦手だなとか思いつつ、何かをぶら下げたアデルに声を掛けて意識を誤魔化す。
関心があったのも確かだ。彼は簡単な録画装置を抱えていたのだ。
「監視装置…のはずはありませんね。戦闘記録用ですか」
「僕の活躍移ってますかねぇ?」
「言ってろ。たぶん無いだろうが、増援が無いうちにズラかるぜ」
監視カメラの情報をディアボロが扱えるとは思わない。
恐らくはどの程度戦えたかを記録出来ればいい、という程度の物なのだろう。
フラウの言葉をエイルズが混ぜっかえし、茶化した彼に玲治が悪態ついて一同は帰還を始めた。
「ディアボロを揃える敵ですか…。調教師か調靴師か知りませんが、次は手ごわそうですね」
「シューフィッターってとこかね?…そん時きゃそん時さ。Serves you right.手ごわい敵ほどやり甲斐があるってね」
透次の言う通り、次はもっと厄介だろう。
だが…黎は不敵な笑みを浮かべる。その時もまた粉砕するまでさ…。