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マスター:
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/05/31


みんなの思い出



オープニング

●お嬢様、張り切る
 蒼乃深海(あおのみう)は生粋のお嬢様だ。
 資産家の令嬢として、何不自由なく生活し、無理をせず暮らしてきた。
 なぜなら深海は、生れ落ちたとき医師に体が弱くて普通の生活はできないだろうと言われていたから。どこかが特段悪いというわけではない。極度の虚弱体質で、人より弱いというだけなのだが。
 だから深海の両親は、娘を大事に育ててきた。それはそれは気を遣って。そのお陰もあって、深海は学校を休みがちではあったが、生死を彷徨うような大きな病気もせず、無事に十六歳の誕生日を迎えることとなる。
 驚いたことに、深海はその日を境に見る見る元気になり、たまに風邪をひく程度で、主治医の先生にも普通の生活をして大丈夫と太鼓判を押された。
 喜んだ深海は今までしたくてもできなかった、普通の学生生活をしようと張り切って学校へ。
 そう、張り切って、でも……。


●斡旋所の小動物
「――で? めでたく学生生活を楽しめとるんやろ? なに、イジメでもあった?」
 ここは久遠ヶ原学園の斡旋所。
 神妙な表情の深海を目の前にして、メモを取りながらそう質問をするのは受付担当の河野蛍だ。
 深海は言いにくそうにもじもじしてから口を開いた。
「あの……、イジメとかはまったく」
「なら別の理由? それで、撃退士に頼みたいことって?」
 聞かれてまたもじもじする深海に、眉をひそめて蛍もまた困った表情になる。
 困っていると言われても、いまいち実感がわかないからだ。目の前の人物に、悲壮感を感じないからかもしれない。どう見ても、恥ずかしがり屋の小動物にしか見えない。

「えっと、あの。お友達と普通の学園生活ってのがしてみたいです!」
 思い切ったように真っ赤な顔をして言う深海。
「いや、やから、それは今通ってる学校やった方がええんやない? 顔見知りも多いやろうし、見ず知らずの撃退士なんぞに頼まなくても」
「ダメなんです! 今の学校じゃ。この学園と撃退士の皆さんとじゃないと。それに、……あの、あたし、ぼっちなんです!」
「は?」
 そう言って今にも泣きそうな深海に、蛍はしばらくあんぐりと口を開けたままになっていた。


●ぼっちお嬢様のお願い
「要するに、休みがちやった学校になんとか通えるようになったけど、すでにグループができていて一人ぼっちになっとったと?」
「……はい」
「ま、エスカレーター式の学校やしゃあないかもなぁ」
 しょんぼりとうな垂れる深海。これにはさすがに蛍も気の毒に思う。せっかく普通に学校へ通えるようになっても、ぼっちでは……。何とかしてやりたいと思わざるを得ない。
「ここの撃退士達はホンマにみんなええヤツばかり。お友達ごっこでもなんでも願いを聞いてくれるはずや」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
 椅子から立ち上がり、蛍の手をぎゅっと握って頬を染めて薄い茶色の瞳をうるうるさせる深海。それは見た目お嬢様というよりやっぱり小動物やなと、蛍は心の中で呟いていた。


リプレイ本文

●1日目
「あ、あのあの、深海です。よ、よろよろしくお願いします!」
 三日間の期限つきの久遠ヶ原学園滞在。それをサポートしてくれる撃退士達が、斡旋所に集まった。その時の深海の第一声は、かなり真っ赤な顔をして裏返った声だった。
「初めまして深海さん、氷雨 静です。気軽に静とお呼び下さい」
 一番最初に声をかけたのは、黒い瞳に黒い髪の市松人形のような氷雨 静(ja4221)だ。柔らかで人懐っこい笑顔に、向けられた深海も緊張がほぐれたようにつられて微笑む。
「雫です、深海さん」
 背の低い雫(ja1894)は表情を変えずに深海を見上げるようにして、ちょこっと頭を下げた。
「僕は風見 巧樹だよ」
 雫の後ろから、ひょいっと覗き込むようにして声をかけた風見 巧樹(ja6234)は、元気いっぱいの少年という感じだ。

「え、え……と、あの……」
 三人にじっと見つめられる形になった深海。すると、また緊張に真っ赤になり、ぎゅっと握った手に汗が滲む。みんなに会ったらこう言おうと思ったことも、ぱっと頭から簡単に消えていく。
「緊張するな、って言っても無理ですよね。実際私達も多少は緊張してるんですよ?」
 痛いほど感じる深海の緊張感に静は、ね?っと他の二人に同意を求めた。
 雫はこくんと頷き、巧樹がうんうんと頷き体を揺らすと、来ていた白衣も揺れてかちゃっと金属音がする。それが不思議だったのか、深海はじっと音がした巧樹のくすんだ色の白衣を見つめた。

「あ、これ?」
 その視線に気がついた巧樹は、ばっと白衣を開いて見せると、そこには機械に使う工具が並んでいて、それには、深海どころか静も雫も目を丸くする。
「すぐ使えて便利なんだよ。あ、そうだ、よく迷子になるって聞いたから、探知機作ったんだ。ほら、これ」
 巧樹は思い出したように、白衣のポケットから手に収まるくらいの機械を二つ取り出して、ひとつを深海に差し出した。それを恐る恐る受け取る深海。
「迷った時はこのボタンを押してね!」
「はい!」
「じゃ、行きましょうか?」
 先に歩き出す静の後を深海は急いで追うように走り出す。それから雫と巧樹も見守るように後ろをついて行った。

「撃退士って言っても普通と変わらない所もあるんですよ?」 
 校内では至って普通の授業風景が見られる。深海にとってはそれも珍しい事。静の説明に立ち止まっては目を輝かせ嬉しそうだ。校庭では撃退士の戦闘訓練が行われている。やはり戦闘訓練となると、忘れていた何かを思い出す。ここは撃退士達が自分の命をかけて天魔と戦うための施設なのだと。
「戦闘訓練は私もちょっと苦手なんですけれどね。でも天魔と戦う以上弱音を吐いてはいられません」
 静が自分自身に向けて言ったような言葉、それは深海の心の奥に沈んで静かに広がっていった。

「お昼の購買は戦場です。特にこの学園では気を抜けば味気ないコッペパンのみになります」
 雫の言葉に、深海はごくりと唾を飲み込んだ。学園生活も初めてなら、購買で何かを買うと言うのも初めてなのだ。ここでの恒例の惣菜パンの奪い合いはすさまじい。だいたい、真っ黒になるほどの人込みのどの辺りに購買があるのか、見当もつかない。ぽかんとただ口を開けたままの深海に、巧樹が声をかけた。
「ショベル拾った! これで掻き分けて入ろう!」
「こら!」
 それには当たり前だが、さすがに静に止められる。
「購買は戦争です」
 そう言って人の波に飛び込んで行く静。続けて巧樹と雫も先の購買目指して進んで行く。完全に出遅れた深海。ただ目の前に群がっている人達の背中をおろおろしながら見ているだけ。けれど、いきなり深海の前に三本の手がさし伸ばされた。その先には、三人の笑顔。言葉はなかったけれど、少しだけ、何かが分かった気がして深海もきゅっと唇を噛んでから飛び込んで行く。
 戦利品は雫が味気ないと言っていたコッペパン一個。それでもみんなの他愛もない話を聞きながら一口食べれば、ほのかな甘みに自然と深海は笑顔になった。

「放課後は、恒例罰ゲーム付きトランプで遊ぼう!」
 何でも出そうな巧樹の白衣から、当たり前のように取り出されるトランプの箱。罰ゲームの部分に嫌な予感がする雫と静だったが、友達とトランプをするのが初めてな深海はきらきらと目を輝かせて身を乗り出してやる気満々だ。
「初めてです、みんなでトランプするのって!」
 こう言われれば、雫も静もお付き合いするしかない。勝負はババ抜き。手札によってくるくると表情が変わるのは巧樹と深海。反対にクールに表情を変えないのは雫と静。見た目がクールに見えるだけで、内心は焦っているのかもしれない。なぜなら、決まった罰ゲームは秘密の暴露。たかがトランプゲームで秘密を暴露する訳にはいかないのだ。
 しかし幸運の女神はどうもビギナーが好きらしい。あれだけ表情を変えなかった雫が最下位になった。
「あ、う……」
 真っ赤になって口ごもる雫は、立ち上がって一度大きく息を吸って吐いてからめちゃくちゃ早口で告白をする。
「一つだけ持っているぬいぐるみに抱きついていないと未だに眠れません!」
 呆気に取られるみんなを上からじっと見つめる雫の目は、怖いほど据わっている。
「これは、秘密ですよ?」
 低い声で雫に言われたら、頷いて約束するしかないくらい、それは鬼気迫っていた。それでもしばらくすると、深海だけは頬を染めて嬉しそうに微笑んでいる。友達と共通の秘密が持てた事が相当嬉しいのだ。


●2日目
「はじめまして、大学一年の如月 敦志だ。気軽に敦志でいいぜ?」
 ははっと陽気に笑いながら、如月 敦志(ja0941)は目を丸くしている深海に手を伸ばして握手をする。それでいっきに真っ赤になる深海。
「深海さんがびっくりしてますよぉ」
 深海の後ろで少し間延びしたような、でも明るい声が聞こえて、深海の体は後ろにぐいっと引かれる。やっぱりそれにも驚いて、顔を向けると、鳳 優希(ja3762)の蒼い髪がふわんと頬に触れた。
「……あ、あの……?」
 てっきり昨日の三人が来てくれるものだと思っていた深海は、きょとんとしている。そこへ昨日の内に職員室に行って学園の入学案内資料を貰ってきていた鴉乃宮 歌音(ja0427)が、気がついて、ああと声を上げた。
「今日は私達が深海の相手をするよ。最初に決めておいたんだ、友達に出会う回数は多い方がいいだろ? あ、女子の服だけど男だからね」
 はい、と資料を深海に手渡すと、歌音は女子の制服の上に羽織った白衣からスマホを取り出して見せる。
「希にも連絡があったですよぉ。鳳 優希ですよー☆深海さんに撃退士との学園生活をさせてあげるのー☆」
「明日は昨日の三人も来るから心配するな。俺達と一緒も楽しいぞ!」
 説明されてもまだ不安な顔をしていた深海に、敦志がまたははっと明るく笑いながら言うと、やっと深海はこくんと頷いた。
 今日は歌音が許可を取っておいてくれた特殊訓練を中心に見て回る。それから、優希の案内で美術室や屋上を回る。天魔と戦うための施設以外は、どこにでもある施設だが、深海にとっては珍しいらしい。

「どうだったですかねぃ〜?」
 のんびりした口調の優希に感想を聞かれて、すごいを連発する。
「こんな風に学校を回った事がないので、すごいです。すっごく広い」
「ひとつの島、まるごとだからな、広いさ」
 普通の友達として深海に接するよう心がけていた敦志も、こうして深海を中心に歌音、優希と校内を回って、すっかり自分も楽しんでいた。自分に新しい友達ができるのも悪くないと思いつつ。
歌音は歌音で、深海が他の生徒に注目されているのに気がついていた。
「お客さんだ。気にしないで」
 時折、そう言って集まって来る生徒を捌きつつ、他校の制服が珍しいからか、それとも他校の美少女が見ているなら、訓練生も張り切ったりするかな?と周りを観察して笑っている。そんな中、確実に深海の心の中では、少しずつ変化が訪れていた。それはごくごく小さな変化だったが、関わってくれた撃退士の手によるものだ。

 今日の昼食は学園の名物のひとつ、学食にやって来た。昨日の売店のように人だかりで取り合いにはなっていないけれど、ここも人で溢れ返っている。しかも、迷子になれるほど広い。
「ん、学園生活といえば学食なのですっ♪ さあ、注文するのですよー?」
 優希に言われてついていく深海だったが、ずらっと並んだメニューやセルフサービスのおかずに面食らって固まってしまう。
「深海、取ってやるよ。何がいい?」
 歌音に聞かれてもどうしていいか分からず、口をぱくぱくしていると、横から敦志が助け舟を出してくれる。それも、ちょっと意地悪にふっふっふっと不適に笑いながら、手に持ったカレーうどんを見せてくる。
「カレーうどん知ってるか? 気をつけて食べないとすぐに服が汚れるという魔性の食い物だぜ」
「うどんは安いですよぉ」
 優希のアピールもあり、深海は歌音に敦志の持ったカレーうどんを、あれ、と指差した。もちろん、いつも食べている敦志は服を汚すことはなかったが、深海の制服は派手なカレーの水玉模様に綺麗に染まる。

「バイト先からケーキ持ってきてんだ。折角だからしばし談笑しつつどうだ?」
 敦志がニカッと笑って保冷ボックスから取り出したケーキを皆に配る。
「むぐむぐ……美味しいのなの」
 一番にかじりついた優希は、幸せそうににぱっと笑う。
「深海の学校ってどんなところだ?」
 敦志に聞かれて、深海は困ったように微笑んだ。どんなところだったのか、思い出そうとしても記憶の隅にさえないからだ。歌音にもじっと見つめられて、深海は悲しそうに頭を振るしかない。

「運動は適度にしようねぃ〜♪」
 食後に軽い運動と、学園内をぐるっと散歩することに。優希は陽気に前を歩く。その背中を見ていた深海は、ふっと顔を上に向けた。そして、ぽつんと思ったことを呟いていた。
「ここは、広いです、すごく。前は空がこんなに広いって気がつかなかったです。どこまでも飛んで行けそう、そう思います」


●三日目
 最終日。今日は深海のために学園を案内してくれていたみんなが集まる日。しかも、手作りの昼食でピクニック。まるで遠足だ。

「えっ、えっ? あ、あの、なにも用意してないです」
 ブルーシートが広げられた学園の外の一角に連れて来られた深海は、またおろおろしてしまう。そんな深海を静が真ん中に座らせると、それぞれが持ち寄ったお弁当を並べていく。
 歌音のピラフとサラダ、敦志のクラブハウスサンド、優希特製のミートボールと玉子焼き、雫のお弁当は野菜よりやけに肉の割合が多い。
「これとそれ交換して! 味に自信はないけど」
「それうまそうだな! コレと交換しようぜ?」
 巧樹と敦志のおかずが深海の目の前で交差する。
「こうやって食べるのもいいよねぃ☆」
 ぱくっと食べる優希の隣で、雫も好きなおかずに当たったのか、嬉しそうに目を細める。静に取り分けてもらったおかずを持ちながら、深海はみんなのやり取りを見ては嬉しそうに頬を染める。

 おかずがすっかりなくなってしまうと、歌音が持参したクッキーと紅茶を出してくれた。
「良い茶葉が手に入ってね」
 そう言って淹れてくれた紅茶は心が落ち着いて、ゆったりとした時間が流れる。ぼっちの深海がここを離れるのはもうすぐだ。

 別れを惜しむように、ううん、寂しく別れたくないから、最後にカラオケに行こうと放課後は島内のカラオケ店へ。
 やっぱりカラオケも初めての深海は、みんなが歌うのを聞いているだけだったが、それはそれは楽しそうに見える。
 敦志の歌で始まったカラオケは一気に場が盛り上がり、童謡をシャウトする巧樹に驚き、元気な曲の優希とアップテンポのポップスを静は上手に歌う。見よう見まねで深海も歌音とデュエットを歌った。そして、最後に恥ずかしそうに歌ってくれた雫のアニソンに、深海は聞こえないような小さな声で、私もと返事を返していた。

 楽しい時間は、あっという間に終わってしまう。深海の撃退士達と学園生活をしたいと言う依頼は、カラオケの帰りに寄り道をして、買ったクレープを食べながら、学園の正門に着いたら無事に終了となる。
「こうやって道草をして甘い物を食べるのは、いいものなのですよ〜☆」
 そう優希が言えば、巧樹はアイスを舐めてゆっくり歩く。何も食べていない敦志も歩みはゆっくりだ。いや、他の誰もが別れを惜しむようにゆっくりと歩いていた。


●別れ、そして――
「三日間ってはやいね〜……。次は依頼じゃなくて正面から遊びに来てね!」
 巧樹が一番最初に言葉に出した。
「また、何処かに遊びに行きませんか? 今度は依頼では無く」
 雫が深海を見上げてふわっと笑う。
「依頼はコレで終わりだけどそんな事は関係なく俺達はもう友達だろう? 俺も深海といて楽しかったし、これだけ楽しめた深海なら学校でもすぐ友達ができるさ」
 微笑んでそういってくれたのは敦志だ。
「また会おう友人よ」
 歌音はさようならをあえて言わなかった。友と別れるのは、さようならではないから。
「深海さん、どうだったですかねぃ?」
 優希に聞かれて、深海はちょっと下を向いて考えていた。そして、ずっと聞きたかった事を聞いてみた。

「あの、天魔と戦うのは怖くないですか?」
「友達の話ですが――」
 静はそう話を切りだした。
「小学校入学前に骨折をして、退院した頃にはグループができていて……。友達は悩みましたが、行動に出たんです。可能な限り笑顔で、そして自分から話しかける事。それで友達はぼっちから脱出しました。この話と天魔との戦いの共通点、どちらも必要なのは『勇気』です」
「――勇気?」
 静の話を聞いていた深海は、何か吹っ切れたようにみんなの顔をじっと見つめると、最高の笑顔とお礼の言葉を残して去って行った。

 数日後、深海の依頼を受けた撃退士達は、また新たな依頼を受けることになる。
 今度は、つい最近アウルに目覚めたばかりの転入生の校内案内。
 斡旋所のドアを開ければ、真新しい制服を身に着けた深海が、頬を染めてぺこりと頭を下げた。

「帰って来ちゃいました! 皆さんのお陰で決心がつきました。両親には反対されたけど、やっぱりこの広い学園で撃退士になりたいです。今はちっぽけな勇気しかないけど、ここで学びたい。初めてのお友達と一緒に!」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:10人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
厨房の魔術師・
如月 敦志(ja0941)

大学部7年133組 男 アカシックレコーダー:タイプB
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
蒼の絶対防壁・
鳳 蒼姫(ja3762)

卒業 女 ダアト
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
機械ノ・
風見 巧樹(ja6234)

大学部4年14組 男 インフィルトレイター