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四国は冥魔の領域に近い町へ撃退士たちが集結した。
「今回は参加していただいてありがとうございます。現段階で集まった資料は御手元に」
調査隊の発起人である黒井 明斗(
jb0525)は、用意した資料を提示する。
二例続いた暴走サーバントの事件と、郊外に見られた赤い天使。
そして…少し離れた位置にある、冥魔の森が記載されていた。
「こう何度も暴走サーバントが出てきたのでは手に負えん。さっさと原因を突き止めねばな」
以前の作戦にも参加したと言うエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)の呟きは、ある種の奇妙さと、正論の両方を踏まえていた。
本隊からはぐれた敵を、偶然かもしれないし、陰謀家もしれないと毎回疑うのも面倒だ。
「確かになぜ暴走しているのかって原因は探るべきだったね」
「そうだ。冥魔の策までは確実として……、単に防衛用なのか、それとも陰謀の一端なのかで対処が変わって来る」
相槌を打った龍崎海(
ja0565)にエカテリーナが頷き返す。
どんなに優れていても、防衛用ならば局所的な脅威。
映画で出てくるようなゾンビ的増殖でも無い限り、放置しても問題ないのだが……。
「いずれにせよ、あらゆる可能性を踏まえ、事態を確認する必要があるでしょう」
明斗は仲間達を見渡し、ひとまず偏見抜きでと確認した。
天界側は大規模戦闘で失った戦力補充に忙しいと推測が立つが、冥魔側に関しては、まったく動向が掴めない。
策謀家でもあり、気紛れでも知られる大公爵メフィストの勢力圏であり、放置できぬ脅威だ。
現在はサーバントの暴走だが、他にも影響があったり、別種の策と併用されるかもしれない。
「さて、どんなカラクリがあることやら……。とはいえ、やることは変わらんがな」
向坂 玲治(
ja6214)は肩をすくめると、指を三本ほど立てる。
「住民への被害を出さないのは前提として。後はぶっちめる過程で、どんだけ証拠を揃えるかだろうよ」
第一に、原因調査完了まで三つ巴の戦いになることは避ける。
第二に、暴走状況を映像撮影や音声録音して、可能な限り記録する。
第三に、必要なら天使とは交渉して休戦ないし時間稼ぎを行う。
次々に指を折りながら、玲治は順序立てて説明する。
「後は天使だって冥魔退治だろうし、暴走の調査が目的なら妥協できるかもな?」
「こちらは森の調査はいつでもできるのだから、多少妥協しても、天使の監視・対応が優先だろう」
玲治の示した内要に海が頷く。
目立つ天使と違って人間側は調査し易いし、無理に闘う必要性も無い。
可能ならば交渉で戦いを回避し、余裕を造れれば、実際にサーバントが暴走する瞬間を見れるだろう。
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「まずは戦場整理ですかね。ディアボロの内、観測に邪魔な連中をカイティングで適当に放置しておきます」
鈴代 征治(
ja1305)がゲームを例に用い説明する。
戦場に無数に居る雑魚は、本命を狩る邪魔でしかないし。隠れるにしても数が多いと発見される可能性も高い。
敵を遠ざければ、集団戦闘や隠密に慣れないメンバーでも、それなりに対処できる。
この概念を応用し、ディアボロの群れをサーバントに倒させつつ、自分達が隠れる場所を確保すると言う訳だ。
「我々全員が潜伏に長けるなら必要ないのですけどね。とりあえず、この辺の地形を使って何人かで……」
「ああ、それなら僕が適任ですね。方針は了解しましたので、ご協力しますよ」
征治の説明にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がくったくない微笑みで答えた。
誰もができるように調整するのが征治だとするならば、その真逆、オンリーワンの回避力・退避力を持つのがエイルズレトラである。
妥当な計画であり、妥当な人選と言えるだろう。
「それではお願いしますね。物を音を立てながら引っ張っていきますので、無理になったら交替と行きましょう」
「お任せあれ。足を使ってキリキリ舞いにさせてみせますよ」
征治が両手を交差させて入れ違う事を提案すると、エイルズレトラは優雅に一礼した。
異なる個性の共演こそが、撃退士の本領である。
そこまで決まれば、後は実行に移すのみだ。
「……天使の方も動き出したようだ。どうやら向こうも調べごとをしていたみたいだね」
「よし。ならば状況を開始する! 各自ディアボロとの戦闘は極力避け、不可能であれば即時抹殺すること」
「「了解!」」
海が天使の動向を監視役の撃退士に確認すると、エカテリーナの音頭で全員が行動を開始する。
軽トラックや自前のバイクで森の近くまで移動し、森の中へ侵入して行った。
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撃退士達が森に侵入して暫く、当然ながら最初の相手は斥候らしき単独のディアボロだった。
「貴様らに用はない、邪魔をするなら消えてもらう!」
「おうら! いっちょあがりだぜ!」
エカテリーナの太刀が音も無く骸骨型を叩き割き、玲治の槍が激しく頭を強打。
彼は途中で更なる力を込め、次なる敵が来ない内に、目撃者を葬り去った。
「今の内に隠れて進むぞ。……どうしたよ?」
「いえ、ちょっとした異和感があっただけです。確定事項でもありませんし、二人が戻って来てから詳しく説明しますね」
玲治が親指上げて茂みや樹上を指差すと、明斗は浮かない顔で頷いた。
なんというか、陣を造って居るはずの敵の配置や巡回パターンに、指向性を感じなかったのだ。
かといって何パターンも見ている訳で無いので、誘導している征治にも意見を聞いた方が確実だろう。
それから暫くして、破裂音や笛の音が、離れた位置に向かって遠ざかって行く。
おそらく、誘導役の二人が物音を立てながら引き寄せているのだろう。
「こんな物ですかね?あんまり離れ過ぎると、合流に時間が掛りますし…」
笛を鳴らしていた征治は、胸元に仕舞いこんだ。
音を立てて引っ張るのは、これまで。後は十分に潜伏できるはずだ。
「一足早く撤収しますので、後はお任せしますね」
征治はロケット花火に火を付けながら、アウルを身体中に巡回させる。
そして花火を放りつつ、助走も無しに軽やかにジャンプすると、エイルズレトラを残して樹上に消えた。
「了解。ギアをサードからトップに入れるとしましょう。ショータイムの始まりです」
その時だ、走るペースを合わせて居たエイルズレトラは、こんどこそ本気で走り始めた。
征治が巡航速度にして常人の二倍なら、彼は三倍速。歩行するガイコツではおいつけもしない。
「それでは、目鼻や足に覚えのある奴だけ始末しておきましょうか。迂回するにしても面倒ですからねぇ」
エイルズレトラは不敵な笑みを浮かべると、おのれに追随できる獣型の不運を笑った。
狙うは獣型の内でも、彼を追う事の出来る高速型。
「付いてこれなければ、無駄に死ぬこともなかったでしょうに。さようなら」
そして手にしたトランプをまき散らし、周囲に群がる獣たちを無残に引き裂いた。
かくして戦場が整理され、これ以上は戦わずに済むと思われたのだが…。
「監視に回って居た龍崎さんから連絡が……。このまま行ければ良かったのですが…。天使はこっちに向かって来るようですね」
「おいでなすったな。…戦う気なら即座にぶっ放してるだろうし、ちょいとお客さんを出迎えてくるわ」
隠れて進む明斗たちの元に、赤い天使が足を速めて向かっているらしい。
おそらくはアスヴァンの様な探知呪文でも用意していたのだろう。玲治は肩をすくめると、茂みの中から姿を現したのである。
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予想通り、赤い天使が隠れた撃退士の方向にやって来る。
『予想は付くが、何の用だ?』
「そっちもディアボロ退治なんだろ?とりあえず俺らが相討って、冥魔が得する様な事は避けたいと思ってよ」
赤い天使こと、アブサールの問いに答えながら、玲治は周囲を確認した。
サーバントを何体か連れているが、今のところは大人しい物だ。
暴走するとあって最後まで信用する気にはなれないが…、撃退士の中でも体力に優れる彼ならば、仲間の到着までは粘れるだろう。
『了解した。ひとまずはこの戦い…いや、この森の冥魔が片付くまでは手を出さぬと約束しよう。周囲の町も同様だ』
「そいつはありがてえな。一回で終われば、お互い面倒無くて済むんだがな」
話し合い自体は、玲治が拍子抜けするくらいに簡単に終わった。
やはり会議で出たように、相手も冥魔の罠を調査・破却に来たのかもしれない。
近くの町を含めたのは、最初に見つけた猫カフェが気に成るというよりは…、単に次回があるならそこで用件を聞こうと言う事なのだろう。
「ああ、そうだ。『何か』あった時は、こっちで適当に何とかしていいか?間にあうなら、そっちでなんとかするんだろうけど」
『それで問題ない。万が一、冥魔が片付く場合に、こちらの『跳ねっ返り』を処理しても、文句を付けたり約定を保護にはしない』
最後に玲治は、暴走サーバントの事を匂わせて確認すると、天使は軽く頷いて立ち去って行った。
入れ替わりに敵を後方から追っていた海が合流して、仲間達のもとに帰還する。
「なんか気が付いた事あっか?」
「そうだね。…サーバントは前に出会ったやつなんだけど、赤い紋様が打たれている個体と、そうでない個体がある」
玲治は至近から記録したデータを、海は遠目にであるが周囲から記録したデータを統括用のカメラに転写。
仲間達はそれを元に、事前段階での情報を共有した。
「他に気が付いた事はあるか?」
「…そうだな。去年とかの戦闘で、あの赤い天使が使った紋様があったと思うけど、確か『聖なる刻印』と似た術式だと思うんだが」
エカテリーナが尋ねると、海は記憶を掘り返すように顔をしかめた。
「抵抗力を上げるモノか。ということは、魔術や特殊能力ではないか確認するという訳だ」
「そういうこと。暴走を開始したら、こっちでも刻印とクリアランスを使って……っと。戦いが始まったみたいだ」
そして仕入れた情報を元に、幾つかの推論を組み立てていくのだが…。
話をしている間に、冥魔の拠点と思わしき場所についた模様だ。
サーバントとディアボロの戦いが始まり、一同は討論を止めた。
「今は監視に集中するとしましょう。ひとまず、キカッケくらいは掴みたいですね」
征治の言葉に仲間達はそれぞれに頷いた。
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迫りくる獣型や骸骨型の群れに、人形たちは足を止めて迎撃した。
護って居るはずのディアボロが攻め立て、サーバントが迎え討つと言うのも、中々に奇妙な構図だ。
「(武器の差はあれ…移動砲台かフルアーマーのロボットみたいですね)」
征治は天魔の戦いを見ながら、人形を着た人形のデータを確認した。
アサルトマシンガン(A種)の個体には大きな紋様、ガトリング砲(B種)には小さな紋様、そしてカノン砲(C種)を持った個体には紋様が無い。
「(大きな紋様は抵抗力の更なる強化として、比較サンプルとしては十分か。それならこちらも利用させてもらいますが……どんな風に暴走するのですかね)」
征治はそのまま紋様の無い、C種と仮名した個体を中心に確認し、時々B種も視界に入れることにした。
暴走するとしたら抵抗力の無い個体だろうし、後はどのディアボロが能力なり術を使うのか、はたまた別のトラップでもあるのか?
それを確認するのが、今回の仕事と言って良いだろう。
原因が不明だからこそ謎の事件であり、特定さえすれば、後は排除なり回収できる。
そんな時、明斗が、一番最初に異和感に気が付いた。
彼が『対象の範囲』に関して、注目していたからかもしれない。
「(ちょっとおかしくありませんか?ここは冥魔の防衛網なのに無秩序過ぎます。知性自体が無い骸骨はともかく、獣たちなんか酷いものです)」
「(そういえばそうですね。…でも、ゲート産のディアボロは、こんなもんじゃあ?魔力で命令するほどの価値なんて……なんだ。人形達の動きが…)」
明斗の疑念に対し、征治は頷きはしたが、当初それほど気にしていなかった。
魂を吸われてディアボロ化した生物は、間にあわせの戦力であるし、便利な道具でもあるからだ。
そう思って見ていたのだが、決定的な変化がサーバントにも訪れていた。
「…逃げる獣を追撃してる?ワザワザ追い掛ける意味なんて無いのに…。もしかして既に暴走しているのか」
獣型を追い掛けてカノン装備の人形が追い掛け始め、征治も立ちあがると追い掛け始めた。
間近で確認したいのもあるが、それより重要なのは町に向かうコースだからだ。
「やっぱり…。多分ですけど、ナニカはディアボロにも効いているんだと思います。それに感染したのか、あるいはこの周囲に結界でもあるんでしょう」
「仕方ない、破壊して止めましょう。残骸を確認すれば噛みつかれて伝染したのか、時間の経過か判別できます」
明斗の言葉に頷きながら、征治は脳裏に待機させておいた武装を展開する。
そして足と槍にアウルを込めて疾走し、後方から突撃を食らわせた。
「以前と同じなら対象を変えないはずだ!そのままディアボロを囮にして、視界外から攻撃するんだ。その間に俺は、他の個体に色々試す!」
「ありがとうございます。傷は抑えたいし、試させてもらいますよ」
何度も戦った海は、征治にアドバイスを送りつつ、他のカノン装備型にゆっくりと近づいて行った。
まだ暴走していない様であるが、そのうち暴走する可能性があるだろう。
その時に能力を解除し、抵抗力を上げれば…元に戻せるかもしれない。
「暴走したら暫くなんとかできないかな?できれば四肢を砕いてくれればありがたい」
「まあ、その辺はなんとかしますよ。天使が先に駆けつけるかもしれませんけどね」
海の無茶ぶりに、エイルズレトラは笑って請け負った。
使徒クラスの命中精度を持っている様であるが、彼には上級天魔並の体術がある。
誘導時に使った大量のカードではなく、一枚つづりのカードを持ち出し、手足に向かって投げつけていった。
「四肢を砕けば良いのだな?ならば私も手伝おう。…材料としては微々たるものかもしれないが、ここから何か分かるかもしれん」
話を聞いていたエカテリーナも参戦し、捕獲を手伝う事にした。
サーバントたちは実験用なのか、あるいは暴走の影響か、定めたターゲットを最優する。
苦労しつつも捕獲に成功し、撃退士達は貴重なサンプルを手に入れた。
「結局よ、暴走っていっても、お馬鹿になったけど同士討ちはしなかったよな?何が起きたんだ」
「おそらくこれは命令を強制的に解除しているのだと思います……もし想像通りの物なら、僕ら『人間には』意外と役立つかもしれません」
起きた現象は、オーダー・キャンセラーとでも言うべき事態。
作戦進行中の命令を、初期状態にプリセットする力だ。
撃退士の召喚獣はその都度命令できるので、解明すれば、研究施設などの防衛に役立つかもしれない。