●人と言う名のギロチン
「良し、ここからなら…」
「行けそうか?」
夜中の山道で、力強い声が聞こえて来る。
補強か拡張かしらないが、工事中の道には目もくれず山間を登り始めた谷屋 逸治(
ja0330)は、頃良い大木に鎖鎌を引っ掛けた。
二回、三回と反応を確かめて体重を掛けながら…。
「…上から支援する。何かあったらコイツに連絡をくれ」
「旦那には期待してるぜ。構わねえから俺らの活躍奪うくらい、格好良く決めてくれよ」
BANG!!
樹に身を預ける強さを確認した逸治は、指を鉄砲の形に曲げてウインクする御伽 炯々(
ja1693)へ、背中で応えて見せた。
やってみせるとも、できないとも口にはしない。
彼が実行するのは、ただ、やるべき事をやり切るだけなのだから。
「ちぇっ。無愛想でやんの。そっちはどうだー?」
「問題ありません。…ああ言う実直な人は好感も信用も持てますわ。人間のシマでこれ以上の好き勝手はさせません、最後の手配も済みましたしね」
キュコキュコ…。
闇夜を奥の方から聞こえる音に、炯々は顔を向けずに尋ねた。
道中で手配に回る為に別れた、車椅子の御幸浜 霧(
ja0751)が合流したのである。
「お手数をかけしますね。証明から重機まで…。壊してしまったら申し訳ありませんとしか言えませんが」
「はっ。こいつはロードローラだ、簡単にゃ壊れたりしねえよ。それに別動班だっけか?頼まれてたからな、嬢ちゃん達は気にすんな」
「それよりガンバッテクダサイ!」
威勢よく立ち去る土方のおっさんや外国から来た整備士だったり、無口で実在的な逸治の対応に、霧は懐かしいものを思い出す。
目を閉じれば簡単に思いだせる光景が、闇夜で心に明かりを灯したかのようだった。
もちろん、それは口にも顔にも出しはしない。だが、不思議な縁のなんと心強いことだろうか?
「砂利もまきましたし、佐藤殿も何か終えられた様です…。あとは敵が来るのを待つだけですが、下妻殿には何か懸念が?」
「当初の予想以上の事は特には無いな。だが今回最も懸念すべきはバイクを駆る敵に逃走を許す事、こればかりは幾ら算段してもお釣りは要らぬ。だから、これで良いのか笹緒と心に問い続けているのだ」
闇夜に挿しこむ、僅かな星の光。
白黒を差し置いて映し出されるパンダの異様に、霧は下妻笹緒(
ja0544)の本質を見たような気がする。
昼間でこそ着ぐるみは愛らしく映る。だが、夜の暗さは彼の冷静さとパンダが獣の一種である事を端的に現していた。
「照明も用意してくれているのは助かる。だが、たかがアンデットと侮れば大変な事になるだろう。頭が無いと言う事に惑わされている者も居るかもしれんが、連中の成り立ちからして知覚に臓器は関係ない」
「そう言えば…。幽霊などには元から頭などありませんしね。肉眼など関係ないのでしょう」
「肉体から逃れれば色々不要ねぇ…。しっかし、死んだ後も眠れないで走れるのは本望なもんかね?」
楽しいと思えそうにはねえ、まあ早いとこ休ませてやろうや。
顔を見合わせる笹緒と霧に、炯々は肩を竦めて隠れるべき場所へと向かった。
屈折したシャベルに得物を隠し、今は敵が来るのを静かに…待ち受ける。
●恐怖、首なしライダー!
「どうました?」
「敵が来る…早いな。あと5分くらいで現れます!準備は?」
「ばっちりよ。だけど、良く判るわね」
猫が虚空を見つめるような仕草。
仲間の反応に、立花 雪宗(
ja2469)は首を傾げた。
遠くの別班から向かっているらしいと聞き、慌てて準備を整えに行った佐藤 としお(
ja2489)が、戻って息を整えている最中にハッと振り向いたのである。
としおはフローラ・シュトリエ(
jb1440)の言葉に、両手で紐を延ばすようなポーズを見せて解説を始める。
「さっき測距用に紐を渡しておいたんですよ。マーキングの術式が手品の種って訳です」
「なるほどね。切れれば判るし、切れるからこそアンデッドにはただの障害物でしょうしね」
離して渡した二本目の距離が切れる時間で、おおよその時間は逆算出来る。
としおの説明に、フローラは頷いて全員のアウルの輝きが消えている事を確認した。
「そうこうする内にお出ましだよー。ちゃっちゃとかたづけて、温かいものでも飲みにいこうか?」
「いいね。幽霊が苦手だから早く終わらせるのは賛成…。感度は良好…、向こうも行きましょうだってさ」
「接敵と同時に符を起動するわね…。真夜中にバイクで走り回るって、騒音的な面でも迷惑そうなデュラハンね…判り易くていいけど」
ヴォンと奏でるけたたましい狂想曲。
何かが居ると知覚して、なお迫りくる相手に恵夢・S・インファネス(
ja8446)は不敵にも無手で挑む。
体を解しながら迎え討つ彼女にも勝算が無い訳でも無い、相手はノータイムで動く単純なアンデットではないのだ。
ある程度の判断力を持たされた、単騎で動く上級個体。ならば逡巡する間に武装化し、かつ…。
「私はここで壁になるから、包囲の方お願いね!」
「了解、囲んでバイクを仕留めましょ」
正面に位置しながら恵夢は動かない。正しく言えば、後輪を軸に回転し始めた、相手の動きに合わせて移動する為にやや横へ足を滑らせる。
バイクは前輪が少しだけ浮いたかと思うと、ダイナミックな動きで手に顕現した剣が一同を襲った。
「動きが大きい?…薙ぎ払いですっ!避けて!」
「横薙ぎに来るっ…!抑えるなら縦回転っ!」
その動きは人機一体の極致!
片手でバイクを操り、残りの手で薙ぎ払う大掛かりな大車輪が迫る。
咄嗟に圏内を逃れたのは、としおただ一人。
範囲こそ広いが威力は浅い、ならば気にする事は無いと恵夢は構わずに構えた大剣を振り下ろした。
大上段に構えたその一撃は、くっついているだけの頭を粉砕する。
デュラハン本体には当たらなかった?いいや、違う!
「いやあああ!!」
「続くわよ。真夜中に走り回るのはここまでにしてもらいましょうか」
押し込んだ刃はバイクの銀輪を大きく削る。
そしてフローラが手にした数枚の札の内、一枚はアウルの輝きと共に命脈を開始している。
キュピンと残りの符が一斉に弾け、一定の幅で連柵すると氷の刃となって空を駆け始めた。
狙いは同じく大きくへこんだバイクそのもの。そう…、一同の狙いは最初から移動手段であるバイク狙いであったのだ。
「うわっ。首なしライダーとか、なんだその都市伝説級のディアボロは…。でもフレームは逝ったか?まあ名人の可能性もあるし念の為…これで逃がさない!」
「…引火します!これで逃走は不可能だ」
としおの目には、夜中でも昼間に等しい。
もげた首を置いて立ち上がる首なし騎士の隣へ、転んだバイクの車体の中で正確にエンジンを狙い討つ。
狙い通り弾丸が吸い込まれ、吹き飛んで行く様を雪宗は確かに捉えていた…。
無論、デュラハンにはさしたる被害も無かったのだが…。
「こうなるとレギオンとかブラックナイトって感じね。B班の方もそろそろ…、来た来た」
「悪鬼の跳梁も此処までです!」
凛とした声が周囲に響き渡る。
同じくバイクを最優先に、念の為に様子を窺ってワンテンポ送らせた、仲間達の来援がフローラの目に映った。
こうして首なし騎士との戦いは、本格的な幕開けとなったのである。
●血桜
「行きますわよ。人のシマを取り戻しましょう」
車椅子の少女が、まるで事務所の応接セットであるかのごとく、緩やかに立ち上がる。
その光景をアウルも良く知らぬ者が見れば、何かの奇跡だと思っても仕方はあるまい。
輝く代紋は、きっと人々の期待を背負って咲いている。
後遺症で痛む体を燃える心が龍脈の如くに支えてくれる、軋むような痛みを鎖へと網変えて、霧は断罪の一撃を放つ。
彼女を追いかけ仲間の放つ魔弾の一撃が、痛烈な弾道を描いて連撃となっていた。
「高い技前にタフネスか。ふむ、天使や腕利き撃退士抹殺用にあつらえられた特攻役やもしれん。盤上の一駒と考えれば興味深いな…」
一手間掛けた甲斐あってうまく包囲し、仲間達はバイクの破壊に成功。自分達も二度手間は避けられた。
だが颯爽と審判を開始した断罪者の一撃を受け、なお平然と進み続ける姿は悪夢の光景。
雷鳴を放って援護する笹緒は、感心つつも…その役目にこそ目を向けたのである。
先ほどフローラは黒騎士の様だと言ったが、借りにこのクラスの強化ディアボロが集団でランスチャージを掛けてきたら大天使でも危うい。
ゆえにこそ分断し、包囲することが出来た行幸を喜ぼう。
「包囲してしまえば逃走の危険はなく、周囲からの援護で互角以上に持ちこめよう。このまま油断せずだな」
「あったぼうよ。合わせて追い込むとすんぜ!」
言われるまでも無いと、炯々は弓を放ちながら援護手段を用意する。
意識の切り替えと共に瞬転し、顕現を果たすピストルで掠める様に連射。二巡り目の薙ぎ払いに対応しつつ、三手目四手目を思案し始める。
「…援護を開始する。(頭が潰れても動き続けるか…ホラー映画じゃあるまいし、随分とタフな奴だな……だが)」
決して不死身ではないはず。
それならただ撃ち倒すだけだと二射三射と、逸治は続けざまに撃ちこんで行く。
切り札を使い切うのはまだ早い…。
今は作業の様な段階だからと、焦る心ではなく、凍れる心を備えるべき狙撃手の本領を発揮していた。
そして転機は訪れる…。
「危ない…、それだけは避けて!」
「っ!…このくらいで下がる訳には参りません!」
恵夢の前で、死人にしては軽やかな動きが描かれた。
軽い籠手打ちがなんと重い事か…。体の芯を揺るがす一撃に霧が、茫然とした表情で立ち尽くす。
目を奪うような軽快な動きは全て欺瞞、あらゆる虚飾を排した本命を繋ぐ為の繋ぎ。
死の宣告と、例える者も居るやも知れぬ。次に迫るのは実に…強烈な一撃で会った。
血桜が、一同の焚いた明かりに照らされて地面を流れ始める…。
●夜明けの一撃
「大丈夫?見た目は結構パックリいってるけど」
「なんとか間に合いましたので援護は不要です…。自分で出来ますから…。ふふっ、四国だと…、あびらうんけんそわか、と言うそうですよ」
フローラの心配に、霧は凧盾を掲げて見せる。
傷口に手を当て、荒い息を付く彼女に仲間達は安堵の表情を浮かべる。
実際、掛けているのは軽癒レベルの処方だ。手当てとは古式ゆかしい呪法であるが、それで済むなら大丈夫とフローラも頷いて、意識の底から治癒方術を起こさず、敵から熱量を奪って自分を癒す。
「ここで逆転される訳には…。行きますよっ、そっちを抑えてください!」
「おうよ!合わせんぞ!」
ここで追い打ちなど、掛けさせはせぬ。
としおと炯々が飽和攻撃を仕掛けていた。
確実な連射に紛れて、手痛いが鈍重な一撃が見舞われる。
確かに強い、デュラハンと呼ばれるに相応しい死を呼ぶ騎士の剣劇。だが、としお達に絶望は訪れない。悪魔をも退ける彼らが、強いディアボロだからと怯むはずはないではないか。
「終局か…。ならば詰めの作業に入るとしようか」
「…射線確保、目標補足。弾種、スターショットシェル(始まったな。いずれにせよ、あれが通るなら終わりだ……)」
笹緒が陣形の穴へ移動を開始した。
傷の痛みに蹲った霧の脇、無理をすれば抜けられる位置に立って牽制の雷撃を放つ。
その様子に逃げられる事はないと踏んだ逸治は、切り札の使い時を悟る。
今が勝負時であり、一気呵成に攻め立てる時なのだ。
こうして夜を引き裂く輝きが、天空より舞い降りる。
その一撃はまるで…。
「その時、イシュタルが舞い降りた…光が夜とジン(悪霊)を引き裂いて…」
後に、外国人整備士アフマドさんはそう語る。
問題ないとは言いつつも、我が子のような重機が心配で望遠鏡を持ち出した彼からひったくり、気の良い現場仲間たちが口々に歓声をあげた。
日本語に詳しくない彼には、仲間達の方言が何弁かまでは判らない。
加えてここは安全圏だ、どんなに応援しても言葉が届く事は無いだろう…。
だが、四国のドカチン達は、山の者も海の者も声を抑えられなかった。気がつけば、アフマドさんも一緒になって大声を上げていたと言う…。
「さあ終わらせる為に行こうよ、死出の旅に連れて行ってあげる!」
「油断できる相手でもないでしょうし、ボロボロでも確実にやらせてもらうわよ。もうあんな一撃は放たせない」
その時、初めて恵夢は積極的に踏み出した。
壁役はもう必要ない、必要なのはむしろ状況に拍車を掛けることだと打って出たのだ。
後は粉砕するのみ!
そんな彼女を支援するかのように、フローラは石化の術式を織り混ぜる。自らの得意とする氷霊式へと組みかえて雪結晶を展開した。
呼び戻された冬の景色に、仲間達の追撃が重なって行く。
「あれでもまだ倒れんか。呆れたタフさだな…、だが時間の問題だ。我々の窮地はむしろ初動にこそあったのだからな。だから無理はしなくても良いだろう?」
「いいえ、これも役目なれば…」
腕の差は包囲と交替で埋められますしね。
笹緒の目に勝利がはっきりと映った。
もはや状況は変わらない、どんな威力の技を受けても後方で癒せば問題ない。普段なら受けられるとしても、横合いから殴ればほぼ当たる。
だとしても、霧は放っておけなかった。自分に課せられた使命は果たすべきだし…。
「終わりにするか?まぁ今度こそRestInPeaceってね。おつかれさま」
「ええ。無為に苦しませはしません。参りましょう」
炯々は霧の突撃に合わせて弔いの矢を放つ。
この矢が彼岸へ渡す架け橋となれば良い、そう思って優しく命を終わらせてやった。
「ターゲットクリア…。帰還するか」
「待ってください、可能な限り情報を集めときましょう」
降りて来る逸治に、としおは声を掛けて燃えるバイクに近寄って行った。
ガソリンがそう残ってないのか、火勢は弱い。
もし本命ゲートを護る精鋭であるならば、最大範囲を絞れるぞっと根気よく突き始める。
「といっても燃えちまったしなあ…。まあやれるだけやるか!」
「盛大にぶっ壊したしねぇ。まあ今更じゃない?特定できたら御の字だよっ」
頭をかいて、思わずとしおは苦笑した。恵夢が言う様にダメもとで探すことにした。
まあ何かあれば処理班から報告でもあるだろう。
首なし騎士の事件も今宵限りである…。