●阿修羅門の討伐
「よう、強ぇバケモンと戦いに来たんだろ?」
「鬼神を退ける刃としてこれまで鍛錬を続けてきた。敵が強いのは本懐ではあるよ。お前さんもみたいだが」
じゃあ連れてけよ。
都大路の途中、牛車が呼び留められた。
不意に声をかけて来た鴉(
ja6331)へ、家人を制し榊 十朗太(
ja0984)は軽く返答を返す。
「敵も味方も強い方が盛り上がんぜ。よろしくな」
「我が榊流の本領を発揮するまたとない機会が訪れたというモノ。次期宗主候補として、俺としても榊流の名を高めるべく粉骨砕身の覚悟で挑むがね」
そういって牛車へ招くと、大門を視界に臨む屋敷へ。
貴族の邸宅を借り上げたのだろう。大きな寝殿に、見慣れぬ顔が五つも並ぶ。
貴重な戦力を自分たちを含め七名も投入する作戦なのだろうか?
改めて敵への脅威と、屈強の悪魔外道へ挑める武者震いが先に立つ。
「榊流の十郎太です。遅参申し訳ない。こっちは…」
「オレの方は硝煙の鴉『クロウ・ザ・キッド』だ、よろしくな」
「ご丁寧にありがとう。東久遠会社のジェラルドです。宜しくお願い致します……なんて、宜しくねぇ☆こっちは同僚の博志」
「同じく東久遠会社の瓜田です。いつもお世話になっております〜」
十郎太と鴉は軽くご挨拶。
部屋の住人達の中で、真っ先に答礼してきたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)と瓜田 博志(
jb5109)で、見た処は戦いの専門家と思えないが…。
「ああ、彼はもともと研究畑の人間でね。件の迷宮は…我が社にとって邪魔な存在です…。って、厳めしい顔で上司に言われてねぇ。必要なモノを必要なだけ投入する事にしたのさ」
「壊さなくても研究対象としては…魅力的だと思うんですけどねぇ……。戦闘は苦手なんですが……、その分、色々と協力させていただいてますよ」
「なるほど。七名もの使い手を集めるよう朝廷に呼びかけた…、と言う訳ですか」
ようやく状況が飲み込めた。
資金や情報を提供する事で、ジェラルドと博志は自分達のペースに積極的に誘導したのだ。
「この龍仙樹、協力を惜しみません。万民を守る剣として、私でよければお力になりましょう」
「俺は黄昏ひりょです。武者修行中ですが、よろしくお願いします。それと…、呼び集められたのは8人とか」
物腰の柔らかな騎士と陰陽師の声に振り向く。
丁寧に挨拶を告げる龍仙 樹(
jb0212)と黄昏ひりょ(
jb3452)は苦笑した。
奥でくつろいでいる大男は挨拶する気などなく、もう一人は…。
「…忍か。味方にまで姿を見せぬとは、念の入った事だ」
「左様…」
その言葉と同時に生じる八人目の気配。
十郎太は背筋に走る冷たいモノを抑え、目だけを動かして居場所を探る。
「ひゅうっ!気がつかなかったぜ」
楽しそうに鴉が口笛を吹いて、指で銃の形を造り薄暗がりをBANG!
指された静馬 源一(
jb2368)がゆっくりと頷く。
気配を顕した事自体が挨拶のつもりだったのだろう、暫くして気配が再び七つに戻る。
「カタログスペックだけじゃない連中を選んだからさ、そのへんは安心しててよ♪」
「揃いましたし出発しますか…。要点の方は追々聴いてください」
ヘラヘラと笑うジェラルドの微笑みと、学者然とした博志が不気味さを醸し出す。
誰も彼もが場合によっては敵になるやもしれぬ。油断ならぬが…。今は肩を並べて戦える事に感謝しよう。
●出陣!
「鍵の人形は火で照らされた痕があります。恐らく影絵がキーですね」
「まずはあの動死人を何とかしないといけませんよね」
「そのような心配は不要だ。賢者が算じた八に、この俺様まで加わっているのだからな。退屈過ぎて欠伸が出るわ」
表へ向かって歩き出した博志が、小さな阿修羅像を陽にかざす。
向きを変えると足元に映った影は、まるで別物の像だ。
ひりょが頷きながら大門を眺めると、無数のナニカが蠢いている。
対策をと言いかけた処で、後ろから尊大な声がかかった。
「何か良い算段が?それとも蹴散らしていただけるのですか?…失礼、無名の方に任せるわけにもいきませんね」
「誰に物を言っておるか!俺様こそ英雄にして阿修羅王、『郷田』であるぞ。配役なぞ良きに計らえ、なんなら俺様一人で蹴散らしても良いぞ?」
「…そう言う訳にもいかないでしょう。圧倒的な大多数なんですよ?俺もやらせてもらいます」
旅慣れた樹は相手の性格を見抜き、巧みに誘導する。
傲岸不遜な男、郷田 英雄(
ja0378)は、あえて挑発に乗る事にした。
なんとかしてチームワークを整え、消耗を抑えたいらしいが、そんなものは一人が請け負えば良いと、自分自身すら駒として提案する。
それが有効とは判るが、ひりょの方としても誰かが傷つくのを放っておけない。
「吹かす吹かす。にしても、やっこさん阿修羅王って本物なのかねえ?」
「ゴウダのタケルとかミコトであっても、似合いな態度だねぇ。戦力としては確かだよ」
ビックマウスで囀り最前列へ向かう男の後ろで、鴉とジェラルドが笑って追随する。
実力を見るなら直ぐだ。突出する二人へ周囲から動死人が群がり始めた。
そして…。
「うっうわああ…。死人の上から死人が、まるで、まるで雪崩だ…」
「集め過ぎじゃないか?援護が居るなら手を貸すが?」
「不要と言った!阿修羅王の御前であるぞ。格別に許す…、疾く補陀落渡海を渡るが良い!」
博志の視線の先には、動死人が前に居る動死人を乗り越えてまで襲おうと、浅ましく迫る姿が見える。
死人の上に死人そのまた上に…。蜘蛛の糸を掴もうとする亡者の山、いや雪崩地獄か?
だが十郎太の言葉など一蹴して不敵な笑い。
鞘代わりに布を巻いたまま戦っていた英雄の大剣が、闘気の爆裂で自然に解け…。
刀身をさらけ出したその剣は、奇妙な刃先を持ち、雷鳴が嵐の如き気勢を呼び始めた。
その猛威は嵐の如く!
過ぎ去った後には…。亡者の津波は嘘のようにかき消えていたのである。
「ふん、他愛無い。後は凡人だけでやるが良い。俺様は残りの面倒を見てやろうぞ」
「なんとも豪快な…。いや、ああいう戦い方もあるのか…」
尊大な物言いのまま、英雄は再び布を大剣に巻き始める。
ひりょの目が驚愕に見開いたのはその後だ、遠目に見守る兵士達の顔つきが変わるのが、離れたこの位置からでも判る。
正面を突破するだけでなく、ただ一撃で、人々の心さえ塗り替えたのだ。
「俺だって…俺だってやって見せる。ここは任せて、先に進んでくれ!」
「御言葉に甘えます!貴方がたは邪魔です、消えなさい!」
「…おぬしらの思いは無駄にはしない。 俺達で必ず守護者を討ち果たしてみせるからな!」
ひりょは当たるを幸いに、太刀を振って道をこじ開けた。
樹と十郎太は、居残る彼らに礼を言うと、足早に邪魔する敵だけ切り払い門へ走る。
「わっわ、待ってください〜」
「…支援感謝。後衛要請」
戦い慣れず、遅れ気味の博志を源一が抱えて走る。
右に左に脚力を活かし、結界の中に飛び込んだ。
「さあ、まとめて掛かって来い!吹き飛ばしてやる!」
彼らを追おうとした死人達を、ひりょ達が殿軍になって食い止める。
中でも異様な奴は、体が千切れたのを別の体で補おうとしたのか?数体で一体を構成した巨大な動死人!
ひりょは一撃では全部を倒しきれないと判断すると、先ほどの光景を思い出し、炸裂符を太刀に巻きつける。
わざとモーションを遅らせ、叩き切った次の瞬間に符を弾けさせた!
巨体が脆くも崩れ落ち、数多の死体に還る。
「よし、幾らでも行けます…。同じタイミングで、もっと広範囲の技を応用すれば…」
今の連続技に名前を付けるとしたら炸裂波とでも言うべきか?
ひりょは高揚したまま、今の自分ならもっと強い技が使えるはずだ、もっと凄い事が出来るはずだと次の一手を…。
「ひ、ひい。う、うしろ後ろ!」
「たわけ!凡百が俺様の真似をするでないわ!人は人らしく、己の切れ味のみを追い求めるが似合いよ!」
「へっ?うあ、お、俺は…」
気がつけば、後方や足元から死人が掴みかかって来た。
結界へ辿り着き、一息ついていた博志の声で英雄が危うい処でカット!
ひりょはそこで初めて、戦場の血に酔った己に気がついた。
血の冷める音が聞こえるようであった…。
●恐るべき守護像
「凡百の雑魚風情が、この俺様に剣を抜かせるかッ!」
「俺は…大事な人達を護るために戦っていた筈。功績なんて求めてないのに、何をやって居たんだ…。援護しますっ、適当にあしらってください!」
こんな所で死ねない…。
ひりょは術式を改めると憤然とした英雄の援護に奔る。
今更ながらに思い出す、そもそも自分は誰かを支援する為に、此処に居るのだ。
その事を、もう忘れはしない!
「大丈夫そうですね…。今の内に攻略を開始しましょうか。設置次第お願いします」
「…任務了解。…作戦開始。…技能発動!…反響視力!!…ォォォォン!!」
後方を抑える仲間が無事に切り抜けた事を理解して、博志は眼鏡を吊りあげ、彼を確保していた源一へ新しい指示。
頷く気配と共に、口元を覆う布が外れる音が聞こえ…。
鳴動する空間に、別の震動が走る。
「おお…すごい迫力ですねぇ…。何か判りました?」
「…内部構造把握!…傾聴希望!」
複合する鳴動のハーモニー。
蝙蝠が暗闇をただの日常に替える様に、あらゆる陰行を無力化する。
跳ね返って来る音で亜空を把握し、サラサラと地図を描き始めた。尋ねる博志へ源一は簡潔に結果を報告していく。
「迂回至難。…死闘必至…注力希望」
「ここが基部で、その先が最後の間って事か。邪魔してるんだし、戦っても良いんだよな?ダンスと洒落込もうぜ…なぁ!!」
「ふふふ…面白い迷宮だけど…まだ見ぬ可愛い子が減るのは困るからねぇ…」
皮肉にも地図を描くこの一瞬だけが、闇に潜む者との最も長い対話であった。
僅か三言の饒舌さには気がつかず、源一が指した図を見て、鴉は舌舐めずりしそうな返事。
ジェラルドの返事に、一同は再び進撃を再開した。
「選んだ像はビマチトラ。最強はともかく、最後というのが気になりますね…。っ皆さん、油断せず!」
「散っ!…戦闘開始!…回避専念!」 」
一方、斥候が告げる危険を見逃さず、樹は嫌な予感に警戒を呼び掛けた。
やがてのしのしと、重そうな物音と共に、巨大な仏像がこちらに歩いて来る。
真っ先に飛び出した源一は苦無を二枚投げ込みながら、囮として視界の端から端へ飛ぶ。
「…影縛発動!…行動禁止!」
「…『最強最後』とは吼えたものだな。その名が虚名でないことを祈って居るぜ!榊流宗家、榊十朗太、いざ参る!」
推参!
二枚の苦無に源一が鋼線が張ったのを見て、十郎太は奥義の使用を手控えた。
このままなら放っておいても当たる。
そう悟ると、小細工抜きで真っ向から突撃を駆けた。
だが…。
「弾かれた!?今度は私が!」
「上等!ックハハ!カートゥーンの穴あきチーズみてぇにしてやるぜ!!喰らえよ本能の牙…さぁ犬っころ…飯の時間だ!!」
腰を据えた丁寧な突き。
速く、それでいて鋭い突きを受けてもなお平然としている。
続けて放たれる矢弾も同じだ。
樹のクロスボウも、鴉の銃も、効きはしているが…有効打を与えて居ない。
銀と赤の光が暗闇を引き裂き、その一瞬後にはかき消えていた…。
「この力…どうやって作ってるんでしょうねぇ?」
「重戦士タイプか。なるほど堅いねぇ…じゃ、こうしようか…」
データに興味深々の博志とジェラルドは、試しに魔力主体に切り替えて見た。
他人事の様に戦力を測る彼らの一撃は、その威力に比して深い爪痕を残す。
法力で編まれた白き爪は肩口を切り裂いたのである。
そして…。
「魔法に弱いんですかね?えーと…攻撃魔法は…こうだったか…うわぁっ!?」
「狙ウナラ、貴様カ…」
ビマチトラはゆっくりと博志を目指して振り被る。
慌てふためく彼の元に、無慈悲な刃が…。
「おっと…そこは手を出させないよ」
「今です!」
「はい、はい。……ここですねぇ…!!うわ…わわわ!?」
飛び込んでくれた仲間達の援護で、からくも落ち着きを取り戻した博志は、最大出力を放出。
後先を考えない勢いで、少しでも遠くに行ってくれと、至近距離に迫る仏像の腹へ向け解き放つ!
その一撃は何と言うことだろう、大きな穴をうがったのである。
●
「なるほど…重戦士というだけではなく、相手を観察し最善手をとるのです。しかし…最善は、常に最善なのでしょうか?」
「例えば…、最も戦闘向きでは無いきみの攻撃を、防がなかったように?」
コクンと博志は頷き、相手の防御力にも限りがあるのだろうと説明した。
パターンさえ掴めば、それほど恐ろしい物でも無い。
「機動力を捨て、必要な能力だけを瞬間的にブーストするタイプ。そして解析も常識的です」
「術力を消耗させ、本命を叩き込めば良いと言う訳だな。ならばその先陣は俺が勤めよう!」
「その隙…もらいます!…見守っていてください…我が最愛の人…」
十郎太と樹は、頷くと果敢に攻撃を開始する。
魔力の籠った閃撃も伴い、まずは守りの技を徐々に打ち崩す。
「遅くなりました、俺も援護します」
「誰の許しを得て阿修羅を名乗るか、愚像が!」
一周二周と時間は過ぎ、動死人を方した二人が駆け付ける頃に、その時はやって来る。
「目隠起動!…視界制限!」
「先に行くぞ!榊流奥義、神槍雷撃!」
合図を掛けると源一が先行、煙を視界に撒き散らし本命を悟らせない。
合わせて十郎太が繰り出す動きは5つで、音は1つ。
一撃で効かぬは承知、先ほどより数段早い、連続突きが一挙動で見舞われる。
防御をこじ開ける処か、見る事すら叶わぬ神足の一撃!
「行きますよ…フェアリーストライク!」
此処が決め時、
煙の中で魔導書に持ち替えた樹が、召喚した妖精たちを一斉に解き放つ。
彼自身の周囲に陣形を整え、連撃毎に叩き込むと、猛攻の果てに光を束ね爆殺を開始。
巨大な光球が弾け、巨像すら持ち上げる力となる。
「鴉が鳴くぜ?終いにしようや…♪狂乱の羽を浴びな」
「はっはーっ♪……See you next life☆」
鴉という名の酉が舞飛び、狂った羽を撒き散らす。
弾丸を計測点に、膨大なアウルが密度を高め、歪んだ視界が羽に見えるほどだ。
バウンドして置き上がる敵を抑え、ジェラルドがニッコリと笑う。
ドンと、肩口を足で固定し、空いたままの口へ銃口をプレゼント。口の中で弾ける散弾が、仏像の顔を粉砕して勝負を決めた。
「これ…持って帰っても構いませんか?しかし…不思議な物質ですねぇ…」
「いいんじゃねえか?やっぱ一仕事終わった後の一服はサイコーだなぁ♪」
「…お役目はこれで果たせたな。主上に面目が立ったというものだ」
コアを破壊すると、崩れ行く結界阿修羅門。
その様子を見ながら、十人十色の事情と共に事件は終わりを告げた。