●水瓶を担ぐ、戦いの天秤
「綺麗な道だな。敵は強大だ。だが…、やるしかない。この地に住む人びとの為にも…」
ピクニックにでも行くのが相応しい、そんな道すがら。
それほど整備されてないにも関わらず、丁寧に掃除された道からは住民たちの心意気を感じる。
きっと公園として和やかに交流しているのだろうと、クジョウ=Z=アルファルド(
ja4432)は近隣住民へ思いを馳せた。
「連中が駆け付けるまでの辛抱だ、気張って保たせるとするさ」
「ああ。引きつけるだけでも大変だが、合流までは堅実策。その後に一気に攻勢に転じよう」
「まずは救出班の行動がばれないように敵の注意を引く…ですか、判りました。二・三思う事はありますが、やるとしましょう」
そんな彼へ、デニス・トールマン(
jb2314)が声を掛ける。
彼の防御力は天使クラスに匹敵し、力と外見に裏打ちされた重厚感はなんと頼もしい事か。
クジョウは頷きながら、タイミングを測る為に歩みを緩めて最後の作戦調整を開始。
話を窺っていた神棟星嵐(
jb1397)が、懸念を抑えつつ承諾する事で会話に加わって来る。
「何か懸念が?」
「このような場所にゲートを形成するとは、目的がいまいち分からないのですよね。さほど重要拠点でもないのに…」
「あれじゃないですか?四国は水が無いから、溜め池は重要な…」
促され話し始める星嵐の懸念に、佐藤 としお(
ja2489)が周囲から出されていた推測を口にする。
予め予想していたのか、星嵐はゆっくりと首を振って話始めた。
「確かに雨量や河川が少ないですが、実際には…そこまで必要ではありません。悪魔がこぞって、あちこちでゲートを作っている一つなのでしょうが、その真意も確かめる事が出来れば、上々でしょうか」
「あんたは四国の出身だったか?確かに妙だな…ここ最近、悪魔絡みの事件が多過ぎるのもある…まるで…」
陽動ではないか?との言葉をデニスは飲み込んだ。
例え罠だとしても、飛び込まねばならぬ時もある。ならば星嵐が言う様に疑うより最大限の情報を得る方が建設的だろう。
「言っても仕方ないな…。ま、何れにしろ倒さなきゃならん相手だ。こんな博打を打つのはどんなバカか豪傑か…楽しみだぜ。単騎でゲート開放、消耗した状態でそのまま守護…未だに俺達をナメてるのか、それとも本当に強いのかってな」
「それなんですけど、任務はゲート破壊…。ならゲートを優先すべきだと思います」
「その話のった!つか、自分もそれに賛成です!」
獰猛な笑顔を浮かべて見せるデニスへ、星嵐が提案を行う。
依頼の本質はゲート破壊であって、あくまで悪魔の撃破は最も手早い策。トランプ勝負で言えばそもそも求めるカードが違うのだ、敵のペースに付き合う必要はない。
そんな彼の意見に、としおが相乗りして来た。
「現在は双方が全力を振えません、その中で我々だけが本来の実力を取り戻せたら?」
「確かにこっちの能力低下は無くすことができるけど、消耗は無理だからな。勝機がウンと多くなる…それであってるよな?」
「…ソウデスネー。縛りプレイも嫌いじゃないが、一方的に痛めつけるのも悪くなイ」
ゲートがある状態で互角に持ちこめるなら、破壊して自分達が全力解放できれば、バランスが傾くのは間違いない。としおの提案に一同が頷く。
同じ悪魔だからか確認の視線を向けられ、秋桜(
jb4208)は組んで居た腕を茶化す様に肩を竦めて見せた。
服だけで鎧を付けて居ない為か、豊かなバストがプルンと揺れる…。
「確かにもっともな意見だ、傾聴するに値すると言えよう。…だがことわっ…」
「あーあー!おほん。と言う訳でですね、敵の眼前…ゲートの基部まで行ったら確認してください」
「了解。見つけたら、転機が訪れ次第に動ける方が動こう」
集まった視線に、実は内心ドキドキしていた秋桜はあえて否定して見せる事で動揺を隠す。
そんな彼女の仕草を、健全な男子高校生たちは見ない事にした。
「…なら人質救出ともども気付かれない必要があるわね。包囲すれば有利に戦えるし、実力差を考えればそうするしかないけど…各個撃破の良い的だもの」
「無論の事だな。悟られんように可能な範囲で誤魔化そう」
それまで口を挟まなかった高虎 寧(
ja0416)が最後に締める。
戦力差は作戦で埋められる。だが、絶対的な実力差が倍半分違う。有利に闘う為には仕方がないが、囮や前衛が食い破られる事もあるだろうと。
●バッドエンド・ブレイカー
仲間達がタイミングを合わせて戦いに挑む少し前…。
結界ギリギリに当たる管理事務所で、戦う二人の撃退士が居た。
「もう少し待ってて!そこから逃がしてあげるからね!」
「出来たてほやほやのディアボロだけど、ゲート内だ、油断だけはしないで」
とやっ!
ゲートによる減衰などなんのその、少女は天へ掛けた。元は鳥か何かであったろうディアボロを、與那城 麻耶(
ja0250)は膝頭で蹴っ飛ばす!
その一撃はまさにディスティニーハンマー!撃退士の体力がコーナーポスト無しで放った荒業だ。
弾けるような彼女の動きに、眩しそうな目で宇高 大智(
ja4262)は目を細めながら輝く弓を放つ。
身にかかる重みを跳ね除ける健康的な笑顔が、眩しく…そして羨ましい。
「我々は撃退士です。俺たちの仲間が悪魔を抑えていますから、皆さんは落ち着いて町へ避難して下さい!道の途中までは消防団を手配してますからっ」
「おお、すまんね。ここに押し込められて…。外に出たらああ言うのが襲って来ると言われて…」
大智は地図に描いた青ラインの場所を指差しながら、集団の中で最も落ち付いた人を探し始める。
判り易い言葉と動作で人目を集め、反応を見て任せるに足る相手を見つけると話しかけて行く。
「(あ、また来た…。やっぱりゲート内に居ると生物がディアボロ化するんだね。もし遅…)…私が先行するから、君たちは絶対に大丈夫だよ!」
「(…人間は魂の量が多いから間に合ったみたいだね。)…お年寄り、身体の不自由な方の手を引いて、静かに避難して下さいよろしくお願いします。さあ、行こうかボク?」
「お兄ちゃん達…すっごい強いんだね!」
遅ければ一部がディアボロ化しただろう、そうなれば元に戻しても『この悪魔め!』なんて言われて町を追い出されたかも…。そんな言葉をとっさに飲み込む。
トテトテと子供が近寄って来たからだ…。麻耶と大智は腰を屈めて視線を落とすと、笑顔で招いた。
心の中ではドキドキしているが、そんな顔は表に出さず笑って見せる。
広場では仲間達が屈強の悪魔と闘っているのだ、こんな所で自分達がへこたれる訳には、いかないじゃないか!
「あ、光信機ですか?出がけにもらった」
「ウン。悪魔と戦うには、俺じゃ実力が足りないことはわかってるさ。今の自分にできることを精一杯やるつもりだ…」
アウルが二人の拳と弓に光を灯す。
だがその輝きは武器にでは無く…、彼女たちの心に…、そして助け出した住民の心に火を灯した。
襲い来る元獣を撃退し、普通の人間では乗り越える事の出来ない結界を、二人ずつアウルで包んみ送り出す。
「バイバイ、また後でなっ!」
「がんばってね〜」
「行って来るよ!私達の戦いは、これからだからね!」
あの子供が、『おまえのかあちゃん、あくま〜』なんて石を投げられる未来もあったろう。
だが二人は…、彼らを送り出した仲間達は、その運命から守り切ったのだ。
仲間達と合流する為に、人は全速力で駆け始める。
●激戦!
「改めて、怪しい所は無いですか?」
「そうね…。位置を変えないのは有利だからだけじゃないでしょう。きっとあの後ろがコアだからよ」
作成者の意思で、すり鉢状に造りかえられた戦場。
ゲート基部へ連なる奥の間への道で、撃退士と黄金の獅子が激戦をくり広げていた。
としおの確認に応える寧は、攻撃よりも観察にこそ注意を払って…、連携の要となっていたのだ。
「他所見してる暇はねえぞ!?」
「……っ!一度下がって!」
「はい!援護しながら下がります!」
上を取っている黄金の獅子が、一足飛びに銃弾を受けながら飛んで来る!
寧は足元に手裏剣を打ちこむと、片手槍で防ぎながら半身を浮かせた。
力に逆らわずに吹き飛ばされることで、威力を受け流す堅実な防御で転がって行く。
斧槍を受け止めた鈍い衝撃が、肋骨の何本かへヒビを入れたか?
だが苦悶の表情は一瞬、女豹ようなポーズで起きあが…。少しだけ訂正、雌虎のような俊敏な動作で起き上ると、再び戦闘態勢に入った。
「多重の影縫いだと?しゃらくせえ、これがどんだけ保つってんだ?あと一枚か、それとも二枚か?なんなら十枚だって構わねえぞ!」
「あれが『効いてない』のか…。これまたゴッツいのがいるなぁ……使いたいけど、まだその時じゃない…」
としおは思わず、切り札を使いたくなる衝動をこらえた。
咄嗟に放った彼と寧の牽制など物ともせず、何メートルか吹き飛ばしたのだ。
攻撃が通ってない訳ではないが、重要なのは牽制が対して効いてないと思えるほどに、攻撃の精度や耐久力が高いと言う事だった。
思わず、本命に取って置いた光弾を使いたくなるのも仕方あるまい。
「ならこうするしかないか、こっちだこっちに着いて来い!」
「よしっ、挟み撃ちにするぞ!(本命はまだ先だ…、完全に囲んで、追い込むまで…)」
としおが冷静に、避難所から遠ざかるように酸の結晶弾を撃ちこんで離れて行く。
その様子を見ていたクジョウは、鞭を振いながら逆サイドの脇へ回り込み始めた。
これで相手から見れば、片方に攻撃しようとすれば片方が背を取れる誘導…と言う風に見えるはず。
実際には管理事務所側から意識を反らし、合流と同時に神聖力を封じた攻撃を効果的に叩き込む為の手筈であった。
「答えろ!何の為にこんな事をする!」
「それとも…、答えられないのですか?己の役目が何なのかも知らされず、動いていると?」
引きつける為にクジョウが吠え、意図を察した星嵐は彼の後ろから魔弾を放つ。
これで挟み撃ちや不意打ち狙いと誤解してくれれば良し、無理でも質問を重ねることが出来るし…としおか自分のどちらかが敵の背後に回る可能性も高くなる。
そうすればどちらかゲート基部に進んで、脆弱なコアを破壊することが出来るだろう。
形の上では半包囲の陣形で、中央に残った仲間ともども三方から攻めよせ始めた。
「ああ…、何処かで見た風情だと思ったら飼い犬ならぬ飼い猫だったか。まぁ、リードと首輪つけられた飼い猫が吼えた所で、笑い話にしかならん罠」
「そいつはいい…。ドラ猫は牛乳飲んでクソして寝てろ!」
両翼を構成する仲間達の中央で、最も危険な部分で秋桜が挑発してのける。
悪魔の紳士名鑑なんか読んだ事も無いし、読む気も無いのだが、先ほど名乗られた名前を思い出そうとしながら炎の魔弾を放つ。
服ばかりで鎧も付けず挑発する彼女を護るため、デニスは更なる罵詈雑言を唱えつつ盾で敵の攻撃へ割って入った。
天使クラスの防御力を誇る護りと、敵の一撃がほぼ完全に相殺!
重い衝撃だけが彼の体を軋ませて、反撃に繰り出した神斧が初めて敵に手痛いダメージを与えた。
「Yeah, rock 'n' roll!(…とは言え、ここまでザックリやってくれたのも久しぶりだ。貯金が残っている間に頼むぜ…)」
「(光信機から連絡があったわ。悪いけどもうちょっとだけ粘って…)」
相殺しても無傷では行かない。デニスは血の混じった唾を吐き出した。
完全防御の状態でこれなら、何巡目か先の未来はお先真っ暗だろう。
まして彼以外の仲間はもっと死期が早いに違いない、上手くターゲットを調整しなければ仲間を無事で待つなど不可能だ。
寧がハンドサインで送ってくれた内容を適当に翻訳しながら、頷いてまた一歩前に立つ。
「(オーライ、罵詈雑言なら任せとけ)。はっ、その程度かよ!使い魔がお使いするにゃ年季が足りねえぜ!」
後少しで仲間が駆け付け、こちらも全力解禁となれば…。
どんな苦境でも、耐えて見せよう!
●乾いた水瓶と、ゲートバスター!
「そんなに知りたいなら教えてやる、ここは数少ない意味のある溜め池でな…、風水なんざ関係なく交流が起きる。待望の水が手に入ったから良い物を造ってやろう、全国に四国の味を教えてやろうってな。溜め池なんぞどうでも良いが…、強いて言うなら、そいつらやる気のある人間こそが乾いた水瓶ってやつだな」
「…貴様。まさか天使の邪魔をしたいからっ。そんな理由で……」
斧槍を肩に担いだ獅子型の人馬騎兵は、更に一巡り、二巡りと互角以上の攻防を掛けながらニヤリと笑った。
クジョウは激高を抑えながらパックリ斬られた腹の治療を行う。
敵はゲートが造りたいのではない、彼らが守りたいと思った…大切な人々こそを抉りたいのだ。
天使が奪うべき価値のある、活気のある町を台無しにする為に!
「カカカッ!人間なんざ出来の良い楽器だ。そんなに大切なら助けに行ったらどうだ?もしかしたら助けられるかもしれねえぞ?まあ友人知人が悪魔になってる最中で、以前と同じ目でお話できる奴が居たらな!」
「流石は悪魔、強くて当たり前と言うが…。その心の持ちようはやはり人間とは相いれんな…。彼らには悪いが、元凶であるお前を討つ!」
聞き様によっては住民を見捨てたようなドライな言葉で、クジョウは輝く十字架を胸に造り上げた。
遅延戦闘はここまで、何故ならば…。
「金獅子の人!尋常に勝負だっ!」
「ちぃ増援か!」
しゃぁあいにんぐぅ!めーごーさー!
光の連撃が襲いかかる。
麻耶たちが駆け付け、不利気味だった状況が持ち直したのだ。
だが、それだけではない!
「今よ、ラッシュ!」
「了解です。どちらかでも辿りつければ!」
「博打を好むようですが、それに付き合う必要はありませんよね」
寧が一足一挙動の間合いを制し、獅子の脇から後方へ回り込む。
彼女が蓋になったと同時に、としおと星嵐は奥深くへ走り出した!
「尋ねるのだが、人間にしてやられたのはどんな気分であろうか?どんな気分ですかと聞き直そうか?」
「…端から狙ってやがったな!クカカッ、負けが込まねえうちに引き上げるか。陽動ってとこまでは教えておいてやる、アバヨ!!」
たまらず笑い出す秋桜に釣られて、ガイオーンも笑い始めた。
ヴァニタスを持たない為か、そのタフネスは驚くべし!
初期に一度だけ放った技で跳ね飛ばし、道を造ると事もあろうに一同へ背を向けて走り出して行った。
「お待たせ、避難完了!いま治療しますね」
「やっとヒーローのご到着か…待ちくたびれたぜ。俺もギャンブルは嫌ェじゃねェが…勝ち目が薄いなら話は別だ。悪ぃな」
大智はデニスに手を貸し置きあがらせる。
勝負より任務を取った彼らは、去りゆく難敵に言葉を投げた。
帰り路には、守るべき人々が凱旋を待っているだろう…。