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「あの町での依頼か……芽衣も居るかもしれないねぇ」
撃退士が集う学園斡旋所で依頼を受けた鳳 静矢(
ja3856)は隣にいる生涯の伴侶、鳳 蒼姫(
ja3762)に優しい視線を向けた。
蒼姫は金の瞳をきらきら輝かせ、期待でいっぱいの顔つきだ。
二人の隣を礼野 真夢紀(
jb1438)が長い黒髪を弾ませて、風のように通り過ぎる。
急いで自室に戻ると、「芽衣ちゃん用品」と書かれた袋を引っ掴んで飛び出して来た。
中身は、真夢紀が芽衣のためにと選んだ品々が入れられている。
他に参加するのは星杜 藤花(
ja0292)、蓮華 ひむろ(
ja5412)、御堂・玲獅(
ja0388)の三人。偶然にもみんなが過去に芽衣(jz0150)と出会い、思い出を共有している。
今回祭りの準備依頼をしてきた商店街で顔を合わせるのが多く、もしかしたら会えるかもとの淡い期待があった。
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商店街に到着すると、いつもと違う活気に溢れていた。
買い物客の中に夕暮れからの祭りを待ちきれない子ども達が駆け回り、設置されているスピーカーからは、景気の良い祭囃子が流れ賑やかだ。
どれもが夜に向けての祭りの雰囲気を盛り上げている。
「おにーちゃん、おねーちゃん!」
集会所に着く前に聞こえたのは、芽衣の元気な声。
待ちきれなかったのか、顔をほころばせてぴょんぴょんと跳ねるようにみんなの所へ駆けて来た。
「わぁい、芽衣ちゃん、元気だった―?」
「めいちゃんだーひさしぶりー!」
「おおぅ、芽衣ちゃん、久しぶりなのですよぅ☆」
「わーい! まゆきおねーちゃん! ひむろおねーちゃん! あきおねーちゃん!」
真夢紀とひむろと蒼姫は、差し出された手を掴んで芽衣と一緒にきゃっきゃと飛び跳ねる。
くるりくるりとひとしきり大好きな三人と回った芽衣は、ふとすぐ側に赤い金魚が見えて、あっと声を上げた。
金魚の正体は藤花と玲獅が祭りと聞いて着付けてきた浴衣の模様だ。
「お久しぶりです、芽衣さん」
芽衣の目線に合わせて跪いた玲獅は、自分と藤花の浴衣を物珍しそうに交互に見ている芽衣ににこりと微笑む。
「れーしおねーちゃん、とっとおねーちゃん、きんぎょさんなの?」
羨ましそうな眼差しに、玲獅と藤花は顔を見合わせて思わず苦笑する。
「芽衣ちゃん、お久しぶり。そのお洋服かわいいね、今日はハレルヤさんもきているのかな?」
藤花が褒めると、芽衣は自分のサマードレスの裾をつまんでくるっと回り、すぐご機嫌になる。
「ハルは、いないの」
「そう。お祭りのお手伝い、お姉ちゃんたちも来たんですよ。いっしょに楽しみましょうね」
「うん!」
藤花に元気に返事をして、芽衣はくるっと踵を返してこっちと走り出した。
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「おう、来てくれたか。今年もよろしく頼むよ」
芽衣が駆け込んだ先に、暑さにおじちゃんが汗を拭き拭き手を上げた。
軽く挨拶を交わした後、おじちゃんが手順を説明してくれる。
「毎年あんまり変わり映えはしねぇけど、今年はめいちゃんも手伝うって張り切ってるから。余計な手間かけさせちまうけど、よろしく頼むよ」
おじちゃんは節くれだった手で芽衣の頭をくしゃっと撫で笑う。
「はい。芽衣さんもいることですし、休憩の時間を決めて準備に取り掛かりましょうか」
玲獅が腕時計で時間を知らせることになり、静矢はおじちゃんと櫓の組み立てに向かった。
集会所の中には、芽衣が運んだ畳んだままの提灯や飾り花用の花紙が一か所にまとめられ、それから輪ゴムと作った花を入れる段ボール箱が置いてある。
「芽衣ちゃんには飾り付けの提灯を引っ張ったり、紙花を作ってもらう軽作業が一番かな?」
ざっと見回した真夢紀に玲獅が頷いた。
「そうですね。五人いますし、みなさんでフォローしながら進めましょう」
「めいちゃん、花作りしようかー。これくばってくれるかな?」
女性陣が自然と丸くなって座ると、ひむろに渡された色とりどりの花紙をにこにこしながら芽衣が配って歩く。
「紙の薔薇かぁ、懐かしいなぁ」
渡されたピンクの花紙をぺらぺらと捲った真夢紀は、小学校の入学・卒業式は定番だったことを思い出す。
ピンクや黄色、白、水色のふわっとした紙花で飾られた式典は、厳粛だけどどこかほんわりした優しい雰囲気にしてくれた。
「えっとね、こうして重ねた紙を数センチおきに畳んで、真ん中を輪ゴム、と。はい、紙花です」
器用な手つきで真夢紀がひとつ作って見せると、芽衣はもちろん他のみんなも食い入るように見つめていて、思わず「わっ」と声が出てしまう。
「まゆきおねーちゃん、すごーい」
「よーし、わたしも教えてもらいながらがんばるのよ。水色のお花がいいかな?」
「めいは、ぴんくー」
「アキもピンクのお花をいっぱい作るのですよぅ☆」
「多く作らないと、飾り付けが寂しくなっちゃうからね」
真夢紀が言うと、ひむろと蒼姫も芽衣と並んで真夢紀が作って見せたように花紙を畳み始めた。
たどたどしい指使いの芽衣は、真ん中の輪ゴムは藤花に手伝ってもらい、よいしょと真夢紀の目の前で広げたピンクの花は、ちょっと寂しげ。
「花紙はもっと重ねた方が可愛くできるよ。そうそう、そのくらい」
「とっとおねーちゃん、こことめて?」
「どうぞ、芽衣ちゃん。そっと広げてね」
みんなに見守られながら、そーっとそーと広げたピンクの紙花は、大きく広がり丸く膨らんだ。まるで嬉しくて頬を赤く染めた芽衣の笑顔のようにふんわりと。
それをそっと写真に収めてくれている玲獅も、つられて思わず目を細めていた。
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「休憩なのですよぅ。おおぅ、すっかり櫓ができているですねぃ☆」
外の軽トラックの上に櫓を立てていた静矢に、ぶんぶんと手を振る蒼姫。
その後ろを紙花が入った段ボールを抱えた芽衣が続いている。
「お、芽衣も手伝っていたのか……偉いな」
アーケードがあるとは言え、外での作業で静矢の顔には汗が浮いている。それをタオルでぐいっと拭って、静矢はあることを思い出した。
(ああ、力が強かったな。ならば、万が一を考えておいた方が良さそうだ)
考えながら荷台から降りると、さっとメロンゼリーが差し出される。
「れーしおねーちゃんが、しずやおにーちゃんにって」
静矢が芽衣に渡されたゼリーは、玲獅が前もって保冷バッグに入れて持参したもの。みんなは日陰に座って食べ始めている。
「暑い時、冷えたゼリーは喉越しがいいですから」
微笑む玲獅にありがとうと頭を軽く下げた静矢は、芽衣に手を引かれてみんなが座る日陰へ。
「あそこに、おはなをつけるの?」
しっかり組み立てられた櫓はまだ材木がむき出しのままで味気ない。
ゼリーを早々と食べ終えた芽衣は、いっぱい作った紙花を早く飾りたくてしょうがない。
「うん、花紙のかざりつけ、めいちゃんにはピンクのお花を飾っていってもらおうかな?」
最後の一口をごくんとの飲み込んで立ち上がったひむろが言うと、芽衣は返事もそこそこに段ボールに向かって走って行った。
次々に殺風景な櫓に色とりどりの花が咲く。
「芽衣ちゃん、こっちにもお花を咲かせるのですよぅ☆」
手招きした蒼姫は、ひょいと芽衣を持ち上げて高いところにも花を咲かせる。
少しだけ桃色が多くなった櫓。広げた提灯でぐるっと取り囲むようにすれば、華やかな山車の完成だ。
本番にこれを子ども達の歩きに合わせたスピードでおじちゃんが運転をすることになっている。
「わたしこういうお祭りはじめてなのよねー。子供達でこれをひきずるとか……すごいわね」
だが、そうとは知らないひむろの頭の中では、腰にタイヤくくって走りこみして、ファイトぉーいっぱーつ! している姿が面白おかしくもわもわと繰り広げられていた。
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「綺麗にできたわねぇ」
みんなが山車の最終調整をしているところへ、商店街の名前が入った揃いのはっぴを届けに呉服屋のおばちゃんがやって来た。
ふと何か思いついた藤花がおばちゃんに駆け寄った。
集会所に集う楽しげな笑い声。
「貸してもらえて良かったですね。芽衣ちゃんにも浴衣を着せてあげたいと思って」
藤花がおばちゃんに交渉したのは、浴衣をレンタルしてもらうこと。芽衣が浴衣姿の自分と玲獅を羨ましそうに見ていたことを気に留めていたから。
せっかくのお祭りなんだからと、他のメンバー全員にも貸し出してくれて、今は着付けの真っ最中。
ここで趣味のコスプレを活かした真夢紀が大活躍。ささっと自分の着付けを済ませると、芽衣が選んだ桃色に子猫が遊ぶ浴衣を着せ付ける。
「お祭りにも参加させてもらえるみたいだし、芽衣ちゃんちょっと手を上げてね」
「うん!」
「私も着付けは得意なんだけどね」
真ん中に置かれたつい立の向こうからの静矢の声に、みんなで笑ってしまう。
「準備はできたかい? 子ども達も集まって来たから出発だよ」
青いはっぴを着てねじり鉢巻きのおじちゃんが入り口から顔を覗かせる。
外に出ると、浴衣やはっぴを着た子ども達が集まり、山車の周りを元気に飛び回っていた。
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どんどんひゃららと祭囃子が始まり提灯に灯がともると、エンヤーの掛け声にそろりそろりと山車が動き始める。
「めい、おはなのちかくー」
止める間もなく飛び出した芽衣は、山車の一番近くのロープをぎゅっと握った。その拍子に、山車は芽衣に引かれたようにぐらっと前のめりに傾いてしまう。
ゆらゆらと揺れる提灯、荷台に乗ったおじちゃん達は驚き、軽快なお囃子もぴたっと止まる。
あわや大惨事になりかねない芽衣の馬鹿力。けれど、山車はぐらりと大きく揺れはしたが、またそろりと動き出す。
「石にでも乗り上げたか?」
おじちゃん達は首を傾げて見回すが、また賑やかな音を鳴らし始めた。
軽トラックの横からひょいと顔を覗かせた蒼姫。山車が傾いたとき、瞬間移動で取り付けておいたロープを反対に引いていた。
少し遅れたものの、玲獅と静矢も芽衣が引いた方と反対にトラックを引いている。
「鳳さんと相談をして対策をしておいたものが役に立ちました」
もちろん他のみんなも側に立ち、芽衣がびっくりしないようにそっと寄り添いながロープを引き固定していた。
「芽衣ちゃんが力一杯引っ張ったらおじさんたちびっくりしちゃうからね?」
「山車が壊れたら困るから。そーっと引っ張ろうね」
「めいちゃんががんばりすぎるとすごくはやくなっちゃいそうだから」
藤花、真夢紀、ひむろに優しく諭されると、芽衣は神妙な顔つきで頷いた。
「私達がフォローするから。芽衣、ゆっくり少しずつ力を入れてな?」
みんなの顔を見回して、芽衣は今度はゆっくりと山車を引いた。
進み始める山車に寄り添い、蒼姫と玲獅がロープに力を込めて歩き出す。
「……芽衣ちゃんが普通に引っ張ってると思ってる方が良いですからねぃ☆」
「まあ、思い切りでなければいいわけですしね」
エンヤーと芽衣の元気な掛け声がいくつかの出店を通過する頃、向こうに凪いだ夜の海が見えた。
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「お手伝いのお礼に無料だなんてふとっぱらね……!」
どれもおいしそうと、ひむろは焼きイカにフランクフルト、デザートにわた飴にチョコバナナかなぁと次々に思いを巡らせる。
「まずはご飯系……お好み焼きとか焼きそばかな? 芽衣ちゃんは何がいい?」
真夢紀に聞かれると、芽衣は帯に挟んだがま口を得意そうに差し出した。入っていたのは三百久遠。
「芽衣ちゃんひとりではまだ食べきれないだろうからみんなでわけっこしよう?」
藤花がそう言い、あえてのイチゴのカキ氷を持ってくる。
「ほら、食べると、ね?」
「とっとおねーちゃん、まっか」
べーっと出した藤花の舌は真っ赤に染まっている。もちろん、一緒に食べた芽衣の舌も真っ赤。
「芽衣ちゃーん、綿あめ、食べるのですよぅ☆」
蒼姫はピンク色のふわふわ綿あめを芽衣に差し出して、自分も白いのをぱくり。
「おおぅ、顔がアキもですが芽衣ちゃんもべったべたなのですよぅ」
大笑いで顔を拭いていると、そこへ静矢がやって来て蒼姫の髪にそっと青い花の花飾りを挿す。
「日頃のお礼だよ……いつも有難う蒼姫」
「ありがとうなのですよぅ、綺麗なのです☆」
じーっと集まるみんなの視線に、少し照れた静矢が桃色の髪飾りは芽衣にと渡す。
真夢紀は持参した袋から、猫のぬいぐるみ型リュックとどうぶつシールを取り出すと、芽衣に差し出した。
「お誕生日に逢えなかったからね。三か月遅れのプレゼント」
「芽衣さん、これはお土産です」
目線を合わせて、玲獅は猫図鑑を芽衣に手渡しくれる。
「ふふ、猫さんがいっぱいね」
大好きな猫が描かれた袋に入った綿菓子は藤花が買ってくれた。
「すごい、いっぱい、めいに?」
嬉しくて目をきらきら輝かせて何回も、めいに? と喜ぶ芽衣の頭にぽんと何か置かれる。
「射的やさんがあってねこさんグッズが並んでたの。とれたからめいちゃんにプレゼントなの」
最後は射撃が得意なひむろから。ちょっとくったりとした黒猫のぬいぐるみ。
芽衣はみんなからの思いがけない贈り物をぎゅーっと抱きしめて、それからぺこりとおじぎをしてにっこり笑った。
「ありがとー! あのね、めいね、おまつりも、おにーちゃんも、おねーちゃんも、だいすきなの!」
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「さすがにはしゃぎ過ぎたかね?」
疲れて座り込んでしまった芽衣をおぶった静矢を中心に、みんなは祭りの余韻に浸りながらゆるりと歩いていた。
すうっと通り過ぎる夏の夜風は、疲れを心地よく癒してくれる。
「めいちゃん、ぐっすり眠ってるね」
気持ちよさそうな寝顔をそっと覗き込んだひむろがふわっと笑う。
「お花も頑張っていっぱい作って、屋台で色んなの食べて。楽しかったね」
真夢紀が今日の事を思い出しながら、からころと鳴らすのは弾んだ下駄の音。
段々と祭囃子も遠ざかり、草むらにりりんと虫の声。
「いつか私達もこんな子が欲しいねぇ」
ぽつんと静矢が呟いた。
それに蒼姫が夢見るように応える。
「そうですねぃ、こんな子供がいたら良いですよねぃ☆」
「わたしは、いつか息子と芽衣ちゃんを会わせてあげたいなとも思います」
まだあどけなさが残る藤花。けれど真っ直ぐ前に向けた瞳は未来をしっかりと見据えていた。
「みんな、きっといい友達になれると思うから」
「ええ、きっとなります。そのために私達は頑張ってきたのですから。それに――、芽衣さんと私達はもうお友達でしょう?」
微笑んできっぱりと言い切った玲獅。しゃんと伸ばした浴衣の背には、どこか自信が満ちている。
そぞろ歩くみんなの足がふと止まり、申し合せたように星空を仰ぐ。
「もしその時は、私等の子が芽衣と気兼ねなく遊べる……そんな時代にしたいものだ」
「平和な世界が来れば何よりなのですが……今は今を頑張りましょうなのですよぅ☆」
鳳夫妻の決心にみんなが頷いた瞬間、宝石を散りばめたような夜空から、想いを受けた星がひとつ、白く長い尾を引いて流れて行った。