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犬型のディアボロを撃退するために集まった学園撃退士達。が、エプロンに三角巾、手には食材の入ったスーパーの袋と、撃退士と言われなければパッと見分からない。それはあまりにも「撃退」という言葉が似つかわしくない姿である。
しかし、ディアボロに店を襲われた店主のおやじ達は手放しで喜んでいる。もう倒したが如く。
「おおー、救世主が来てくれたぞ!」
「これでこの商店街も安泰だ!」
「明日からはあの犬っころに怯えなくて済む!」
「やったー、やったー、万歳、万歳!」
最後には万歳三唱までする始末だ。
そしておやじ達の喜びに言葉を失っていた撃退士達が、やっと牛丼屋の厨房に案内されたのはそれから数分経ってからだった。
おやじ達は皆を案内すると、そそくさと店の外に逃げ出して行く。喜ぶのも早ければ逃げ出すのも早い。所詮は一般人のおやじ達だ。期待はしていなかったが、やはり呆気に取られる。
「これアレだよね、有害鳥獣駆除……。いや、まぁ、別に良いんだけど……仕事だし報酬でるし。それにしても、犬の癖に贅沢だねえ……」
少しだけしらけた空気の中、常木 黎(
ja0718)が苦笑とも取れる笑いを浮かべた。そう言いながらも彼女は周囲を見回し、店内の構造を確認するのを忘れない。
「美味しいお店だけ狙うとは、違う意味で嫌らしいディアボロですね〜」
ややのんびりした言い方はエステル・ブランタード(
ja4894)だ。本来のおっとりした性格からか、あまり危機感は感じないが、健康そうな小麦色の顔には困ったような表情を浮かべている。
「美味しい肉料理のお店ばかり狙うなんて……、ディアボロのくせにグルメですね……。味の良し悪しで選別するくらいですから……相当、舌が肥えているんでしょう……」
冬樹 巽(
ja8798)は抑揚がない淡々とした喋り方と無表情さで無機質に感じられることが多い。だが、内から滲み出る商店街のおやじ達を安心させてあげたいという思いは、他の者達へも十分伝わってくる。
「……グルメなディアボロね。これはあたしへの挑戦と見たわ!」
そう声を上げたのは、モデル並みのスタイルを持ち合わせながらも男勝りで勝気な藍 星露(
ja5127)だ。彼女の実家は老舗の中華料理店を営んでいるからだ。そのため料理は趣味の域を超えるほど。だが、少々前衛的な料理が多いため、好みが分かれてしまうのが難点ではあるが、ディアボロには負けられないのだ。
雫(
ja1894)は手に持ったスーパーのビニール袋を、自分の背には少しだけ高めの調理台の上に置いた。
「作った人に感謝も出来ないなんて、美味しい物を食べる資格はありませんね」
雫は星露とは正反対に、おおよそきちんと準備された食材材をしっかり順番通りに調理することをしない。いわゆるサバイバル料理を得意とし、それ以外はなぜか覚えようとはしなかった。だから、これから作る牛丼は、まさに生まれて初めて作る手順通りの料理といってもいいくらいだ。
「人、弱者に仇なすものがいればそれは滅する。それが自分に誓った騎士のあり方だ」
凛として言い切るリチャード エドワーズ(
ja0951)。彼はスコットランドの生粋のハイランダーの家系出身だ。普段は温厚な青年だが、逆鱗に触れれば鬼気迫る怒りを表す。「騎士たれ」を信条としている彼にとって、犬型ディアボロの所業はまさに邪道だ。手加減をしてやるつもりもない。
グルメと言えどもたかだか犬のディアボロ一匹。こちらは六名、苦戦する相手ではないだろう。問題は、ディアボロのくせにグルメなヤツが、撃退士達の作った牛丼に誘われてやって来るかということだろう。作るくらい牛丼屋のおやじが作ればいいものを、襲われたショックにすっかりビビッている。
しかし気にはなるのか、打ち壊され開きっぱなしで動かなくなった自動ドアの向こうから、ちらちらと覗くおやじ達の姿が見えた。そこで見ていてディアボロに一番先に遭遇するのはおやじ達だろうに、気がつけよ! そう撃退士達の無言の目は言っている。ここは手早く調理をして、ディアボロを迎え撃つ準備をした方がよさそうだ。
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「全員で作るのもアレだから私は手伝いの方に回ろうかな。完成前にちょっと離れたいし。自炊は出来るけどレシピ通りにしか作れない口だしねぇ……」
黎がそう言うと、リチャードも私もと手を上げる。
「私は警戒主体で動かせてもらう。料理の類は苦手だ……、作っても奴らが食いつくとは思えん」
「料理はできますが、味付けがフレンチになったり辛くなったり甘くなったりするんです〜」
続けてエステルがそう言うと、黎が少し考えてから口を開いた。
「調理の効率化と集中出来る様に、調理のお手伝いはエステルちゃんに任せて、私とリチャードくんは雑用かな」
「わかりました〜。私もお手伝いが終わったら、机や椅子の片付けを手伝いますね〜」
言われてエステルが任せて下さいとばかりに、にっこりと笑う。
「私も異存はない。これ以上店を壊させる訳にはいかん。店外で迎撃できれば良いが、奴の狙いは牛丼だからな」
リチャードがぐいっと腕まくりをすると、つかつかと店の中心に乱雑に置かれている机と椅子に向かって行った。
「それじゃ、さっさと準備してしまおうか。……私のお昼も確保しておこうかな」
黎も机がある方へ移動しながら、ぽつりと本音がもれてしまった。ディアボロ迎撃がお昼ちょうどなのだ、皆お腹も減るってもんだ。
それが壊れたドアの陰から覗いているおやじ達にも聞こえたのか、ひとりのおやじが親指を立てて見せ、ジェスチャーを始めた。エステルを指差してから、自分の前に丸を作って見せる。
「ええと、私達の、まる?」
おやじは違うと手をぶんぶんと横に振る。それからまた丸を作って、ちょきを作った手を口に運ぶ仕草をして見せ、頭の上で今度は大きな丸を作った。
「もしかして、牛丼? それがあるってことですか〜?」
ジェスチャーをしていたおやじがエステルに向けて親指を立てる。ウインクしたおやじの日に焼けた顔に白い歯がきらんと光る。
「私達の昼飯の牛丼があるなら、わざわざ作らずとも……」
リチャードの金色の瞳が疲れをどっと感じて歪む。椅子を運んでいた黎もぽりっと頭を掻いて溜息をつく。
「というか、そこでジェスチャーする意味なくないか?」
すでに調理場に入っていた他三人も、おやじの行動にがくっと肩を落とす。なんだかディアボロを倒す前に疲労困ぱいしそうな勢いだ。
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「ディアボロは、このお店の牛丼を一度食べているわけよね?」
調理担当になった星露が、まだ続けているおやじのジェスチャーを見ながら言う。こくりと頷く雫と巽。ふたりはどことなく雰囲気が似ている。
「……なら、ディアボロを誘き出すには、さらに美味しい牛丼を作らなければ駄目かもしれないわ」
星露の言う事にも一理ある。次々に美味いものだけを食べ歩いて来たグルメ評論家のようなディアボロだ。昨日と同じものを出したのでは向上心がない!と一蹴されてしまうかもしれない。
いや、多分ないだろうけど、そう思ってしまうほど、老舗中華料理店の娘である星露の気迫はすさまじい。
「あたしはその為に、あの牛丼を作ろうと思う。牛バラ丼。またの名を中華風ビーフシチューご飯!」
名前だけ聞いても美味そうである。雫と巽にじっと見つめられて、星露は照れたようにちょっとだけ頬を染めた。
「……まあ簡単に言うと、牛バラ肉の醤油煮込みという料理を、ご飯にぶっかけた料理なんだけど。じっくり煮込まれた牛バラ肉は口の中でとろけ、それの旨味が凝縮された煮汁はコクの宝庫。それをご飯と一緒に掻き込もうっていうんだから、贅沢よね」
星露の牛バラ丼の説明は、グルメレポーターを超えている。ごくり、とドアから身を乗り出したおやじ達から唾を飲み込むくらいだ。
「料理が美味しければ、ディアボロはそれに夢中になって隙を見せるかもしれないし、頑張るわ」
星露はそう言って、ぐっと拳を握って調理を始めた。
「僕は……、僕自身の料理を食べてもらいます……。初めて牛丼を作りますので……、自信はないですけどね……」
エプロンに三角巾で身を固めた巽は、牛丼の作り方レシピをプリントアウトした紙を手に持って、ぽつりぽつりと話す。レシピは事前に何回か見て、空で言える位暗記している。が、やはり作る時はついつい確認するように作り方を口に出す。
「グルメなら濃い味が好みでしょう……。まずは……玉ねぎを薄切りにして、牛肉を食べやすい大きさに切ります……」
コトコトとまな板を叩く音が規則正しく聞こえる。初めての割になかなか筋がいい。
「鍋に水、濃口醤油、砂糖、酒、だしの素を煮立て……、そこに牛肉を入れ……火が通ったら玉ねぎを入れて煮汁が三分の一になるまで煮込みます……」
グツグツと鍋から音と共に、なんとも言えないいい匂いがぷーんとする。ごくり、またおやじ達の喉が鳴る。
「丼にご飯を盛り……ご飯の上に煮込んだものを乗せ……紅生姜をトッピングすれば完成です……。大盛りにしておきました……」
巽がレシピ通りに手際よく作った牛丼の基本といえる牛丼を、カウンターにことっと乗せる。すると、ふわりと白い湯気が美味しそうに上がる。
「作ったものを食べてくれたらいいのですが……。食べてくれなかったり、残したりだったら悲しいです……」
巽が悲しそうに目を伏せると、牛丼屋の吉さんがなぜか貰い泣き。まだディアボロの姿も見えないのに、悲しむのが早すぎるよ、おやじ……。
「私は――」
調理班最後の雫は、持参したスーパーのピニール袋に手を入れて、油揚げを取り出した。
「ええと、犬型のディアボロなので玉ねぎの代用品に油揚げがいいと思って」
ディアボロにまで優しい心遣いな雫。きっとディアボロが聞いたら泣いて喜ぶに違いないが、美味しく牛丼を食した後はさっくりとあの世行きなのだ。最後のご馳走というところか。
「用意された牛ばら肉から脂身の少ないものを使います。お米は少し硬めに焚いておきます」
シャッシャッと雫が軽快な音をさせて米を研ぐ。
「次に、ばら肉を酒、濃口醤油を使って少しの時間、漬け込んで下味をつけます。鰹出汁で玉ねぎが少し柔らかくなるまで煮ます。そこに下味をつけたばら肉を炒めてから、玉ねぎと混ぜます」
ジューッとばら肉を炒めると、醤油の香ばしい匂いが立ち込める。ごくり、と唾を飲むおやじ達。まだ完成していない早すぎるぞ、おやじ達。
「だし汁に酒、砂糖、塩、濃口醤油、薄口醤油を入れて暫く煮込んでおき、次に摩り下ろした生姜を入れて、ほんの少し煮てから砂糖と醤油で味を調えます」
雫はお玉で汁を少しすくうと、ふーふーと息をかけて冷ましてから味見をする。調味料を使うときは味見をしっかりして味を決めるのが大事なのだ。こくりと雫が満足気に頷き、丼に盛ったご飯の上に煮込んだばら肉を乗せる。それとは別に、玉ねぎの代わりに油揚げを使った牛丼も盛り付ける。
「できました」
ことり、ことり、と次々にカウンターに置かれる出来立ての美味しそうな牛丼。同じ材料を使ったとは思えない三種三様の牛丼は、どれも唾を飲み込むほど美味そうな湯気を上げている。その湯気が流れて、壊れたドアから店の外に流れ出す。時計はちょうど十二時を指し示す。
「それじゃ、さくっと倒しますか」
黎がマグナムを構えて店の外に飛び出すと、それまで料理人然としていた星露、巽、雫も身につけていたエプロンをさっと脱ぎ捨て、並べられた牛丼から離れ身を隠す。リチャードとエステルは隅に片付けた机や椅子の間に身を潜ませる。ドアから覗いていたおやじ達はもういない。逃げ足は人一倍速いらしい。
それから数分も経たない内に、ヒタヒタとアスファルトを歩く音が聞こえた。誘われるように、真っ直ぐにこの牛丼屋に向かって来るのは、まさしく犬のように見えるディアボロ。しかし犬より筋肉が盛り上がり、大きく開けた口からはダラダラと涎が垂れている。
そうして歩いていたディアボロがぴたっと止まる。もちろん、ほかほか美味しそうな牛丼が並んでいる正面、打ち壊されたドアのまん前に。
一歩踏み出そうとした瞬間。ディアボロは何かに弾かれるように押し戻される。エステルが陰から飛び出してシールドを使ったのだ。何があったのか理解できないような顔のディアボロの背中に、黎の撃ったマグナムがヒットする。
「グガアアアアアッッ!!」
痛みに牙を剥くディアボロ。そこにひょいと飛び上がった雫が脳天目がけて痛打を喰らわせる。ビクッとして動きの止まるディアボロはスタン状態に。
「最低限の食事のマナーも出来てないなんて、とんだ駄犬ですね」
「いつまでも美味しい思いができると思ったら大間違いですよ」
入れ替わりにエステルが放つ聖なる鎖がディアボロに巻きつくと、その体は更に麻痺で動けなくなる。
「ディアボロー、撃破!」
星露は身動きが取れなくなったディアボロを真正面から、掌底を打ち込み後ろに弾き飛ばした。ごろごろと転がるディアボロの体。それを店の中から追いかけて、リチャードは大剣を振るう。長く扱いづらい武器だが、彼はそれを難なく使いこなしてディアボロの腕を切り落とす。
「グオオオオオッ!」
ディアボロは低く叫び、残った前足を振り上げた。
「危ない……!」
後から店から出て来た巽は、咄嗟にシールドで攻撃を防いだ。
「上出来!」
いつの間にディアボロの後ろに移動して来たのか、そこには薄く笑いを浮かべた黎が無防備になっているディアボロの頭にマグナムを当てている。
ゴキッと銃口とディアボロの固い頭が擦れて鈍い音が聞こえた。呆気なく、そんな言葉が似合うほど、黎の精密殺撃はディアボロのトドメを刺していた。ディアボロのために用意された牛丼を食することなく、犬は躯に返った。
「犬に食わせるには上等過ぎるからねぇ。ま、『身の程を弁えろ』って事さ」
ふっ、と黎が笑みを浮かべる。そう、まだほかほかで美味しそうな牛丼は撃退士のお昼ご飯になるのだから。
勝利の後の食事は美味しい。
もちろん牛丼を作った雫、星露、巽はお互いのを食べ比べ感想を言い合っている。黎とエステルはどれも美味しいと箸が進む。
ただひとり、リチャードは気を遣い牛丼屋吉さんが作った牛丼を食べていた。
「天魔に襲われてもやめようとしないその信念……旨い」
嘘のないリチャードの言葉に、おやじは涙ぐむ。そして一言、ありがとうと呟く。
こうして撃退士達の働きにより、商店街はまた活気を取り戻した。牛丼屋の吉さんの店には、前より増して客が押しかけたという。お目当ては、こっそりメニューに加えられた撃退士達の牛丼だったことは、ヒミツ♪。