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撃退士達は、冥魔の領域に近い町へ来ていた。
「また借りて来たんですか?それに、今回は随分と揃えてますね」
「ああ。結界基部がどのような物かわからないし、固定する為、打ち込んであるぐらいはありそうだ」
計画を推進している黒井 明斗(
jb0525)は、軽トラックに土掘り道具を搭載して来た龍崎海(
ja0565)に声を掛ける。
今回の戦術目的は冥魔排除ではあるが、それは最終目的ではなかった。
もっと重要な戦略目的が存在するのだ。
「確かにアレはバランスを崩す蟻の一穴になるかもしれませんね」
「術式を獲得できれば、戦略的な価値は計り知れないしね」
明斗と海は遥かな未来を眺めていた。
ソレは獲得できたとして、必ず役に立つモノでも、いつでも使えるモノでもない。
だが一般人を守るためには、ソレは大きな力となる可能性を秘めている。
その為に一同は天使との交渉を行う事にした。
「そんじゃお茶に行ってくるわ。呉越同舟ってわけじゃないが、今敵対しても旨味は薄いな」
「任せる。こちらは今の所、即座に冥魔掃討は視野に入れてないが、結界解除後なら協力しても構わないと伝えてくれ」
あいよっと手を振って向坂 玲治(
ja6214)達は赤い天使との交渉に向かった。
町の郊外である猫カフェは、先の戦闘で非戦闘区域……話し会いを行う場所としていた。
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天使も冥魔もいつか戦う相手であるが、その順番と優先に置いて、交渉のテーブルに付く事はできるだろう。
「アブサール…去年の暮れに交戦した天使ですね。知的な方のようですし、休戦協定を此方から破棄しない限りはある程度は信用していいと思いますが…」
「今後のため、アブサールさんとは事を構えずに対処していきましょう」
ユウ(
jb5639)と川澄文歌(
jb7507)は猫カフェの入口付近に座り、不用意に相手を刺激せぬよう、あくまで見守る形を取る。
「いずれ戦う時がくるとしても共闘する以上、交友を交えたいですね」
ユウ達は交渉に赴く二人を見守り、念の為に周囲を警戒する。
願わくば上手くまとまりますようにと、祈りながら……。
猫カフェを訪れた撃退士たちは、めいめいに距離を置き担当を明確に明示する。
文歌たちが監視と護衛、玲治たちが交渉役だ。
「俺からで構わねえな?」
「ああ。私は拒否された場合の次善案で構わない。優先順位は一本化した方がいいからな」
一歩分だけ玲治が前に立ち、鳳 静矢(
ja3856)は先に話を譲った。
彼にしてみれば全体の流れが順調で、『今後』に繋がるならば、細かい内容を玲治のペースで勧めて問題ないとも言える。
足元の三毛猫やらパグやらに目を向けながら、天使の待つテーブルの傍に立った。
「よう、また会ったな。座ってもいいか?」
『構わない。話をしに来たのだろうし、片方だけ立っていてはやり難かろう』
交渉のテーブルに付く気があるか?と玲治が案に含めると、赤い天使…アブサールは頷いた。
人数分のコーヒーを注文すると、撫でて居た猫をその辺りに離す。
手を洗ってワンホールケーキにナイフを挿れ、自分の分を切り分け…。
撃退士の方に向き直ると、話の内容とケーキを重ねる例えなのだろう、皿を滑らせて寄こした。
『それで、互いの戦力温存の為に共闘という話だとは思うが、他に用件がありそうだな?』
「俺らが誘き寄せと突入を『負担』するんで、その分だけ譲歩を求めたい。具体的に言うと、結界破壊後にサンプルを持ち帰っていいか?』
玲治は目線だけで一応の礼を告げると、重要な案件を切り出した。
はっきりと『負担』と口にする事で、撃退士サイドは無理に冥魔を攻める必要はない事を告げ、その上で自分達がリスクを担当しても良いと提案する。
天界側には植民地収奪の限定戦争という制限があり、戦力の無駄使いや、冥魔と全面戦争できないジレンマを突いたのだ。
「そっちに何か注文があるなら、上層部から許可を得てる範囲…で、応える事も出来るぜ?」
『私も一応はウリエル様の許可を得ているが、今はそれを問う意味はなかろう。……だがそうだな、結界基部に関しては条件付きでなら構わない』
撃退士の上層部は今回の件に付いて、『前線交渉の範囲』で町に関する事以外の全面的な許可を得ている。
それは天界が上意下達の組織構造をしており、仮に、ウリエルが許可を出したとしても…、更に上位天使の命令次第で変更されるからだ。
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ともあれアブサールは頷いたが、まずはその確認からになるだろう。
「合意が取れたのは至極有りがたいが、その条件と、結論に至った根拠を教えてもらえるかな?」
静矢はスムーズに話が決まった事に意外性を持ちつつも、違和感よりは、共感するモノを覚えた。
見たところアブサールも、静矢と同じように『今後』を見据えて居るのかもしれない。
もちろん自分が騙されても、ウリエルが一枚噛む様な大きな話で騙されるよりマシだ。という意味かもしれないが…。
『条件は基部の一部、分割が無理なら可能範囲でコピーさせてもらいたい。理由に関しては……長い目で見るならここで一歩譲るとしても、地球外で冥魔が同様の罠を仕掛けてくる方が問題だからな』
「…了解した。貴殿がどう考えているかは解らないが、あの時オグンの出した結果を見届けた…それはオグンの意志を肯定していると思う」
静矢はアブサールの言葉の内、『長い目で見て』と言う言葉に注目した。
地球以外の戦線の為…。という理由はあるにせよ、将来を見越した話が出来ると言う事だ。
そこまで確認したことで初めて、『オグン』の件を僅かに口にし、今は匂わせるだけに留めた。
そして、幾つかの作戦案と地図を交換しあって別れる。
話はこれまで、しかし共闘は成立したとあっって一同にホっとした空気が漂う。
そして女性陣は、にこやかに手を差し出した。
「今回は宜しくお願いしますね」
「この子たちともども、今回はよろしくです♪」
『そうだな。こちらこそよろしく頼む』
ユウが差し出した手と、文歌が差し出したニャンコの手。
今後に見つめた後、アブサールはユウと握手し、文歌と猫の両方を撫でて立ち去って行った。
そして猫カフェから出ると、一同は気合いを引き締め直して森に向かう。
「例の件は?サーバントがリセットされても再び命令すればいいだけだし、問題ないと思うんだけど」
「了承は得た。協力すると言っても、やはり乱戦を避ける為、距離を図るのは必要な事もあったろう」
海が前もって提案しておいた、アブサールの抵抗力向上に関して、静矢は頷く。
広大な範囲と持続時間を持つ半面、敵味方に掛るので、面倒でもあるからだ。
「個体ごとに掛けるとコストが悪い見てえだが、こっちがリスクを引き受けるから、大多数は外で良いってのもあるんだろうよ」
玲治が戦力の分布を示した配置図を見せると、そこには扇状に展開するサーバント隊が書き込まれていた。
殆どは結界外に位置し、包囲網と追撃戦の為に温存。
突入する隊にはエンチャントした個体が、アブサールの直卒で当たるのだろう。
「これがあちらのデータだそうですよ。鞄に入ってる残りは、計測器やコピー装置でしょうか?」
「かもしれませんね。天界側のデータも得られましたし、…結界基部を特定し次第に攻め込むとしましょう」
カメラでコッソリ撮影しておいた文歌が、鞄の写真を見せつつ、受けとったデータをサーバーにアップした。
明斗はそのデータを自分達で用意しておいた物と照らせ合わせつつ、目指すべきポイントを絞り込み始める。
戦力は整った、後は攻め入るだけである。
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そして一同は、森への進軍を開始した。
『まずは敵を誘き出しつつ、獣の中の獣王を探し出しましょう』
「獣王…ですか?」
明斗が通信で目的を告げると、ユウは翼を広げたまま首を傾げる。
探すとなれば、飛行組である彼女の担当でもあるのだが…。
『例えば伝染・抵抗力低下で、効果を付与し易くする為に番人が居るのなら、その出現頻度の高い場所に基部があるかもしれませんね』
明斗は地図を表示しながら説明を続ける。
特殊な力を活かすには、結界の力を最も活かせる場所が相応しいだろう。
『外見こそ同じ獣かもしれませんが、能力に差があれば基本の運動命令も違いがあるはずです、その差を見極めれば外見が同じでも、獣王が解るかも知れません』
「なるほど。同じ姿でも強い個体か、あまりウロウロしない個体を探せば良いのですね」
「確かに誘き寄せで敵が減れば絞り易くなるな。その辺はこっちに任せてくれ」
その差を見守ることで、ほぼ同じ姿の中から命令の解除されない強者を、そして彼らが護る本拠を探す為である。
明斗が言いたい事を理解して、ユウと海は了解したと伝えて来た。
今は数が多くて判断し難いが、作戦が軌道にのればやり易くなるだろう。
飛行組が探査の為にペースを落して移動を開始している頃、地上組は既に戦闘を開始して居た。
「しかしこれだけ数が居ると、面倒で叶わんな」
「囲まれないだけマシじゃね?幾ら俺らでも、後ろからドツかれたら、流石にたまらんからよっと!」
静矢は魔書で牽制を放った後、走り込んで来る数体の獣型のうち、一匹を一刀の元に斬り伏せる。
その間に玲治は群がる骸骨型が放つフェイントをガードしつつ、徐々に誘き寄せて行った。
前回はできるだけ出会わぬように隠れて移動していたが、今回は丁度真逆。
可能な限り目立つようにして、敵を誘き寄せる必要があるのだ。
「ルアー役とは言え集まり過ぎるとバレるかもしれんし、そろそろ引っ張っていくわ」
「お願いします。さっきも言った通り、数が減った方がありがたいですので」
玲治は移動を邪魔する敵だけ排除すると、敵を引き連れて後方…天使とサーバントが待ち受ける場所移動を開始する。
彼の背後から追撃しようとする敵を確認し、明斗は足の速い個体を弓で潰して行った。
「川澄さんは既に移動されましたので、殿をお願いできますか?」
「回復してくれるなら言う事はないな。こちらの護りは任せてもらっておこう」
一方でワザと目立っているなら、目立たない様に姿を隠すこともできる。
明斗は残る仲間が先行したルートを指差しつつ、静矢に背中を任せ足早に移動して行った。
途中で追いすがる敵を始末しつつ、森の奥へ奥へと向かっていく。
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森の外延部で戦闘が続く中、気配を消して敵中を進む影がある。
囮が目立つ間に駆け抜ける、忍びの業に近い分担であった。
しかし、無人の野を進むが如き彼女の進軍も、ここまで。
「(もしかして、気がつかれてる?ということは、他の個体とレベルが違うのかな…)」
文歌は探る様な視線に気が付いた。
彼女が気配を遮断する結界は、格上に効かない他、探知力に長けた敵には見付け難いだけだ。
「(もしかしてこれ、ピンチかな?ううん、…さっき言ってたじゃない、番人が居るって。ということは、この周囲が目的地で良いはず。メールしてみよっと)」
可能な限り遮蔽物を間に挟みつつ、文歌は仲間にメールを送る。
その対象は……。
『(川澄さんですか?どうされましたか?)」
「(ええとね、隠れてる私を見つけた敵が居るんです。このままグルっと逃げてみるから、上から確認してくれますか?)」
飛行組であるユウからの返信に対し、文歌は素早く状況と目的を伝えた。
そしてコンコンと靴を履き直し、マイク片手に、いつでも走り出せるように調子を整える。
『(状況は了解したよ。こっちでも援護と確認するから、三角測量の要領で、手っ取り早く行こう)」
「じゃ、問題なしですね。では…文歌のオン・ステージ、見てくださいね♪」
別方向を飛ぶ海からの連絡を合図に、文歌は自分に暗示魔法を掛けた。
一気に上昇させたテンションに従い、軽やかに森の中を駆ける。
その動きを察知して、敵が、そして味方が集い始めた。
「番人らしき個体だそうです。今、龍崎さんたちが上から確認してるので…終わり次第に突入しましょう」
「とは言えこの数ではな……。いや、こういう時の交渉か。……向坂さん、話は聞いて居るかな?」
明斗の指示で静矢は合流地点を選定するが、流石に敵が群がって居てはそうもいかない。
少し悩んだ後で、天使の方へ移動した仲間へ連絡を入れると…。
ドタドタと騒がしい音と共に、返信が帰って来た。
『おう!今よ、そっちに向かってるんだが…いやー、サーバントの大軍を背負うなんざ、何度もやりたかねえな』
「もう向かってるんですか?一体、どうやって…」
玲治の声と共に聞こえるのは、どうやらサーバントの足音や銃声の様だ。
驚きながら明斗が呟くと、その答えが、目的座標と共に帰って来た。
『こちらユウです。目的の場所を発見した…と思います。アブサールさんにも連絡を入れて居ますので、戦力的にはご安心ください』
「もしかして握手した時に伝達用の『縁』を繋いでおいたのか?競争にはしなかったし、確かにその手もあったな」
ユウが上空から撃ち降ろす銃火で、端末を覗きこんでない静矢にも、ハッキリと方角が判った。
ここまで来ればあとは簡単だ、敵を倒しつつ結界基部に向けて突進するだけである。
援軍が訪れている事もあり、それほど難しい事ではないだろう。
やがて彼らは、一本の木に辿りついた。
大樹と言うよりは、まさに森の古木といった風情である。
「この樹で間違い無いかな?」
「怪しいと睨んだ場所の一つでしたし、アウルの反応もありますしね。…近くに似た結界がないか気になりますが、目的は達しました、悪魔側が動く前に撤退しましょう」
海が魔書で周囲を警戒しながら 降りて来ると、明斗は頷きながら周囲を探る。
神社の締め縄などに偽装した、幾つかの文物を発見した時は、苦笑いを浮かべる他なかった。
この文物の真偽、そして連動するナニカがあるのかは、研究者達が時間をかけて行うだろう。
そして赤い天使も対象物の一部を渡して、今回の共闘を終了する。
「今回協力する事は小さな事かもしれない。だが積み重なればいずれ大きな流れにもなる…私はそう信じたい」
『可能性としてはそういう事もあるだろう。だが厭戦感だけで判断を変える指導者は居ない…良くも、悪くもな。その事は覚えておくべきだろう』
静矢が締めくくった言葉に、アブサールは方向性だけを残した。
戦いの無意味さを説いても、いまさら天使も人間も上層部の意向は変わらない。
だが互いの価値を認め合うならば、共闘という可能性、そしてその先はある…とだけ。
「それではまた機会がありましたら。猫ちゃんにも会いに来てくださいね」
「今回は御世話になりました。御息災に」
『お互いにな。…冥府の大公が何をやって居るか調べる必要性があるやもしれん。その時があれば、また会おう』
こうして赤い天使は去った。
本当にまた会うかは別にして、撃退士たちは学園への帰途についた。