●原色の料理店
「…花、の薫り…」
「カサブランカですか?」
「店の名前でもあるし、再出発にちょうど良いかと思ったんだよね」
道すがら豊かな香りが漂う。
その正体に気がついた染井 桜花(
ja4386)と美森 あやか(
jb1451)へ、星杜 焔(
ja5378)は微笑む。
丁寧に育てられた百合の女王は、早咲きなのに確かな存在感だ。
「スッゴイ綺麗だねぇ。香りもすごーい」
「これに負けない料理なんだから、味わいの濃い料理なのかな?」
みくず(
jb2654)が覗き込んでくると、焔はテーブル飾りのベースに据えようとプランを話し始めた。
「テーブルの修理とかもやるってたな。なら窯は任せときな」
「そーだなっ、ほむほむ達にそっちを頼むとして、手分けすらぁ案外簡単に終わっちまうんでね?」
最近殺伐とした仕事ばかりだったからな、ちっと骨休めだ。
向坂 玲治(
ja6214)のガッツポーズに強烈なハイタッチをかまし、点喰 縁(
ja7176)は担いできた道具達の中からリボンを焔に押し付けた。
「石窯で焼いたピザとかパンとかグラタンとか…もう間違いなく美味しそうッスよね!」
「そうですね。他にもと思って、一応ジャムとか用意しましたけど…」
カッサンドーラさんの料理、楽しみッス…♪
そう呟いて振り向くと、考え込みながら足を止めた少女へ天菱 東希(
jb0863)は愛想笑いを浮かべた。
俺でよければ協力するッスよと言いながら、あやかの顔色を窺って次に鞄に仕舞われた膨らみを見る。
「そういえばパンを焼くって言ってましたっけ」
「今まで出していた料理がわかりませんのでジャム無いかもって思ったのですけど、あれを見てると使い方をどうした物かと」
「…現色豊か」
相談中を思い出し、東希はこんがり焼かれたパンを想像する。
あやかは頷きながら、おそるおそる指先を正面へ向けた。
百合の花の強烈さに負けないくらいの、原色も豊かなお店。
微笑ましい彼女の悩みとは裏腹に、桜花の方はむしろ気楽そうに歩き出す。
もっとも、無表情な彼女から心中は窺えなかったけれど…。
●ダイナミック補修作業
「知楽と申します。今回はよろしくお願いします。最初に配分をお願い出来れば…と」
「…どうすればいい?…なんでも手伝う」
「こんなオバサンの為にあんがとよ。んじゃあまずは窓から扉から、全部取っ払ってくんな。作業すんのに邪魔くさくてしょうがないだろ?」
狭いスペースを、壊れた飾りやら代わりの資材が占領中。
丁寧な挨拶をしていた知楽 琉命(
jb5410)は、苦笑するよりも先に、行動計画の必要性を感じていた。
幾つもの作業動線が脳裏に描かれては消え、桜花が促すと店主は豪快に笑う。
「窯の本体は業者に見て貰ってる。アンタラは枠を頼んだよ、手の空いた嬢ちゃんたちは、あたしと一緒に時間の掛かるヤツを片付けちまおう」
「しみ込ませる物や煮込みは、時間が掛かりますからね」
「扉から何まで取っ払っていいつーのは助かりますね。後…、こいつ料理できますよ」
「後でいいよ、判らなかったら素直に聞くから」
豪快な指令を受け取って、琉命は運用を立案すると、互いが邪魔にならない様にホワイトボードへ描き出す。
その様子を見ていた縁は、丁寧な口調で軽く頭を下げた。
おっとりとした焔が助言を断るよりも先に、オバサンは肩を抱きながら、幾つか耳打ちをする。
「おばさんすごいねえ。撃退士に囲まれても一歩も引いてないよっ。んで何を言われたの?」
「料理のレシピ。隠す気も無いと言うか…、ずいぶんと大らかな人みたいだね」
あの調子で悪魔を自分のペースに巻き込んで行ったのかな?
みくずは料理を作れと言われて、得意分野でバッタバッタとなぎ倒すオバサンの様子を思い浮かべた。
笑顔で返しながら、焔はその周囲の事を想像する。
追い詰められた人が、その様子をどう見たかだ…。堂々とした態度が何時でも通用するわけでも無い。
「進捗もこれに書いとけばいいんだな?俺の担当は…」
「我輩、力には自信があるゆえ任せてもらおうか!まずは見晴らしだなっ」
耳朶を打つ強烈なトーンと、印象深いイントネーション。
仕事内容を一瞥した影野 恭弥(
ja0018)は、声の主から離れ自分の担当に向かった。
暑苦しい奴が苦手と言う訳でもないが、この手の人物は張り切り型が多い。
要領を抑えて面倒事を避ける彼には、合わないのだろう。
良くも悪くもマクセル・オールウェル(
jb2672)という男は、その代表格と言っても過言ではない。
「悪いねぇ、デカブツを片付けてもらってさ」
「構わん!礼は……そうさな、女将殿のコーヒーを所望しよう。こう見えて我輩はコーヒーにはうるさいのであるぞ?」
「ちょっ、移動するならもっとゆっくりお願いするっス」
では、行くのである!
店主にそう言うや否や、マクセルは東希が驚くようなペースで移動を開始した。
少年とは二回りは違う体格で、機関車のような勢いで、色々な物を店外や軽トラの荷台へ運び始める。
「運ぶのは我輩に任せよっ!おぬしらは早々に組み上げに入るが良い」
「御言葉に甘えさせてもらうとすっか。にしても立派な窯だことで…。こりゃ作業のし甲斐があるな」
「レンガが割れたり、隙間ができてないかチェックするッスね」
マクセルの活躍で店の床が姿を現し始め、玲治はジックリ目をならして行った。
おっかなビックリ、彼の後ろに隠れていた東希も一緒に、穴が開いた外殻を眺める。
大穴には一番サイズの近い石をはめ込んで、他の穴にはセメントを…。
●地球を温めない為に
「綺麗にはなったが、ここからが大変だな」
「此処から二度手間三度手間。…火ぃがまわるもんはちっとでも隙があるとてぇへんだからなぁ」
ホワイトボードに修正をキュッキュ。
そのまま恭弥は時間を報告書に書き込み、次の作業を手早く確認した。
尋ねられた縁は何種かのコテを片手にセメンを塗り、暫くすると別の個所へ細いコテで向かい始めた。
「たしかに割れ目から火ってのは洒落になりそうにないな…」
「それもあるけど温度の上がり具合もあるらしいぜ?地球温めても仕方がねえしよー。中で作業するが窯の口を塞ぐなよ。いいか、絶対に塞ぐなよ?」
恭弥へ玲治はクドイくらいに念押し。
肩を竦めて確認し始めたのを見て、冗談かとスルーされたのを自覚すると、玲治は今度こそ窯の中に上半身を突っ込んだ。
「思ったんだがな…。スケボーか何かを使えば楽じゃないか?車の整備でやってるだろう」
「(ああ?あー)」
「そりゃそうだ!やり甲斐があるつっても、気楽にやっちゃ駄目な訳はないですからねえ。おおっとオバサン、何か描いて良いですかい?」
何度も往復しては、店のサイズに比較して大きな窯の中を行き帰する男へ、恭弥は必要な事を要約して見せた。
新聞紙を引いて寝っ転がり、穴が無いか確認するのであれば、確かにその方が楽かも。
こいつは一本取られたと玲治は窯の中で大笑いを上げ、縁は膝を打ちながら厨房の奥へ声を掛けた。
「絵を描くなら海オヤジか、いっそ猫でも描いてくんな」
「海オヤジって…、ああ鮫か。猫は描きたい処だが…、そいつと組み合わせると…」
「あはは。話だけ聞いてると海賊みたいだねっ〜」
コテ絵で下地を描いていた縁は、みくずが段ボールを運びながら挟んだ口に反応する。
一瞬、擬人化された猫が鮫をやっつける絵を描こうとして中断。
「んにゃ。らしくねえよな、最初にもどっか」
「可愛い絵ですね。童話の中みたいです」
「…猫海賊」
「ああ、いいね。ラテアートで犬か何か描こうかな…」
考え直した縁は、デフォルメした猫が鮫に乗る絵に海賊帽とかコートを着せる。
下絵の上から次々にタイルを張って、完成度が上がる度に、あやかや桜花が感想を付けくわえた。
テーブルの配置で唸っていた焔も、一息ついて和やかに笑う。
造り笑いでは無い微笑みこそが、どこか張り詰めていた緊張の糸を解きほぐした。
「ようし、いいぜ。乾いたとこで空焚きしちまおう」
「じゃあ薪割りやりやるっスよ。田舎のじいちゃん宅で鍛えられたんで…!」
炭で顔を黒く染めた玲治が顔を出すと、見覚えのある東希はキョロキョロを首を巡らせ始めた。
本格派の炭焼き窯であるならば、何処かに薪を割る為の場所があるはず。
そう思って店の回りを探し始め…。
「ナタがありませんでしたか?空焚きで…」
「その手の物は…、ちょっと待ってくれ担当はマクセルだな」
「これであるかな?我輩がやっても良いであるが、宣伝に移るである。肝心の人が居なければ効果も半減である」
東希はマメに分別を行っていた琉命の案内で、マクセルが仕舞いこんだ物資の中から発見。
言われて首を巡らせると、物珍しそうにこちらを眺める通行人が居る程度だ。
常連も居るだろうが、知らなければ通いようもない…。
●撃退士流、新装開店!
「時間に比して少ない。これが風評被害という奴であるか…」
「目立つ所でチラシを配って…。んーそんだけじゃあ足らない気がするなぁ」
みくずの言葉にマクセルも大いに頷いた。
知らない程度なら辺り一辺倒のチラシ配りでも良いが、現時点ではマイナスの方が多いかもしれない。
「まずは白黒二色の簡単な物か。カサブランカ再開!特別ゲスト久遠ヶ原撃退士登場?!くらいは入れるとして、後は何の文言を入れた物かな」
「後からポップな感じの色文字や絵を加えて…。あ、カッサンドーラおばさんのお店の味は絶品!って入れたいですよね」
「みくずさん、風船配るっていってたけど…。お土産はこんなんどうっすか?」
あー、可愛い。
マクセルと一緒にウンウン唸っていた処を、みくずは東希に呼ばれて振り返った。
そこには長い風船を絞って造り上げた、バルーンアートがお目見え。
動物型に織り込まれた風船が可愛らしく鎮座して、割と大きな宣伝用と、配布用の小さいのが親子の様ではないか。
「しかもこれ中にビーズとかプラスチックの弾が入ってて面白いねー」
「…見てて楽しい」
「そこまで大したもんじゃないっスけどね」
みくずや桜花の視線に気が付いて、慌てて東希は目線を反らせた。
女性陣に褒められて、真っ赤になって照れる。
「長話をするならさっさと宣伝に行って来い。その間に積もる話を先にしておく」
「はーい〜」
「…その様子だと、完成…?」
「うん。俺らも造り始めていいってさ。きみも何か準備してたよね?」
コンコンと、取りつけ直した扉をノックして恭弥が声を掛ける。
修理作業をしていた彼が、着替えているのを見て桜花が確認すると、彼が頷くよりも先に焔が荷物を取り出しに来た。
恭弥達が捕まっていた時の話しを聞く間に、お料理大会の始まり始まり。
「…離れて」
…参る!
まるで中華の麺点師やナンの達人の様に、生地が宙を舞う。
その軽快な様子に、同じ小麦を使った料理である事を何人かが思い出した。
「…できた。後は焼成…」
「もうちょっと待ってくださいね。パンが間もなく焼き上がります」
桜花が武術をやっているのは判るが、その軽やかな動きは舞を収めているのだろうか?
あやかはそんな事を思いながら、次なる皿を用意し始める。
「秘伝のソースを使えたらお願いしたいのですが…」
「あいよ。合うはずだから好きに使っておくれ」
「…今で言うW系スープです。魚介と動物の合わせ出汁ですが…、面白いですね」
あやかにさし出された小皿には、アンチョビ辺りとスジ肉をベースに煮込んだらしい出汁だ。
琉命は百合の強い香りに負けない豊かな味を、一足先に感じ取っていたらしい。
「一見、非合理な混ぜ方ですが、案外その辺りに秘密があるのかもしれません」
「ラテンとかジプシーのイメージですよね。でもこれなら確かに合いそうです」
「俺もライ麦で野菜サンド造るんですけど、これなら塗ってもディップでも合いそうかな。あやかさんのジャムとマーマレードは口直しに調度良いっすね」
琉命が最初に見たのと違って、味わってみるとこれが非常に複雑な味わい。解け残ったり焦げるというのを上手く利用しているのだろう。
あやかと東希は、お互いが造ったパンに色々と塗りつつ、ああでもないこうでもないと……。
試食しながら喋っている内に、状況が急転し始めた。
「あの、ここもう再開し始めたの?」
「パンフ配ってるんだぜ、聞くんならもう開いてるかだろ?」
「あ、御客さんですか?もうちょっと…」
「いいよ、入ってもらって。今夜はパーティ形式で、いつもと違いますがいいですか?」
店の外に並べた机と椅子。
その一つを自分の定位置だとばかりに誰かが座った。
隣で首を竦める男が着席すると、焔は盛りつけたばかりの皿を取りだした。
●笑顔の修繕士たち
「あ、持って行きますね。俺らは終わってからいっぱい料理いただくっすよ」
「その料理ってさっき出来たのだろ?いつの間に…ほむほむって相変わらずスゲえなあ」
「…そっちも凄い。…寿司添えの笹斬り?」
おばさんの料理を焔が綺麗に盛り付けて、試食を切り上げた東希が運び始める。
縁がナプキンを切って皿に添えると、桜花は出来栄えに感心した。
「まて…そのピザは俺が狙ってたやつだ」
「後にしろ。お客を優先するのが仕事と言う物だろう?」
試食を楽しみにしていた玲治の目の前で、恭弥が皿を受け取って次の料理までお客と話に興じ始める。
後に回された彼ら撃退士の激しい争奪戦が、今から目に浮かぶようではないか?
「おねえちゃんたち撃退士なの?」
「もちろん、だからみんなの味方だよ」
「これで全員戻りました?なら交替で私たちも食事に入りましょう」
みくずが子供やその親と同伴して帰還。
琉命はその頃合いを見計らって、立食パーティを開始した。
「バタバタと忙しかったですけど、楽しかったですね。処でこんなのどうでしょう?」
「すっごくおいしかったしね。あ、写真取るの?みんなでうつろー!」
「また、お店に来たいッスね!ちょっとまっへください」
あやかの取り出したカメラに、みくずはアムアムと食べきって、東希は慌てて飲み込んだ。
こうやって仲良くご飯食べられるなら、きっと大丈夫!
魔女疑惑なんて最初から勘違いなんだもん。
「ふぅ、食後の一服は五臓六腑にしみるぜ…。っと写真か?」
「それが最後の仕事であるな。終われば我輩にも、とびっきりの一杯を頼むのである」
やっと食事にありついた玲治が珈琲を掲げ、最後まで窯の暑さにもめげなかったマクシムがエプロンを締め直し、笑顔で写真に移った。
これからも美味しい料理で、町のみんなが楽しくやっていけるだろう。
「俺は手料理で、こんな風に沢山の人を元気に笑顔にするのが目標なんだ」
「こそばゆいけど、あんがとさん」
だからおばさんは素敵だと思うよ。
焔は最後にそう言って心の底から微笑んだ。
その写真はお客もオバサンも撃退士たちも、みんな笑顔で…。
店と思い出に、いつまでも飾られることだろう。