●陰に日向に、備えよ
「キャンプとかワクワクしちゃうね!なんか仲間とお泊りとかスッゴイ青春っぽい!」
「うんうん。ハイキング!そしてキャンプ!今から楽しみ…、あ、そだ。例の件、上手く行ったから喜んでて」
え?何、聞こえない〜。
それきりプッツリと切れる携帯電話。
広島にある補給所にてキャンプの準備をしていた黒羽・ベルナール(
jb1545)は、電話向こうの雪室 チルル(
ja0220)に聞き返した。
だけれども一行に返事は無く、仕方ないので分別作業に戻る。
「虫よけスプレーに、テントに付ける虫よけグッズに…。あれ、フローラさん、そんなにビニールラップやトイレットペーパー何に使うの?」
「これ?ラップは紙皿に巻いて洗い物を省く為よ。トイレットペーパーは即席のタオル代わりね」
保管庫から大量の虫よけグッズを分別し始めた黒羽は、フローラ・シュトリエ(
jb1440)がリュックに詰め込む物へ首を傾げる。
ランタン型のライトや銀マットは推測がつくにしろ、ビニールラップは勿論の事、あんなにトイレットペーパーは必要もなさそうに思ったからだ。
「なるほど、ギャル主婦がやってる即席家事術を応用したのだな」
「でも〜、お皿は洗っちゃえば良いんじゃない?弾薬は保護が必要なほど持たないし普通のキャンプじゃあラップって他に使わないでしょう?」
「私も家だったり一人ならそうするけど…、慣れてない人だと手間が掛かるばっかりだしね。水と時間の節約はしておきたいわ」
その応えに対しサラ(
jb5099)は納得し、逆にヨナ(
ja8847)は尋ね返した。
この辺りは根無し草のサラと、自在に料理をこなすヨナの差だろう。
二人の反応にフローラは、周囲を見渡しながら詳細を告げる。
料理は得意不得意があるが、洗い物や荷物運びは極力交代性が基本である。誰しもが得意とは限らないのだ。
「水のって…、やっぱりセオリー通りやるの?」
「危険のある水際と大木の下は避けておいた方が良いでしょうね」
「増水ってのはゾっとしないからな…。仕方無い」
水の節約と言う言葉にヨナは念の為に確認する。
資料を取りにいったらしい楊 玲花(
ja0249)が頷き、周辺の地図をなぞりながら、川辺の周囲を幾つか指差した。
山々に添って渓流が流れ込み、川はそれなりの幅。
万が一の事を想定して、適当に荷物を詰め込んで居たロード・グングニル(
jb5282)が、肩を竦めながら同意する。
撃退士の体力を持ってしても、自然の脅威ばかりは仕方が無い。
「本当の事を言えば、環境の面からもフローラさんの案には賛成です。ビニールも出来る限り…」
「そこまでは面倒見切れねえよ」
我が意を得たりと玲花が微笑むのだが、ロードは苦笑して顔を背けた。
水没が嫌なだけで、別に彼女の味方がしたくなった訳でも無い。
「キャンプ、かあ。随分本格的ですね。まるで冒険者みたい…」
「文句あんの?ないならさっさと積んで積んで」
訓練というには些か経験豊富な方も……おられますけど。
そう呟きながら三途川 時人(
jb0807)は、倉庫の入り口に積まれた出来るだけ軽い物を選んで鞄へ詰めた。
途中で見つけたルアーに目を留め、これも必要になるかなーと放り込む。
そんな彼の言葉を拾って、入り口に立っていたチルルはコンコンと扉を叩く。
「おっ。つー事はOKだったのか?」
「電話でそう言ったじゃん。車の申請が通ったから、持って行くって言わなかったっけ?」
「言ってないよ〜。楽しみにしてろって…」
「まあいいじゃないですか、何も持たなくていいって楽ですねぇ 」
クルクル回る指先のキーを見て、ロードがチルルを出迎える。
笑いながら抗議する黒羽を時人は宥めて、重い荷物を率先して積み込む。
その現金な態度に、思わず笑いの渦が零れた。
●ここを我らのキャンプ地にしよう
「んじゃあ全部積めなくて悪いけど先にいってくるねー。足りないもんがあったら、後で注文するからー」
「構いませんよ。…今後のことも考えて、荷物を持ちでペース配分とか覚えておいた方が良いでしょうからね」
良く言えば小さいから練習し易く安価で借りれて、悪く言えばパンパな積載量。
申し訳なさそうに発車させるチルルへ、玲花は首を振った。
元々道中は行軍訓練を兼ねているのだ。車は駄目もとだったので借りれた幸運にこそ感謝する。
「他には?」
「そうだな。鳥型くらいは見とくが、ディアボロ捜索は頼むわ」
「戦闘になったとき、不利にならないようにくらいはやっときますよ。それよりも設営ご苦労さまです〜」
戦わないのが一番ですけどね。
ロードは時人の言葉に、そりゃそうだと面倒気に頷いた。
それを合図にエンジンを鳴らしコンパクトカーは進撃を始めた。お尻の硝子にシールで造った雪の結晶を張りつけて、軽快な走りは乗り手を顕しているかのよう…。
「ふふっ、風の様に行っちゃった。荷物もあることだし、ゆっくり行ってもいいかもしれないわね。ディアボロが見つかるかは怪しいけど」
「…見つからなくても、名目上は周辺探索ですから、気を配っておいた方が勉強になります。はぐれディアボロが絶対居ないという保証はありませんから、ね」
「かったいなあ。こんなんやれるだけの範囲でいいんですよ。そりゃ本当にでくわしたら、躊躇せずに戦いますけどね」
シール造りも手伝ったフローラは、玲花と笑いながら自分の私物を担ぐ。
そんな二人に時人は、地図や資料を放り込んだポーチをパンパンと叩いて見せた。
人生は当たるも八卦、当たらぬも八卦。ハレの日もあれば、ケの日もある。
関係ない時は出来るだけ手を抜き、必要になったら必要なだけ振舞うのが彼の信条なのかもしれない。
「そうだよねー。地形把握も大事だけど、なにか珍しい物とかみつかるといいなー!魚もだけど、木の実とか…この時期だと筍とかとれるかな〜♪」
「なら処理出来る辺りで採らないと。…でも、起きぬけに偵察を兼ねて探しに行くのも良いかもしれませんね」
「いいんじゃないの?散歩にはちょうど良いわね」
歩きながら考える黒羽に、料理の好きな玲花とフローラが応えた。
うんうんと頷き、じゃあ途中で調味料を買い足そうか?なんて言い始める辺りは流石に女の子である。
もっとも最近は男子も料理造るけどね。
「良い感じの渓流だなあ。上流も同じなら、自由時間はまったり釣り?」
「んーこのシチュエーションなら数日かけて鮎釣りに来たいですね。まあ漁協に許可取るのは面倒だけど…あの川船とか良い感じ」
「あの手の川船は隠居どもの持ち物というのが相場だ。興味があったら話しかけて見るといい」
召喚獣を引き連れて、キョロキョロ歩く黒羽に時人が適当に合わせる。
キャンプ地についたら太公望を気取るのも悪くないかもしれない…、太公望って釣りが目的じゃないから獲物は取れなかった?なら言い訳にも良いですよね。
そんな事を思いながら歩いていると、旅慣れたサラが小耳に挟んだ小話を教えてくれる。
「渓流下りごっこも良いとか誰か言ってましたっけ。廃ゲートの近くまで昼寝しながら揺られる…とか?悪くないかもです」
「そういえば川辺って話だったよね。ゲートってどんなとこにあったの?」
「予め調べておきました。さっきポーチに入れてましたよね。出してみてください」
はいはい、これですよね。
時人はチャックを開いて、ちょーだいちょーだいと手を延ばす黒羽を回避し、玲花へ資料を押しつけた。
少年たち二人は簡略した旅のしおりを読みながら、玲花が語り出すのを待ち詫びる。
それは…。
「ゲートはここだから、少し離れた場所が良いんじゃないか?」
「あっ、調べてたんだ。あんがと。何箇所かあるけど車の練習したいから、こっち側にすんね」
一方、かっ飛ばして先行したロードとチルルの二人は、カーナビ相手ににらめっこ。
堤防というのは小さな丘を挟んで、山側で少し開けた平地を選んだ。
「ふーん。もっと上流にはダムなんかあるんだ…。借りれる施設ってそこに付属してんのね。悪魔も妙な場所にゲート造ると思ったけど、この位置だとバーベキューとか行事あったのかな」
「水没だけは勘弁だといったろ?施設の方は研修所だから割と面白いモンが揃ってる」
ナビを詳細モードにして、ぐるーっと指をスライドさせると周辺の施設が映し出される。
縮尺的に信用は出来ないが、車で往復するなら目と鼻の先にダムと宿泊施設のマーク。
何気ない感想に、思わず呆れた声で返した。
「面倒だとは思わないくらいには美味しかったんだろうよ。資料に書いて無かったか?」
「あによ、もういいじゃない。あたいそういうの苦手なの!ガーと戦って、ズバンと解決が一番よね♪」
口では面倒そうに言いながら次々に資料を持ち出すロードへチルルは、んべーっと舌を出すのであった。
●つれづれなるままに
「これ、なんですか?」
「見ての通りポリバケツだな…。運搬中は荷物入れ、出し終わってからは水瓶だ。金やら弁当が詰まっているなら幸せなんだがな」
到着した時人たちへ、バケツを指し出したロードは面白くもなさそうに応えた。
焼きそばいっぱい入れたいよね、なんて誰かの突っ込みにめげることなく、ホレと強引に手渡した。
「残りの設営を手伝いたいなら、穴掘りでも構わんぞ釣りキチ少年」
「遠慮しときます…。明日から撮り鉄になろうかなあ…」
「まあまあ、釣りのポイント探しを兼ねてると思えばいいじゃない。俺も手伝うよ」
ウゲーと言いながら、ロードがテント回りに掘り行く穴を眺める。
側溝は雨避けなので掘りが浅いと意味は無いし、水汲みとどっちがより面倒かは人それぞれである。
時人はポジティブな黒羽に礼を言いつつ、ペットボトルもついでに持って歩き始めた。
渓流で冷やせば、ディスカウントで買ったジュースも美味しいかも。
「おー仲良き事は美しきかな。さーてあたいは車の練習でも…」
「逃げたら駄目よ。先にこっちを終わらせておかないとね」
ニッコリと恐ろしい笑顔に睨まれ、チルルは再び設営作業に戻る。
食堂用のフライテントが終わって、ようやくお茶を飲んで一息つけるかと思ったら、逃げ切ったはずの穴掘り作業に駆り出された。
男の子たちの前では残飯用の穴掘り、こっそり目立たない場所に女子用トイレ用の穴掘りである。
「なんの因果でこんな事を…。あたいもあいつらに混ざって面倒くさって言ってもいい?」
「いいけどワザワザ施設まで行きたいの?お風呂を借りに行くならそれもいいかと思うけどね」
「くさらないくさらない。簡単な水菓子くらいなら造ってあげますから。そういえば夕食って豚汁で良かったですよね?」
ワーイとか言うと思ってんの?
そう言いながら手を差し出すチルルのジト目に、フローラと玲花はくすくす笑い。
固まりきる前のゼリーに色々入れて造った水菓子は、意外なほど美味しかった。余った資材でトイレの目隠しとか、夕食用の石竈造りの苦労を忘れるほどであったそうな…。
「にしても銀マットの寝心地いいねえ。あたいも買ってくればよかったかな」
「なら段ボールを下に引けばいいんじゃない?帰りに詰め込む為のは困るけど、結構残ってるはずよ」
「そうやって体力を維持するんですね。実際に何日にも亘って、天魔を追いかける依頼が入るかもしれませんし、経験を積んでおくつもりでコツを覚えさせて頂きますね」
そのまま休憩時間に入り、女の子4人は世間話やら依頼の話しやら。
残りの時間で何を覚えようとか、夜にはカードゲームでもしようとか言いながら話しだす。
「こういうキャンプって機会はなかなかないけど、その分楽しめもするわよね」
「もうちょっと気ごころが知れれば、恋バナでもすんの?でもあたいは依頼でどう活躍したとか聞きたいなぁ」
「…まあ無難に今夜のおかずが増えるかの賭けでもしますか?」
「残念賞。朝食のシシャモパック開封に一票」
何に興味があるかは十人十色。兄妹の話題でも良いが、それが向かない人も居るだろう。
紅茶をすすって他愛ない話をしながら、夕食の時間までノンビリと過ごしていった。
●渓流沿いの探索紀行
「あんまりヤマメ釣れなかったね〜」
「ちょっとは釣れてるからいい方でしょう。沢山とれたら釣りスポットになってますよ」
「そうなったら漁業権がどうのと面倒になるから、こんなもんだろ」
黒羽の言葉に時人とロードがお揃いでダルそうに答える。
その様子がおかしかったのか、それとも何か思い出したのかクスクス笑いを抑えられなくなった。
「どうかしたのですか?特に変な事は言ってない気が…」
「んー。時人さんがね。似たような事を言ったの思い出したんだよ。移動中に鮎の漁業権がどうとか」
「言ってたわね。確かゲートの話しをする前じゃなかったっけ?」
「俺が居なかった時の話なんざ知らねーよ。ゲートの位置は、…その先の開けた場所から向こうだな。バーベキューでもすんのにちょうどよさそうなトコ」
サイズ的に、やったのはヴァニタス級だろうな。
3人の話しにはとりあわずロードは、川辺の広場と言った風情で、駐車してそのまま町内行事から食事まで色々出来そうな場所を顎でしゃくった。
遊ぶには便利なのは便利だが、増水したら一気に飲み込まれそうな川原とでも言えば判り易いだろうか?
「戦い易いけど…。川や山に面してるから、実力次第でディアボロ増えそうで嫌ですね。やだやだ、面倒な計画の前に食事を愉しみましょう。そうしましょう」
「ウンウン。釣りたての魚って美味しいよねー!串をザクッとさして塩つけて焼くだけなんだけど凄く美味しい!!」
「そう言えばエプロンを持ち込んでたな。用意が良い事だ」
肩を竦めながら歩く時人の言葉に、黒羽は嬉しそうに微笑む。
お米を飯ごうで炊いてー 。
お味噌汁つくってー♪
魚焼いてー♪
唄う様に歩き出す少年に、ロードは荷降ろしで見た物を思い出した。
「お、鼻歌聞こえたから見に来たけど、思ったより多いじゃない。早く早くー!」
「ひ、ひどーい。そんなの取り出さないでよ。あ、あのふりふりエプロンは支給品で貰っただけで、趣味じゃないからね!!」
「そういう事にしておくか。飯食ったら自習だし、その後でゆっくり聞かせてもらおう」
同じく先行組のチルルがエプロンを振りまわすと、黒羽は真っ赤になって駆けて行った。
苦笑しながらロードは、出迎える仲間達に魚を振って見せる。
「御刺身は虫が怖いけど、人数は居そうだから塩焼きかな?」
「そうですね。焼きながら、ゲート周囲の話しでも聞きましょう」
こうして夜更けるまで、撃退士たちの課外授業は続くのであった。
楽しげに楽しげに、今日の日が落ちるまで…。