●迷子捜索隊集結
撃退士が迷子になった。そう聞いた神棟 星嵐(
ja1019)は、驚きと失望の入り混じったような声を上げる。
「迷子の捜索は構いませんが、それが撃退士とは……」
誰もが思う率直な感想。たしかに、撃退士が迷子とは前代未聞な事実だ。
「うん、それが普通の撃退士なら心配もせんのよ。あの子、編入してきたばかりで。もともとお嬢様育ちでのんびりしてるみたいやし。今回は私の認識不足や」
蛍は原因を作った本人として、申し訳なさそうにみんなの前で頭を下げた。成長ぶりを見るどころか、余計な依頼を増やしてしまったからだ。
「俺も好きなこと絡まないと、フツーに迷子になったりすっからなァ……」
松原 ニドル(
ja1259)が蛍に助け舟を出してくれた。それに、多少は方向音痴の気持ちも分からないでもない。彼も、大好きなスイーツを見つけ出すときは、カンと覚えの良さ、それにスイーツに対する情熱で迷子にはならないが、それ以外では普通に迷子になっているからだ。
そう聞けば話は別だ。最初に渋い表情をした星嵐も、なるほどと納得する。
「迷子ちゃんね、なんかかわいいわねっ」
思わずにこっと笑う雁行 風音(
ja8372)。動きやすさを一番に考えた服装は、露出が多くて目のやりどころに困ってしまう。だが、困っている人をほおっておけなくて、頼まれなくても助けに飛んで行ってしまう性格は、お人好しと呼ばれるくらいだ。
「まーいご♪ まいご♪ ぴこもきぉつけーるなぁの」
集まった撃退士の周りをぴょんぴょん飛び跳ねて、歌うように言うのはぴっこ(
ja0236)だ。舌っ足らずで少ぉし甘ったれな六歳の男の子だ。ぴっこも深海と同じ初めての学校生活で、大きな人が多くて少し怖いと思う臆病な性格。自分がそう思っているからこそ、迷子の深海を早く見つけてあげたいと思って勇気を振り絞ってやって来た。でもついついはしゃいでしまうのは、子供らしくて可愛らしい。
「ただでさえだだっ広いこの島で迷子になっちゃうなんて大変だね……。早く探してあげないと」
鈴原 りりな(
ja4696)は自分の足元ではしゃぐぴっこの頭をよしよしと撫でてから、心配そうに顔を上げた。彼女も迷子の捜索と聞いて一番に飛んで来たくらい心優しい性格だ。
「深海さん、買い物をのんびり楽しんでいるのかな? 何事もないと思うけど、ちょっと心配だね」
うーんと考えながら言う日比野 亜絽波(
ja4259)。すらっとした肢体に、ボーイッシュなショートカット、やや釣り上がった金茶色の瞳が鋭い印象を与える。だけど、小麦色の健康的な肌からは優しい雰囲気がにじみ出ていた。
「しかし迷子になる方は、大概自分の勘を信じて方向を決めますから、行動をきちんと読めるか自身がありません」
星嵐が銀色の瞳を細めて困ったように言うのも無理はない。方向音痴は、何の根拠もない野生の勘でどんどん突き進む傾向があるからだ。だから余計にもっと迷ったりするのに彼らは気がついていない。手遅れにならないうちに戻ればいいのに……。
「よっし、早めに見つけますかね!」
ニドルはそう言ってさっそくドアノブに手をかけたが、何か思い出したようにきびすを返す。
「っとその前に、みんなとアドレス交換しねぇと」
「皆でバラバラで手分けして探した方が効率いいよね」
「全員とメアド交換して、情報を共有しよう」
ニドルの提案にりりなと亜絽波も携帯を取り出した。そうして他も携帯のメアドを交換し終えて、風音が蛍に向き直る。
「彼女の写真あるかしら? 印刷したものでもあれば、お店の人に聞くときに分かりやすいと思うの。あ、そうね、彼女に電話してもらえる?」
「ああ、そうやね。なんでそれ思いつかんかったんやろ?」
風音に言われて初めて気がつく蛍。彼女もかなり気が動転していたようだ。まとめてある依頼の報告書の中から深海の写真を取り出す。すると蛍の上着をぴっこがくいくいと軽く引っ張って、その手をはいっと差し出してきた。渡して渡してといいたそうに、手を上下にぶんぶんと振るさまが子供らしい。
「ぴこがつくってくるなぁのー。おねちゃーのちらぁしー」
「それじゃチラシはぴっこちゃんに任したるわ。頼むで」
蛍に写真を手渡されると、ぴっこはにこぉっと笑ってから、とことこと購買へと向かって行った。
それからやっと蛍は自分の携帯を取り出して、記載してあった番号のボタンを手早く押した。と、押し終わってすぐ、斡旋所に音楽が鳴り響く。
「へっ?」
「「えっ??」」
慌てて音の根源を調べれば、さっき深海が座っていた椅子の下にピンクの携帯がぴかぴか光りながら音楽を鳴らしていた。どうやら、地図を取り出すときに落としたのに気がつかなかったようだ。
みんながぽかーんとする中、ひとり風音だけは、それを予想していたようにくすっと笑う。
「あぁ、やっぱり……。さて、ぴっこちゃんが戻って来たら行きましょうかっ」
「あ、それと、もうちょいちゃんとした地図ねえかな?」
ニドルが渡された乙女同好会制作のマップをもう一度見てから苦笑する。
(……それにしても、この地図何コレすげえファンシーなのな)
やっぱり改めて見直してみてもそんな感想しかでてこない。これを見て買い物ができると思っている深海のことを考えると、自然とニドルの額に汗が滲む。……ような気がする。
「その地図は参考資料にしかなりませんね」
星嵐もそれには同意する。深海が方向音痴だから迷子になったのは仕方ないとして、もしかしたらあのファンシーすぎる地図に原因があるかもしれない。
「これは推測ですが、乙女同好会の学園マップで大まかな方向を見て、狭い路地に入っているかもしれません。道案内の看板はスルーしている可能性が……」
星嵐も汗が滲む思いだ。
「普通の地図はあることはあるんやけどな。みんなに渡しとくわ。ぴっこちゃんも帰って来よったな。ほなよろしゅう頼むわ」
蛍はみんなに普通の地図を手渡すと、再度深々と頭を下げた。
●迷子はどこへ?
学園のすぐ目の前にある郵便局を一番に訪れた亜絽波。久遠ヶ原の郵便局はここ一軒だけだが、かなりの人数が生活する島だ。それなりの広さと施設を兼ね備えている。窓口はいくつか並び、そこを学園生が何人か並んでいるのが見える。
「深海さんは?」
ぴっこが頑張って作ってくれた迷子尋ね人のチラシと照らし合わせても、深海らしい生徒はいない。
「いないか。あの、すみません」
ぐるっと郵便局をひとまわりした亜絽波は、一番手近な窓口の職員に声をかけてチラシを見せた。首を横に振る職員。一応すべての窓口で聞いてみたが、誰も深海の姿を見かけたものはいない。
「ここには、まだ来てないか」
おもむろに携帯を取り出して、まだ郵便局には来てないとの一斉メールを送る。送ってから亜絽波はそれにしても、と考え込む。地図を見ても、郵便局は一番に買い物にきてもおかしくない。
(深海さんがなにかトラブルに巻き込まれていいけど。心配しすぎかな?)
何かトラブルがあったら一番に駆けつけるつもりだが、今はその気配は感じない。亜絽波は郵便局を出て一番近い薬局に向かった。
星嵐、風音、ぴっこは一緒にコンビニに向かっていた。蛍が頼んだ限定のアイスクリームはここでしか買えないし、持ち歩けば溶けてしまうから深海はきっと最後にここを訪れると考えたからだ。
ちょこちょこと跳ねるように歩くぴっこの背中にいるのは、大切にしているリュックサックにもなる便利なぬいぐるみの山羊蔵さん。一緒にゆらゆら揺れる山羊蔵さんは、どことなくぴっこに似ている。
「かわいいわねっ。そういえば彼女もクマの顔型ポシェットを身につけているのよね」
「そうですね。かなり目立つはずですよね」
風音はぴっこの背中を見て思い出したように言うと、星嵐も頷いた。ぴっこのように小さな子供がポシェットを提げて歩いていればそうそう目立たない。だが、深海は十六歳だ。見た目がまだ中学生くらいといっても、クマの顔は目立つはず。
「なんか抜けてそうな子だから最初にアイスクリームを買っちゃうかもしれないわね。かわいいわねっ!」
確かに風音の言うとおり、深海ならそれはやりかねない。
程なくして三人はコンビニの前に着く。とことこ駆け出して一番に中へ入るぴっこ。レジに真っ直ぐ向かい、手に持っていたチラシを両手で持って、うーんと思いっきり背伸びをする。
「このおねちゃん、くなかたなーの?」
店員はぴっこが見せるチラシを乗り出すようにして見てから、首を傾げて来なかったなぁと言う。
「あら、まだ来てないようね。この子が来たら待つように伝えてくれるかしら? 河野さんが心配してるって」
風音はチラシに自分の携帯番号を書いて店員に渡した。
「おねちゃん、まってーて」
ぴっこもそう言って、ぐいぐいと店員にチラシを押しつける。それから三人はコンビニの外に出た。道路に深海の姿はない。
「自分は店から店の道中を、念入りに探してみることにします。見かけた人もいるでしょうから」
蛍に渡された普通の地図を見ながら、星嵐はそう言ってひとり薬局の方向へ歩いて行った。
「じゃ、ぴっこちゃんは私とケーキ屋さんと珈琲屋さんの方へ行ってみましょ」
「はいなのー」
風音はぴっこと手を繋ぐと、ぴっこに合わせてゆっくりと歩き出した。
ニドル曰く、ファンシーな地図では薬局はすぐそこなのに、実際歩いてみるとけっこうな距離がある。しかも、省略されている路地がいくつもある。星嵐はチラシを時折道行く人に見せながら薬局までの道のりを歩いて、ちょうど入り口に着いたとき、郵便局から進んできた亜絽波と鉢合わせになった。
「あたしも狭い路地を覗き込んで気をつけてたけど、ここまでは見つからなかったよ」
「こちらもです」
二人は並んで薬局に入りながら、成果がないことを報告しあう。そしてここでも成果を上げられず、やや肩を落としながら次の目的地へと向かった。
甘いクリームの香りがするケーキ屋の店内には、いつもお元気印なりりなが到着していた。白とピンクに囲まれた店内は、女の子好みの造りだ。その中でケーキを選んでいる女の子達は、幸せそう。りりなもいつもより軽やかなステップを踏むようにディスプレイの前に移動して、店員のお姉さんにチラシを見せた。
「クマの顔型ポシェットを身につけている女の子、来店してませんか?」
ポシェットの形は結構特徴的だ。だから探すのにそこまで難しいってことはなさそう。りりなはそう軽く考えていた。いや、りりなだけではない。他のみんなも迷子だといっても、ここまで絶望的に見つからないとは考えていなかった。
「来てないですか……」
元気意娘も思わず声のトーンが下がってしまう。それから店員にもし来たらここで待つように伝え、連絡先をチラシに書いて渡す。もしかしたらと、店内の飲食スペースも見てみたが、深海らしき姿は影も見つからない。仕方なく、りりなは、ポケットから携帯を出すと、先に風音からメールが届いていた。これから向かおうと思っていた珈琲屋にはいないらしい。ケーキ屋にもいないとメールを送ると、りりなは足取り重くすぐ地図上はすぐ隣のパン屋へ向かう。
「ここには来てねえ、と」
頭をガシガシと掻きながら文房具屋からニドルが出てくる。なるべくみんなとダブらない場所をと、学園を出てすぐ右の方へと来てみたものの、深海はまだ文房具屋には来てないらしい。
「学園から比較的近いし、最初に寄ってるかもしんねえしと思ったんだが」
ぶつぶつと言いながら、そこから近い本屋へと歩き出す。郵便局に行った亜絽波からは、来ていないとさっきメールをもらったばかりだ。それを蛍にもらった地図に書き込んで、ついでに文房具屋もまだと書いておく。情報を書き込むことで、深海の足取りがおぼろげにでも掴めたら御の字だ。
本屋と文房具屋はだいたい距離的には同じくらいだ。
「こっちが先だったか?」
そう思いながらニドルは本屋の中へ。けっこう広い店内には、所狭しと本が並べられている。初めて来たものには、お目当ての本を探すのに時間がかかるかもしれない。ひとまずぐるっと店内を回ってからレジに向かうと、そこには星嵐と亜絽波の姿があった。
「ニドル殿、いましたか?」
何かを期待するような星嵐の表情に、ここにも深海は来ていないことが分かる。と、そこにいる三人の携帯が一斉に鳴り出した。送り主はぴっこ。『いないなーの』との本文に、ニドルは足取りを書き込んだ地図を取り出した。みんなが回った店全部、深海は来ていないの文字。
「……まさか、駅とか倉庫街とかまで出張(?)してたりしてねえ……よな?」
ははっ、と苦笑いしつつニドルが言った言葉に、星嵐と亜絽波は顔を見合わせた。
「いや、そのまさかかも」
相手は絶望的な方向音痴だ。意気揚々と学園を出たものの、なんの躊躇いもなく左に曲がるのは考えられる。
「倉庫街に集合!」
ニドルはパン屋にいる三人にメールを送ると、先に走り出していた星嵐、亜絽波の背中を追いかけた。
●迷子じゃなくて遭難です
迷子にとって一番困るもの、それは同じような造りの建物だ。しかも同じ倉庫がずらーっと奥まで続いている。二列もご丁寧に並んでいる。やっぱり、深海はここで迷っていた。真っ直ぐ進んでも曲がってみても、見えるのは倉庫倉庫。
「ふぇ、また同じ建物です」
これでは迷子ではなく遭難だ。蛍に頼まれて探していた皆が見つけてくれなかったら、行き倒れになっていた。
「おーす、河野サンに頼まれて探してたンだけど、大丈夫か?」
皆に囲まれてびくついていた深海は、蛍の名前を聞いてやっとこくんと頷いた。
「見つかってよかった。お姉さんが連れて帰ってあげる」
風音はまだびくついている深海にウィンクして見せる。
「こんにちは、深海さん。はじめまして、日比野といいます。蛍さんのお使いは済んだ? あたしもお使いを頼まれててね。良かったら手伝うよ」
亜絽波に優しく言われて、深海はまたこくこくと頭を動かす。
「まだ買ってない物があるなら皆で手分けした方が早そうだねっ。ボクも協力するよ♪」
りりなが元気に言うと、深海は申し訳なさそうにやっと口を開く。
「……あのっ、あの、まだ、なにも……」
「終わってなければ、道案内しますよ」
星嵐の言葉に、深海はぺこりと頭を下げた。
「ま、慣れないうちはしゃーないわな。ひとまず行こうぜ」
「蒼乃のおねちゃー、いこー」
歩き出した皆の元へ引っ張るようにぴっこがぎゅっと手を握って笑う。その手は小さいけれど、温かで、小さいけれどどこか男の子らしくて。深海も頬を染めてにっこりと笑った。
お使いは失敗してしまったけれど、深海にまたひとつ大切な宝物が増えた。他人を自分のことのように心配してくれる、温かな心という宝物が。