●眠り姫を移送せよ
種子島のとある病院に、冥魔の襲撃が訪れた。
撃退士たちは各班に別れ、それぞれに迎撃を開始する。
「戦闘が遠のきましたね。そろそろ…準備をお願いします」
「こちらは適当に追随する。少々のことなら気にしないでくれ」
外の様子を窺っていた只野黒子(
ja0049)は、窓から離れると棺桶を運ぶスタッフに声を掛けた。
医療用のストレッチャーというよりは、もはやカートと呼ぶに値するゴツイ代物には、『梓』という少女が眠っているはずだ。
「眠り姫を起こさないように丁寧に連れて行きますかね♪…それで、外の構図は今どうなって居るんですか?」
「ちょっと待ってくれるかい?そろそろ情報が更新されると思うんだが…」
ゆかり(
jb8277)の質問に、狩野 峰雪(
ja0345)は携帯を取り出した。
戦闘がひと段落したことで、そろそろ端末を弄る隙間が出来ているはずだ。
「そら来た。…陽動班は予定通り三方に別れてるけど、どうも状況の良くないチームがあるようだね。それを除けば予定通りかな」
峰雪は焦りを抑えながら、交戦データの他に画像を確認した。
万が一盗聴されても良いようにフェイクが入って居ることもあり、データ上の数字よりも、画像を俯瞰して眺める方が早い事もある。
言葉の上では一進一退であるが、戦力配置の問題から苦戦しているようであった。
「では、予定通り北側の最短距離を通るとして。…院内の方はどうですか?」
「ちょっと待ってね。こっちは通路の被害をまとめてるから」
黒子が頷きつつ確認すると、クラリス・プランツ(
jc1378)が地図と格闘していた。
それは病院の見取り図を基本とし、通路のサイズ、攻撃の被害やバリケードの有無で修正したモノである。
この病院はヘリポートがあるだけあって、地方にしてはそこそこ大きい。
最短距離を示すなら簡単であるが、妨害や発見を問題として、安全性を考慮すると単純には答えられない。
「とりあえず発見されるのを問題視するなら、こんな感じかな?青い線が普通に進む場合で、赤は非常手段を使う場合の近道」
「……隠れないといけないだなんてまるで罪から逃げているよう。いえ、趣旨は了解しているのですけれどね」
クラリスが地図に複数の線を描くと、マルドナ ナイド(
jb7854)は口惜しそうに顔を曇らせた。
周囲に徘徊する敵はそれほど強い敵では無い、雑魚から逃げるようで口惜しいのだ。
●始動
「強硬突破自体は簡単とはいえ、護衛任務としては問題ですね。確実に進んで行きましょう」
「飛行に寄るショートカットも魅力的なんですけどね」
正面きっての戦いを好むマルドナとはいえ、危険に晒されるのが他人とあれば、認めざるを得なかった。
気持ちを切り分ける彼女に習って、ゆかりもショートカットを断念する。
「それもアイデア次第だと思いますけどね。囮や逆包囲の為なら、悪くは無いと思います」
「外からですか…。確かに平常では取れない死角もカバーできますし、使い方次第ですね」
マルドナの言葉に感じるところがあったのか、廣幡 庚(
jb7208)は思案を巡らせる。
あるいは何かのアイデアを思い付いたのか、トントン、と机上の地図を叩いてイメージを整理し始めた。
「場合によって、外から探知系を使ってみようと思います。視認動作に載せる系統は、そっちの方が使い易いですから」
「なら、隊に残っての探知は僕の方でやっておくよ。回数にも制限があるし、お互いに補って行く形かな」
庚の申し出を受けて、峰雪が片手を上げる。
共にパーティの死角を補う態勢を作り上げ、進軍を開始しよう。
おおよその進路が決定し、方策が固まった所で先行組が動き始めた。
「それでは行ってまいります。あちらのエレベーターだけでよろしいのですね?」
「もう片方は私達でやっておきますわ。引っ掛かるかは別にして、時間差が付けられる方が良いですからね」
水葉さくら(
ja9860)がするりと廊下に出ると、対象的にマルドナはガラガラと音を立てる。
さくらが無音で先行するのに合わせて、マルドナの手から椅子が三脚ほど離れた。
椅子は車輪の赴くままに滑り始め、一つ目は途中で、三つ目は隅の壁へ激突、二つ目は運よく階段の方に傾斜して行く。
「ほな、いこか。うちは派手なのかましてから追いつくけえ。今の内に梓ちゃんの距離を稼いだって」
「変態さんからお姫様をお守りすればよいのですね、了解いたしました」
パチンと扇子を閉じる乾いた音がしたと思った瞬間に、葛葉アキラ(
jb7705)とさくらは反対方向へ走り出す。
さくらは先行偵察、アキラは音を立てての囮役である。
「邪魔はさせへんでぇっ!!!」
アキラの舞が戦いを始める号砲となった。
剣が空に踊り、音を立てて階段に降り注いでいく。
騒ぎを聞きつけて、階下でも動きがあるはずであった……。
●見敵必殺
反対側で物音がした後、移送組も階段を駆け降りる。
「今です。手早くこちらに」
「おっけ3Fはクリアだね。ここから先は確認も早くしていかないとね」
さくらが腰を低くして手招きすると、クラリスは滑り込んで仲間の到着を待たずに携帯を取り出す。
ピポパっと現在の状況を確認し、自分達の情報は問題なしとだけ入力する。
その間にさくらは次のメンバーを出迎え、入れ替わりに再び先行を始めた。
「やっぱり数の不足はつらいみたい。…みんなの頑張り、無駄にはしないよ」
「最初は絶対数が重要ですし、少数でも上級個体と戦うチームは気が抜けませんからね」
クラリスが陽動班の様子を確認すると、優勢なチームがある一方で苦戦を強いられているチームも存在しているようだった。
駆け寄って来た黒子も外の状況を悟り、情勢を動かせない焦りを共有しつつ、共に宥めて行く。
自分達も序盤から戦闘に参加していれば、数の不利を補えたのだろうが、それでは今のように護衛対象を守ることはできなかったろう。
「ここまで不要な戦い抜きでこれましたが、これからはそうもいきません。見敵必殺といきましょう」
「そうなるよねえ。しかし、ルート構成上は隠れられない所と、病院周りの敵はどうしたものかな。外の援護も期待できないだろうし…」
黒子の言葉に、外の戦況を良く知る峰雪は難しい顔をした。
見つけた端から即退治というのが望ましいが、敵が多い場所ではそうもいかない。
どこもぎりぎりの戦力で戦っている以上、援軍は望めない。自分達でなんとかするしかないのだ。
戦えば勝つ、しかし、無傷では済まないのが問題である。特に…護衛任務では。
「仕方ない。その辺になったら飛行して先行しつつ、掃射しようか。病院を壊す事に成るけど、御姫様を危険に晒すよりはマシだもん」
「その線で行きましょう。私達だけなら…苦戦する事に成りますが、多少傷ついても問題ありません」
クラリスの提案に庚が頷き、2・3名での行動を申し出る。
少人数になるので反撃される可能性も増えるが、護衛対象さえいなければ傷つくことは問題ない。
やがて、時間稼ぎ工作をしていたアキラも合流して来た。
「梓ちゃんめーっけ。御姫様はおやすみかいな?」
「一応は。そちらこそ大丈夫でした?」
合流を果たしたアキラは、殿軍であるゆかりの出迎えに答えつつ、一回転して傷一つない事を示した。
「もっちのロンや。無駄な戦はせん主義やけな」
呼び寄せる為に一撃入れただけであるし、足を止めて戦う必要は無い。
「では参りましょうか。そろそろ水葉さん達もサーチ&デストロイを実行し続けるのに、苦労してる頃だと思います」
「(待ちかねた瞬間ですわね。ちっぽけな相手ですけれど、この機会を逃さず大いに戦うとしましょう)」
ゆかりの言葉にマルドナはうっとりと頷いた。
恋い焦がれた戦いの訪れ。
願わくば止むにやまれぬ、身も心も選択肢も、何もかもを削りあうような戦いでありますように。
●形代人形
敵はどこか歪な人型をしていた。
遠目には人間に見えるので警備員も最初は躊躇したそうだが、近くで見ればその歪さでディアボロだと良く判る。
まず目の前に二体、さらに一体ほど階段の下から登ってくるのが見えた。
「全部同じ外見…。それも、なんか…シュミの悪い人形だね」
「あの子を大事にしているヴァニタスの似姿らしいよ。悪趣味なディアボロだね」
クラリスが見た所、一体目は外見に問題があり、二体目は明らかに情緒面に問題が、三体目は性別に問題があった。
まるで製造の為の練習用にしか見えず、峰雪は思わず苦笑した。
もし梓という少女が、今からの戦いを見たらどう考えるだろう?そしてソレが、どう彼女に傷を残すのだろうか?
「さぁ。さぁさぁ始めましたわ。戦いましょう、罪を償う為に。痛みを恐れてはいけません、痛みと共にあなた達の罪は浄化されるのです」
「…それもそうか。せめて苦しまずに倒してあげる方が良いよね」
マルドナが唄うように意識を集中し始めると、峰雪は割り切って銃口を引いた。
悩んでも仕方が無いし、善悪を悩むのは若者の特権だ。非情になるならば自分の様な歳の言った者が範を示すべきだろう。
それで何かが失われるとしても、若者が躊躇なくやるよりはよっぽど良いと思って率先することにした。
「まずは一体…。人型のディアボロであれば、元は人間だったのでしょう?自らの記憶を、痛みで思い出させて差し上げます」
つぷり…とマルドナは自らの腹に爪痕を立てた。
引き裂いて、無理やり異物を挟みこむような違和感の後、暗黒のアウルを内側からさらけ出す。
それを呼び水に、ディアボロの内側にアウルが集う。
さあ、己自身の業を思いだすがいい。それが、生命として最後の時であろうとも。
そして一番遠くの敵が、階段を登り切った辺りで倒れた。
「あとは近くの個体のみですね。念話できるとも思えませんが、出来たとしても報告する前に終わらせましょう」
「火力を集中して一気に薙ぎ払いましょう。その後は、さっきの飛行案でお願いします」
探査を終えた庚が火炎放射器を取り出すと、黒子は北辰の法剣を煌めかせた。
斬りつけると同時に飛びのいて、味方に射線を譲る為に、一度転がる。
「それじゃ、下を片したら今度は私達が先行するから。後からゆっくり来てね」
「そういう訳です。御先に!」
そこをクラリスが苦無を投げつけ、庚の放った火炎が通り過ぎる。
間髪いれずに走りだし、二人は割れた窓から飛び出して行った。
高さは負傷するに十分なレベルだが、二人とも既に翼を展開しており、その心配も無用だ。
「ゆかりちゃんはどないする?一緒しててもええよ?」
「自分は皆さんの上方をカバーしておきます。誰かがしないといけないことですしね」
アキラが剣を呼び出すと同時に一体の敵が倒れ、ゆかりは少し遅れて箒を抜刀!
無数の剣と針が駆け抜けた後には、残る一体もボロボロであった。
「それでは私は地上を先行して、引きつけて参ります。また後ほどお会いいたしましょう」
さくらは残る敵にトドメを刺した後で、弓で窓を割りながら移動。
こちらに向かっている敵の注意を引きつけた後で、屋根の上に飛び乗って、一階に下りられる場所を探し始めた。
●タッチダウン!
「移送班の足止めはさせないからね」
自殺個体を積極的に引き受けたクラリスは、ばらばらになった敵の魔力で固定されていた。近寄るディアボロへ必死になってアウルの刃を突き立てる。
ブルルっと背筋を凍らせた所で、降りて来た仲間たちと合流した。
「その、拘束されるのはどういう気持ちですか?」
「最悪だよ!もー、髪がくっついちゃってるし、服なんてべっとり。汚れが落ちなかったら報酬の割り増しでも請求しようかな」
声を掛けて来たマルドナは、傘をさして優雅に寄って来た。
その様子が心配というよりは興味津々という感じだったので、クラリスはプンスカ言いながらゆっくりと体内のアウルを高めて行く。
天使にも通用しそうな束縛力を持っているが、時間を掛ければなんとか行けそうだ。
「その、難しい場合は言ってください。対魔力を向上させる力を使用しますので」
「大丈夫そう。ルートを探ってる間になんとかしてみせるから」
庚が抵抗力を上昇させようかと提案したが、クラリスは首を振って感触を確かめた。
彼女の素地ならば何度かのチャレンジで行けそうだし、丁度と言うほどでもないが、ここから走り抜ける為のルート確認は必要な時である。
「それは心強いね。そんなあなたに朗報ってやつだよ。危うかったチームもなんとか逆転できそうだ」
峰雪は花も実もある嘘をつきながら、その嘘が本当になれば良いと願った。
実際には均衡するところまで持ち直したと言う辺りで、まだ逆転にまでは至っていない。
だが、これから向かうルートでは無い事もあり、皆を安心焦る為に今だけは希望的観測を織り交ぜる。
「迎魔班もかなり苦戦を強いられているようですが、なんとか抑えているようです。流石に情報を頻繁に更新するのは無理みたいですけど」
『上級冥魔は単独で…大戦力ですから…ね。まだまだ油断はできそうにないですが』
黒子がヘリポート側の報告をすると、さくらが迂回しつつ通信で無事を報告した。
負傷しているのか時々言葉が途切れるが、なんとか合流できそうである。
「大丈夫ですか?治療に向かいますが」
『いえ、まだまだ、平気ですよ。私自身のスキルだけで間にあいそうです。それよりも、タイミングを見計らって駆けぬけましょう』
庚が心配そうに治療法術の使用を申し出ると、さくらは問題ないと返信して来た。
ここから先はヘリに向かうだけだが、シマイと戦う羽目に成れば大変だ。
そして迎魔班が勝利したとしても、場所を悟られている以上何が起きてもおかしくはない。
細心の注意を払い、少しでも治療専門の術は残しておくべきだろう。
「その辺は敵冥魔の理性に期待するしかないですね。二班と連戦すれば危険…そう割り切ってくれればよいのですけど」
最後尾のゆかりが合流する頃には戦況が把握できていた。
全ては微妙なタイミング。
「後は最善を尽くして、全ての力を出しきればええ! 全力全壊や!」
アキラは最終段階に入ったことで、対魔結界を梓に施した。
これで敵意あるものは近寄ることすらできないし、そもそも近寄る前に倒し切れば済む話だ。
彼女達自身が、魔を討ち払う梓弓と成れば良い!
「ちょっとそれ良いですわね。残る敵は小数。術は残らず使い切るとしましょう」
「最後の最後で囲まれるなんて真似は無しにしたいからね。魔法型と自爆型の形状は覚えたよね?それじゃあ行こうか」
「「おー!」」
マルドナが再び痛みを媒介にした術を起動させたことで、峰雪たちも敵の接近に気が付いた。
後は送り届けるだけ、優先順位を決めると仲間達は最後の敵を一体ずつ倒していく。
(いける……!)
付近に悪魔の影は見られない。雑魚さえ突破すればあとはヘリに梓を引き渡すだけ。
陽動班からも殲滅成功の連絡が入った。被害はそれなりだったようだが、一匹たりともこちらへ向かわせなかったという。
撃退士達は走った。
あと少し。
ここで自分たちがしくじれば、他班の行動がすべて無駄になってしまう。
「絶対に成功させます!」
「確実に」
庚と黒子の矢が敵を射貫き、さくらが近付こうとする敵を眠らせた直後。
ヘリの扉が開き、中から声が上がった。
「お疲れさまです、後は私たちが!」
梓を引き渡し、間もなくヘリは離陸を始める。
追いかける冥魔の影がないことを確認し、一人がスマホを取った。
「隠密班…任務完了!」
三班すべての闘いが報われた瞬間だった。