●
そこには新しく導入された物を含め、数台のバイクが駐車場に並べられていた。
「ふうん?バイク、ねぇ。近場に手早く移動するには便利でしょうけど」
「確かに、車両の中では最も速く移動でき、運動性も高いモノと言えますね♪特に混雑する町中では絶品です」
首を傾げる卜部 紫亞(
ja0256)にジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は営業を始めた。
マイペースに形式ごとの特徴を説明していく。
「最高速に達するのも十分早いし、高速度での伸びも良いからね♪撃退士の腕力を使えば、小回りもなんとかできるでしょう☆」
「それは良いのだけれどね。コレを使って戦闘?ってのが少しね。ダアトには不向きという気もするわね。…まあいいわ、なんとかしてみましょう」
まるで口説いているようなジェラルドの平常運転を、紫亞は適当にあしらって思案顔。
そもそも無理して使う物とも思えないが…。
「現場へ即座に駆けつける事が有効か確かめる為の物なので、無理に乗ったままの戦闘はしなくても良いと思いますよ?」
「もちろん『移動手段としては優秀でした』で終わっても良いけれど、それじゃあ楽しくな……じゃなくて、アイデアが止まってしまうよ。このアイデアには、まだ先があると思うな♪」
廣幡 庚(
jb7208)は思わずため息をついた。
なにしろジェラルド自身はバイク戦闘に固執していないが、可能性の存在に言及している。
確かに今は未知だし、使い方によっては有効な戦闘法もあるだろう。
「判りました。まずは速やかな移動手段として検証し、戦闘などで実験はその後、という順番では如何でしょうか」
「それで構いませんの。無駄な犠牲は嫌いですの、早く殺しますの。その為に有効なら何だって利用しますのよ」
庚の提案…というか確認に、紅 鬼姫(
ja0444)は頷いた。
手段は手段。
有効ならば『使える』として申し送りすれば良いし、無駄なら『意味が無い』と申し送りで良いのだ。
試した結果が判れば、それが新しく作るマニュアルに添えられるだけの事である。
●
「おやおや、やっぱり、単車で戦場へ移動する話になりましたか」
話が収まった所で、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が地図を畳んだ。
町中での運用に備え頭に叩き込んでいたのだろう。
「運転できないわけではありませんが……さて、使い勝手はどうなのでしょうねえ」
「ディメンションサークルは転移準備に最低三十分かかるってのを考えれば、それと比較した場合の使い勝手は場所次第? 転移は狙った地点より半径五キロから十キロ程度の誤差がでるのも普通だしな。しっかし、どんなふうに活かせるもんかねぇ。まあ実際に色々試してみねえとな」
エイルズレトラの言葉に、獅堂 武(
jb0906)はバイクの重量感を確かめる。
サンプルが必要と言う事もあり、此処には数種類のタイプがあった。
もっとも、山梨県中に配布したら、それでも数が足りないのではあるが……。
「昔の騎兵のような事が出来ればいいんだけどな…」
「ソレなんですけどねえ。会議で単車を提案した人は武田の騎馬隊に例えたそうですが、馬は自分でバランスを取ってくれますけど、バイクはそうも行きません。果たして、どれだけ使い物になるのやら」
武の話の腰を折るようで悪いが、と前置きを置いてエイルズレトラが顔を曇らせた。
車の自動制御は実用化寸前だそうだが、バイクを完全制御するのは遥か未来だろう。
「まあバランスに関しては各自で工夫するしかないわね」
「バランス……考えておくの」
紫亞が適当なバイクに簡単な改造を始めると、鬼姫もそれに習って何やら考え始めた。
手に持つ武装の重さや反動を考慮しつつ、右手と左手を見ながら考える。
その時である。バイクを検討している彼女らの元に、急報が届けられたのは。
「冥魔の襲撃!? 何処にですか?場所を特定が出来次第、直ぐに向かいます」
神谷春樹(
jb7335)は内線の外部音声をオンにして、全員に用件を伝えつつ地図を持った仲間にサイン。
それを踏まえて、仲間達は次々に手近なバイクにまたがった。
「まだ山間らしい。山に向けた監視カメラに映ったそうなんだけど、今ならまだ町中に入る前に抑えられるね」
「ってことは暫く町中か。アクセル全開!……って訳には行かないかな?」
春樹の言葉に佐藤 としお(
ja2489)は頷きつつ、携帯に載っている地図上で指を動かした。
それは次々に詳細図を更新し、山間を通る最短距離と、道路上の最適最短距離を示す。
学園から直接出るならば時間の空いてる生徒を募集しつつ、相手の移動速度を計算してから、転移の準備に入っている所だろう。
だが現地のパトロール隊が即座にバイクで駆けつけるならば最低限の三十分よりも遥かに速く駆けつける事ができる。
この時点に置いては、現地チームが急行というアイデアは優れていると思われた。
「このままじゃ街が襲われる、全速力で奴らに追いついて討伐しないと!…俺はオフロードで真っすぐ進みます」
「僕らも同行しよう。デカブツを抑える気なんだろう?」
としおが最短距離を選んだことで、春樹はおおよその見当をつけた。
同じく手を上げて同行を申し出る鬼姫を入れて、大物を抑えておく班を編成する。
大物班は最短で興味を引く為だけに潜行し、小鬼班は平坦な場所から一気に小鬼たちへ攻撃をばら撒く方が建設的なのだ。
「別れ際にそっちの班にへマーカー撃ち込むから。その辺はよろしく」
「おっけぃ!そら面白い使い方だな」
春樹が別れる予定の小鬼班へ告げると、武は面白そうに頷いた。
マーカーは逃げる敵に撃ち込む事の多いスキルだが、こうやって分散移動する時の位置情報にもなる。
「俺も韋駄天とか縮地の類って『載る』のかも気に成るし、その辺どうなんすかね先生?」
「対象指定だけなら行けそうだけど、ヒールで機械は治らないし今は無理ね。それと、今回のことが上手くいけば、『武田騎馬隊の伝説』の再現自体は行けると思うわ」
武の視線に気が付いた紫亞は、改造を仕上げながら解説を始めた。
「そういえばアレって、凄いって言うハッタリ込みでしたよね。確かに凄さの種別を区別できない冥魔には有効ですか」
長くなりそうなのでエイルズレトラは適当に右から左に流しつつ、議論を終えて戦いに集中する事にした。
理性的な事を口にしつつも、なんのかんのと好戦的な面が新しい戦いに笑みを浮かべる。
●
そして一同は途中まで同じ道を行き、二班に分かれて作戦を開始する。
「では、一足お先に!」
「…といっても、俺達の方が先に到着しますけどね!」
リミッターを解除しているせいか、ジェラルドが操るバイクは軽快に素っ飛んで行った。
としおは負けん気を発揮しウイリー掛けて、道なき道へ突入。
「よっと!向こうは順調に行ってる?」
「ええ。今頃は後方に回り込んでる辺り…じゃないかな?ほら、あのビルの辺り、次は…、あのディスカウントショップの看板周辺かな」
としおがコーナリングを掛けながら、追いついてきた春樹に別れた仲間の位置を尋ねる。
何せマーキングを掛けた状態で、双方が別方向に移動続けるなんてことは滅多にないので、最初春樹は戸惑っていたものの、慣れると次々に指標となる場所を示した。
「見えましたの。…本当に空を泳いでいますのね。エラ呼吸だったら死んでるはずなので、エラで呼吸してないのでしょうか?」
「改造したんじゃない?っていうか物理的な存在じゃないんだろう。ともあれ、戦闘開始だ! 」
鬼姫は敵が見えた事で、念頭に浮かべた武装を展開。ワイヤーで銃を軽く固定化させる。
足で調整する姿を見ながら器用だなあと思いつつも、としおは戦いの狼煙をあげた。
さっさと減速してバイクから降車、自分も銃を展開。
「撃ち落として引きつけたら、さっさと移動しましょう」
「おっけー。浮かんでるなら有効なハズ!」
そして二人で同時に射撃し、空中を泳ぐ鮫を地面に叩き落としてから離れ始める。
「一時撤退了解ですの。さあ、鮫さん。貴方の頭蓋はどんな音を立てて砕けて下さいますの?」
バイクを乗り捨てた鬼姫は空中から斬撃を浴びせた後で、ふわりと離れて二人に続いた。
彼女達が離れて行くのは、鮫型を引き離して、小鬼班を戦い易くする為だ。
ややあって、敵後方に回り込んだ小鬼班がやって来た。
「うーん。やっぱり移動射撃は攻撃が安定しねえなあ。降りてる方は普通に当ててるし」
「ですよねえ。まっ降車前提が無難ですね。騎兵にも下馬して装甲歩兵に成る下馬騎兵っていますし」
武が鮫班の動きに苦笑する中、エイルズレトラが背後にアウルで光を灯して脚光を浴びる。
それに合わせて小鬼班の一同は分散。
「移動射撃を当てるのは熟練者でも難しいって言うしねェ。まあ、普通に当てられる方が異常なんだよ♪」
ジェラルドはその位置がら離れつつ射界を確保。
敵の視界外から狙い撃つ。
「そうそう、良い子だからおとなしく倒れてね☆」
当てる方が異常といった舌の根が乾かない内に、ジェラルドの弾丸が小鬼に吸いこまれる。
背後に回った事もあり、射線を確保し当たる軌道に乗せさえすれば、小鬼たちに避ける余地があるはずもなかった。
「周囲に隠れている個体はいません。突入を援護しますね」
「それじゃっ、飛び込みますよっと。お互いですけど巻き込みにご注意くださいね」
探知系を使用した庚の言葉で、エイルズレトラは躊躇なく小鬼の群れに飛び込む。
タイミングを合わせて、注目の光とは異なる眩い光が背後で輝き、小鬼達はカウンターの為の間合いを見失う。
そしてまき散らしたカードが炸裂、周囲を切り刻み始めた。
●
「安全地帯に移動してから撃てるってのはありがてえんだけど、当て難いのがなあ」
カードに合わせて、武が交差しながら印を切り火球を爆裂させ、猛火の剣で薙ぎ払う。
その攻撃はいつもより精度に欠くが、相手の攻撃が届かない向きを選んで放てたというのが、実に奇妙だった。
敵が来ない位置と判っている事もあり、安心して撃てるのだ。
「おっ、改造終わったのか?あとは格闘戦くらいかね?」
「まあね。上手い具合に数が減ってくれたし、私も試すとしますか…」
武が感想を考えていると、遅れてやって来た紫亞も合流。
ハンドルに固定したツインソードとカウルのシールドが印象的である。
「バイクで戦闘って言ったら、やっぱり轢き逃げよね。…当たると痛いわよ」
「んー。やっぱ消耗度を考えると、装甲化とかも必要じゃないかねえ」
紫亞が何処かで聞いた風な台詞をこぼしながら突入すると、武はその様子を眺めつつ動きを確認した。
なんというか接触直前に障壁を張っているようだが、そうしないと耐久性に問題が出るからだろう。
「やっぱり威力は出ないわね。流石にバイク自体に付与しないと無理か。それじゃあ、今度はこっちで」
「流されるか…。ってことは格闘戦は手持ちの方が良いみたいだな!」
当然ながら上手く紫亞がぶつけても、ダメージが出なかったようなので、ハンドルに固定したツインソードで斬り割くと、効きはしたがよろめいてしまう。
その様子を見て学習したらしい武が、手持ちの剣を斜に構えてスレ違うと、今度は割りと上手く行った。
スピードを活かして滑り込む分だけ避けられにくいが、当て難いことを考えると、一長一短であろうか?
だが、もともと強い敵でも無いし、距離に十分なマージンを取って攻めるとあっけなく殲滅できる。
もし、これが付与系スキルの援護を受けたインフィル・スナイパーか魔銃阿修羅あたりだったら、一人か二人で完封していたかもしれない。
「僕がやった後方遮断と、向こうでやってる引き撃ちは思ったより使えますねえ。単車も使いこなせば強いとは思いますけど……。格闘戦は無茶するほどの良さは無いですね」
「後は、命中回避に関係ないスキルも良い感じですね。これは意外でした。格闘に関しては同意します」
エイルズレトラと庚は、そんな事を相談しながら残りの小鬼にトドメを刺した。
「まあ。緊急時に飛び込むなら使い手は一杯あると思うけどね☆さて、あっちが苦戦してるし向こうに合流しよっか」
引き撃ちで離れていたジェラルドも合流し、小鬼班は鮫班に合流する事にした。
彼くらいに腕が立てばバイクに翻弄されても問題ないのだろうが、今の所、普通の人には扱いが難しい模様。
●
鮫班が足を止め挟撃の形に切り換わる。
「向こうは終わったようだね。このまま倒してしまおう」
「こういう使い道も面白いですわね」
マーカーの位置把握もあり、春樹の判断は空中の鬼姫よりも速かった。
平坦な場所を選んで避けていたが、闘牛のように突進して来る鮫へ銃弾を叩きこむ。
「無尽蔵に湧き出る牙…いくらでも砕き落としてさしあげますの」
「それじゃあ出し惜しみは止めようか。火器制限解除、全力射撃開始……なーんちゃって!」
鬼姫が空中から斬糸を手繰り始めると、としおは無数の銃器を脳裏から呼び出した。
糸が鮫の肌へ浸食し始め、銃口から放たれる弾丸は咆哮というよりもお祭り騒ぎに等しい爆撃を浴びせる。
「必要そうにないですが援護くらいはしときますか」
そしてエイルズレトラ達が攻撃を掛ける頃には、タフネスを誇る鮫もフラフラ。
「おおっと、乗り遅れないうちに試さないとね。ハッハー♪ボクってばやっぱカッコ良い☆」
ジェラルドは最後のネタにと小高い場所を使ってジャンプ。
天才的な勘でバイクと自身の間合いを測り、タイヤの向こう側に結集するアウルの衝撃を集めた。
「やっぱりスキルの差は大きいわね。慣れるかバイク専用V兵器付ければ、変わって来るんでしょうけど」
彼が使った技の射程を確認しながら、紫亞は突入の援護を止めた。
スキルが機械に効かないが、彼女自身になら障壁使えたり、先のバイクの向こうに衝撃波など射程次第。本気で使うならバイクのV兵器搭載は必要だろう。
「本当はピンチの時に賭けつけたかったんだけど、タイミングって案外難しいねぇ☆」
「そうでもないですよ。あの鮫は突撃型でしたし、援護射撃がなければ切り札を使うのも躊躇してたかと」
鮫に飛び載って現れたジェラルドを春樹が出迎える。
皆が戦術を試すのを待っていた事もあるが、鮫も移動型でタフな強敵だった。相性を互いに相殺していたと言えるだろう。
「データベースに情報を哨戒したいところですけど、運転中だと厳しいんですよね」
「その辺はバギーかオープンカー。混雑用に単車前提なら、せめてサイドカーがあればと提案しておきましょう」
話を聞いていた庚の感想に、エイルズレトラが意見を添える。
実際の話、移動時間に撃退署から送ってもらえば済む話だ。二人乗りを上手く使いこなせば補える。
「よしっ、帰ったらバリバリ行けるように汚れ落とすかな」
「俺も手伝うぜ。でもまあ直接、戦闘に使うにゃまだまだだな」
としおが汚れたり壊れたバイクを確認していると、武は肩を叩いて頷いた。
今回は試験運用とあって無茶な使い方もしたが、仲間達はそれなりに手応えを掴んだようである。
成果を持って撃退署に帰るとしよう。